第13話 勝利の代償
『死ね、小僧!』
まず鼠男が先陣を切った。あの黒い波動を放って攻撃してくる。天馬はそれを素早く躱すと鼠男に向かって斬り掛かる。だがそこに猫男が側面から襲い掛かる。黒い波動を放出せずに鉤爪の生えた両手に纏わせている。
「……!」
本能的に危険を感じた天馬は咄嗟に攻撃を中断して身を捻る。脇腹に僅かに猫男の爪が掠る。
「ぐぁっ!」
天馬の表情が歪む。掠っただけだがかなりの激痛であった。傷口から血が滴る。しかし天馬に休む暇はない。犬男が持っていた柳葉刀に黒い波動を纏わせて突っ込んできたのだ。
『ぬぅん!』
「ち……!」
唸りを上げて振るわれる黒い刀。天馬は自身の瀑布割りに神力を纏わせて鬼神三鈷剣を形成すると、正面からその斬撃を受け止めた。
「……っ!」
天馬の剣と接触した敵の刀が……折れない! 黒い波動によって強化されているらしく、そのまま刀を押し込んでくる。犬男は3人の中で最も体格が良く、更にプログレス化で倍増した凄まじい怪力で押し込んでくるので、天馬もディヤウスの力で押し返そうとしても中々動かない。
一時的な鍔迫り合いのような状態となるが、一対一ならともかく他にも敵が居る状態で鍔迫り合いはマズい。案の定猫男が天馬の背後に回り込んで鉤爪を振るってきた。
「……!!」
天馬は咄嗟に鍔迫り合いを中断して跳び退るが、やはり僅かに間に合わずに鉤爪が背中を掠る。
「ぐぅ!」
苦痛に顔を歪めながらも刀を振るって猫男を牽制する。脇腹と背中に裂傷を負って息を荒げる天馬。傷自体は浅いが、猫男が手に纏わせている黒い波動の効果か、傷口から痺れが広がっているような感覚がある。
『くはは……我が鉤爪に纏わせた邪気が毒となって貴様の身体に染み込んでいるのが解るぞ。いつまで耐えられるかな?』
「……ちっ」
猫男の哄笑。やはり錯覚ではなかった。受けに回るとマズそうだ。早く決着を付ける必要がある。天馬は早期決着を狙って自分から攻め込む。
『馬鹿めっ!』
鼠男が再び黒い波動で迎え撃ってくる。天馬は今度は躱さなかった。躱した隙を狙って攻撃されるし、何よりも先程は運が良かったが下手に躱すと方向によっては操られている女性達が巻き込まれてしまう。
「おおぉぉぉぉっ!!」
天馬は気合と共に真っ向から鬼刃斬を放つ。振り抜かれた刃の軌道に沿って光の剣気が飛ぶ。鬼刃斬は黒い波動を切り裂いてそのまま突き進む。
『ヌワッ!?』
鼠男が驚愕するが光の刃はその勢いのまま鼠男を縦に両断した。しかし犬男と猫男はその隙に散開して左右から襲い掛かってくる。犬男は柳葉刀、猫男は鉤爪。どちらも黒い波動を纏っている。
2人同時に相手には出来ない。天馬は瞬時に判断して、猫男の方にターゲットを定める。犬男の方だとまた先程の繰り返しになる恐れがある。
『……!』
自分の方に向かってくる天馬を見て、猫男がその縦長の目を見開く。犬男が迫ってくるまでに短時間で倒さなくてはならない。
猫男がまだ少し距離があるにも関わらず、両手の鉤爪を横薙ぎに振り抜いてきた。するとまるで爪で引っ掻いたような軌跡で黒い波動が射出されて天馬に迫る。猫男も遠距離攻撃が出来たのだ。
天馬は一瞬意表を突かれたものの突進の速度を落とす事無く大胆に身を屈めて、まるで地を這うかの如き体勢で猫男の鉤爪の波動を躱す。
『ちぃ……!』
猫男は舌打ちして跳び退ろうとする。かなり素早い動きだが天馬はディヤウスの力を全開にして、それ以上の速度をもって迫撃する。焦った猫男が慌てて今度は直接鉤爪を振るってくるが、それを掻い潜り鬼神三鈷剣を一閃。化け猫の首が宙を舞った。
『おのれっ!』
最後に残った犬男が追い付いてきて、黒い波動を纏わせた刀を連続して斬り付けてきた。振り返った天馬も自身の得物を掲げてそれを迎え撃つ。互いに常人には目にも留まらぬ速度で得物を振るい、黒い軌跡と赤い軌跡が何度も交錯して激しい火花が散る。
そして何合が打ち合ったのち……
『……!!』
