第13話 低いハードル
「さて、それじゃまずはここから逃げないとだが……」
天馬は当たりを見渡す。コンクリートで覆われた独房のような部屋。入り口には分厚い金属の扉が閉まっている。間違いなく施錠されているだろう。ディヤウスの力なら強引にぶち破る事も出来るだろうが……
(まず間違いなく脱走に気付かれるよな。万全の状態ならともかく今の身体じゃプログレスの一体が相手でも厳しいかもな。ましてやもしアイツに出くわしたら……)
あのナラシンハというウォーデン。万全の状態でも勝てなかった相手だ。今この重傷を負っている状態では100%勝ち目はないだろう。ここがどこかは解らないが天馬をこんな風に拘束もせずに放置している事からも、もし彼が脱走しようとしても確実にそれを抑えられる戦力……即ちあの男がこの場にいる可能性は高いと言える。
(……アリシア達と合流出来れば何とかなるかも知れねぇが、そもそもあいつらあの後どうなったんだ?)
ナラシンハの意向によって殺されずに放置されたという事までは覚えているが、その後すぐに意識を失ってしまったので、彼女らが無事なのか、無事だとして今何をしているのかなどは当然ながら全く分からない。
この場におらず動向も安否も不明な者達を当てにする事はできない。今ここにいる自分達だけで切り抜ける方法を考えるしかなさそうだ。
(ち……八方塞がりってやつか? こうなったら出たとこ勝負で行くしかねぇか)
どのみち何もせずにこのままここにいたら、自分もシャクティも奴等に殺される事になる。ナラシンハの言う『進化の儀式』とやらがどんな物かは知らないが、間違いなく剣呑な内容であり、自分とシャクティの命を何らかの形で奪う結果となるだろう事は明らかだ。
だったら可能な限り抗ってやるまでだ。そう決めた天馬はシャクティの方に視線を向ける。今の天馬が重傷を負っていて本来の力を発揮できない以上、この場を切り抜けられるかどうかは彼女に掛かっているとも言える。
「あ、あの、テンマさん? そんなにマジマジと見つめられると恥ずかしいです……」
彼の視線に何を勘違いしたのか、シャクティがはにかんだように顔を赤らめて、両手を頬に当てている。今の状況が解っているのかいないのか、ある意味何とも能天気な態度であった。
(……もしかしてアリシアとは別の意味で意外と天然なのか? まあある意味で大物なのかも知れないけどよ)
一抹の不安を抱える天馬だが、この場を切り抜ける為にはどうしてもシャクティの力が必要だ。だが彼女は生憎まだディヤウスとして覚醒してはいない。
(覚醒……意図して出来るもんなのか?)
天馬が今までに見たのは自分自身のケースと小鈴の時だけだ。茉莉香は結局最後まで覚醒する事はなかったし、会った時からディヤウスだったアリシアはそもそもどうやって覚醒したのか聞きそびれていた。
自分の時も小鈴の時も、覚醒したのは基本的にやるかやられるかの極限状態であった。となるとシャクティもそのような状況に追い込まなければ覚醒は難しいという事になる。
こんな夢見がちな女の子を血生臭い戦いの場に追いやるというのは気が引けるが、どのみち邪神との戦いに勧誘しようとしているのだから今更な話でもある。またディヤウスである以上、かつての天馬達と同様いずれ必ず戦いに巻き込まれる。
「俺はこんな状態だし、ここから逃げるには正直アンタの力……正確にはアンタの中に眠ってる力が重要になってくる。だが俺達の経験上、ディヤウスの力はそう簡単に覚醒できるものじゃない。だから場合によってはちょっと危険を伴う事になるかもだけど、その覚悟はあるか?」
「ディヤウスの力……あの夢の中でパールヴァティ様に言われていた力ですね。それだったらもしかして……何とかなるかもしれません」
「へ……?」
シャクティの答えに天馬は再び間の抜けた声を上げてしまう。彼女は構わず両手を合わせて天を拝むような姿勢になり、そっと目を閉じた。そして何事かを強く念じるように眉根が寄せられ、閉じた両目が何度かピクピクと動いた。
時間にすれば僅か数秒の『瞑想』の後、シャクティは再び目を開けた。
「お喜び下さい、テンマさん! パールヴァティ様が力を貸して下さるそうです! これで私もディヤウスになれました! 身体の奥底から力が湧いてくる感じがします。これがディヤウスの力なんですね!」
「んな……!?」
無邪気に喜ぶシャクティの姿に天馬は絶句してしまう。確かに彼女から神力を感じるようになっていた。嘘を言っている訳ではない。つまり彼女は、天馬や小鈴があれだけ苦労した過程をあっさりとすっ飛ばしていとも容易く覚醒してしまったのだ。
