第32話 因果の末路
「天馬……!! 本当に、良かった……!」
復活した天馬の姿に小鈴が涙をこぼす。他の仲間達も大なり小なり喜びを露わにしていた。
「悪ぃ、心配かけたな小鈴。皆も……。でもこれが最後だ。今ここで全部終わらせる」
天馬はそんな仲間たちの視線を一身に浴びながら、しかし静謐ともいえる表情と雰囲気で怨敵……啓次郎を見据える。啓次郎は腕を切断されるという重傷に流石に顔を歪めて動揺を隠せない様子だったが、しかし次の瞬間にはその顔が憤怒に染まる。
「死にぞこないの小僧が……! アメノウズメの最後の悪あがきはこの為か! だが残念だったな。何をしようと無駄だ。貴様らには一分の勝ち目すらないのだ。『王』の偉大さを思い知るがいい! 『地命流動!!』」
啓次郎の叫びに合わせて奴の魔力が発散される。すると驚くべき現象が起こった。何と切断された啓次郎の腕が見る見るうちに元通りに再生していくのだ! 血の一滴も流れず、それどころか一緒に切られた服の袖までも直っている。これは再生能力というよりは最早復元能力とでもいうべきレベルだ。
「ふぁはは、驚きと絶望のあまり声も出んか。王を守る最強の兵士を作り出す『天尊流生』、王が纏う究極の鎧『人帰流転』、そして王の命脈を保つ『地命流動』。これぞ王の王たる所以! 我を殺す事は絶対に不可能! 我が力の前に絶望しひれ伏すがいい!」
究極の三段構えともいえる啓次郎の能力。確かに『王』を名乗るのも納得のチートぶりだ。少なくとも小鈴たちにはそのどれか一つすら満足に破れないだろう。だが……
「何が『王』だ。結局自分を守る能力しか持ってない只のみみっちいチキン野郎じゃねぇか」
「な、何……? 今、何と言った?」
天馬の静かな声に啓次郎は目を瞬かせた。天馬はその顔に嘲笑さえ浮かべていた。
「聞こえなかったのか? 頭だけじゃなく耳も悪いようだな。臆病な引きこもりのチキン野郎」
「――――っ!!! き、き、貴様ァァァァッ!! 我を……王を侮辱するかぁっ!!」
『王』となって以来受けた事のない盛大な侮蔑に啓次郎の顔が嚇怒に歪む。奴は自身の剣の切っ先を自分の心臓に向ける。小鈴が目を瞠った。
「て、天馬、危ない……!」
「ふぁはは! 死ねぃ、不遜な小僧が!」
啓次郎が哄笑しながら自分の心臓に剣を突き立てようとして……再びその腕が宙に舞った。天馬は既に刀を振り抜いた体勢になっていた。恐ろしいほどの早業だ。
「いぎっ!? がぁぁぁぁっ!!! な、何故だ! 一度ならず二度までも……何故我が『人帰流転』を破れるぅ!?」
腕を斬り飛ばされた啓次郎が、今までの尊大で余裕のある態度をかなぐり捨てて喚く。
「……俺は完全に気を失ってた訳じゃなかったんだぜ? てめぇの能力を破れたのは、小鈴たちが命がけでてめぇに散々その自慢の能力を使わせてくれたお陰さ」
「え……?」
小鈴が目を見開く。天馬は啓次郎から視線を外さずに頷いた。
「何の事はねぇ。奴が『人帰流転』とやらを発動するには、その攻撃を認識する必要があるらしい。だから奴が認識する間もない速さで攻撃すれば破れるのは自明の理ってヤツさ。そうだろ?」
「……!!」
当然ながら常時その能力を発動している訳ではない以上、任意、もしくは何らかの条件によって発動していると考えるのが普通だ。だったらそれが発動する前に攻撃すればいい。理屈にすれば単純だ。だが……
「いや、それが出来るのって天馬だけだから……」
小鈴は驚きを通り越して呆れたような呟きを漏らす。一方で啓次郎は呆れどころではない。
「き、貴様……ありえん! 我が力が、貴様のような小僧に……!」
奴が動いてなにか行動しようとした途端、もう一方の腕も宙に舞った。
「いぎゃっ!? あがぁぁぁっ!!」
「小僧小僧ってうるせぇぞ。俺には小笠原天馬って名前があんだよ。よく覚えとけ」
転げまわる啓次郎に、天馬は冷酷な表情で宣言する。啓次郎は必死の表情で『地命流動』を発動する。奴の両腕が一瞬で復元する。確かにチート能力と言っていいだろう。だが……それが通じない相手には無意味だ。
「ほぅ……雨後の竹の子みたいに生えてくんなぁ? うざったいから次は首を切り落とすかな。そしたら首も生えてくるのか試してみるか?」
「……っ! 我が兵士たちよ! 何をしている! この不届きな小僧を殺せぇ!」
追い詰められた啓次郎が叫ぶ。『天尊流生』によって生み出されたクローンウォーデン達が一斉に天馬に殺意を向ける。
「王を傷つける不届き者が! 我が剣で成敗してくれるわ!」
ベネディクトが斬りかかろうとするが、そこにアリシアの神聖弾が撃ち込まれてその動きを妨害する。
「させんぞ、ベネディクト! 我々もジュリの献身によって復活した。もうしばらく我らに付き合ってもらうぞ!」
「ち……邪魔するな、アリシア!」
如何にウォーデンの方が強いといえども、ディヤウスの攻撃を完全に無視できる程ではない。その対処の為に足止めを余儀なくされる。
「オラァ! テメェらの相手はアタシ達だろが! よそ見してんなよ!」
「テンマさん! こいつらは私達が食い止めます! 早く『王』を……!」
