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ワールドクルセイダーズ  作者: ビジョンXYZ
日本 東京
171/175

第31話 人帰流転

 周囲で凄まじい超常の力と力がぶつかり合う戦場の中、小鈴は後ろに樹里を連れて一気呵成に走り抜ける。目指すはほぼ死に体となって倒れ伏す天馬のもとだ。


 敵の復活ウォーデン共は仲間達が必死に抑えてくれている。だがそれも長くは持たないだろう。ウォーデンとディヤウスにはそれくらいの力の差がある。『王』の力は想定以上に強大であった。まともに正面からぶつかっても勝ち目はない。今小鈴が決行している作戦が、彼女らが勝機を掴める唯一の方法であった。これが駄目ならその時こそ完全な『お手上げ』だ。


「……!」


 その時周囲の戦闘の余波で、その衝撃の一部がこちらにも及んできた。こればかりは仲間達にも完全に防ぎようがない。樹里は戦闘能力は皆無なのでこれをまともに受けただけでも危険だ。そしてこんな時の為に自分が一緒にいるのだ。


「ふっ!!」


 彼女は素早く自らの神器である『朱雀翼』を顕現させて、その炎を纏わせた梢子棍を高速で旋回させて衝撃を打ち払う。


「樹里、遅れないで!」


「は、はい!」


 小鈴の後を必死で付いて走る樹里。彼女からしたらこの状況は酷だろう。だが天馬を助けるためにはどうしても彼女の力が必要であった。



 その後も何度か戦闘の余波が彼女達を襲うが、その都度小鈴が打ち払って樹里を守った。その代償として小鈴も少なくないダメージを負うが、こんなものは天馬の状態とは比べるべくもない。小鈴は苦痛に耐えて歯を食いしばりながら必死に戦場を駆け抜けた。


 そして遂に小鈴達は地獄の戦場を突き抜ける事に成功した。実際には数十秒程度の時間であったろうが、小鈴と樹里には数時間には感じられる状況であった。


「天馬! 天馬ぁぁっ!!」


 小鈴は傷だらけになりながらもそれを無視して倒れ伏す天馬に駆け寄る。だが……



「……小うるさい羽虫が。あくまで私の邪魔をしようというのか」


 『王』たる啓次郎自身が不快気に顔を歪めながらその間に立ち塞がった。旅の発端となり、そして今また天馬をこのような目に遭わせた張本人の姿に小鈴は瞬間的に激昂した。


「お前……お前がぁぁ!!!」


 小鈴は炎を纏った朱雀翼を振りかざして啓次郎に飛び掛かる。その頭を一撃で叩き潰してやるつもりで棍を叩きつけるが……


『人帰流転』


「……!?」


 小鈴は自身の頭に凄まじい衝撃と熱を感じて、そのままもんどりうって倒れ込んだ。


「小鈴さん!?」


 樹里の悲鳴が遠くに聞こえる。何が起きたのか全く分からなかった。攻撃は確かに奴に当たったはずなのに、自分の方が衝撃を受けて倒されたのだ。


「無様よな。貴様ら薄汚い志那人はそうして地べたに這いずっているのがお似合いだ」


「……っ! こ、の……」


 盛大な侮蔑に小鈴は頭が割れるような激痛と、嵐に遭遇した船上並みに揺れる視界を堪えつつふらつきながら立ち上がった。啓次郎は特に追撃する事も無く眺めているだけだ。


「その、余裕が……命取りよ!」


 小鈴は意思を総動員して再び打ち掛かった。朱雀翼に炎を纏わせて低い姿勢から全力で拳を打ち上げる。


『炎帝昇鳳波ッ!!』


 啓次郎は特に回避も防御もする事は無く、小鈴の技をまともに受けた。そして……


「ぐぶぁっ!!?」


 小鈴は自身の腹に強烈な衝撃と熱を受けて、身体をくの字に曲げて吹き飛んだ。そのまま体勢を立て直す余裕もなく地面に突っ伏す。



「が……は……!」


「小鈴さん! 『天医快癒…………っ!?」


 ダメージで立ち上がれない小鈴に樹里が回復を掛けようとするが、その動きが途中で止まる。いや、強制的に止められた。


「貴様の能力は便利故に殺さずに飼っていたのだ。そこで大人しくしていろ。こやつらを片付けたらまた飼ってやる」


「……っ」


 啓次郎が樹里に向かって手を翳していた。強大な魔力によって彼女の動きを拘束したようだ。これで小鈴はダメージの回復も出来ないまま、単身で『王』と戦わねばならなくなった。


