第4話 強襲
「いきなり襲いかかって悪かったわ。私は苏小鈴。この武侯区に住んでる大学生よ。私に何か用だったの?」
「うむ、まずはこちらも自己紹介させてくれ。私はアリシア・M・ベイツ。アメリカ人だ。そしてこちらは……」
彼女が天馬の方を指し示したので、彼は自分から進み出る。
「俺は小笠原天馬。日本人だ。さっきは手荒な真似して悪かった」
「いいわよ。こっちも悪かったんだから。でも日本人にアメリカ人ですって? その若さでそんなに中国語が上手なんて珍しいわね。中国に長く住んでいるの?」
そして過去に天馬達もアリシアに抱いたのと同じ疑問を抱いたようだ。天馬は苦笑した。
「まあそれについては後で説明するよ。まずこれだけは聞いときたいんだが……アンタは最近になって、何らかの神様と対話するような明晰夢を見なかったか?」
「……っ!?」
小鈴はハッとして目を瞠る。そして驚愕したような表情で天馬達を見やった。もうその反応だけで充分だ。
「え……何でその事を? 誰にも言ってないのに……。あなた達一体何者なの?」
「うむ、それは……」
小鈴の当然の疑問に対してアリシアが頷いて説明しようとした時だった。周囲を警戒していた天馬はすぐに気づいた。
「2人とも、待った。何か……囲まれてるぜ」
「……!」
警告に女性2人も緊張する。それとほぼ同時に路地の前後から複数の男達が現れた。いや、前後だけではない。先程小鈴がそうしたように、周囲の建物の屋根にもいつの間にか人影が現れていた。優に10人以上はいる様子で、完全に天馬達を包囲する形だ。
男達は全員が黒っぽい装束に身を包み、顔の下半分を布で覆い隠している。見るからに怪しい風体の連中だ。
「貴様ら、何者だ!」
アリシアが鋭く誰何の声を上げるが、当然というか男達は誰も答えずに静かにこちらを睥睨している。そして彼等が何か言う前に小鈴が再び瞠目した。
「……っ! こいつら……間違いない! 吴珊を攫った奴等の仲間だわ!」
彼女はあのヌンチャクのような武器を手に取って臨戦態勢になる。男達の視線が彼女に向く。
「馬鹿な女だ。友人の行方を探そうと警察に押しかけたり騒ぎを起こさねば無事でいられたものを」
男達の1人が小鈴を憐れむような言葉を発する。それは暗に彼等が小鈴の友人の失踪に関わっているという証左でもあった。
「……!! やっぱり……。吴珊はどこ!? 彼女をどこに連れ去ったのよ!?」
「武術の使い手で扱いづらいという理由でリストから除外されていたが、こうなっては仕方がない。そんなに友達が心配ならお前も同じところへ連れて行ってやろう」
別の男が発言する。それと同時に周囲の男達から殺気にも似た剣呑な空気が発散される。そして連中の害意の対象は天馬とアリシアにも向けられる。
「何者か知らんがその女と一緒にいた不運を呪え」
「いや、男はともかくあの白人女は中々の上物だ。ついでに捕獲しておけば需要が広がると、『鑿歯』様もお喜びになるかも知れん」
会話から察するに人攫いか何からしく、小鈴の友達を誘拐したのもこいつらのようだ。そして小鈴が友達を探そうと色々動き回っていて、それを目障りに感じたこいつらが小鈴も攫ってしまおうと襲ってきているという所か。
そしてたまたまその場に居合わせたという理由だけで天馬達も口封じに殺すつもりであるらしい。いや、アリシアに関しては同じく攫う気のようだが。べらべら情報を喋っているのも誰一人逃がす気がないからだろう。
その当のアリシアが不快げに眉をしかめる。
「どうやら人身売買組織か何かのようだな。つまり……遠慮する必要のないクズ共という訳だ」
アリシアはそう言って怒りから神力を高める。天馬も自分を殺そうと襲ってくる奴等に遠慮するような博愛主義者ではない。
「やれっ!」
屋根の上の男達が一斉に飛びかかってくる。同時に路地を塞ぐ男達も襲いかかってきた。全員その手にはいつの間にか刀身が短めの柳葉刀が握られていた。
「……!」
天馬は男達の身のこなしを見て気を引き締めた。明らかに全員何らかの武術を身に着けている玄人だ。
「アリシア! アンタは小鈴を頼む!」
「……! 了解した!」
素早く意思疎通をして、天馬は自分から路地を迫ってくる男達に突っ込む。その間にアリシアは神力を練り上げ、自らの愛銃である『デュランダル』をホルスターに出現させ、それを超速で抜き放って神力の塊である神聖弾を撃ち込む。
屋根から飛びかかってきた男達の1人が胸を撃ち抜かれて、もんどり打って墜落する。アリシアの攻撃は神力を弾丸代わりに撃ち出すので弾切れやリロードの心配がないのが大きな利点だ(勿論撃つ度に神力を消費するので無限に撃てるという訳ではないが)。そして彼女が神力を形にして撃ち出すのに最も相性が良いのが、愛銃の『デュランダル』という訳だ。
「シハッ!」
天馬の元にも先頭の男が斬りかかってくる。かなり鋭い一撃。素人なら何も出来ずに斬殺されているだろう。だが彼はディヤウスの身体能力でその斬撃を軽々と避けると、逆に鞘ごと出現させた『瀑布割り』を鞘走らせる。
