第9話 尋問
「ふぅぅぅ……何とか終わったか。しかしこれは想定外であったな」
アリシアがデュランダルを収納して一息吐く。天馬も瀑布割りを収納すると溜息を吐いて頷いた。
「ああ……てっきり雑魚的な奴等がもっと大勢いるかと思ってたのに、まさか少数精鋭でくるなんてな」
敵がプログレスしかいなかったので生け捕りにする余裕などなかった。そもそも邪神に忠誠を誓うあの化け物共が素直に情報を吐いたとも思えない。
「ご、ごめんなさい、2人とも。私がもっと強ければ……」
小鈴は悄然と項垂れて2人に謝罪する。彼女が一端の戦力になっていればもう少し余裕があったはずだ。そうなれば何らかの方法で敵から情報を引き出す手段もあり得ただろう。彼女は自分の無力さに呻吟した。
「い、いや、プログレス相手に持ち堪えられただけでも大したものだと思うぜ? なあ、アリシア?」
「うむ、そうだな。並みの人間であれば抗う事さえ出来ずに屠殺されるしかない。それがプログレスという存在なのだ」
「……っ! で、でも……それでも私は……!」
そう慰められても彼女の中の悔しさは消えない。そもそもこれは自分の問題であるはずなのに、完全に助っ人の2人に頼ってしまって自分が何の役にも立てていない状況に納得できるはずがなかった。
ましてや自分もディヤウスであり、まだ覚醒していないなどと聞かされては余計に悔しさが募る。
あの学校襲撃で強い無力感と力への渇望を抱いた経験のある天馬は、何となく小鈴の気持ちが理解できてしまい、何と声を掛けて良いものか迷っていたが、そんな彼の視界と感覚の片隅に何か動くものが映った。
人影だ。路地から走って逃げようとする。結界が解かれてから誰かが入ってきた形跡はない。つまりあの人影は最初から結界の内部にいて、尚且つプログレス達に襲われなかったという事になる。
「……! おい、待てっ!」
天馬は反射的にディヤウスの力を解放して一瞬でその人影に追いつくと、技術と力で強引に地面に組み伏せた。
「ひっ!? ゆ、許して! 私は何もしてないわ!」
「……! あんたは……」
それは警察署で小鈴と口論していた受付の女性職員であった。女性はプログレスにはなれないはずだが、何もプログレスだけが構成員という訳ではないだろう。
「何もしてないって……じゃあ何でここにいたのよ!? 何か知ってるわね!?」
当の小鈴も駆け寄ってきてその女性を認めると、目を吊り上げて詰め寄った。
「ゆ、許してぇ! 【鑿歯】様に命令されていたのよ! 戦いの様子を動画で撮影して送信するようにって……!」
「鑿歯だと? 確か昨日の奴もそんな名前を口にしていたな?」
女性が口走った名前にアリシアが眉を吊り上げる。昨日の僵尸共を操ったプログレスの事だ。状況から推察するにその鑿歯とやらがこいつらの主か何かなのだろう。天馬達は顔を見合わせた。プログレスを生け捕りに出来なかった事で囮作戦は失敗かと思われたが、どうやら首の皮1枚で繋がったようだ。しかもプログレスを尋問するより遥かに容易そうだ。
小鈴が女性の顎を掴んで強引に持ち上げた。女性は苦しそうに呻く。
「その鑿歯ってヤツが吴珊を攫った組織のボスなの? そいつはどこにいるの? 大人しく吐いた方が身の為よ。撮影してたって言うならこの人達の容赦の無さも見てるでしょ?」
「……っ!」
プログレス達の惨殺死体を見た女性が青ざめる。小鈴に合わせるようにアリシアもしゃがみ込んで、再び顕現させたデュランダルの銃口を女性の額に押し当てる。
「このように我々は凶器を自由に出したり消したりできる。凶器が見つからなければ殺害の証明はできん。つまり我々はその気になれば法に縛られずに殺人が可能という事だ。これが何を意味するかは説明せずとも分かるな?」