「ふ……ぐっ……」


 血反吐を吐きながら何とか立ち上がる小鈴。ダメージはかなり深刻だ。しかしその甲斐あって、啓次郎の力の正体がある程度判別できた。


「受けた攻撃を……そっくりそのまま反射(・・)する。それがアンタの力の正体ね……?」


「ふむ、反射か。実際の原理は異なるが、まあ当たらずとも遠からずだな。いずれにせよ我が『人帰流転』の前に、貴様のあらゆる攻撃はそのまま自分自身を傷つけるだけだ」


 啓次郎は特に動揺するでもなくあっさり認めた。判った所でどうにもならない事を知っているのだ。



(でも……だったらこちらから攻撃しなければ……)


 少なくとも反射される事は無い。しかし樹里の動きを封じられてしまっているので、天馬を助けるにはどうしても啓次郎に打撃を与えて樹里の拘束を解かねばならない。しかしこちらから迂闊に攻撃できない。


 すると彼女の逡巡を読み取ったように啓次郎が口の端を吊り上げる。


「自分から攻撃さえしなければ安全だと思っているようだな」


「……!?」


 図星を突かれた小鈴は目を瞠る。


「我が『人帰流転』はそのような生易しい代物ではないぞ」


 嗤う啓次郎の手に古めかしいデザインの宝剣のような武器が出現した。恐らくは奴の神器か。咄嗟に警戒する小鈴だが、啓次郎は宝剣を逆手に持ち替えるとそのまま自らの脚(・・・・)に剣を突き刺した!


「なっ!? ……あぎぃっ!!」


 一瞬驚愕する小鈴だが、次の瞬間には片脚を刺し貫かれたような激痛に苦鳴を上げて膝をついてしまう。何が起きたかは明白だ。そしてそれは啓次郎の能力が、単に相手の攻撃を反射するだけのものではない事を示していた。



「貴様は反射と表現したがそれは正確ではない。我が『人帰流転』は、任意の対象(・・・・・)に私が本来受けるはずだった侵害をそっくりそのまま移し替える(・・・・・)というものだ。そしてその対象は別に1人に留まらず、私が認識する限り数に制限はない(・・・・・・・)



「……っ!」


 小鈴の顔から血の気が引いた。対象を自由に選べて、かつ数に制限がないという事は……


 啓次郎が再び宝剣で、今度は自身の脇腹の辺りに刀身を突き立てた。


「がはっ!!」


 小鈴は脇腹を刺し貫かれる強烈なダメージに、再び血を吐いて崩れ落ちてしまう。そしてそれは彼女だけではなかった(・・・・・・・・・・)


「がぁっ!!?」「ぎっ……!!」「うああぁっ!!」「ぐふっ……!!」


 周囲の戦場から仲間達の苦鳴が木霊する。必死に他のウォーデン共を食い止めて絶望的な戦いを続けていた8人の仲間達全員(・・)が、脇腹を押さえて血反吐を吐いていた。


「み、皆……!」


 その光景に小鈴は顔面蒼白のまま呻いた。当然というかウォーデン共は全く被害を受けていない。複数の乱戦の中、ピンポイントに女性達だけが啓次郎の『人帰流転』の被害を受けていた。


 無秩序な拡散ではなく、本当に任意の対象だけに効果を及ぼせるらしい。仲間達は只でさえ勝ち目のない絶望的な戦いを強いられていたというのに、今の一撃で全員が深刻なダメージを負ってしまい、足止めや時間稼ぎさえ覚束なくなる。


 そして無情にも啓次郎は再び宝剣を自らの身体に向けた。今度は左腕をざっくりと切り付ける。


「……っ!!!」


 拘束されている樹里以外の全員が左腕を斬り裂かれる激痛に呻き膝をついてしまう。中には神器を取り落としてしまう者も。こうなると最早戦いを継続する事さえ不可能だ。



「そ、そんな……こんな事って……」


 小鈴は絶望の余り呆然と呟く。今の所啓次郎が使う『人帰流転』に何らかの制限がある様子はない。奴はこの恐ろしい力をまだ何度でも行使できるのだ。しかも首や心臓などを貫けば、それだけでこちらは全滅だ。それをしていないのはただ奴が遊んでいるからだろう。或いはこちらを甚振って絶望を味わわせる為か。


 攻撃しようにもその力をそっくりそのまま返されて自分や仲間達が傷つくだけだ。結果なんの攻略法も見出せずに、自分も仲間達も一瞬でほぼ戦闘不能に追い込まれてしまった。


 甘かった。いや、油断は一切なかった。あの『天尊流生』だけでもチート級の能力であり、『王』の脅威度は最大限に見積もっていた。しかしそれでもなお現実はその想定を上回っていたのだ。


(ここまで……なの……? ごめんなさい、天馬……)