これもアリシアから教わった能力だが、ディヤウスは自身の愛用の武器を普段は異次元に収納しておき、神力を消費する事で任意に出し入れ可能とする事ができる。流石に街中で銃や刀をこれ見よがしに携えたまま練り歩く訳にも行かないので便利な能力ではあった。
抜刀の一撃は斬りかかってきた男をカウンターで逆に斬り倒す。男達は玄人のようだがそれでも人間には違いないので、ディヤウスの力と『瀑布割り』があればそれだけで何とかなりそうだ。男達は仲間が斬り倒されても全く怯まずに四方八方から刀で斬りつけてくる。だが狭い路地なので大勢に一辺に斬りかかられる事はない。
天馬は冷静に敵の攻撃を見切って『瀑布割り』を一閃させる。その度に敵の数が1人ずつ減っていく。
一方敵の元々の狙いである小鈴も2人ほどではないが、自身に襲ってきた敵相手に良く戦っていた。敵の斬撃を梢子棍で受け止め、その隙に相手の脚目掛けて下段蹴りを繰り出す。相手が怯んだ所に梢子棍の短棍を旋回させて攻撃する。
だが敵も素人ではなく、小鈴の振り回す短棍を巧みに回避しながら自身も蹴りと柳葉刀の攻撃を織り交ぜながら攻め立ててくる。
「く……!」
小鈴は相手の攻撃をガードする毎に衝撃で呻く。敵は彼女を殺さずに捕らえようとして本気で戦っていない。なので何とか互角に戦えている状況だ。だがこのままでは体力に勝る敵が優位だ。
「ふっ!」
敵が柳葉刀を薙ぎ払ってきたので屈み込むように躱す。するとそれを狙っていたかのように、今度は回し蹴りを打ち込んできた。だが小鈴の方も敵の目的が生け捕りである以上刀での攻撃は囮で、本命はこっちの蹴りだと読んでいた。
「把ッ!!」
小鈴は大胆にその場に飛び上がって下段の回し蹴りを回避した。必中のはずの蹴りをスカした男の体勢が僅かに崩れる。そこに小鈴は持っていた梢子棍を縦に旋回させて、短棍を男の頭に叩き落とした!
「かっ……」
息を吐き出すような音と共に、旋棍を脳天に食らった男が崩れ落ちる。そして彼女が戦況を確認しようと視線を巡らせると……
「……っ!」
「ふむ、まだ未覚醒のようだが、それでこの強さは大したものだな」
「ああ、取り押さえるのにディヤウスの力を使わなきゃならなかったんだから、それだけでも相当だぜ?」
天馬とアリシアが小鈴の戦いぶりを観察しながら論評しあっていた。その周囲には斬り裂かれたり撃ち抜かれたりした残りの男達が全員地面に転がっていた。まさに死屍累々という奴だ。
小鈴が1人を何とか倒した間に彼等は、10人以上はいた残りの敵を全て斃してしまったのだ。それも事も無げに。特に天馬は路地から迫ってきていた敵の殆どを引きつけていたはずだ。
「あ、あなた達、本当に一体何者なのよ? それに……私の見間違いじゃなければその手に持ってる武器、いきなり現れたわよね?」
小鈴の目は天馬達が持っている刀や銃にも向いていた。天馬は頭を掻いた。
「まあちょっと順番があべこべになっちまったが、俺達はアンタの想像通り普通の人間って訳じゃない」
「普通の人間じゃない?」
小鈴のオウム返しにアリシアも頷く。
「そうだ。我等は『神化種』。自らに縁のある神の加護を得ていて、その力の一部を扱う事が出来るのだ。今ここで我等が見せたのはその力のほんの一端に過ぎん」
「ディ、ディヤウス、ですって? それが私に一体何の用があるって言うの?」
「……それが先程テンマがした質問にも関わってくる。私達の見立てでは……お前もまたディヤウスであるはずなのだ。尤もまだ覚醒はしていないようだが」
「わ、私が……!?」
小鈴は目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。まあ当然の反応だ。だがアリシアは至って真剣な表情だ。
「信じられんか? まあ無理もないが……先程テンマが神と対話する明晰夢を見たか尋ねたな? その時の反応からしてお前も見たのは間違いないはずだ。その夢の中で何と言われた?」
「……! そ、それは、その……宇宙からの侵略者によってこの地球に危機が迫ってるとか何とか……。私に自分の力を使って、その危機と戦うようにって……」
小鈴の言葉が段々尻すぼみになっていく。その気持ちは天馬にもよく解った。言葉だけ聞くと余りにも荒唐無稽な話なのだ。何か漫画や映画などでも影響された妄想と切って捨てられるのが普通だ。まず人に話そうとは思わない。だが残念ながらこれは現実なのだ。ただ……
「でも……確かにここ最近、街にも嫌な感じの『気』が漂うようになって、本来人里に現れないはずの妖怪が出現したりしたのも事実だけど、流石にそれだけで世界の危機とか言われても……」
そう、まさに天馬も危惧していたこの問題がある。かつては彼自身もそうだったが、それだけでは実感が得られないのも事実。天馬達はあの学校襲撃によって自分達を取り巻く『現実』を思い知らされ、そして新たな脅威であるウォーデンによって茉莉香を連れ去られた事で、この戦いに身を投じる決心がついた。
見た所この小鈴にはそこまでの逼迫した事情は無さそうだ。これで今の生活を捨てて自分達の仲間になってくれと頼んだ所で承諾される事は絶対にないだろう。
次回は第5話 キョンシーの恐怖