第19話 チーム分け
「こいつは驚いたな。あれだけの傷がほぼ完全に塞がっちまったぜ」
天馬は自分の身体を信じられない思いで改めながら立ち上がった。その動きに先程までのぎこちなさはない。
「私にできるのはこれくらいですけど……お役に立てて良かったです」
傷が回復して喜ぶ天馬を見る樹里は、妙に包容力のありそうな笑みを浮かべる。それを見ていた小鈴は謎の危機感を覚えた。何といっても樹里は天馬と同じ日本人だ。天馬だって基本的には同じ日本人の方が共感しやすいのは確かだろう。
「天馬! 傷が治ったのは何よりだわ! 折角こうして皆集まってるんだから、次の行動の計画を立てない?」
「お? おお、そうだな。樹里のお陰で丸一日以上無駄にしないで済んだからな。時間は敵だ。早速行動を起こすとしようぜ」
小鈴がちょっと強引に促すと、天馬は少し目を丸くしながらも同意して頷いた。小鈴達にも新顔であるハリエットとドロテアの紹介をして、また小鈴達も他の班に樹里の事を改めて紹介する。
それが終わった所で天馬が腕組みをして難しい顔になる。
「皆が『要石』を破壊してくれた事で、残る『要石』は東京の都心部にある九つだけになったはずだ。あとはこいつらを破壊すりゃOKだ。それで必ず『王』を炙り出せるはずだ。もしくは要石を破壊してく途中で遭遇する可能性もあるがな」
『要石』を放置しておく事で具体的に何が起きるのかは、誰もその実例を知らないので断言できなかった。アリシアやぺラギア達ベテラン勢もそこまでは解らないようだった。
しかしあの『要石』が邪神の体の一部である事は確かであり、そこから噴き出す強烈な魔力だけを取ってもこの街、いや、この世界に良い影響があるはずがなかった。
更に『要石』はこの街に巣食う『王』の勢力が守っている大事な物らしく、それを破壊していくのは『王』の勢力やその目的を挫く上でも重要な意味があるだろう。
なのでこちらとしては残った『要石』を破壊する事を、とりあえずの最優先目標としていく方針に変わりはない。だがその方法となると……
「残りは九つ。どのように破壊していくのだ? 全員で一丸となって1つずつ潰していくか?」
アリシアの確認。現在ここには実に10人以上のディヤウスが集っている事になる。これだけの数が揃っていればウォーデン相手でもまず負ける事はないだろう。なので全員で固まって動くのは一見安全で確実な方法に思える。だが……
「……いや、駄目だな。それだとやはり効率が悪くなるし、何よりも敵に対策されやすくなる」
「……!」
こちらが戦力を集中するなら敵も戦力を集中してくる可能性が高い。つまりウォーデンも複数で徒党を組んでくる可能性が高いという事だ。
「俺達は未だかつて複数のウォーデンを同時に相手取って戦った経験がねぇ。同時にこれだけの数のディヤウスが集って上手く連携が取れるのかどうかも正直解らねぇ」
敵が1人ならそれでも力押しで何とかなるだろうが、2人以上のウォーデンが同時に現れた場合はその限りではない。そのような混戦状況になると天馬も上手く指揮を取れる自信がないし、味方同士が干渉し合ってしまい上手く実力を発揮できなくなるかも知れなかった。
敵にまだどれくらいの戦力がいるのか判然としない以上、このリスクは常に付きまとう。
「……なるほど、つまり逆にこちらが戦力を分ければ、敵も戦力を分散せざるを得なくなる、という訳ですわね?」
ハリエットが天馬の言いたい事を察して確認する。彼は首肯した。
「まあ、そういう事だ。勿論敵側の方が戦力を集中させてこちら側の各個撃破を狙ってくる可能性もある。その時は……」
「……その時は?」
小鈴が促すと天馬は人の悪そうな笑みを浮かべた。
「遠慮する事はねぇ。その間に手薄になった残りの『要石』を他のチームで全部ぶっ壊しちまうのさ」
「……! 狙われたチームを『囮』にするという事かい?」
ぺラギアが目を丸くする。天馬は肩を竦めた。
「敵を倒すんじゃなくて倒されない事だけを目的としたら案外粘れるモンだぜ? ま、あくまでそういう作戦も取れるって事だ。主導権は俺達……つまり攻撃側にある」
「……!!」
天馬の言葉に女性達は一様に目を瞠った。確かに現状では、敵には『要石』という防衛対象があるのに対して、こちらには格別守らねばならないものはなく比較的自由に動ける。ならばそのアドバンテージを活かさない理由はない。
「へへ……そういう事か。『攻撃側』か。いい響きだよな!」
タビサが拳を打ち付けて好戦的に笑う。彼女の性格的には確かに合っていそうだ。
「それで……結局どうするの? 今の話の流れからするとまたチーム分けが必要になるわよね?」
ラシーダがそう言うと、この場の何人かが若干緊張した面持ちになった。天馬は嘆息しつつ頷いた。
「まあ、そうなるな。残りの『要石』は九つ。だからこっちは3チームに編成し直す形にする。残りの『要石』はどれも都心部に近い場所ばかりだ。つまりどこで『王』と遭遇してもおかしくねぇ。そういう意味でもなるべく戦力を均等に割り振りたい所だが……」
