最終話 茉莉香の決意
「…………う」
茉莉香は薄っすらと意識を取り戻した。とても……とても長い夢を見ていた気がする。しかしその悪夢から救い出してくれた人がいる。何故かそれだけは分かった。
「……! シャオリンさん! 彼女が目を覚ましたようです!」
女性の慌てたような声がすぐ耳元で聞こえた。それによって覚醒が促された茉莉香は目を開けた。こちらを覗き込んでいる外国人の女性と目が合った。とても美しいインド人と思われる女性だ。
「本当? ようやくね。全く世話が焼けるわね」
その女性と入れ替わるように別の女性が顔を覗き込んできた。少しキツめの顔立ちをした東洋人の少女だ。日本人とは微妙に異なる顔つき。中国人だ。
「あ……こ、ここは? あなた達は……誰?」
茉莉香は上体を起こして周囲を見渡した。そこはホテルの一室か何かのようだった。茉莉香が長らく『軟禁』されていた皇国ホテルのロイヤルスイートに比べれば狭いが、それなりに広く高級な部屋のようだった。自分がなぜこんな所で見知らぬ外国人の女性達に看病されていたのか分からず戸惑う茉莉香。
「シャオリン、私に話をさせてくれ。私は唯一マリカと面識があるのでな」
「……! アリシア、さん?」
特徴的な金髪カウガールルックのアメリカ人、アリシアがそこにいた。彼女は頷いた。
「そうだ。どうやら記憶喪失等の心配は無いようだな。意識を失う前の事は覚えているか?」
「あ……。っ!! そうだ、私……あの啓次郎という男に……覚醒しなければ拷問するって脅されて、それで……」
思い出して彼女は身震いする。責め苦を与えられる中で気絶してしまい、その後はずっと悪夢の中を漂っているような感覚で、気づいたらこの場で目が覚めたという状況だ。しかしアリシアが目の前にいるという事は……
「……! じゃあ私、助かったっていう事ですか? 天馬は? 天馬はどこにいるんですか!?」
アリシアがいるのに、彼女と一緒にいたはずの天馬の姿はない。代わりにいるのは見知らぬ外国人女性達だけだ。もしかして気を遣って別の部屋にいるのだろうかと思ったが……
「あんたの……あんたのせいよ! あんたを助ける為に天馬は……!!」
「ぐっ……!? な、何を……天馬がどうしたんですか!?」
中国人の女性が突如激昂して茉莉香の胸ぐらを掴んで締め上げてくる。その目には怒りだけでなく涙も浮かんでいた。
「シャオリン、よせ! 相手は病み上がりだぞ!」
「シャオリンさん、落ち着いて下さい!」
アリシアとインド人女性が、中国人女性……シャオリンを引き離す。
「ゲホ、ゲホ……。ア、アリシアさん、天馬はどこにいるんですか? 無事なんですか!?」
茉莉香は咳き込みながらも天馬の事が気がかりでアリシアに尋ねる。彼女の顔が苦渋に歪み、茉莉香の中で嫌な予感が膨れ上がる。
「うむ……マリカよ。それを説明するには少々長い話になる。同時に別室に控えている他の皆の紹介もせねばならん。まずは一旦着替えてシャワーを浴びるんだ。そうして落ち着いたら改めて話をしよう。いいな?」
「は、はい……」
話の主導権はアリシアにあるので、茉莉香としては気がかりながらも頷く以外になかった。まだ凄い目で茉莉香を睨んでくるシャオリンを連れて部屋を後にするアリシア達。茉莉香は逸る気持ちを抑えて、言われた通りにシャワーを浴びてトイレを済ませて一息つく。お腹は空いていなかった。
しかしお陰で大分気分は落ち着いた気がする。今ならアリシアがどんな話をしても受け止められるはずだ。その時見計らったようにノックの音が響いた。
「マリカ、どうだ。落ち着いたか」
「は、はい。もう大丈夫です。アリシアさんのお話を聞かせて下さい」
彼女は意を決して部屋のドアを開けた……
「そ、そんな……そんな事って……。天馬が……私を助ける為に、ウォーデンに?」
アリシアの長い話を聞き終えた茉莉香は衝撃のあまり言葉を失う。因みに今ここには天馬が集めた『仲間』のディヤウス達が勢ぞろいしていた。アリシアの話の中で既に彼女らの紹介は受けていた。
「……そうよ。彼はもうあなたの……そして私達の知っている『彼』じゃない。こんなの……死別よりも酷いわ。全部あなたのせいよ」
小鈴が怒りを露わにして茉莉香を責める。だが彼女の言う事は尤もだし、むしろ彼女が責めてくれて良かったとすら思う。恐らく、いや、確実に小鈴は天馬に特別な感情を抱いていたのだろう。
「よしなさい、シャオリン。『彼』の最後の言葉を忘れたの? マリカを貶す事を『彼』は望んでいるの?」
「……っ!」
ラシーダが嗜めると、小鈴は唇を噛み締めて押し黙った。
「いえ、いいんです、ラシーダさん。小鈴さんの言う通りです。私なんかを助ける為に天馬が犠牲になる必要なんて……」
自嘲気味な茉莉香の言葉が平手打ちの音で途切れた。銀髪の北欧人女性ミネルヴァだ。
「あなたが自分を卑下する事は『彼』の犠牲を侮辱するのと同じ。二度と『私なんか』と言わないで」
「……っ。す、すみません、ミネルヴァさん」
辛い気持ちなのは皆同じなのだ。ここでハリエットが手を叩いた。
「さて、状況説明はもう十分ですわね。その上でマリカさんに……いえ、ここにいる全員に確認しなければなりませんわね。……今後の事を」
「……!」
