第6話 協力体制
「嘘……す、凄い。何なの、あの子」
圧倒的な力で怪物化したプログレスを屠った天馬の戦いぶりに小鈴は呆然と目を奪われていた。彼女自身も武術を嗜んでいるからこそ、今の攻防の凄まじさが多少なりとも理解できた。同じく苦境から解放されたアリシアが歩み寄ってきた。
「……あやつのディヤウスとしての才能は並外れている。恐らくこれからも更に成長するだろうな。楽しみな反面、空恐ろしくもあるな」
「……!」
あれでまだ成長途上なのかと、小鈴は顔を少し引き攣らせる。しかし同時に、昔からどんな男にも興味を持てなかったので自分は友人と違ってそういうものに関心が無い性質なのかと思っていたのだが、それは間違いで単に自分より弱い男に興味が無かっただけなのだとたった今自覚した。
それだけでなく彼等の力を借りる事が出来れば、吴珊を探し出して助ける事が出来るかも知れないと思い至った。小鈴自身無意識に、特に天馬の力に魅せられて何となく彼等とこのまま離れがたいと感じていたのもあった。
「小鈴! アリシア! 無事か!?」
と、その天馬がプログレスの消滅を確認してから小鈴たちの方に駆け寄ってきた。
「うむ、私は大丈夫だ。お前のお陰で助かったぞ」
「わ、私も……大丈夫、よ。ちょっと危ない所だったけど……その、ありがとう」
何故か少し顔を赤らめながらもごもごとお礼を言う小鈴。言い終わると彼女は急に顔を上げた。
「あ、あの……最初にあんな態度とっておいて頼み事もしにくいんだけど……その……」
「解っている。こやつらの仲間に攫われたというお前の友達を助けたいのだな? 我等で良ければ喜んで力を貸そう」
アリシアが躊躇いなく請け負うと小鈴がパッと顔を輝かせた。しかしすぐに再びこちらを窺うような表情に戻る。
「で、でも本当にいいの? 私の問題に巻き込んじゃう訳だけど……」
「気にすんなよ。プログレスも混じってたって事は、どのみちこいつらは俺達にとっても『敵』って事みたいだしな。むしろ俺達からアンタに協力を申し出たいくらいだぜ」
天馬も同意して頷いた。
「それに……こいつらはアンタ1人で相手にするには危険すぎる。女の子が1人で危険な奴等と戦ってんのに、放っとくなんて出来ねぇよ」
「……っ!」
少し照れくさそうに頬を掻いてそう言う天馬に小鈴は目を見開いた。小さい頃から並みの男では敵わないような武術の遣い手で、高校生になってからも吴珊の用心棒扱いで、彼女を『女の子』として扱ってくれる男など皆無であった。
なので女の子と言われて、小鈴は瞬間的に顔を真っ赤に火照らせた。そして慌ててそれを誤魔化すように顔を手で仰ぎながら、周囲に視線を向けた。
「あ、ありがとう、恩に着るわ。それで早速なんだけど、こいつらが何か手がかりを持っていないか探したいんだけど……」
周囲には元々は人身売買組織の刺客であった男達……僵尸達の死体が転がっている。この陰惨な光景を目にすれば小鈴の顔の熱も自然に冷めるという物。
「こいつらか。でも探すって言っても何を探せばいいんだ?」
天馬達は特に犯罪捜査のプロという訳ではない。しかも昨日今日中国に着いたばかりの外国人だ。正直何かが解る気がしなかった。アリシアも肩を竦めた。
「まあその通りだな。我等はこの場ではシャオリンの補助に徹した方が良さそうだ」
そうして小鈴の指示通りに男達の身体を改めていくが、何かのゲームみたいに都合よくメモとか指令書の類いが出てくるという事も無かった。男達はその筋のプロであったらしく、身元の分かるような物も何一つ所持していなかった。
お手上げかと思われたが、何人目かの男を改めた時、小鈴が目を瞠った。
「こ、この男……見覚えがあるわ! 私が吴珊の捜索を民警に頼みに行った時、私の応対をした刑事だわ。その時は吴珊の奔放さを理由に、事件性が無いとか何とか尤もらしい事を言って私を追い返したのよ。余りに無礼な態度で顔を憶えてたから間違いないわ」
「何……刑事だと?」
アリシアが眉を上げる。天馬も男の顔を覗き込むが、これといって特徴のある顔ではなかった。しかし小鈴が敢えてそう言うなら間違いないのだろう。
天馬は眉を顰めた。
「つまり警察もグルって事か? まあ映画だの何だのじゃありそうな話だけどよ……」
「グルか、或いは……警察が主犯という可能性さえあるな。中国は一党独裁の共産主義国家だ。アメリカや日本の常識で考えない方が良いかも知れん」
「お、おい……」
目の前に本家本元の中国人がいるというのに真顔でのたまうアリシアに天馬は少し慌てるが、当の小鈴は自嘲気味に苦笑しながらかぶりを振った。
「いいのよ、事実だから。年の多い人達ほどこの中国という国家や中国統一党を誇りに思って崇拝してる人が多いけど、私達のような若い世代は窮屈さや息苦しさも感じてるのよ。政治への不満や周国星主席を批判したりするだけで冗談抜きに逮捕されかねない社会だしね。学生や若者達の間では日本やアメリカに移住したいなんて人も結構いるはずよ」
勿論この国はこの国で他の国にはない素晴らしい所も沢山あるけどね、と付け加えた上で小鈴は再び苦笑して肩を竦めた。
「だから現実にアリシアさんが言ったように警察がこの件に関与、もしくは主犯だっていう可能性は私も充分あると思うわ」
小鈴はそう言いながら立ち上がった。どうやら今後の行動指針が決まったらしい。
「あの、2人はどこかに泊まっているの? まさか宿無しって事はないわよね?」
「それなら心配無用だ。空港の近くにあるホテルに部屋を取ってある」
アリシアがホテルの名前を告げると小鈴は目を丸くした。
「え……山東商会会館? あそこも結構高い所なのに。もしかしてあなた達、お金持ち?」
「ああ、いやまあ……経費で落とせるみたいなモンだから、別に俺達が金持ちって訳でもないんだけどよ……」
今後も世界を巡るとなると、その国の物価によっては米国聖公会には迷惑を掛ける事になりそうだ。頭を掻く天馬に小鈴は首を傾げた。
「経費? まあとにかく心配はないって事ね。だったら今日は一旦解散して、明日朝9時に私の方でそのホテルのラウンジを訪ねるから、そこで合流しましょう」
「それは構わんが……お前の方こそ大丈夫なのか? 家族は同居しているのか? お前のこの『調査』の事は知っているのか?」
アリシアが問い返すと、小鈴は少しバツの悪そうな表情になった。
「あー……、訳あって今は叔父夫婦と住んでるんだけど、この事は言わないつもり。絶対反対されるし心配掛けるし、どっちみち叔父夫婦を巻き込みたくないから」
「ふむ……まあ尤もではあるし、お前がそれで構わんならこちらも構わんが……。そうだな、テンマ?」
アリシアに確認を促された天馬も苦い顔で頷く。
「ああ、そうだな……。大切な人がいるなら極力巻き込まない方がいいに決まってる」
それが茉莉香を連れ去られ、父である戒連を殺されている天馬の偽らざる気持ちであった。
こうして当初の目的であった小鈴との邂逅を予想外のアクシデントに見舞われながらも無事に済ませ、彼女と携帯の番号やアドレスを交換し合った天馬達は、今日の所は一旦解散という事でホテルへと戻るのであった。
次回は第7話 釣り餌




