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ワールドクルセイダーズ  作者: ビジョンXYZ
日本 東京
146/175

第6話 天空決闘場

 東京都港区。その東京湾に面した港湾地帯にある『お台場公園』。世界的にも有名なコミックマーケットを始め、様々な大規模イベントが開催される事が多い人気商業スポットだ。しかし今、その公園の一角で外界から隔絶された『結界』の中で激しい戦闘が行われていた。否、終わろうとしていた。


『鬼神崩滅斬!』


 天馬が自身の持つ刀『瀑布割り』を高速で振るうと、目の前にいたプログレスが一溜まりもなく細切れにされて消滅した。


「他に……敵はいねぇな。今のが最後みてぇだな。よし、お疲れ、ラシーダ」


 残心で敵の気配を探る天馬だが、とりあえず他に魔力は感知できなかったので息を吐いて刀を収納した。そして後方支援を担当していたラシーダを振り向く。


「え、ええ……お疲れ様。といっても私は殆ど何もしてないけど」


 ラシーダは若干呆れ気味に呟く。



 アリシアから『要石』の話を聞いた天馬達は早速魔力の追跡を始めた。そして程なくしてこの港区のお台場公園に辿り着いたのだ。実際の『要石』を確認して破壊しようとした所、恐らく待ち構えていたと思しきプログレス達の襲撃を受けた。


 数は全部で6体。だが天馬が文字通り鎧袖一触で蹴散らした。ラシーダも『セルケトの尾』で援護して辛うじて1体倒したものの、恐らくそれすらなくても全く問題なかっただろう。そう思えるほど圧倒的な殺戮劇であった。



「…………」


 だが、後は『要石』を破壊するだけという状況で、何故か天馬はその真っ黒いモノリスを呆けたように、そして食い入るように見上げていた。


「テンマ? どうしたの? 早く破壊してしまいましょう。これの近くにいるだけで気分が悪いわ」


「……っ! あ、ああ、そうだな。確かにコイツはやべぇ(・・・)。早くぶっ壊さねぇと……」


 訝しげなラシーダの声に正気に戻ったような感じの天馬が、彼にしては慌てて神力を練り上げる。その反応を訝しみながらも自身も神力を高めるラシーダ。


『鬼神三鈷剣!』


『テラー・ニードル!』


 それぞれの技を当てると『要石』は全体に亀裂が入って粉々に砕け散った。それと同時にこの周辺を覆っていた魔力の靄が晴れていくのをラシーダは感じた。だが無事に『要石』を破壊したのに天馬は何故か浮かない顔をしていた。


「……なあ。これって二十三区に一つずつあるんだよな?」


「え? ええ、そうみたいね。アリシアやペラギアの見立てだから間違ってはいないんじゃない?」


 だとすると自分達の『担当区域』が最も大変という事になる。天馬が浮かない顔をしているのはその為だろうかと一瞬思ったが、まさか天馬がそんな事で不平など感じるはずがないという思いもある。彼がこの割り振りにしたのは元々あえて自分が一番の本命(・・)を引き受ける為であったはずだ。


「どうしたの、テンマ? 何か気になる事でもあった?」


「ん? ああ、悪ぃ。何でもねぇよ。……よし! じゃあさっさと次の『要石』を探すとしようぜ!」


 天馬は意図的にこの会話を打ち切るようにして歩き出した。彼が話したくないものを無理に聞き出す訳にもいかない。ラシーダも気持ちを切り替えて天馬の後を追っていった。




 その後東隣の江東区夢の島公園にあるモノリスも破壊した天馬達。そこには8体ものプログレスが待ち構えていたがやはり天馬の圧倒的な戦闘力により問題なく殲滅できた。


 元から高い戦闘センスと潜在能力を秘めていた天馬だが、世界を巡る旅と死闘の中で更に成長したらしく、もはやプログレス相手ならたとえ何十体現れたとしても一蹴できるのではないかと思わせる程であった。



 江東区を後にした天馬達はそのまま北上し、現在墨田区にやってきていた。東京の墨田区といえば世界一高い電波塔、通称『スカイツリー』がある事でも有名だった。


 そして現在2人の姿はそのスカイツリーの前にあった。といっても勿論観光に来た訳ではない。


「……ここ、だよな?」


「ええ……ここしかない、はず」


 天馬とラシーダは揃ってはるか上空を見上げた。天高く聳え立ち、その頂上部分が真下からは視認できない程に高い電波塔……スカイツリーの威容を。


 2人が探知した結果、墨田区の『要石』の位置はこのスカイツリーのある場所と一致していた。間違いなく『要石』はここ(・・)にあるはずだ。


「マジかよ……」


「こんな人でごった返す観光スポットの只中に? 今までにないパターンね……」


 暦上今は平日なので休日などに比べれば多少人の入りは少ないものの、それでも決してまばらとは言えないくらいの観光客などの姿もある。それに当然仕事関係で出入りする人間もいるし、この施設自体の管理スタッフもいるだろう。


