第15話 火神
「ぐっ……くそ……」
ダメージが大きくすぐには立ち上がれない天馬達。鑿歯は悠然と歩み寄って彼等に止めを刺そうと手を振りかぶるが……
「……! ほぅ……」
その手が止まる。天馬達の前に……小鈴が立ち塞がっていた。しかしその顔を青ざめたままで、身体も小刻みに震えてはいたが。
叔父が自分を騙していた犯罪者であった事、そして天馬達を倒した圧倒的な強さ。そのどちらもが彼女にショックを与えていたが、それでも気丈に立ちはだかる小鈴。
「叔父さん……もう止めて。こんなの間違ってる。私に道士としての修行を施してくれたあの叔父さんはどこへ行ったの? 目を覚まして!」
「ふん……お前が私の何を知っている? お前を引き取ったのはただの気紛れに過ぎん」
養女でもある姪の必死の懇願にも眉1つ動かさず、それどころか何かを思い出したように嗜虐的な笑みを浮かべる鑿歯。
「碌でもない友達を助ける為だけにこんな所までくる行動力。そして偽善者ぶり。……あいつにそっくりで反吐が出る。お前の父親であった武生の奴にな」
「え……お、お父さん?」
死んだ実の兄弟であるはずの小鈴の父親の事を蔑みながら語る鑿歯。小鈴は呆然として彼の顔を見上げる。2人の仲が悪かったという話は聞いていなかった。だが鑿歯は憎しみに顔を歪める。
「お前にそんな事を悟らせると思うか? 私は常にあいつが目障りだった。成都市公安局の部長刑事だったあいつは黒社会のとある犯罪組織を検挙すべく捜査を進めていた。馬鹿な奴だよ。家族がいる身であんな事をやるべきじゃなかった。そしてあいつが究極に愚かだったのは、弟である私がまさにその犯罪組織と関わりがあると知らなかった事だ」
「……!!」
「当時から公安とも繋がりがあった組織は、見せしめとして大胆で目立つ方法であいつを殺す事に決めた。そう、例えば……映画館で家族と共に焼き殺す、というような方法でな」
「っ!!」
鑿歯が話す度に小鈴の顔が強張り青ざめていく。映画館の火事……。それは10年前、彼女が家族を失う事になった忌まわしい事故、だったはず。
「あれは……事故じゃ、ない……?」
「その通り。あれは組織がその力を誇示する目的も兼ねた、入念に計画された殺人だよ。お前達家族以外の巻き込まれた連中は気の毒という以外にないがな」
欠片もそんな事は思って無さそうな口調でのたまう鑿歯。そして彼の顔が邪悪な悦びに歪む。
「そして実際にお前の父親に、家族を伴ってあの映画を見るよう勧めてチケットを渡したのは誰だと思う? 組織の実行役に決行の合図を送ったのは?」
「ま、まさか……?」
今の話の流れからするとそれは1人しかあり得ない。小鈴はマジマジと叔父の顔を見つめる。
「そうだ。この私だよ。私がお前の家族を殺したのだ。……尤も本当はお前もあそこで焼け死ぬはずだったのに、事もあろうに無傷で『奇跡の生還』を果たすとはな。それだけが計算外であった」
忌々しそうに顔を顰める。そこに身勝手な理由で小鈴の家族を惨殺したという罪悪感は皆無であった。
「お、お前……お前がぁぁぁぁぁぁっ!!!」
10年間忘れていた感情の昂り、悲しみ。家族を殺した犯人への怒りと憎しみ、そしてその犯人に騙されてずっと養育されてきた自分への不甲斐なさ。様々な感情が綯い交ぜになった小鈴は激情の赴くままに、梢子棍を振りかざして鑿歯に突進した。目の前の憎い仇の頭を叩き割ってやらねば気が済まなかった。
だが天馬達でも勝てない相手に、ましてやディヤウスとして未覚醒の小鈴が敵うはずもない。
「ふっ……」
鑿歯が軽く手を振っただけで渾身の一撃は軽々と受け止められ、そしてそのまま横殴りに吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
「お前はすぐには殺さん。余計な事に首を突っ込んだ愚かさ、そして親の仇である私に騙されていた愚かさを噛み締めながら、お前が連れてきたあやつらが殺されるのを眺めているがいい」
床に突っ伏して呻く小鈴を嘲笑いながら、鑿歯は未だにダメージから立てずにいる天馬達に止めを刺すべく近付いていく。
(く……駄目! このままじゃ……!!)
小鈴は立ち上がろうともがくが、鑿歯に軽く払われただけでダメージは大きく立ち上がれない。彼女は心底自分の無力さに絶望した。今回の一件では天馬達に頼りっぱなしで、自分は何の役にも立っていなかった。その天馬達が彼女のせいで殺されようとしている。そんな事を認める訳には断じて行かなかった。
アリシアは小鈴の中にも、彼等と同じディヤウスとしての力が眠っているのだと言っていた。実際に彼等に聞かれたように、小鈴はとある存在と対面する不思議な明晰夢を見ている。
あれは幻覚や妄想などではなかったのだ。自分の中には確実にディヤウスの力が潜在している。あとは切欠さえあれば目覚めるはずなのだ。
(今が……今、目覚めないでいつ目覚めるのよ! お願いよ! 私はディヤウスとして戦うわ! その決心が付いた! だから、私に力を貸して…………祝融!!)
次の瞬間、彼女の視界は強烈な光に包まれ、気付いたら彼女の意識はどことも知れぬ幻想的な空間の中に浮かんでいた。だが小鈴はこの空間に覚えがあった。あの明晰夢で見たのと同じ場所だ。
(おお……ようやくその決心が付いたのかえ? 待ち侘びたぞ、小鈴よ)
(……! あなたは、祝融?)
小鈴の意識の目の前に、1人の派手な衣装の女性が佇んでいた。いや、衣装だけではなくその髪も、まるで燃え盛る炎を表わしているかのような鮮やかな原色をしていた。
以前に見た明晰夢で語り掛けてきた存在。いや10年前にも彼女を業火から守ってくれた存在。小鈴は今ようやくその事を思い出した。
(如何にも。炎帝の末にして火の神たる祝融じゃ。その妾の力を使って、邪神やその手先共と戦う決心が付いたという事で良いのじゃな?)
(ええ……もう迷わない)
(その言葉と意志を待っておったのじゃ。お主に今の生活への未練があり、戦いに身を投じる決心が付かぬうちは妾の力を授ける事が叶わなかったのじゃ)
(……!)
それが天馬達と共に戦いながら、彼女がディヤウスとしていつまでも覚醒できなかった理由。だが最早その枷は取り払われた。目覚めの時だ。
(叔父を……いえ、鑿歯を倒すわ! 私に力を貸して、祝融!)
(相分かった。だが相手も強敵だ。くれぐれも油断するでないぞ? これからのお主の行く末を期待しておるぞ、小鈴よ!)
そして火の神の力が奔流となって彼女の中に流れ込んできた。
次回は第16話 共同戦線




