第14話 空想と現実
天馬の予想通りそこは地下空間のようで、窓のない石造りの陰鬱な廊下に鉄格子つきの檻が並んでいた。しかし今はそれらの檻には誰も入っていない様子だった。
「どうやら俺達の貸し切りだったみたいだな」
「こ、ここは一体どこなんでしょうか?」
シャクティも気味悪そうにそれらの檻を眺めていたが、当然天馬にも分かるはずはなく、そして分からない物を考えていても仕方ない。
「どこだっていいさ。とりあえずまずはここから出る事を優先するぜ」
「は、はい」
2人は廊下を進んでいくが、いくらも進まない内に廊下の向こう側から複数の足音が。どうやら先程の『脱獄』の騒音を聞きつけてきたようだ。
「何の音だ!?」
「あ、あいつらは……!」
「捕虜が脱走したぞ!」
現れたのはライフルを持った男達で、最も厳重な独房から脱出した天馬達を見て驚いている。
「テ、テンマさん! あの人達、銃を持ってますよ!?」
隠れる場所もない地形でライフルを構えた男達と相対したシャクティの顔が青ざめる。彼女はまだ自分が得た力の真価を知らない。天馬は彼女に見本を見せる事にした。
「大丈夫だ、落ち着け。ここは俺に任せとけ」
天馬は『瀑布割り』を構えて前に出る。負傷はしているが、それでもプログレスでもない連中に負ける気はしない。
捕虜が脱走した場合は容赦なく殺せと命令されているのだろう。男達は躊躇いなく一斉にライフルの引き金を引いた。向けられた複数の銃口から間断ない轟音と共に火花が迸る。
逃げ場も隠れる場もない狭い廊下でこんなマシンガン掃射を受けたら一溜まりもなく蜂の巣だ。シャクティが思わず悲鳴を上げて屈みこんでしまう。だが……
「ふっ!!」
天馬は刀を縦横に振るって、全ての銃弾を斬り払った。一発の銃弾ではない。いや、一発の銃弾を斬り払うのも人間業ではないが、ましてや複数のマシンガンによる掃射である。狭い廊下で壁に当たった跳弾もある。それらも全てまとめて斬り払ったのだ。後ろにいるシャクティの元まで到達した銃弾は一発も無かった。
それは文字通りの神業……神の御業であった。
「…………え?」
シャクティは何が起きたのか理解できないという風に唖然として天馬を見上げた。『奇跡』を為し得たはずの天馬は涼しい顔をして(元々負傷しているのでそれ程余裕はないが、シャクティにはそう見えた)佇んでいる。
「どうだ? これがアンタが得た力の一端だ。似たような事はアンタにも出来るはずなんだ」
「……!」
「そして当然防御だけじゃなく、攻撃もな!」
天馬は『瀑布割り』を斜め上段に構えた。その視線の先には自分達のマシンガン掃射でとっくに蜂の巣の肉塊に変わり果てているはずの2人が、未だに無事でいる事に対してやはり唖然としている男達がいる。
「鬼刃斬!!」
そしてそんな男達に天馬は容赦なく刀を振り下ろした。彼が振り下ろした軌跡に合わせて、形を得た真空刃が射出される。狭い一本道の廊下で、今度は逃げ場が無いのは男達の方だ。
鬼神の刃は男達の胴体をまとめて抵抗なく輪切りにした。大量の血しぶきや臓物が噴き散らされ地獄絵図となる。
「ひっ!? あ、あぁ……こ、殺したん、ですか?」
「そうだ。見りゃ分かるだろ」
「……っ!」
天馬が平然と肯定した事でシャクティの顔が可哀想なくらい青ざめて引き攣る。天馬は敢えて下手な慰めは言わずに厳しい表情を向ける。ディヤウスとしての見本を見せるのは、何も能力や戦い方だけに限った話ではない。心構えに関してもそれらと同じくらい重要だ。
「あいつらは俺達を殺そうと問答無用で攻撃してきた。そんな奴等に容赦する理由なんてこれっぽっちも無いだろ? 俺は博愛主義者って訳じゃない」
「……っ。で、でも……これは、余りにも……」
「想像してたのと違ったか? これは映画の中の世界じゃない。現実なんだ。現実の敵は俺達を本当に殺そうとしてくるし、そんな奴等と戦うにはこっちも相手を殺す覚悟がなきゃ駄目なんだよ。遊びじゃないんだ」