「っ!!」
アリシアの恫喝に女性の顔が青を通り越して白くなる。因みに天馬は女性を押さえつけているだけで無言に徹していた。相手も女性だし、ここは同性の2人に任せた方が上手く行くと本能的に理解していた。
「ま、待って! 解った。解ったから! 私が知ってる事は全部話すから殺さないでっ!」
果たして女性は、同性からの容赦ない恫喝にあっさりと屈して降参の意を示した。だが勿論小鈴もアリシアもそれで追及の手を緩めるような事はない。
「早く話しなさいよ。因みにちょっとでも言い淀んだり嘘だと判断したら、この人反射的に引き金を引いちゃうかも知れないからそのつもりでね?」
「私達アメリカ人は銃が大好きで、とにかく理由を付けて引き金を引きたくて仕方がないのだ。さて、お前は私の欲求を満たしてくれるのか?」
2人共やけにノリノリな様子で息の合った掛け合いを見せる。当の女性はそれどころではなく本気で顔を引き攣らせる。
「ひっ!? さ、鑿歯様はこの成都市……だけでなく四川省全域をカバーする人身売買組織の元締めなのよ。その素性は誰も知らないわ。で、でもあの方は裏切り者を絶対に許さない。私は粛清される……」
「安心しろ。その前に我々がその鑿歯とやらを斃してやる。生き延びたければお前達のアジトの場所を吐け」
アリシアの言葉に女性はもう後戻りできないと観念したのか、嘆息した。
「わ、解ったわ。アジト……と言っていいのか解らないけど、この四川省で集めた商品を他省や外国の業者に売り捌く為の卸売市場があるわ。鑿歯様は普段はそこにいる事が多いわ。攫われた女性や子供達も一旦はそこに集められるから、あなたが捜している友達もいるとすればそこよ」
「……!! どこ!? どこなの!?」
小鈴が目を剥いて女性を揺さぶる。女性は目を白黒させながらもその場所の名前を口にした。
「こ、この街の北にあるパンダ繁育研究基地よ! 鑿歯様はそこにいるわ!」
「な……パ、パンダ? パンダって、あの動物のパンダの事か?」
それまで黙っていた天馬だが、この場にそぐわない意外な単語が出てきた事でつい口を挟んでしまう。だが小鈴はそれに構わず目を吊り上げて、女性の顎を掴む手に力を込める。
「ふざけてるの? あそこは武候祠と並ぶ成都の観光スポットよ? そんな所に犯罪組織のアジトがあるですって? 言ったでしょ。嘘だと判断したら……」
小鈴が低い声で勧告するのと同時にアリシアが銃の撃鉄をこれ見よがしに起こす。カチッという金属音が鳴り響き、女性が必死でかぶりを振る。
「や、やめて、嘘じゃないわ! 木を隠すには森の中と言うでしょう!? 下手に人気のない場所や人里離れた僻地より、逆に人が資材を抱えて出入りしても目立たないし、街に近いから利便性もあるしで、ちゃんと考えられてるのよ!」
「……!」
小鈴の手が緩む。確かに普段人気が無い場所にあからさまに怪しい者達が怪しい荷物を抱えて出入りしていれば逆に目立ってしまう。一々人目を忍ぶ方法や手間を考えねばならず効率的ではない。
それがパンダ繁育施設となれば、例えば……従業員などに変装していれば、大きな荷物を抱えて出入りしていても殆ど怪しまれないだろう。だがそうなるとつまり……
「ふむ……となるとその研究基地自体がグルという事だな。施設の者に気付かれずにそのような大胆な活動を行う事は不可能だからな」
「マ、マジかよ……」
アリシアの断定に天馬は嘆息した。勿論パンダ自体に罪はないだろうが、それでもパンダという動物に対するイメージが変わりそうだ。
(茉莉香が知ったら悲しみそうだな。あいつパンダ好きだったし)
ふと、そんな事を考えてしまう天馬であった。
次回は第10話 パンダの楽園にて




