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ワールドクルセイダーズ  作者: ビジョンXYZ
日本 東京
141/175

第1話 東京にて

 東京都内にある五つ星の高級ホテル。ここは既に『王』たる朝香啓次郎の居城(・・)と化しており、ホテルの従業員などは経営者に至るまですべてプログレスやウォーデンによって占められていた。


 その本丸(・・)たる最上階のロイヤルスイート。神代茉莉香は高山で捕らわれて以来、ずっとこの部屋に軟禁状態であった。自由に外に出る事も許されない。何度か啓次郎が不在の時に脱出を試みた事もあるが、全て見張りのプログレスにあっさりと見つかって連れ戻されてしまった。


 どんなに豪華な内装のロイヤルスイートも今の彼女にとっては陰鬱な牢獄となんら変わりなかった。大勢の男達の生首を見せられて以来脱出を試みる気力も萎えてしまい、今はただ啓次郎が良からぬ事を企んでいると知りながら何もできず、ただ幼馴染の天馬の事を想いながら無為な日々を過ごすのみとなっていた。


(私……これからどうなっちゃうの? 天馬……今どこにいるの? 私……もう……)


 茉莉香が先の見えない状況に不安を感じながら無力感と緩やかな絶望感に支配されていたある日……


 ロイヤルスイートの大きな扉が乱暴に開かれた。茉莉香は思わずビクッとして扉の方を振り向く。そこには明らかに怒り(・・)の感情を漂わせた啓次郎が仁王立ちしていた。珍しい事だ。いや、茉莉香が知る限り初めてかもしれない。普段の啓次郎は感情を全く感じさせないような非人間的な表情か、もしくはこちらを嘲笑うような悪意に満ちた酷薄な笑みを浮かべるかのどちらかしかなかった。


 このような人間的(・・・)な感情を彼が浮かべている様を茉莉香は初めて見た。



 その啓次郎は怒りの表情を湛えたままズカズカと歩み寄ってくると、茉莉香の腕を乱暴に掴みあげて無理やり立たせた。


「……っ! い、痛い……! 何するの!?」


「……神代茉莉香。松本市で私の計画を邪魔した貴様の知り合い(・・・・)が、ついに私に直接牙を剥いてきたようだ」


「え……!?」


 茉莉香は目を瞠った。啓次郎の言う条件に当てはまる人物は一人しかいない。



「アメリカに派遣したベネディクトが討たれた(・・・・)



「……!」


「逃げ延びたプログレスからの報告では、ベネディクトを倒したのはあの小僧だそうだ。それと……奴が世界各地で集めたと思われる女のディヤウス共(・・・・・・・・)。私に逆らう不遜な身の程知らず共だ」


「……っ」


 明らかに天馬と分かる人物の消息が聞けた事と、彼が未だに戦い続けて啓次郎達に一泡吹かせたのを聞いて喜色を浮かべる茉莉香だが、『女のディヤウス共』という単語も気になった。


 あのアリシアのような存在という事だろうか。プログレスだけでなくウォーデンも男しかいないというのは後で聞いて知った。男性のディヤウスは必ずウォーデンへと『堕落(フォールダウン)』するのだ。なので天馬はアリシアのような女性のディヤウスを仲間に集めたという事なのかもしれない。


(……その人達って皆アリシアさんみたいな美人ばっかりなのかしら? 世界各地で集めたって事は皆外人さん? 天馬って意外と達観した所があるから大丈夫だとは思うけど……)


 天馬の安否が分かると、急にそんな事が気になる茉莉香であった。だが状況は彼女に安穏とした現実逃避を許してはくれない。



「ベネディクトを討った小僧共は増長して、必ずやお前を取り返そうとこの東京に乗り込んでくるに違いない。むろん我が部下はベネディクトだけではない。奴等を返り討ちにする事など造作もないが……少々計画を早める(・・・・・・)必要が出てきたのは確かだ」


「……!?」


「どのみち聖公会の件が片付いたら着手(・・)するつもりではいた。時期的にはそう変わらん。さて、その上でもう一度だけ確認するぞ? 未だに覚醒(・・)の方法は分からんのだな?」


「う……」


 茉莉香は青ざめて言葉に詰まる。ディヤウスに覚醒する方法が分からないのは事実だ。とはいえこの状況で覚醒するのが正しいのかどうかも分からないのだが。


 しかし現実として、覚醒の方法が分からないとどういう事態になるか……



 啓次郎が合図をすると部屋の扉が開いて、男が二人入ってきた。どちらも部屋の見張りをしているプログレスだ。


「お呼びでしょうか、『王』よ」


 問われた啓次郎は茉莉香を指し示す。


「この女を『特別室』へ連れて行け。そこで覚醒を促すための処置(・・)を行う。ただし絶対に命に別状はないよう注意せよ。じわじわと……徐々に苦痛(・・)の程度を上げていくのだ。お前の守護神たる天照大御神がどの時点で堪えられずに強制的に覚醒となるか見物だな」


「……っ!」


 茉莉香の顔が引きつる。ついにこの時が来てしまった。いずれは来ると分かっていた。だが実際にその時になってみると、覚悟はしていても身体の震えを抑える事が出来なかった。