「……ッ!!」
シャクティが目を見開いて身体を震わせる。彼女にとってはガツンと頭を殴られたような衝撃だろう。夢見がちな物語の中の大冒険を想像していたのなら当然だ。まずその認識を正す必要がある。これは殺し合いなのだと認識させなければならない。その心構えが無ければ彼女はどれだけ力があったとしても、恐らくプログレスにも勝てないだろう。
天馬は幸か不幸か、あの学校での襲撃事件で否応なくその心構えを身に着けさせられた。シャクティにも多少の荒療治が必要であった。
「俺達の戦いが少し理解できたか? 出来たんなら立て。敵はこんな雑魚共だけじゃない。もっとヤバい奴等がいるんだからな」
「ぅ……は、はい」
まだ青い顔をしながらも、自失したり虚脱したりする事無く何とか立ち上がるシャクティ。ディヤウスに覚醒した事で精神面でも補強されているはずなので、辛うじて耐える事ができたようだ。でなければ彼女は最悪自分の殻に閉じこもってしまっていたかもしれない。
「どうする? 俺達の仲間になるのが嫌になったか? 全部忘れて、アンタの言う所の『レールの上』に戻るか? アンタがそうしたいならそれで構わないぜ。心構えのない奴を仲間にしても足手まといにしかなんねぇからな」
「……っ! い、嫌です! それだけは絶対に出来ません。わ、私に覚悟がなかった事は充分理解できました。これからもっと頑張ります! だからお願いです! 見捨てないでください!」
敢えて少し突き放した態度を取ってやると、案の定シャクティは別の意味で顔を青ざめさせて天馬に取り縋らんばかりになる。彼女の現状から抜け出したい気持ちは本物だ。だからこそあんなに容易く覚醒できた訳だが。ならばその気持ちを強さに変える事もできるはずだ。
「別に見捨てたりはしねぇよ。全てはアンタの意志次第だ。俺達に付いてきたいなら相応の覚悟が必要だって事を解っておいて欲しかっただけだ」
「は、はい。それは充分に伝わりました。確かにとても驚きましたが……それでも私の意志は変わりません。私は私の居場所を自分の意志と力で勝ち取ってみせます!」
シャクティが力強く宣言する。彼女にディヤウスとしての生き方を見せるという意味では、とりあえずはこんな所で充分だろう。天馬は頷いた。
「よし。じゃあ話してる時間も惜しいし行くぞ。これから戦いになる可能性が高いから、その覚悟だけはしておけよ?」
「は、はい」
シャクティは緊張した面持ちで頷く。今の攻防でここにいた敵の殆どを排除する事が出来ていたらしく、その後は妨害に遭う事も無く進む。この地下の牢獄はそれ程広い空間ではなかったらしく、すぐに出口と思しき場所に行きついた。
石造りの階段が上に続いており、天井には大きな落とし戸の蓋があった。その蓋の隙間から外気が漏れ出てくるのを感じた。どうやらこの上はすぐに地表であるようだ。
念の為落とし戸の蓋を少しだけ持ち上げて外の様子を確認する。時刻は夜のようだ。周囲には朽ち果てた石造りの建物の遺跡が広がっているのが見えた。かなり面積のある遺跡かどこからしい。
とりあえず見える範囲に誰も居ないことを確認すると、一気に蓋を押し上げて地上に出る。シャクティも素早く後に続いて地上に出た。そして驚いたように周囲の遺跡群を見渡す。
「こ、ここはまさか……ゴールコンダ王宮の遺跡……?」
ハイデラバードのやや西寄りに位置する、かつてのゴールコンダ王国の王宮があった場所。取り壊される事無くその遺跡群はそのまま保全されて、文化遺産として有名観光地化していた。そんな場所の地下に犯罪組織のアジトがあったという事か。
(……まあパンダ園の地下にも人身売買組織のアジトがあったくらいだし、今更驚かねぇけどな)
プログレスやウォーデンら邪神の眷属達が率いている犯罪組織は、一般人を寄せ付けない『結界』の能力が使えるからか結構大胆な場所にアジトを作る傾向があるのかも知れない。