犬男の刀が半ばから真っ二つに断ち割れた。ディヤウスの武器と何合か競り合っただけでも大したものだが、遂に耐久値の限界を迎えたのだ。
「終わりだぁっ!」
天馬は裂帛の気合で袈裟斬りに剣を斬り下ろした。犬男の胴体が斜めに深々と斬り裂かれて大量の血が噴き出す。
『ば、馬鹿、な……これ程と、は……』
断末魔の呻きと共に血を吐いた犬男が崩れ落ちる。それと同時に戦場となったフロアの入り口を塞いでいた女性達が、糸が切れたかのように全員その場に倒れ込んで『女体の壁』が崩落した。
「テンマ……!」
「天馬、大丈夫……!?」
それによって部屋から締め出されていたアリシアと小鈴が駆け付けてくる。
「ああ、何とかな…………ぐっ!?」
「天馬!?」
窮地を脱した事を確認して息を吐いた天馬はアリシア達の方に向き直るが、急に襲ってきた苦痛に顔を歪めて膝をついてしまう。小鈴が慌てて駆け寄って介抱する。
脇腹と背中が燃えるように熱い。いずれも猫男の鉤爪で切り裂かれた箇所だ。確かに鋭い鉤爪による裂傷で服が切れて血が滴っていたが、そこまで深い傷ではない。あの学校で魚男に殺されかけた時とは比べるべくもない。
ましてや今のディヤウスとして覚醒した天馬であれば、この程度の傷で膝を着いてしまうなどあり得ない事だ。
「これは……一種の毒だな。奴の爪から分泌された邪気がお前の体内を浸食しているのだ」
「毒、だと……?」
厳しい表情で天馬の状態を分析するアリシアを見上げる。
「無論いずれはお前の体内に満ちる神力によって浄化されるであろうが、正確にどれくらいの時間が掛かるかは解らん。場合によっては数日かかる事もあり得る。少なくとも1時間や2時間という話でないのは確かだ」
「……!」
つまり少なくとも今この場で即、この毒を中和する方法は無いという事だ。
「マジかよ……。まだ小鈴の友達を見つけてないし、鑿歯とかって野郎もこの奥にいるかも知れないのによ……」
あの倒れている女性達の中に吴珊の姿が無かったであろう事は小鈴の反応を見れば分かる。首領と思しき人物も出てきていないし、ここでの戦いはまだ終わっていないのだ。
「後は私達がやるわ。天馬はここで休んでてよ。あなたはもう充分やってくれたわ」
小鈴がそう申し出るが天馬はかぶりを振った。
「いや、そうも行かないだろ。この先にも何があるか分かんねぇし、敵のボスだっているかも知れねぇんだ。こんな所で寝てられるかよ」
天馬は苦し気な表情で脂汗を流しながらも何とか立ち上がる。それを見ていたアリシアが冷徹とも言えそうな表情で頷いた。
「……うむ、そうだな。済まんがもうしばらく頑張ってくれるか、テンマ?」
「アリシア!? 本気で言ってるの!?」
小鈴が信じられないものを見るような目でアリシアを仰ぎ見る。だがアリシアの表情は動かない。
「現実的に考えるのだ、シャオリン。私とお前の2人だけでこの先に進んで、敵の首領を斃しお前の友達を救い出せると確実に言えるのか?」
「……! そ、それは……」
小鈴の勢いが弱まる。
「お前がディヤウスとして覚醒しているならともかく、未覚醒では普通の人間と大差ない。ならばその分は例え万全でなかろうとテンマに補ってもらうしかないのだ」
「……っ!」
小鈴の顔が歪む。自分がディヤウスらしいとは解っていても、どうやったら覚醒できるのかが解らないのだ。彼女が覚醒さえ出来ていれば天馬達と対等に戦えていたし、結果として彼がこのような負傷をしなくて済んだはずだ。その忸怩たる思いが彼女の表情から滲み出ていた。
「アリシア、もういい。覚醒できないのは別に小鈴のせいじゃねぇし。それに俺は単純に女子だけを戦わせて自分が楽してるのが嫌なだけさ。要は俺自身の我が儘なんだ。小鈴は気にする事はねぇよ」
「て、天馬……」
小鈴が済まなさと感動が入り混じったような調子で声を震わせる。アリシアはただ頷いて帽子を傾けた。
「……よし、ならば進むぞ。敵にこれ以上迎撃や罠を張らせる余裕は与えられんからな」
そして3人はフロアの奥へと続く通路を進んでいくのだった。
次回は第14話 『黒獣』の鑿歯




