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ワールドクルセイダーズ  作者: ビジョンXYZ
日本 東京
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第26話 『王』

 靖国神社。東京都の千代田区にある、主に日本のために殉じた軍人・軍属の英霊を祀る神社である。都心の一等地にあって広大な敷地を誇る境内は、歴史ある社殿や神門なども相まって静謐で厳かな空気を湛えていた。


 しかし普段は大勢の参拝客で賑わう境内も、今は不自然な静けさに包まれていた。通常は例え平日であろうと深夜であろうと、この広い神社から完全に人がいなくなる事などあり得ない。だが今は通常ではない。


「……いやがるな」


 靖国神社の正門となる大鳥居を見上げて天馬は無意識に呟いた。神社の敷地全体が『結界』で覆われているのを感じる。間違いなく『王』はこの中にいる。その確信があった。そして当然いるのは『王』だけではなく……


(茉莉香……お前もいるんだろ?)


 ようやく彼女に会える。天馬はこれまでの苦難の道のりを思い返した。全ては今この時のためだ。ようやく報われる時がきたのだ。



「あ、あの、天馬さ…………あっ!?」


 天馬の鬼気迫る様子に樹里が思わず声を掛けようとするが、その瞬間天馬は一目散に境内に向かって走り出した。ぺラギアが止める間もなかった。


「テンマ!? くそ……! 私達も行くよ、ジュリ!」


「は、はい!」


 2人は天馬の後を追って慌てて駆け出す。だがしかし広いとはいっても所詮は限られた人造の敷地。彼を見失う(・・・)事などあり得ない。……あり得ないはずだった。



「ど、どういう事だい!? テンマが……いない!?」


「すぐに追い掛けたのに……!?」


 2人は戸惑って辺りを見渡す。だが無人の神社を隅々まで走り回っても天馬の姿は影も形も無かった。彼は忽然とこの場から消え去ってしまったのだ。


「別の次元的なものかな……? そんな能力を持った敵がいるのか、或いは……『王』自身の力か」


「ど、どうしましょう? 天馬さんの神力も感じ取れませんし……」


「……今の天馬を単身で『王』とやらに会わせるのはマズい気がするね」


 ぺラギアは唸った。その懸念(・・・・)の予兆はこれまでにいくつも示されていた。異常なまでに苛烈な天馬の性格。幼馴染への妄執にも近い感情。アメリカで倒したベネディクトの最後の言葉。そして『要石』の魔力に曝されると抑え(・・)が効かなくなるという彼自身の言葉。この東京での戦いにおいて既にかなりの『要石』の魔力に曝されているという事実。


 それら断片を繋ぎ合わせると……ぺラギアの胸中は非常に不吉な予感に苛まれるのだ。しかし現実として、このまま闇雲に捜し回っても絶対に天馬を見つけられないという確信があった。


 ぺラギアが難しい顔で思案していると……



「……!! ぺ、ぺラギアさん、誰か来ます!」


「……!」


 ジュリの言葉に周囲への警戒が疎かになっていた事を思い出し、慌てて樹里を庇いつつ警戒態勢を取るぺラギア。だが、近付いてきたのは敵ではなかった。無人の境内を歩いてくるのは仲間の1人、今は別のチームに割り振られているはずのシャクティであった。


「シャクティ? 何故ここに…………! それは……シャオリンか!?」


「あ、ああ……よ、良かった……。ジュリさん! お願いです、シャオリンさんを助けて下さい!」


 よく見るとシャクティは1人ではなかった。誰かを背負っているようだったが、それは焼け焦げた酷い有様の人型の何かといった見た目で、ぱっと見には一瞬誰か解らなかったのだ。その事にぺラギアは愕然とした。樹里も青ざめた顔で口元を手で覆う。


 彼女達の姿を認めたシャクティは目に涙を浮かべてその場に膝をつく。その背から小鈴……と思しき焼け焦げた物体が地面に落ちる。


「何という事だ……! ジュリ! すぐに治療を!!」


「は、はい!」


 ぺラギアに喝を入れられた樹里は目を覚ましたように慌てて小鈴に駆け寄る。余りに酷い状態の彼女を見て一瞬顔を顰めるが、すぐに手を翳して神力を全開にする。


『天医快癒!』


 樹里の癒しの力を一身に浴びる小鈴。だがいつものようにすぐに完全回復しない。小鈴が目を覚ます様子もない。


「どうした、何故治らない!?」


「私の力は対象となる人の生命力(・・・)に準拠します。小鈴さんの生命力は最早尽き果てる寸前です! これでは回復効果は十分の一も発揮できません!」


 樹里が悲鳴のように叫んで、それでも必死に回復の力を注ぎ込む。彼女の力でもなお予断を許さない状態のようだ。


「とにかく続けてくれ! シャクティ、私達も手伝うよ! ありったけの神力を注いでジュリを補助するんだ!」


「わ、解りました!」


 シャクティとぺラギアも自らの神力をジュリに分け与えて、彼女の治癒の力が枯渇しないように補助する。不自然に静まり返った無人の境内で、女達は一心不乱に仲間への治療を続けるのだった。





