第8話 人外の戦い
『死ねぃ! 異教のディヤウス共よ!』
プログレス共が口火を切ると一斉に襲い掛かってきた。天馬は真ん中にいる6本腕を受け持つ。この中ではこいつが一番手強そうだと踏んだのだ。仲間達にも素早く指示を出す。
「小鈴はあの触腕の奴を頼む! アリシアはあのゴリラだ! アディティはアリシアを護衛してやってくれ!」
「わ、解ったわ! 天馬も気を付けて!」
「うむ、任せろ!」
「承りました」
三者三様の返事が返ってくる。敵の大体の戦力と見た目の相性などから導き出した咄嗟の割り振りだ。後は彼女らの腕に任せるほかない。天馬は自分が受け持った邸に集中する。
『私の相手を1人でしようとは、愚かな小僧だ!』
6本腕が嗤う。やはりこいつはこの中では最も強いようだ。6本腕は正確には4本の腕にそれぞれ刀のような武器を携え、残りの2本には両手で把持する槍のような武器を持っていた。つまり敵の武器は全部で5つだ。
「鬼刃斬!」
先制攻撃を仕掛ける。刃の軌跡が6本腕に向かって飛ぶが……
『馬鹿め!』
何と6本腕も2本の刀を同時に振り抜いて、そこから黒い真空刃を飛ばしてきた。二つの真空刃がぶつかり合って相殺する。衝撃が弾け空気が振動する。
『シハッ!』
その衝撃の残滓を割るようにして接近してきた6本腕が気合と共に、リーチに優れた槍を突き出す。恐ろしい程の速さだ。天馬は咄嗟に身を捻って回避するが、6本腕はそのまま連続突きを仕掛けてくる。
「ちっ……!」
天馬は舌打ちしながら回避に専念する。槍のリーチは長いので、このままだと反撃できずに一方的に攻撃され続ける事になる。天馬も隙を見つけて踏み込もうとするが、そうすると残り4本の刀が煌めいて天馬の接近を許さない。普通に2本腕で槍だけを扱う分には絶対に出来ない芸当だ。
まともに踏み込むのは難しい。しかし踏み込まねば勝てない。だったら……
「ふっ!」
天馬は自分の刀で相手の槍を受ける。そしてそのまま受けに専念する。6本腕は天馬が防戦一方になったと見て、嵩にかかって連撃の勢いを強める。その速さと威力は凄まじく、完全には受けきれなかった槍の穂先が彼の身体を掠り傷を穿ち、出血を増やしていく。
『ふぁははは! どうした小僧! 手も足も出んか!?』
防戦一方となって傷ついていく天馬の姿に6本腕が嗤う。そして彼に止めを刺すべくその心臓目掛けて一段と鋭い突きを繰り出した。当たれば天馬は即死だ。
(――――ここだ!)
だがその時天馬はカッと目を見開いた。そして6本腕の刺突に合わせるように刀を、まるで弧を描くような軌道で滑らせる。その刃は狙い過たず槍の柄に打ち当たり……半ばから滑らかに切り落とした!
『何……!?』
6本腕が動揺する。槍にも当然自身の魔力を纏わせて強化していた。いかにディヤウスの神器とはいえ、そう簡単に切断できるはずがない。
だが天馬は防戦一方に見えてその実、相手の槍を受け流す際に常に同じ箇所に刃を当てて逸らしていたのだ。同じ所に正確に何度も刃を打ち付けられた槍の柄は徐々に強度が落ち、最終的に最後の一撃によって綺麗に切断されるに至ったのだ。
6本腕の攻撃は恐ろしい速さであり、その攻撃を受けながら尚正確に同じ個所を狙い撃ちし続けた天馬の、6本腕も遥かに上回る神業であった。とにかく6本腕はこれでリーチの長い武器で一方的に攻撃する手段を失った。天馬はその隙を逃さず一気に肉薄する。
『おのれ、調子に乗るなよ小僧! 我が力の真髄を見せてくれるわ!』
6本腕はただの棒になった槍を投げ捨てると、空いた腕で両腰に提げていた予備の刀を抜き放った。これで6本の腕全てに刀を持った六刀流となった。まさにインド神話に出てくる多腕の神々そのものな姿になった怪物は、六つの刃全てを使って天馬を迎え撃つ。
『けぇぇぇぇっ!!』
奇声と共に六つの刃が天馬に襲い来る。当然ながら6本の腕を持った人間との戦いは鬼神流でも想定されていない。いや、古今東西あらゆる武術、剣術においても想定されていないだろう。
だが天馬はこの短い戦いの間だけでも、その卓越した戦闘センスによって既にある程度の見切りを得ていた。
「ふっ!!」
流れるような身のこなしで6本の刀による斬撃を巧みに躱していく。あらゆる方向から迫る斬撃をまるで横や後ろにも目が付いているかのように捌いていくのだ。焦ったのは6本腕だ。
