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ワールドクルセイダーズ  作者: ビジョンXYZ
日本 東京
153/175

第13話 『無道』の我妻

 強烈な電気を帯びた青い虎……我妻が、恐ろしい咆哮を上げながら飛び掛かってくる。普通の虎より一回り以上は大きい馬鹿げた巨体の野獣が飛び掛かってくる様は途轍もない迫力で、常人ならそれだけで腰を抜かしてしまうだろう。


 だが小鈴もアリシアも常人ではない。圧倒的な魔力と圧力に怯みそうになる心を叱咤して、神器を構えて迎撃に移る。


『気炎連弾!』


 小鈴の振るう朱雀翼から次々と火球が撃ち出される。我妻は回避行動を一切取らずに、全ての火球が直撃して小規模の爆発を引き起こした。だがその爆炎を割るようにして、全く突進の速度を減じさせていない青虎が飛び出してくる。


 効かない事は百も承知。小鈴の攻撃は目晦ましが目的だ。その間に狙いを定めていたアリシアが神聖弾を撃ち込む。遠距離攻撃特化だけあって、アリシアの神聖弾は小鈴の火球などとは比較にならない威力だ。


 我妻はやはり回避や防御をせずに神聖弾がまともに直撃した。流石に怯んだのか青虎の突進の勢いが若干鈍る。だが……



『はっはぁーー!! 無駄なんだよ! 今の俺様にそんなチャちい光弾が効く訳ねぇだろが!』


「く……!」


 我妻の哄笑にアリシアが歯噛みする。如何せん神聖連弾や神聖砲弾のような大技は威力は高いが、溜め(・・)も長い。この状況で再度使うのは非常に難しい。


『オラァッ!!』


「……っ!」


 青虎がその巨大な前脚の爪で引っ掻いてくる。小鈴は咄嗟に朱雀翼を掲げてその引っ掻きを受け止める。その瞬間凄まじい衝撃に身体を揺さぶられ、尚且つまるで強い静電気に触れたかのような衝撃が彼女を襲う。


「うぐっ!?」


 ディヤウスである彼女をして怯んでしまうような電圧。神器で防いでもこれでは、とても正面から受ける事は出来ない。我妻が反対側の前脚を薙ぎ払ってくる。またあの電気ショックを受けては堪らないと、小鈴は大きく跳び退って避ける。だが……


「く……!?」


 躱したというのに再びあの電圧が彼女の身体を襲った。電圧は奴の身体の周囲に纏わっているらしく、普通に攻撃を躱すだけでは余波(・・)だけでダメージを受ける羽目になる。


「受けに回ったら危険ね!」


 それを防ぐにはこちらから攻撃していくしかない。幸い、丁度その時アリシアが再び神聖弾を撃ち込んで奴の動きを阻害した。今なら隙がある。小鈴は朱雀翼に炎を纏わせて低い姿勢で我妻に肉薄する。


『炎帝昇鳳破!!』


 下からの打ち上げ攻撃で奴の腹部を狙う。その攻撃は見事奴にヒットした。しかし、


「ぐく……!!」


 攻撃を当てた小鈴の方が苦痛に顔を歪める。やはりというか、奴の周囲を覆う静電気は攻撃しようと接近した相手にも電気ショックを与えてくるらしい。攻撃する度にこんな苦痛を与えられるのでは、どちらが攻撃しているのか解らない。


『はは、俺様の強さに痺れたかぁ!?』


 我妻が哄笑して小鈴に飛び掛かってくる。こんな奴に押さえつけられたらおしまいだ。小鈴は顔を引き攣らせて必死に逃げる。我妻はそれを追い掛けようとするが、そこに再びアリシアの神聖弾が撃ち込まれる。