こちらは元々天馬達一行の8人に加えて、新規参入の3人がいるので全部で11人だ。完全に均等な3分割は出来ない上に、回復特化の樹里の扱いが難しい所だ。
「あ、あの……足手まといになるようでしたら、私は捨て置いてもらっても……」
「足手まとい? たった今、俺の深手を一瞬で治したアンタがか?」
樹里が遠慮がちに、そしてやや自嘲気味に申し出ようとするが、天馬は鼻を鳴らして一蹴した。別に彼女を気遣っての事ではない。小鈴達と我妻との戦闘の様子を聞く限りでも、樹里が足手まといなどという事はあり得ないからだ。
「そうじゃねぇ。むしろアンタっていうボーナスキャラをどこに入れようか迷うって話だよ」
「……っ! そ、そんな……事は……」
天馬の手放しの絶賛に樹里は一瞬驚いて目を見開いた後、嬉しいような、恥ずかしいような、複雑そうな感情で顔を赤らめてモジモジする。
「テンマさん! それで具体的にはどういうチーム分けにするんですか!?」
その様子を見たシャクティが何故か少し目を細めて、天馬の注意を樹里から逸らそうとチーム分けの本題を促す。
「ん? あ、ああ、そうだな。オホン! あー……まずは、とりあえずディヤウスとしての経験が長く造詣が深いアリシア、ぺラギア、ハリエットの3人は別々のチームに分かれてもらいたい所だな」
シャクティだけでなく他の一部の女性からも謎の圧力を感じた天馬は、咳払いしながら話を進める。チーム独自で状況を判断して戦う事になるので、軍師役はそれぞれのチームに絶対必要だ。均等に割り振りという意味でもベテラン勢を同じチームに被らせるメリットはない。
「なるほど、確かにそうかも知れんな」
「承りましたわ。私にお任せなさい」
「解った、任せてくれ。もうあんなヘマはしないからさ」
3人とも納得したように了承してくれた。後はこの3人にそれぞれチームを割り振っていく形になるが、ここで小鈴、シャクティ、それにタビサが今度こそ天馬と同じチームがいいと直接希望し出して、少し揉める羽目になった。
この3人は特に天馬への好意を隠そうとしていない。だが全員が天馬と同じチームになる事は既にアリシア達を割り振っている関係上出来ないし、さりとて誰か1人とだけ同じチームになるのも、もしくは誰か1人だけあぶれるというのも色々な意味で怖くて出来なかった。
「あー、もういい! お前らは全員同じチームだ! アリシア、悪いがこいつらを頼むわ」
このままでは話が進まないと判断した天馬が、全員外すという形で公平性を取った。更に全員を同じチームにしてしまうというオマケ付きだ。押し付けられたアリシアは眉を上げて嘆息した。
「はぁ……全く。反省しろ、お前達。無駄に騒いでテンマを困らせなければ、誰か1人は彼と同じチームになれたかも知れんものを」
「う、うぅ……」
藪蛇になってしまった小鈴達は反論できずに俯くのだった。しかしこの騒動によって残りのメンバーが限定されて、その後のチーム分けがスムーズに進んだのも事実だ。
「ハリエットの所には、ミネルヴァ、ラシーダ、それにドロテアだ」
この2チームはそれでも極力前衛後衛のバランスが考慮されている。アリシアの所はシャクティとタビサが遠近両用なので、後は前衛の小鈴と後衛のアリシアで丁度バランスが取れるし、ハリエットのチームは槍使い2人が前衛で、ラシーダとドロテアは後衛特化なのでやはりバランスがいい。そしてついでに言うならドロテアとラシーダは互いの力の相性も良さそうだと感じたのもある。
2チームが決まると残りは自動的に決まる。
「……テンマのチームは3人だけ。しかも1人は回復特化のジュリ。本当に大丈夫なの?」
ミネルヴァが少し心配そうに眉根を寄せる。だがそれは他の女性達の代弁でもあっただろう。天馬、ぺラギア、樹里の3人だけなのだ。遠距離攻撃に優れたメンバーがいないし、バランス的にも悪そうに思える。
「いいんだよ。樹里は自分の身を守る能力がない。なら誰かに守ってもらえばいいだけだろ?」
「なるほど、それで私という訳だね」
ぺラギアが納得したように頷いた。彼女は遠距離攻撃能力に乏しいが、反面防御能力には最も優れている。彼女が専属で護衛に付けば、樹里の安全は飛躍的に向上する。
「そういうこった。攻撃は全部俺が引き受ける。樹里の力で防御を気にしなくていいとなりゃ、掛け値なしの全力で攻められるからな」
「……!」
ただでさえ単身でプログレスの集団を相手に無双し、ウォーデンの人間形態とも一対一で渡り合う規格外のディヤウスである天馬の『防御を捨てた掛け値なしの全力』。彼と戦う羽目になる敵に同情を禁じ得ない仲間達であった。
かくして東京都心に乗り込むに当たっての、最後のチーム分けが無事(?)完了した。いずこかに待ち受けていると思われる『王』。そしてその『王』の元に囚われているであろう茉莉香。
(遂にここまで来たぜ。待ってろよ、茉莉香。もう少しだ。もう少しでお前を……)
天馬は視線の先に聳え立つ都心の摩天楼を見据えて、歓喜とも焦燥とも憤怒ともつかない混沌とした感情を胸に昂らせるのであった……