『馬鹿な……何故だ!』
「腕だけ沢山あっても……それを操る『頭』は一つだけだろ?」
『……!!』
それこそが天馬が見切った6本腕の弱点であった。6本の腕全てが独自の意思を持っているならともかく、所詮は一つの脳で制御されている同じ端末に過ぎない。6本腕の目線の動きや表情、力の入れ具合などからどのような攻撃が来るかは推察できた。
そして相手が狙っている箇所さえ解れば、どんな方向から攻撃が来ても対処できる。そういう修行を幼い頃から積んでいたし、それはディヤウスとなった事で一種の第六感的な水準にまで研ぎ澄まされていた。
それだけでなくどれか1、2本の腕が直接攻撃をしている時は、それ以外の腕は意外と雑な動きをしている事にも気付いていた。これも同じ一つの脳で制御されている事の弊害だろう。6本の腕全てを同時に緻密に操る事は出来ないのだ。実力のない者を惑わすには雑な動きで充分だろうが天馬には通じない。
「ひゅっ!!」
そして敵の攻撃の隙を突いて、そうした制御の甘くなっている腕に狙いを定めて反撃の刃を一閃。正確に2本の腕を切り落とした。
『うぎぃぃぃっ!!』
6本腕が傷口から血を噴き出しながら苦悶する。それでも残った腕で攻撃してくるが、天馬はそれを容易く掻い潜ると再び刀を横薙ぎに一閃する。今度は6本腕の首が宙を舞った。
首を切り落とされた6本腕の身体が、両膝をついてその場にうつ伏せに倒れ伏した。流石に首を切断されては生きていられないようだ。
「ふぅ……ま、こんなとこだな」
天馬は敵の死を確認して息を吐くと、素早く仲間達の状況に目を走らせる。まだ戦闘が続いているようで小鈴もアリシア達も、これまでとは勝手の違う敵相手に苦戦しているようだった。天馬はまず1人で敵を受け持っている小鈴の加勢に入る。
「小鈴、大丈夫か!」
「天馬!」
小鈴が喜色を浮かべる。身体のあちこちに裂傷を負って息を荒げているが、辛うじて致命傷は負っていないようだ。彼女と戦っていた触腕男が驚愕の表情で振り返る。
『馬鹿な! ドゥルーヴを1人で倒しただと!?』
触腕男はその背中に生えた巨大な腕で上から拳を打ち下ろしてくる。手の先には鋭い鉤爪が生えていて、どうやら小鈴はこれにやられていたようだ。関節がいくつもある奇怪な動きに惑わされそうになるが、冷静になれば速さ自体はそれ程でもない。天馬はその拳の動きにだけ注意して打ち下ろしを躱すと、カウンターで刀を一閃しその腕を切り落とした。
『ギャアアっ!!』
触腕男が痛みと衝撃で仰け反る。大きな隙だ。
「天馬、ありがとう! 後は私が……!」
彼が止めを刺そうとするよりも早く小鈴が高く飛び上がった。そして大きく振り上げた脚に炎を纏わせ、高所から一気に踵落としを決める。
「はあぁぁぁぁっ!!」
『ぐべっ!!』
脳天に強烈な炎の踵を喰らった触腕男は、潰れた蛙のような呻き声を上げて頭蓋を陥没させた。当然即死だろう。
「よし、お前はちょっと休んでろ!」
「天馬!?」
触腕男の排除を確認した天馬はすかさずアリシア達の救援に入る。小鈴は少し辛そうにその場に片膝をついていたのでそのまま休ませておく。
最後のゴリラ男はアリシアの神聖弾が脅威だと見切ったらしく、アディティを無視してアリシアを集中的に襲っていた。その為強力な神聖弾を撃ち込む機会を得られず防戦一方のアリシア。
勿論アディティがゴリラ男を妨害しようと攻撃しているのだが、ゴリラ男は防御力と耐久力に優れているらしく、スピードと手数で攻めるタイプの彼女では中々決定打を与えられずに、逆にうるさい蝿でも追い払うようにその巨大な腕で打ち払われたりしていた。
徐々に壁際に追い詰められているアリシア。このままではマズい。
「おい、ゴリラ野郎! てめぇの相手はこっちだ!」
『……!!』
天馬が敢えて大声で挑発すると、ゴリラ男は明らかに動揺して天馬に振り向いた。仲間が全員やられたのだから当然だが、それはこの場においては致命的な隙となった。
「……! 今だ……!」
その隙を見逃すようなアリシアではなく、敵の頭目掛けて神聖弾を撃ち込んだ。充分練り上げられた神力の塊は、反応が遅れたゴリラ男の頭部を貫通して爆散させた。巨体がドウッ!っと倒れ込む。
これで3体全員を倒す事が出来た。天馬は他に敵がいない事を確認して、もう一度大きく息を吐いてから構えを解いた。