『ち、ウザッてぇなぁ! まとめて吹き飛べや!!』


 我妻が苛立たし気な咆哮を上げると、その両方の前脚に雷の束が纏わった。そして後ろ脚だけで立ち上がるようにして上体を起こした。


『布都轟雷衝!!』


 奴がその両前脚を振り抜いた。するとその軌道に合わせて奴の前脚に纏わっていた雷の束が拡散しながら2人に向かって叩きつけられた。


「いかん、シャオリン! 下がれ!!」


「っ!!」


 アリシアの脳裏には以前我妻と相対したあの境内での戦いが想起されていた。あの時奴が使った技が確か……



 小鈴への警告が間に合ったのか否か。次の瞬間にはアリシア自身の視界も迫りくる雷光に塗り潰されていたので判然としなかった。


 閃光。爆音。破砕音。そして焼け付くような熱と衝撃。辺り一面を青白い死の雷光が覆い尽くした。その雷撃群が晴れた時、後には徹底的に破壊し尽くされた屋敷の残骸が無残な屍を晒していた。


 都内の住宅地にあって広い敷地を持つ屋敷の、実に半分近くが消失(・・)していた。後には破壊されて焼け焦げた建材や、あちこち抉られたような爪痕が残る剥き出しの地面が、未だに熱を帯びて煙を上げていた。


 そしてその無残な破壊跡の只中に……小鈴とアリシアは倒れ伏していた。



「ぐ……」「うぅ……」


 2人とも回避が間に合わない事を悟って咄嗟に全神力を防御に回して耐え忍んだのだが、それでも尚軽減しきれない大ダメージを負わされていた。


『くはは……まだ生きてやがったか。流石ゴキブリはしぶとさが違うなぁ? まあその方が俺様も楽しめるってもんだがよ』


 我妻が嗤いながらのっそりと近付いてくる。だがそれが解っていても小鈴達は凄まじい熱と衝撃、そして電圧のダメージで動けない。我妻はその凶悪な鉤爪を振り上げる。


『まずはテメェからだクソシナ人。今度は悠長に話なんざしねぇ。こいつで一撃で心臓を貫いてやるよ』


「く、グ……」


 小鈴は必死に起き上がろうともがくが、身体はもどかしい程に言う事を聞かない。今度は会話で時間を稼ぐ事も不可能だ。青い虎の獣爪がそんな彼女に容赦なく振り下ろされ――



『天医快癒!!』



「……!?」


 その瞬間、小鈴とアリシアの身体を優しい色合いの光が包み込み、それと同時に急に苦痛が和らぎ身体が軽くなったように感じた。


 小鈴は反射的に我妻の爪撃を跳んで躱した。そしてそれが出来た事に驚いた。


「こ、これは……傷が回復している!?」


 アリシアもまた立ち上がって自分の身体を改めている。我妻に受けたダメージが完全とは言わないまでも回復していた。如何にディヤウスといえどここまでの回復力は無い。そして小鈴にもアリシアもこんな特殊能力は持っていない。



『テメェ……樹里(じゅり)!! 俺様に逆らおうってのか!? ああ!?』



「……!」


 だが我妻が見ているのは小鈴達の方ではなかった。奴はまだ残っている屋敷部分の、先程まで我妻達がいた広い和室の方に目を向けていた。そこにはこちらに向けて手を掲げる1人の女性の姿があった。


 唐突に現れた見覚えのない女性……ではない。あれは我妻と最初に対峙した際に、奴が慰み者にしていた女性だ。確か手下のプログレスの1人に預けていたはずだが、そのプログレスは先程他の連中と一緒に倒した。拘束は自力で解いたらしい。



「……このままあなたの奴隷として緩慢な死を迎えるより、ディヤウス(・・・・・)として戦って死ぬ方を選ぶわ!」


 我妻に樹里と呼ばれた女性はそう宣言した。どうやらあの女性はディヤウスであったらしい。だが何らかの事情で我妻の奴隷となっていた。そして事情なら後で聞けばいい。重要なのは樹里は他者を回復させる能力を持っていて、小鈴達の受けたダメージを回復させてくれたという事だ。これなら戦える。