 そんな場所にどうやって『要石』を設置させているのか。だが現実にここから魔力の靄が噴き出しているのが感知できる以上、放置する訳にもいかない。



 とりあえず入場料を払って施設の内部に入る。2人の感覚では魔力の靄は()に行くほど濃くなっているようだ。


「……この状況で出来ればエレベーターは使いたくねぇんだが」


 どこに敵が待ち構えているかも分からない状況でエレベーターという密室に自分から閉じこもる愚を犯したくない天馬。だが……


「でも……階段で昇るには少々高すぎるわね。『要石』はかなり上の方にあるみたいだし……」


 ラシーダが露骨にげんなりした表情になる。天馬だけならディヤウスの力を全開にすればかなり速い速度で昇る事が出来るはずだが、身体能力的にやや心許ないラシーダが一緒ではそうもいかない。スピードを重視すれば彼女は、目的地に着く頃には疲労困憊で動けなくなっているだろう。かといって彼女のペースに合わせていたら相当な時間が掛かってしまう。


 敵がプログレスだけなら天馬一人でも問題ないが、ウォーデンと遭遇した場合を考えるとラシーダを置いていくという選択肢はない。


「はぁ……ま、仕方ねぇか」


 天馬はため息をついてエレベーターを利用する事にした。中国で敵のアジトに潜入した時とは違う。ここには他にも一般人が大勢いるし、ここで事故(・・)があったりしたら即大ニュースだ。敵もいきなりエレベーターを攻撃したりなどの無茶はしないだろうと判断した。というか判断するしかなかった。



 他の客たちに混じって天馬達もエレベーターに乗り込む。スカイツリーにはいくつかの展望台が備わっているが、とりあえずこのエレベーターで行ける範囲の最も高い展望台まで昇る。エレベーターは外が見えるガラス張りになっていて、東京の街並みが恐ろしい勢いで下に小さくなっていく。乗っている他の客たちが感嘆の声を上げている。


 天馬もまた一瞬状況も忘れて、ここからでしか見えない東京の景色に目を奪われる。


(……この東京のどこかに茉莉香がいる。待ってろよ。すぐに俺が見つけ出してやるからな)


 東京の街並みを一望しながら決意を新たにする天馬。『要石』を破壊していけば必ず『王』に……即ち茉莉香にも辿り着くはずだという確信があった。だがそれには少々……いや大きな懸念(・・)もあって――


「……ん? ラシーダ? どうした?」


 彼は先程から隣にいるラシーダが一言も喋らず黙っているのに気付いた。といっても彼女はシャクティなどのように元からお喋りという訳ではないが。


「……な、何でもないわ。何でも……」


 強張ったような表情で言葉少なに返事をするラシーダ。天馬はその時点でもしやとは思ったが、エレベーターが無事に(・・・)展望台に着いた所で確信に変わった。天馬が敢えて展望台のデッキに彼女を誘導しようとすると、明らかに足が竦んだように動かなくなったのだ。 



「お前、もしかして……高い所(・・・)が駄目なのか?」



 天馬が確信を持って問うと、ラシーダは青ざめた顔でビクッと身を震わせた。


「……っ! ご、ごめんなさい。わ、私自身、今初めて(・・・)知ったんだけど、どうもそうみたい……」


「……! マジか……」


 確かに自分が高所恐怖症だと予め知っていれば、そもそもこのスカイツリーを昇る事すら躊躇しただろう。彼女の生い立ちや今までの生活環境からしてこんな高い所に昇る機会などまず無かっただろうし、自覚がなかったとしても不思議ではない。


 だが不思議ではないし何も悪い事でもないのだが、今この状況に限って言えば「よりによって」と天を仰ぎたくなるのも事実であった。一番高い展望台に着いたが『要石』の気配は何と更に上に感じる。つまり観光用に安全が保障されたスペースより『外』に出なければ辿り着けない位置にあるのだ。


 展望台の中ですら半ば硬直しているというのに、より高くより危険な場所に出なければならないとなったら、最悪ラシーダは使い物にならなくなる。


 天馬は嘆息した。こうなったらここの『要石』を守っているのがプログレスだけである事を願うしかない。



「はぁ……仕方ねぇ。お前はここにいろ。『上』には俺一人で行ってくる」


「ご、ごめんなさい。まさか、こんな……」


 待ってろと言われて申し訳なさそうにしながらも抵抗なく受け入れる時点で、本当に深刻なレベルらしい。これは正直予想外の事態ではあった。だが無理やり連れて行く訳にも行かないので、彼女はここに置いていくしかないだろう。