「今頃はあの小僧共も東京へと向かってきていよう。歓迎(・・)の準備は万端だ。あの小僧がお前の元に辿り着けたと仮定してだが……奴が来るのが先か、お前が覚醒するのが先か。面白い賭けになりそうだ」


(て、天馬……)


 茉莉香に出来る事はただ慄きながら、心の中で幼馴染に助けを願う事だけ。余りにも無力であった。



*****



 羽田国際空港。日本の空の玄関口の一つとして名高いこの空港には常時多くの航空機が離着陸し、日本と外国との人や物の往来を結んでいる。東京湾の埋め立て地に作られた空港は地理的には東京の端に位置し、ここから東京の中心部である23区に入っていく事になる。


 ただ……羽田が世界に名だたる国際空港である事は紛れもない事実だが、空港を行きかう人々の姿はどうしても単一の日本人……つまり東洋人の姿が多くなる。この日、日本の空港内に限らず、おそらく国内のどこにいても大いに人目を惹くだろう目立つ集団が羽田空港のロビーに降り立った。



「うおぉ……ここが日本かぁ。凄ぇな。ヨハネスブルグは勿論、アメリカのワシントンDCの空港よりデカいんじゃねぇか? それにどっちを見てもテンマと同じ日本人ばっかだ!」


 その注目を浴びている集団の一人であるアフリカ人のタビサが、やはりお上りさん丸出しの様子で周囲を見渡す。


「ここがテンマさんの故郷である日本……。いつかは行ってみたいと思っていた国です! 見たい場所が沢山あるんです。やはり日本の象徴とも言われる富士山の見物は欠かせませんよね?」


 同様に観光客気分丸出しのインド人のシャクティが高揚した様子で目を輝かせている。


「こらこら、観光に来た訳じゃないからね。ましてやこの東京は既に奴らのテリトリーかも知れないんだから、遊んでいる暇はないよ?」


 自身が世界的に有名な観光地に住んでいた余裕だろうか。ギリシャ人のペラギアがそう言ってシャクティを窘める。


「アリシア、あなたは逆に随分意気込んでるわね。確かにこれから戦いに赴く事を考えたら厳しい顔になるのも分かるけど……」


 エジプト人のラシーダが気づいてそう声をかけると……


「私は以前に一度日本に来ているからな。そしてテンマと共に逃げるように旅立った。いや、実際に逃げたのだ。マリカを置いて私達だけな。もうあのような想いは二度とせん」


 アメリカ人のアリシアは神妙な表情のまま答える。それを横で聞いていたスウェーデン人のミネルヴァが天馬の方に視線を投げかける。そしてすぐに彼の様子や表情を見て若干目を丸くした。


「テンマ、どうしたの? どこか気分でも悪いの? せっかくあなたの故郷に来たのに……」


「ああ、いや……まあ、よく考えたら、端から見たら(・・・・・・)目立たない訳ねぇよな、これ……」


 天馬は天を仰ぐように額を手で押さえていた。日本という国では『外国人』というだけで少々目立つ。白人や黒人など人種そのものが違う外国人は特にその傾向が強い。それはこの大都市東京であっても基本的には変わらない。


 天馬は改めて自分の連れの顔ぶれを見回した。この国を出る時は金髪カウガールのアリシアだけでもかなり目立ったが、今はそれに加えて他にも外人(・・)がわんさかだ。しかも白人だけでなく黒人やインド系、アラブ系と人種も多種多様だ。それに加えて全員がそれぞれの母国でも人目を惹くような美女、美少女揃いときている。これでむしろ目立たない方がどうかしている。


 既にロビーを行きかう人々の中にはこっそりスマホを取り出してカメラを向けている者も散見された。立派な肖像権の侵害だが、そこかしこにいるのでその全てに注意して回る事も出来ない。


 勿論邪神の勢力との戦いに来ている訳だが、これだけ目立つと隠密行動もなにもあったものではない。既に敵方にはこちらの入国はバレているという前提で動いた方がいいだろう。



「ふぅん……日本に来たのは初めてだけど、重慶や上海の空港の方がずっと大きいじゃない。天馬の故郷を悪く言いたくないけど、中国の方が発展著しいのは確かね」


 そんな中で外国人とはいっても外見的には日本人との差異が少ない中国人の小鈴が、ロビーを見渡して鼻を鳴らした。日本人である天馬に惚れている彼女だが、それは天馬個人の資質や強さに惚れている部分もあって、日本という国に対する感情は他の多くの中国人とそう大差はないらしい。


 かの国では幼児の頃から学校でいわゆる『反日教育』が行われているとされており、『親日罪』なるものまで存在すると言われている。その反日思想は小鈴の中にも大人程ではないが確実に根付いてしまってはいるのだろう。これは小鈴自身の問題ではなく、中国という国自体の問題といえた。


 とはいえ天馬自身も元はただの高校生であり特段国粋主義者という訳でもないので、小鈴に対してあまり行き過ぎた言動にさえならなければ敢えて注意をするつもりはなかったが。

  

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