「さて、もうひと踏ん張りといこうか!」
仲間たち全員が奮起して、ウォーデン共の足止めに全力を尽くしてくれる。天馬は頷いて啓次郎に向き直った。
「助かるぜ! さあ、遊びは終わりだ! あの世で樹里に詫びてこい……いや、てめぇは地獄に落ちるから樹里に会う事はねぇか」
「く……くそ、調子に乗りおって! 遊びは終わりというのはこちらの台詞だ……!」
啓次郎は後ずさると、そのまま逃げるように走り出した。……未だ囚われたままの茉莉香の元へと。
「……っ! てめぇ、何する気だ!? 茉莉香から離れろやっ!」
「ふ、はは……! どのみち天照大御神のディヤウスが覚醒すれば全ては茶番だ! もう間もなくクトゥルフ様が復活し、この日本全体がクトゥルフ様の『神域』へと変わるのだ!」
「な、何ですって……!?」
天馬と啓次郎を追いかけていた小鈴が驚愕に目を瞠る。啓次郎は邪悪な笑みに顔を歪める。
「各【外なる神々】の領域には、必ず封印の楔となる旧神の存在がある。大抵はその地域や国に伝わる神話の主神クラスだがな。その主神の力を宿すディヤウスを見つけ出し、覚醒したその神性を完全に魔力で塗りつぶす事で、そやつが楔となっている【外なる神々】の封印が解けるのだ!」
「……!!」
この日本は【クトゥルフ】という邪神の領域らしい。つまり茉莉香は……彼女に宿る天照大御神は、クトゥルフを封じている『楔』でもあったのだ。その意味では仲間の1人タビサも、もしかしたら自身がアフリカの邪神ツァトゥグァを封じる楔である可能性があった。
「単にそのディヤウスを殺すだけでは、また新たな器にその神性が宿るだけで意味がない。必ず魔力で塗り潰す必要があるので面倒だったが、それももう間もなく終わりだ」
それが啓次郎が茉莉香を捕らえて、かつ殺す事無く強引にでも覚醒させようとしていた本当の理由か。
「ふぁはは! クトゥルフ様が甦れば日本はあのお方の『神域』となる。そうなればアメリカも中国もロシアも敵ではない。世界が日本にひれ伏すのだ! 私はその神国日本の天皇として君臨するのだ。貴様らなぞに邪魔はさせんぞ!」
「……っ! く、狂ってる……」
小鈴は絶句する。啓次郎はどう考えても正気ではない。そしてこの男の力に散々苦しめられて戦慄してきた身からすると、何というかかなり……
「小っせぇ俗物だなぁ、てめぇ。てめぇのどこが『王』だよ」
天馬が小鈴の心中を代弁して侮蔑する。啓次郎が目をむいた。
「な、何だと、貴様……」
「日本だアメリカだ中国だって、邪神共がそんなモンに頓着する訳ねぇだろが。てめぇはそのちっぽけな自尊心や虚栄心をクトゥルフに利用されたんだよ。そんな事にも気づかねぇ奴が小っせぇ俗物でなくて何なんだ? てめぇは『王』なんかじゃなく、哀れな『道化』に過ぎなかったんだよ」
「――――っ!!!」
啓次郎の顔が色をなくす。もしかしたら奴も心の何処かではそれを分かっていたのかも知れない。だが敢えて目を逸らして現実逃避していたのだろう。
「だ、黙れ……黙れ、貴様ァァァッ!!!!」
激昂した啓次郎の魔力が膨れ上がり、その身を黒い魔力の塊が覆っていく。これは……
「『王』に対する度重なる侮辱、最早我慢ならん! 我が真の力で――」
――シャァァ……ン!
鞘走りの音。その時にはもう、終わっていた。恐らくはウォーデンの戦闘形態に変身しようとしたと思われる啓次郎の動きが止まった。そして一拍遅れて、その首筋に一直線の赤い線が走る。
「……俺は早く茉莉香を助けてぇんだよ。いい加減退場しろや」
「お…………」
その間の抜けたような声が『王』、朝香啓次郎の最後の言葉となった。首に走った赤い線を境目に、啓次郎の頭が横にずれていき……ゴロンっと身体から落ちた。少し遅れて首を失った胴体も仰向けに倒れ込む。『地命流動』も発動する間もなく命を失ってしまえば無効になるらしい。
「…………」
それと同時に、啓次郎の『天尊流生』によって生み出されたクローンウォーデン達も一斉にその動きを止めた。一切の表情がなくなり人形のようになった連中の身体が、まるで砂の塊が崩れるように崩壊していく。数秒後には全員が跡形もなく消滅してしまった。
「お、終わった、の……?」
その光景を見てラシーダが呆然と呟く。
「……今一つ実感が湧きませんが、どうやらそのようですわね」
ハリエットもやや釈然としない表情ながら、それでも武器を収めた。他の仲間たちも似たような反応だ。
「でも……『王』は死んだのに、まだ『結界』やこの亜空間が解けてないわね」
ドロテアが眉をしかめる。通常魔力で構成された『結界』は、その供給源となるウォーデンやプログレスが死んだ時点で解除される。だがこの靖国神社を覆う亜空間は、啓次郎が死んだにも関わらず解除されていなかった。
「未だに魔力の供給源があるという事。それは多分……」
ミネルヴァは静かな表情で……囚われたまま悶え苦しんでいる茉莉香に視線を向ける。他の仲間たちの視線も自然と茉莉香に集中する。
現在進行形で彼女の身体を侵食する『要石』の魔力。これがこの亜空間を作り出していたのだ。