『炎涛昇舞!!』


 樹里に気を取られて隙を晒していた我妻に、朱雀翼に炎を纏わせた連撃を叩き込む。


『オワッ!? テメェ……!!』


 我妻がこちらに牙を剥くが、小鈴は構わずひたすらに攻め立てる。接近攻撃によって奴の纏う静電気による反発を受けるが小鈴は歯を食いしばってそれに耐える。


『図に乗んなや、ゴキブリが!』


 奴が雷を纏わせた鉤爪で攻撃してくる。躱し損ねた小鈴は肩から胴体にかけて深い裂傷と電熱による火傷を負った。普通であれば勝負ありと言っていい重傷だ。だが……


『天医無縫!!』


 樹里が遠距離から小鈴に向けて神力を飛ばしてくる。その光は彼女を包み込むと、我妻に斬り裂かれた傷が見る見るうちに塞がっていく。


「す、凄い! これなら……行ける!」


『樹里ぃぃぃ! テメェ、もう許さねぇ!』


 我妻が獰猛な唸り声を上げて樹里にターゲットを変更する。樹里がビクッと身を震わせる。回復能力は凄いが戦闘能力は低いらしい。だからこそ捕まっていたのだろうが。彼女は単身では無力で、後衛で誰かのサポートに徹する事で力を発揮するタイプのディヤウスだ。


「させない! 『炎帝昇鳳破!』」


 だが樹里の方を向けばそれは小鈴に対する隙になる。彼女は再び下から掬い上げるように我妻の腹部を狙って技を繰り出す。四足獣は基本的に腹部が弱点だが、今の青虎となった我妻もその例に漏れないらしい。


『ヌガッ!? この、ゴキブリ、シナ女がぁっ!!』


「そのシナってのやめなさい! 私達は……中国(・・)人よ!!」


 我妻の矛先が再び小鈴に向く。小鈴は一切恐れずに果敢に立ち向かっていく。炎と電撃が幾度も交錯する。その度に小鈴は深手を負うが、樹里の回復能力によって癒やされる。



『ちぃ、クソ共が! めんどくせぇ!! もう遊びは終わりだぁぁっ!!』


 我妻は大きく後ろに飛び退くと、四肢を踏ん張って天に向かって大きく咆哮した。すると奴の周囲にいくつもの小さな雷雲(・・)のような物が形成された。その雷雲群はそれぞれが小さな落雷を発生させながら我妻の周囲を動き回る。


「っ! これは……!?」


『ギャハハ! こいつらは自動で敵を迎撃する優れものだ! 今の俺とまともにやり合ったら、樹里の回復も追い付かねぇぞ?』


「……!! 上等よ!」


 一瞬怯んだ小鈴だが、すぐに己を叱咤して我妻に向かっていく。どのみち彼女のやる事は変わらない。


『炎帝爆殺陣!』


 我妻に向かって大技を仕掛けるが、これまでは静電気による電気ショックを受けるだけであった。しかし飛び掛かってきた小鈴に対して周囲の雷雲が一斉に雷撃を放ってきた。


「あがぁぁぁっ!?」


 絶叫。静電気とは比較にならない衝撃と電圧が彼女を襲う。動きの止まった彼女に対して我妻が前脚の爪を振るってくる。当然躱せずに身体を切り裂かれる小鈴。


「く……『天医無縫!!』」


 樹里が何度目かの回復技を小鈴に掛ける。それによって彼女の傷は回復するが、その間にも雷雲が間断ない電撃を小鈴に浴びせ続ける。


「あぐぐぐぐ……!」


 小鈴は反撃どころではなく、倒れないように踏ん張るのが精一杯となる。そこに再び我妻の爪撃。鮮血が舞う。


『天医……快癒!!』


 樹里がその度に小鈴を回復させるが、我妻の攻撃が激し過ぎて文字通り焼け石に水といった状態になっていた。回復を繰り返す内に、樹里の顔色もどんどん悪くなって息が荒くなる。神力が尽きかけているのだ。



