第7話 リミットブレイク
「来たか、小鈴! お互いの近況報告は後だ! まずはこいつを倒すぞ! 手を貸せっ!!」
「ええ、勿論よ、天馬! 皆、行くわよ!」
小鈴は頷くと自分のチームのメンバーを促す。真っ先にあの黒人の少女――恐らくタビサという名前のズールー人少女が気勢を上げた。
「はっ! こいつもウォーデンなんだよな! アタシの力を見せてやるぜ!」
どうやらかなり溌溂とした勝気な性格らしい。何というか見た目だけでなく中身もミネルヴァとは対照的なようだ。
「おおりゃぁぁ!! 『金剛石の貫撃!!』」
タビサが地面に両手をめり込ませると、それと入れ替わるように地面からいくつもの長い岩石の塊が飛び出した。それは先端が尖って『槍』のような形状になっていた。
宙に浮いた何本もの『槍』が一斉にベネディクトに殺到する。
『……!』
神力は無効化されるものの、岩石の槍が勢いよく衝突する衝撃までは無効化出来ない。ベネディクトの球体が揺れる。どうやらこのタビサの能力はベネディクトに対して最も相性がいいかもしれなかった。
「あれ、あんまり効いてねぇな? あいつの身体、どんだけ硬ぇんだ!?」
タビサは不可解そうに眉を顰める。本来はかなりの威力なのだろうが、神力を無効化されているため、文字通りただの『岩石の槍』を当てているだけの状態になっているのだ。
「そいつの身体は神力を無効化する! だが単純な物理攻撃は当たる! とにかく神力以外の手段で攻めまくれ!」
「……! なるほど、そういう事か! 了解だよ!」
天馬の指示で一早く事態を把握したらしいぺラギアが納得したように頷く。
『ライトニング・ボルト!』
そして剣の穂先から電光を迸らせてベネディクトを攻撃する。神力が無効化されて威力は軽減されるが、一度発生した雷は自然現象として消える事無く命中する。
『気炎連弾!』
天馬の警告を受けて小鈴も再び火球を連続で撃ち込む。接近して炎を纏っての打撃が彼女の真骨頂だが、ベネディクトは光のハリネズミのような状態となっており接近戦は困難だ。なので彼女の強みが活かせない。
『アシッド・クラウド!』
ラシーダも再び同じ技で攻撃する。彼女もやはり猛毒を与える攻撃が真価と言えるが、ベネディクトは外見からして毒などが効きそうにない。
『うぬぅ! 雑魚共がワラワラと……! 目障りだ、今すぐ消え失せろ! 『アラウンド・エクスキューション!』』
だがそれら消極的な攻撃でも多少の効き目はあるらしく、ベネディクトが苛立たし気に球体を震わせるとその身体の表面に生えた無数の光の剣が蠢動し、全方位に向かってくまなく射出される。
「うおっと!?」
天馬は目を瞠って迫りくる光の飛剣を斬り払う。ぺラギアや小鈴、ミネルヴァなど近接戦闘に長けたメンバーは回避に成功したが、アリシアやラシーダ、シャクティなど後衛型のメンバーは完全には躱しきれずに傷を負う。因みにタビサは巨大な土壁を作り出して防御していた。
「ち……全方位攻撃とは厄介だな! 奴にもダメージは与えてるみてぇだが、今一つ決め手に欠けるな……!」
小鈴達も加わった事で与えられる攻撃に幅が広がり、ベネディクトにも徐々にダメージを蓄積させている気配があった。だがそのペースは微々たるもので、奴が暴れ回る攻撃を凌ぎながらの反撃なので、こちらの消耗の方が早い。
天馬は合流した小鈴達の攻撃がベネディクトにどのような影響を与えたか、それも加味した上で、現状における最適解を導き出そうとする。悠長に考えている暇はない。
(一か八かだな……!)