 天馬は再び嘆息しつつ、単身で『要石』を目指す事にする。観光客が立ち入りを許可されているのはこの展望台までだが、当然ビルのメンテナンス業者や管理スタッフなどがより上層へ昇る為の『業務用』の通路や階段、そして梯子などは存在している。


 勿論更に上階にまで通じている業務用のエレベーターはあるのだが、流石にエレベーターを使ったらスタッフに露見するし、密室になる件もあるので彼はこれ以上エレベーターを使う気はなかった。


 鬼神流の隠行術とディヤウスの能力を併用すれば、一般人でごった返す屋内であろうと隠密行動する事は容易だ。天馬は気配を断ったまま関係者用の非常口に接近する。ドアは勿論施錠されているが、ディヤウスは神力を応用して軽い念動力のような力も使えるので、ドアに向けて神力を流し込んでみると抵抗なくロックが解除された。


(……改めて結構なチートだよなぁ、ディヤウスって)


 その気になれば人を洗脳したり暗示を掛けたりも出来る。力の使い方を間違えないように律しなければならないだろう。



 誰にも気づかれずに展望台の外に出た天馬は、業務用の通路を伝って『要石』を目指して昇って行く。簡易的な柵しかない外縁の通路は、遥か小さくなった東京の街並みがダイレクトに見渡せる。そのまま重力に引かれて下に引っ張られるような錯覚を覚えそうになる。高所恐怖症の気がない人間であっても足が竦みそうになる通路だ。少なくともラシーダがここを行き来するのは絶望的だ。


 幸いにして天馬は鬼神流の修行の一環として高所恐怖症を後天的に克服しているので、そこまで問題はなかったが。


 梯子なども伝いながら更に上層を目指していく天馬。もうこの時点で彼は確信していた。『要石』はこのスカイツリーの屋上部分(・・・・)に建っている事を。


 しばしの後、特に妨害もなくスカイツリーの屋上に到達した天馬。一般人は立ち入ることが出来ない場所だ。高度にして実に634メートル。人工物としては世界全体でも指折りの高所である。


 屋上フロアには電波塔らしく巨大なアンテナ装置が二本、等間隔で並んでいたが、そのアンテナの中央、即ちこの屋上フロアの中心部分に……『要石』が屹立していた。



「…………」


 だが天馬の注意はその『要石』に向いてはいなかった。実は展望台から出てここに登ってくるまでの間もずっと彼の耳に入り続け、そして屋上に近づくに連れてより鮮明に聞こえるようになっていった……クラシック音楽(・・・・・・・)


 天馬の視線はその音源(・・)に向けられていた。


 屋上の外縁部分。そこに腰掛けて(・・・・)遥か小さい東京の街並みを見下ろしながら、ヴァイオリンのような弦楽器を優雅に奏でている1人の男がいた。その風になびく長い金髪を見るだけで日本人ではないと分かる。



「……こうして遥かな高みから街を見下ろしながらモーツァルトやクライスラーの曲を奏でるのが趣味なんだ。これ以上無いくらい風流だろう?」



「……!」


 天馬の接近にはとうに気づいていたのだろう。その男が音楽を止めて振り向いた。後ろ姿からのイメージ通り線の細い、美形の若い白人男性であった。しかし美形ではあるのだが暗く淀んだ目と、落ち窪んだ頬が何とも陰気そうな印象を与えた。 


「……へっ。日本には『馬鹿と煙は高いところが好き』って言い回しがあってな。それに合わせるとてめぇは究極の馬鹿って所だな」


 天馬が唇を歪めて挑発すると、男はヴァイオリンを置いてゆっくりと立ち上がった。当然と言うか高度634メートルの外縁部分に立っているという恐怖感は全く感じられなかった。


「まあ君のような見るからに活動的な若者に理解できないのも仕方ない。君の目的はその『要石』だろう?」


「まあな。でなきゃこんな所まで来ねぇよ。それと……ついでにウォーデン(・・・・・)をぶっ殺せれば一石二鳥だな」


 天馬は瞬時に神衣(アルマ)を纏い『瀑布割り』を顕現して構える。この男がただのプログレスである事などあり得ない。邂逅した瞬間にそれが分かった。どうやら当たってほしくない想定が当たってしまったようだ。


「威勢のよい事だ。男でありながら未だに【外なる神々(アウターゴッズ)】の祝福(・・)を受け入れていないという変わり種。君の意思とやらがどこまで強固か私に見せてくれ!」


 男の発する魔力が爆発的に膨れ上がった。同時にその手に武器が出現した。非常に細い刀身が特徴的な……いわゆる刺突剣(レイピア)だ。


「ジルベール・デュ・ベレー。フランス人だ。狩猟神ケルヌンノスの加護を受けている。尤も今の私の『守護神』はハストゥール様だがね」


 陰気な男――ジルベールはそう言って気障に一礼した。東京で最も高い場所にて、強大な神力と魔力のぶつかり合いが始まった。

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