 彼女のサポートが無くなったら、小鈴はほぼ一瞬で惨殺されるだろう。だがそんな地獄の責め苦を味わい続ける小鈴だが、彼女の目は死んでいなかった。


『てめぇ……何でそんな目をしてやがる! もっと苦痛と恐怖に絶望しろや!』


「し……信じている、からよ」


『ああ? 何だと?』


「あんたは、結局……同じ間違い(・・・・・)を繰り返したのよ……!」


『何言ってやが…………っ!!』


 小鈴の言葉の意味を理解した我妻が目を見開く。しかしそれは些か遅すぎた。結局奴は小鈴に敵意を向ける余り、第一ラウンド(・・・・・・)と同じ轍を踏んだのだ。尤も樹里の存在が無ければ小鈴はとっくに打ち破られていただろうから、これは樹里のお陰でもあったが。


 樹里が最初に回復させたのは小鈴だけではなかった。そのもう1人……アリシアは、極力我妻の注意を引かない位置まで下がって、奴が小鈴を甚振っている間にひたすら神力を練り上げていたのだ。



「これで、終わりだ。あの世(ゲヘナ)でテンマ達の家族や、貴様が殺してきた全ての人々に懺悔するがいい」



 その溜めに溜めた神力とは裏腹に静かな口調で告げたアリシアは、満を持して『神聖砲弾』を撃ち放つ。『デュランダル』から放たれた大口径の光線は、一直線に我妻の胴体部分に直撃した。


『ウボァァァァァァァァッ!!!』


 これまで幾多のウォーデンを打倒してきた必殺の超光弾。我妻は攻撃力は高いが、耐久力の面ではマフムードやエーギルなどには劣っていたようだ。神聖砲弾によって胴体をぶち抜かれた我妻は、聞くに堪えないような苦鳴を上げながら吹き飛んだ。


 青虎の姿が掻き消えて元の我妻の姿に戻るが、その人間の身体にも胴体に大きな風穴が開いており、どう見ても致命傷であった。口からも大量の血を吐き出す我妻。


「い、痛ぇぇ……痛ぇよぉ……。た、助け、て……」


「天馬の苦しみを……思い知った? 地獄に堕ちろ、ブタ野郎」


 息も絶え絶えだった小鈴が膝を着いて苦し気に喘ぎながらも吐き捨てる。その悪罵が聞こえたのかどうか……我妻は既に事切れていた。天馬の学校襲撃事件を引き起こした下手人、ある意味で彼女らの旅路の発端となった男の最後であった。



「ふ、ぅぅぅ……終わった、な……。だが、まだ、『要石』が残っているな」


 アリシアもまた精根尽き果てたように膝をつきながら喘ぐが、あの激闘の最中も『要石』は厳然とそこに存在して魔力の靄を吐き出し続けていた。最後にこれを破壊しなければ任務は完了しない。だが小鈴もアリシアも既に限界であった。


『天医……快癒!』


 その時樹里が最後の力を振り絞るように、2人を回復してくれた。それによって2人は持ち直す事が出来たが、代わりに樹里が力尽きたように倒れて気絶してしまう。


「あ、ちょっと、大丈夫!?」


 小鈴が慌てて駆け寄る。樹里はどう見ても日本人のようなので若干隔意はあったが、彼女がいなければ我妻に勝てなかった事は事実だ。個人的感情など今は脇に置いておくべきだろう。


「お前は彼女を看ていてやってくれ。後は私だけでも大丈夫だろう」


 小鈴に樹里を任せて、アリシアは再び神力を練り上げると神聖砲弾を放ち、見事『要石』の破壊に成功した。



「要石を破壊した事でじきに『結界』が解ける。この半壊した屋敷が露わになったら大騒ぎになるだろう。今の内にここを離れなければならん。その樹里も連れて行けそうか?」


「ええ、そのくらいなら大丈夫よ。行きましょう」


 小鈴は頷くと素早く樹里を抱え上げた。そして2人は激闘で消耗した身体に鞭打って、急いでこの場を離れるのであった……


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