天馬としては唖然とするより他ない。
「テンマさんのお陰です! 夢の中の事なんて信じられなかったんですが、あれが現実だとテンマさんが教えてくれたお陰で、一度そういう物だと認識してしまえば問題ありませんでした。何でかパールヴァティ様には少し呆れられていましたけど」
シャクティが首を傾げている。やはり少々天然が入っているようだ。天馬にはそのパールヴァティという女神の気持ちがよく解った。
「まあ……微妙に釈然としねぇけど、今の状況じゃ素直に喜ぶべきだよな。あー……シャクティ、それじゃ自分の能力の使い方とかは分かるか?」
ハイな様子になって興奮しているシャクティに声を掛けると、彼女はコクンと頷いた。
「は、はい、それは何となく解ります。ええと、確か……こんな風に念じると……」
彼女が両手を上に向けて広げる。そして再び何かを念じるような仕草を取ると、それぞれの掌の上辺りにボゥ……と光の玉のような物が出現した。シャクティが更に念じていくと、その光の玉は形を変えて円形の輪のような物を形作る。
「……! それは、チャクラムか?」
鬼神流の修行の一環として古今東西の武器にも詳しい天馬は、シャクティの手の中に出現した武器についてすぐにその正体を見抜いた。
主にインドやペルシアなど南アジア地域で好んで使用された武器で、日本では円盤や圏などとも言われる。反りのついた円形の刃が大きな特徴でそれで敵を斬り付けつつ、その攻撃を受け流して逸らすのにも使える、見た目からは想像が付かない攻防一体の武器でもある。
大きさは大体直径が50センチ程度。扱いやすさや取り回しの軽さを重視しているが故のサイズだ。
「は、はい。私は幼い頃から父によって様々な習い事をさせられていましたが、その中の1つに護身用を兼ねた武術がありました。特にこのチャクラムを使った武術はとても適性があると言われて、私自身も唯一楽しかった習い事でした。今にして思えば適性があったのも、パールヴァティ様のお陰だったのですね」
シャクティは自らが作り出した光のチャクラムを目の前に掲げて眺める。
「家にある本物の二振りのチャクラム。あれが一番手に馴染んでいるので、なるべくアレをイメージして作り出してみたんですけど、上手くいったみたいです」
天馬が学校でプログレスと戦った時に作り出した光の剣。あれと原理は同じだろう。そのままでも強い事は強いが、やはり相性の良い実物とシンクロさせた神器には劣る。恐らくその実家にあるという本物のチャクラムを使えば神器化も可能であろうが……
(……ま、無い物ねだりしても仕方ねぇな。今はとにかくこの場で出来る範囲の力を使って解決するしかないか)
そう結論付けた天馬は頷いた。
「ああ、初めてにしちゃ上出来だ。じゃあ早速その力を使ってもらう事になるぜ。まずはあの扉をぶち破るんだ」
天馬は入り口の分厚い鉄の扉を指差す。シャクティの攻撃能力を測るには丁度良い据物斬りだ。周囲のコンクリートの壁はどのくらいの厚みがあるか分からないし、この場所が地下にある可能性も考慮するとやめておいた方が無難だろう。
「解りました。やってみます……」
シャクティは両手のチャクラムを構えると、扉の前に立った。そして流石に真剣な表情になって目の前の鉄扉を睨み据える。
「ふっ!!」
そして呼気と共に両手のチャクラムを振り上げ、まるで×印のような軌跡で交叉するように一気に振り下ろした!
………………
一瞬の沈黙。その後に鉄扉の表面に綺麗な×印の線が出現する。その線はどんどん大きくなり、やがて……
「……!」
分厚く人の力では到底ビクともしないような金属の扉が、まるで脆い障子紙のように滑らかに斬断されて吹き飛んだ。
「や、やった! やりましたよ、テンマさん!」
「あ、ああ。よくやったな、シャクティ。見事なもんだ」
無邪気にはしゃぐシャクティを褒める天馬。実際にその威力は充分と言っていいだろう。だが派手な轟音は確実に周囲に響き渡ったはずであり、このまますんなり脱出という訳に行かないであろう事は確実だ。
ディヤウスとしての力はあるようだが、まだ実戦経験がなくその覚悟も足りてなさそうなシャクティと2人だけというのは、自身が万全の状態とは言い難い事もあって甚だ懸念材料ではあるが、こうなったら後戻りはできない。後はひたすら最善を尽くしながら突っ走るのみだ。
「よし、それじゃ一丁脱出劇と行きますか。行くぜ、シャクティ!」
「はい、テンマさん!」
傷をおして立ち上がった天馬は、シャクティと共に独房の外へと飛び出していった。