 小鈴の心を諦念が支配する。状況は完全に詰みだ。この状況を打破する事も、ましてや覆すことなど絶対に不可能だ。彼女はそれを悟ってしまっていた。だがここで彼女が半ばその存在を忘れかけている人物がいた。



 啓次郎の魔力によって拘束されている樹里である。彼女だけは『人帰流転』による被害を免れていた。元々彼女の治癒能力はウォーデンやプログレスにも効く為、自身の戦闘能力が皆無な事もあって生かして囚われ、治療係兼愛玩動物(・・・・)として飼われていたのだった。


 啓次郎はこの戦いの後、彼女に再び同じ役目を科すつもりだろう。だが……


(私は……もう逃げない。座して緩慢な死を待つより、戦って誇り高く死ぬ事を選ぶわ!)


 かつて我妻に宣言した決意を思い浮かべ、彼女は禁じ手(・・・)を解放した。彼女の心臓(・・)が限界以上の神力をその身に取り込み、恐ろしい勢いで肥大していく。それと同時に彼女から発せられる神力が爆発的に増加していく。


 それは当然小鈴達にも感じられ、また啓次郎やウォーデン共も訝し気に手を止めて視線を向ける程だ。


「じゅ、樹里……何を?」



「小鈴さん……それに、皆さん。天馬さんも……短い間(・・・)でしたが、こんな落ちこぼれの私を仲間と認めて下さってありがとうございます。それだけで私にとっては充分すぎる程の良い思い出となりました」



 唖然とする小鈴に静かに告げる樹里。その顔はどこか晴れやかとさえ言える笑みが浮かんでいた。そうしている間にも彼女から発散される神力はあり得ない程に膨張していく。


「貴様……それは一体何の――」


『――神医、命活ッ!!!』


 その瞬間、樹里の身体全体が眩いばかりの光に包まれ……凄まじい奔流とともに爆発(・・)した!



「じゅ、樹里ぃぃぃぃーーーーーっ!!!!」


 光の奔流に腕を翳しながらも小鈴は絶叫した。だが同時に彼女は気付いた。自分の身体が軽い。今まで受けた傷やダメージが一瞬で全て回復しているという事を。いや、彼女だけではない。


「……! き、傷が……」「回復した!?」「樹里……!!」


 仲間達も全員が一瞬で完全回復していた。そして彼女達もまた事態を把握していた。即ち……樹里が自らの命を犠牲にして(・・・・・・・・・・)この奇跡の大回復を実行したのだと。


 彼女の命と引き換えに小鈴も含めて全員が完全に回復した事になる。だが……



「……何かと思えば。ただ振り出しに戻ったに過ぎまい。相変わらず貴様らには一寸の勝ち目すらない状況は変わらん」


 啓次郎が嘲笑する。他のウォーデン達も一様に余裕の笑みを浮かべた。相変わらず戦力差は圧倒的で、啓次郎の能力攻略の糸口も無く再び容易く追い詰められるのは想像に難くない。樹里の犠牲は何の意味もない無駄死にに過ぎなかった。


 啓次郎達はそれを嗤ったのだ。そして奴は無情にも再び宝剣の刃を今度は自らの首筋に添えた。何をする気かは明白だ。


「アメノウズメを失い、興も醒めたわ。あやつの犠牲に何の意味も無い。私がその気になればお前達は一瞬で全滅するしか道はないのだから」


 啓次郎はそのまま刃を横にスライドしようとする。これで自らの首を斬り裂くだけで小鈴達は全滅だ。それは間違いない。だが……奴は重要な事を失念していた。


 樹里の犠牲は無駄などではなかった。何故なら……彼女の最後の技は、その場にいた仲間全員(・・・・)を完全回復させたのだから。



 啓次郎の腕がスライドされる事はなかった。何故ならばその直前に、奴の腕が切断(・・)されて宙を舞ったから。


「……っ!?」


「何……!!」「『王』!?」


 啓次郎の顔が初めて驚愕と苦痛に歪んだ。驚愕の呻きは他のウォーデン共も同じだ。奴等の視線は一様に……片膝をついた姿勢で刀を振り抜いた天馬(・・)の姿に注がれていた。


「き、貴様……!」



「……もう茉莉香を助ける為だけじゃねぇ。俺のせいで傷ついた皆の為にも、そして樹里の為にも……テメェら全員、地獄の鬼の足を舐めさせてやるぜェェェッ!!!」



「て、天馬ぁぁぁ!!!」


 小鈴が感極まったように泣き崩れるのと同時に、天馬の研ぎ澄まされた神力が一気に放出された。ここに聖と邪の決戦は最終局面を迎えた!

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