ハリエットが何を言いたいのかを茉莉香を含めて全員が察した。今まで彼女らを引っ張ってきた天馬はもういない。その上で女性達だけで邪神との戦いを続けていくのかどうかを。
しかもただ天馬がいないというだけではない。靖国神社でウォーデンとなった彼の魔力の波動に至近距離で『被爆』した彼女達は、神力の一部を削り取られてしまっていたのだ。どうやらそれも『天馬』の能力の一つであるらしい。
この削り取られた分の神力は回復せず、つまり彼女達全員がディヤウスとしての力を弱められてしまったという事だ。ただでさえ天馬が抜けて敵に回り、他にもまだまだ邪神の勢力は世界中に存在しているはずだというのに、これまでより格段に厳しい条件で戦わねばならなくなってしまったのだ。
だが……真っ先にペラギアが立ち上がった。
「私は勿論今後とも邪神の勢力との戦いを続けるよ。そしていつかは『彼』の元に到達し……今度こそ『彼』を殺してみせる」
「アタシだって言われるまでもねぇさ! このままやられっぱなしで終われるかよ! 『天馬』も邪神も……まとめてアタシがぶっ飛ばしてやるぜ!」
タビサも威勢よく立ち上がった。
「わ、私だって戦います! 故郷には戻れませんし……天馬さんをこのままにしておくつもりもありませんから!」
「そうね。それに『彼』の他にもまだ邪神の眷属達は世界中にいるはずだし、私達の戦いが終わる事なんてないわ」
シャクティとドロテアも決意表明して立ち上がる。
「私も……このままで済ませるつもりはない。『彼』の尊厳を守るためにも」
ミネルヴァも口数少なく、しかし静かな怒りを湛えて立ち上がる。ラシーダも頷いて立ち上がった。
「彼の尊厳を守る……。私も賛成よ。それが私達に出来る唯一の手向けね」
「うむ、改めて聞かれるまでもないな。聖公会も多大な被害を被った。同胞たちのためにも私はここで退く訳にはいかん」
アリシアも躊躇う事無く立ち上がった。ハリエットの視線が小鈴を向く。
「私も勿論聞かれるまでもありませんわね。そしてシャオリン、あなたはどうしますの? ここで後ろ向きにマリカへの恨みつらみを唱えて現実逃避を続けますの?」
「……っ! 私だって……言われるまでもないわ! 私は絶対に逃げたりしない! 『彼』をこの手で殺すと約束したのよ。必ず……やり遂げてみせるわ!」
小鈴は叫んで勢いよく立ち上がった。そして……全員の視線が茉莉香に集中する。
「マリカよ。お前からは既に神力を感じる。強制的なやり方ではあったが、お前は既にディヤウスに覚醒しているのだ。だが実戦経験もなく先日まで普通の高校生だったお前に戦いを強いる気は――」
「――やります。私……皆さんと一緒に戦います。いえ、戦わせて下さい!」
気遣うようなアリシアの言葉を遮って、茉莉香もまた立ち上がった。皆の決意を聞いている中で、既に彼女の心も定まっていた。
(天馬……私のためにずっと戦ってくれていたのね。なのに……ごめんね。あなたに一番つらい道を選ばせてしまった。だから……今度は私があなたを助ける番よ。待っていて。今は力不足だけど……いつか必ずあなたを『解放』してみせるから)
それが彼女の決意であった。
「マリカ……良いんだな?」
「はい、もう迷いません。必ず天馬を『解放』して、邪神との戦いにも勝利してみせます!」
「実戦経験の問題だけではない。元々お前には天照大御神のディヤウスとして我らとも比較にならん程の膨大な神力が備わっていたが、その大半は『要石』の魔力に食われて失ってしまったようだ。パワーダウンしたのは我らだけではない。一度失った神力はもう元には戻らん。お前はその残された力のみで戦っていかねばならん。想像以上に厳しい戦いになるぞ。覚悟はいいな?」
「……っ。は、はい、それでも私は……絶対に逃げません!」
元からディヤウスとして凄まじい強さだった天馬は、ウォーデンに堕した事で更なるパワーアップを遂げたらしい。だというのに自分は逆に元からあった神力の殆どを失い、大幅にパワーダウンしてしまったという。
その事実につい怯みそうになってしまう茉莉香だが、どうあっても天馬を救いたいという強い気持ちに後押しされて何とか踏みとどまった。
茉莉香が宣言すると、小鈴が鼻を鳴らした。
「はん、『囚われのお姫様』が随分大きく出たわね? 奴らは実戦経験もないど素人が簡単に勝てるような、そんな甘い相手じゃないわよ。私達も修行し直さなきゃいけないし、戦うっていうんならこれからビシバシ鍛えてあげるから覚悟しておきなさい」
「う……よ、宜しくお願いします」
ちょっと嗜虐的な笑みを浮かべる小鈴に一抹の不安を感じつつも、今さら引くわけにもいかないので頭を下げる茉莉香。
一つの大きな脅威が消え去った後に、それを上回るような新たな脅威が野に放たれた日。それに立ち向かう事を決意した10人の女性達。それはこの星を命運を巡る新たな戦いが幕を開けた日でもあった……
To be Continued……
第一部完結です。お読み頂きありがとうございました!
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時期は未定ですが第二部も書くかも知れませんので、その節は是非宜しくお願いします。