 一方で天馬は仲間達がそんな状況になっている事も気付かず、いや、そもそもはぐれたという意識もなく、ひたすら『王』の気配目掛けて突き進んでいた。


 途中で敵に襲われる事もなく神社の境内を突き進んだ天馬は、やがて拝殿前の広場に出る。従来の日中なら大勢の参拝客で賑わう拝殿前の広場は、しかしこの時はごく僅かの人間(・・・・・・・)しかいなかった。



「貴様が小笠原天馬とやらか。ようやく直に会えたな」



「……っ!!」


 拝殿の前に布で覆われた大きな物体が置かれていた。このような物が普段から置かれていたはずはない。間違いなく運び込まれたものだろう。


 だが天馬の目線はその物体ではなく、その前に立ってこちらを睥睨している1人の男に向けられていた。仕立ての良い黒のスーツに、若干青みがかった短髪を綺麗に整えた髪型。その容貌は精緻にして冷徹。およそポジティブな感情というものが抜け落ちたような無機質な表情。


 この異様な魔力の発生源は間違いなくその男だ。つまりこの男こそが……


「我が名は朝香啓次郎。貴様らには『王』といった方が解りやすいか?」


「テメェが……!」


 天馬は歯軋りしてその男……啓次郎を睨み付ける。ようやく直接相対できた。それは天馬の台詞でもあった。


「……茉莉香はどこだ? 今すぐ会わせろや」


我が妻(・・・)にそんなに会いたいとは奇特な男よ。慌てずともじきに対面させてやろう」


「……っ!」


 勿体ぶった啓次郎の態度もさる事ながら、『我が妻』という言葉に天馬は歯が砕けるほどの強く噛み締めた。だが敵の能力も不明な内から迂闊に斬り掛かるような真似はしない。そう判断するくらいの冷静さは残されていた。その代わりに憤怒を押し殺して挑発するように口の端を吊り上げた。


「テメェの部下どもは俺や仲間達が軒並みぶっ殺してやったぞ。『要石』も殆どぶっ壊したしな。テメェはもう裸の王様だぜ?」 


 この東京に入ってからというもの、既に相当数のプログレスやウォーデンを倒してきた。流石にもう打ち止めだろうという確信があった。だが啓次郎は事も無げに頷いた。


「構わん。既に我が計画は九割方完遂しているのでな。部下達はその時間稼ぎ(・・・・)の為に大いに役立ってくれたよ。また『要石』に関しても私の思惑通りだ」


「ああ? 何だと?」


 負け惜しみかと思いつつ胡乱気な目を向ける。だが啓次郎の表情には些かの動揺もない。



「お前達は『要石』をただの魔力の発生装置とでも思っていたのではないか? まあ正確な情報を知らずとも無理はないが……あれは【外なる神々(アウターゴッズ)】の、言ってみれば呼吸器官(・・・・)に近いものなのだよ」


「……! 呼吸、器官?」


「生物で言えば無数にある肺胞の1つ1つとでも言えば良いか。『要石』は魔力を放出するだけでなく、吸い込む(・・・・)役割もあるのだよ。いや、むしろそちらがメインと言うべきか。【外なる神々】の糧はこの星のエネルギーそのものだが、それ以外にも人間の発するエネルギーを好む。特に戦い(・・)によって生じるエネルギーをな」


「……!!」


「私が何故『要石』の近くに部下達を配していたか解ったか? あれは『要石』を警護していたのではない。クトゥルフ様に捧げる『糧』を精製するためだ。お前達の奮闘(・・)によってクトゥルフ様のご復活は確実に進んだ。礼を言わねばなるまいな」


 『要石』を破壊する事で邪神の復活を妨害できると思っていたのに、実際にはむしろその復活を手助けしていたというのだ。



「お前達のお陰で下準備(・・・)は整った。後は仕上げ(・・・)を残すのみだ!」


 啓次郎はそう宣言して、後ろに安置されていた大きなオブジェクトの覆いを取り去った。天馬は目を瞠った。それは巨大な『檻』であった。その檻の中には木製のX架のような物が据え付けられており、そこには無惨に磔にされた女性が1人……


「ま……茉莉、香……?」


 その女性は紛れもなく……かつて日本を旅立って以来、もう随分長い事顔を見ていなかった天馬の幼馴染である神代茉莉香その人であった!



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