第15話 初めての実戦
天馬とシャクティはとりあえずこの場を抜けて街中に戻ろうと、広い遺跡の中を通り抜けようとする。しかしいくらも進まないうちに……
「……ち、『結界』か。やっぱそうすんなり脱出させちゃくれねぇよな」
「え……?」
天馬が舌打ちして足を止める。シャクティも怪訝そうな様子ながら釣られて足を止めた。夜とはいえ街に程近い有名観光地がこんなに静かなのは変だと思ってはいたが案の定だ。
「――テンマさん、そして……お嬢様。こんな夜遅くにどちらにお出掛けでしょうか?」
「……!」
近づいてくる複数の気配と足音。そして聞き覚えのある女性の声。その声に特にシャクティが大きく反応して振り向いた。
「え……ア、アディティ……? あなた、どうしてこんな所に? それにその人達は……?」
近づいてきたのはあの裏切りのディヤウス、アディティであった。彼女だけでなく後ろに2人の男を引き連れている。恐らくどちらもプログレスだろう。
シャクティの戸惑いは当然だ。アディティは元々彼女の専属メイドであったらしいのだから。しかもシャクティの様子からしても単に主従関係というだけでない友人に近い関係でもあったようだ。シャクティからしてみたら何故アディティがここに当たり前のようにいて、敵の一味とつるんでいるのか理解できないだろう。
「シャクティ……残念だがあの女は敵だ。あいつは最初は俺達に協力しておきながら、ここぞという場面で裏切ったんだ。そのお陰で俺達は敵の首領に返り討ちにあっちまって、今こうしてる訳だ」
「……え? う、裏切った? アディティが?」
シャクティが何を言われたのか理解できないという風に目を見開く。言葉で言っただけでは信じられないのは当然だ。そしてどうやらアディティ達は言葉だけで済ますつもりはないようだ。ならばシャクティは嫌でも現実を突きつけられる事になる。
「さて、無駄話に時間を費やすつもりはありません。ナラシンハ様からは、あなた方が脱走を試みるようならその時は殺して構わないと言われています。無駄に逃げようとしなければ少しは寿命が伸びたものを愚かな事です」
「ナラシンハ? ナラシンハって、まさか……」
シャクティが何か言いかけるが、アディティは本当にこれ以上無駄話をする気がないらしく、後ろに引き連れていたプログレス達に合図した。すると男達が前に進み出て、その身体が変化した。
「ひっ!? な、何……!?」
シャクティが引きつった悲鳴を漏らす。二人の男は初めて見るにはかなりインパクトが強い外見となっていた。1人は両腕が肥大……ではなく異様に伸びてまるで鞭か触手のような形状になる。そしてもう1人は以前に戦った奴に近い多腕形状で、背中から2本の長い腕が生え合計で4本の腕の持ち主であった。
どうもインドのプログレスは神々が多腕のものが多い所以か、腕に変化が現れるものが多いようだ。
「2人とも殺しなさいっ!」
だがアディティが容赦なく男達をけしかけてきて、そのような事を考えている余裕はなくなった。万全の状態ならともかく今の天馬では、プログレス2体を同時に相手するのは正直厳しい。なのでどうしても1体はシャクティに受け持ってもらわねばならない。
「シャクティ! 泣き言は後でいくらでも聞いてやる! 今は目の前の敵を倒して生き残る事だけを考えろ!」
「……っ!!」
生き残る。天馬のその言葉にシャクティは身体を震わせる。これが生きるか死ぬかの戦いである事は先程嫌というほど思い知らされた。今度はそれを実践する時であった。
天馬は4本腕を受け持つ。以前に6本腕と戦った経験があるので今の彼でも何とか戦えそうだと睨んだのだ。シャクティには鞭腕男が襲いかかる。
シャクティは激しい精神的緊張を強いられる。アディティの裏切りというショックもとりあえずは考えている余裕がないのは幸運だったのかどうか。
「くはは! その綺麗な顔と肌をズタズタにしてやる。俺は女を切り刻むのが何よりも好きなんだよ!」
「……っ!」
男が凶悪に嗤いながら、そのかぎ爪の付いた異様に長い腕を鞭のように撓らせて攻撃してきた。それは現実の鞭と同じように本来なら到底人間の目には見切る事のできない攻撃であった。
(……! 嘘……見える!?)
或いはこの男がシャクティを甚振るためにわざと遅く攻撃しているのかも知れない。彼女にも辛うじて見える速さのその攻撃を一歩後ろに下がって躱す。
「何……!?」
だが男は明らかに驚愕したように目を見開いた。そしてすぐさま追撃に今度は両腕を振るって攻撃してくる。だがやはりシャクティの目にはその軌道がある程度見えていた。心なしか意識を集中すると周囲の時間の流れが遅く感じる。つまりそれだけ自分の身体と精神が高速で動いているという事だ。
(凄い……! これがディヤウスの力なの?)
今までとは違って見える世界に彼女は瞠目した。
「こいつ……ちょこまかとっ!!」
長腕男が苛立ったように両腕を無茶苦茶に振り回してくる。いくら軌道が見切れると言ってもこれだけ縦横無尽に振り回されると中々隙が見出せない。
(……逃げてばかりじゃ駄目だ。こっちからも攻撃しないと)
その決断の時だ。先程牢の扉を切り裂いた時の事を思い出す。あれと同じ事を今度は人(?)に対して行う。やろうと思えば出来るはずだ。後はその覚悟だけ。
シャクティはこれまでの人生を思った。そしてまたあそこに戻る事を想像した。それだけで覚悟が決まった。
(あそこには絶対に戻らない! 私は私の人生を自分で掴み取ってみせる……!)
彼女の覚悟に応えて、両手に神力が集まり再び二振りのチャクラムを形成する。最も手に馴染んだ形状の武器。
(家にある本物のチャクラムが使えればもっと馴染むんだろうけど……)
彼女が武術の稽古を習っていた際に使っていた本物のチャクラム。教導役の師範からも筋がいいと褒められ、父が記念にと購入してくれた物だ。今にして思えばあれが彼女の人生の中で、唯一父から貰ったプレゼントらしいプレゼントであった。
しかし今は彼女の自室に大切に飾られていてこの場にはない。そして手元に無いものを当てにする事は出来ない。
(大丈夫……私はやれる。いえ……やってみせる!)
シャクティは神力で作り出した光のチャクラムを構える。敵の動きは何とか見切れる。ならば攻撃を当てる事もできるはずだ。
「小娘ぇっ!!」
男が咆哮すると、その口から黒い波動のようなものを放出してきた。
「え……!?」
これまで腕を振り回すだけだった男が唐突に別の攻撃手段を用いてきた事で意表を突かれたシャクティは、思わず大きく飛び上がってそれを躱してしまう。だがそれは男の罠であった。
「掛かったなぁっ!」
「……!」
飛び上がったシャクティに向けて男が両腕を撓らせてかぎ爪を振るう。空中では逃げ場がない。これ以上跳んで躱す事も出来ない。これが男の狙いだったのだ。
逃げ場がない。だったら……逃げなければいい。
「シュッ!!」
シャクティは呼気と共に、両手のチャクラムを敵の攻撃に合わせて振り抜いた。神力で作られたチャクラムは男の長い腕をまるで細い糸のように容易く斬断した。武器を通じて肉を断つ感触が彼女に伝わる。だが彼女は意識してそれを堪えた。
「ぎっ!? ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」
一方両腕を切断された男の方はそれを堪えるどころではない。聞くに堪えないような絶叫を漏らしてのたうち回る。絶好の追撃の機会だ。
地面に降り立ったシャクティはその場でチャクラムを掲げて、一気に男に向かって投げつけた。二振りのチャクラムはまるで独自の意思を持っているかのように楕円の軌道を描きながら、両方向から男に迫る。
「おわっ!?」
苦痛に呻いていた男はその投擲に対処できず、チャクラムの刃は正確に男の喉元を斬り裂いた!
「……!! っ!?」
神力で出来た光のチャクラムは男の首を半ばから断ち切り、そこから大量の血液を噴き出しながら男は息絶えた。シャクティが初めて能動的に『人』を殺した瞬間であった。相手は人間離れした怪物であり尚且こちらを殺そうとした敵である。良心の呵責はなかった。
しかしそういう理屈とは異なるもっと本能的な部分で、決して少なくない動揺を彼女に与えていた。人を殺した事、そして自分の力が簡単に人を殺し得る事。
(……っ! 逃げちゃ駄目だ! 受け止めないと……!)
天馬の誘いに乗って、彼等と共に戦うと決めたのだ。動機は今の生活から逃れたいという不純なものではあったが、それだけに彼女には逃げる事は許されなかった。彼女はそう自分に言い聞かせて、何とか目の前の現実を受け止める事に成功した。