仲間達の攻撃属性を考慮した上で、とりあえずベターな戦術を導き出した天馬。ベターと言っても何度も試している余裕は無いので、この戦術に賭ける以外にない。
「ミネルヴァ! あと、タビサだったな! お前らが『要』だ! とにかく何も考えずに一番強ぇ大技を奴にぶち込んでやれ!」
ぺラギアやシャクティ達がベネディクトを引き付けている間に2人に指示する。
「……! 解った」
「ああ? 何だよ、お前。アタシに偉そうに命令すんなよ!」
天馬を信頼するミネルヴァは即座に従うが、初対面であるタビサは眉を上げて反抗した。共に戦いを経験していない信頼度の差が現れた形だ。だが今は悠長に問答している時間も惜しい。天馬は敢えて殺気に近い闘気を発散させてタビサに叩きつける。
「――ひっ!?」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで従え。お前と遊んでる時間があるように見えるか?」
「っ! わ、解った! 解ったよ、チクショウ!」
タビサは血の気が引いた顔で首をカクカクと縦に振ると、小さく毒づきながらも急いで神力を高め始めた。悪いとは思うが、状況的に仕方がない。
「アリシアとラシーダは一旦下がって、2人にありったけの神力を供給しろ! アリシアはミネルヴァ、ラシーダはタビサだ!」
「む……了解した!」
「ああ、なるほど。解ったわ」
後衛の2人はすぐに天馬の意図を読み取って指示に従う。
ぺラギアと小鈴は現在進行形でベネディクトを激しく牽制している。それぞれ炎と雷でダメージは低いものの、ベネディクトの注意を上手く引き付けてくれている。奴に警戒されるのを避けるため、2人にはあえて指示を出さずにそのまま戦闘を継続してもらう。
「シャクティ、お前も下がれ! ミネルヴァとアリシアの護衛を頼む!」
「……! わ、解りました!」
シャクティもすぐに了承してミネルヴァ達の方に向かう。大技を放つ為に無防備になっている彼女らを護衛する役目をシャクティに任せる。天馬自身はタビサとラシーダの護衛に回る。
「……っ」
「集中切らすなよ。お前の事は俺が必ず守ってやるから、他に何も考えずとにかく奴に最強の技をぶちかます事だけ考えてろ」
「……! あ、ああ……わ、解った。アンタを信じるよ」
天馬が近くに来た事で一瞬慄いたように肩を震わせるタビサだが、彼が自信に満ちた態度で宣言すると、今度は大きく目を見開いてから何故かちょっと顔を赤らめて(黒人なので解りにくいが)、素直に頷いた。
『ちょこまかとウザったい奴等だ! いい加減に消えろぉ! 『アラウンド・エクスキューション!!』』
「……!」
その時ベネディクトが再びあの光の剣を全方位に飛ばす技を使ってきた。近い距離にいた小鈴とペラギアは完全には受けきれずに被弾してしまう。悲鳴を上げて吹き飛ばされる2人。そして光の剣は力を溜めていて無防備なメンバーにも等しく降り注ぐ。彼女らにはそれを受ける術はない。しかし……
『ディーヴァの舞踏会!』
ミネルヴァとアリシアを護衛するシャクティが、光のチャクラムを大量に作り出して旋回させる事で、飛んできた光の剣と相殺させる。一撃の威力は光の剣の方が高いが全方位に拡散しているので、シャクティはチャクラムを集中させる事で自分達の所に飛んできた分とだけは相殺に成功した。
そしてタビサとラシーダの所にも当然光の剣が迫るが……
『鬼神崩滅斬!!』
天馬は凄まじい剣捌きでタビサ達に当たる軌道の光剣を全て斬り払ってしまう。タビサ達に到達した光剣は一つもなかった。
「す、スゲ……」
タビサはそれを見て思わず感嘆したような声を上げる。そして当の天馬から睨まれて、慌てて神力を集中する作業に戻る。
「よし、今だ! 放てぇぇぇぇっ!!」
ベネディクトの攻撃を凌ぎ切った事で、奴が一時的に隙を晒す。大技を当てるチャンスは今しかない。天馬が合図を出すと、ミネルヴァとタビサは一気に神力を解放する。彼女たちの分だけではない。ミネルヴァはアリシア、タビサはラシーダ、それぞれ二人分の神力を全て束ねていた。
『ベルセルクル・シグルーン!!』
『真滅の怒砲岩ッ!!』
ミネルヴァの持つ『ブリュンヒルド』が分厚く鋭い氷柱に覆われて、それを全力で投げつける。タビサが頭上に掲げた手の先に、彼女の身体よりも遥かに大きい巨岩が形成される。それを体ごと反り返らせてから、勢いよく投げつけた。
それぞれ二人分の神力を束ねている事で、一人で放つよりも更に強力になった2つの大技がベネディクトにまともに衝突した!
『馬鹿め、無駄だ! 私の身体には貴様らの神力など…………っ!!?』
ベネディクトの声が驚愕によって途切れる。奴の銀色の球体に亀裂が走り始める。そしてその亀裂はどんどん大きくなっていく。
『な……何故だ……!? 私はディヤウスの力に対して無敵のはず! なのに何故ぇぇ……!!』
「無敵? 俺は無敵なんて言葉は信じねぇ。その言葉に胡座をかいたのがテメェの敗因だぜ」
どんなものでも100%完全無欠の存在などあり得ない。必ず『穴』があるはずだ。天馬はそう確信していた。
ここで彼が賭けた要素は単純だ。ベネディクトの神力無効化には上限があると睨んだのだ。なのでその上限を超える量の神力を一気にぶち当ててやったらどうなるか。それが目の前の光景であった。
神力の無効化が追いつかなくなったベネディクトは、遂に限界を迎えてその身体に直接神力を受けたのだ。神力の無効に特化している分、本来の防御力自体は高くなかったのだろう。その亀裂は遂に球体全体を覆った。
『ウゴワァァァァァァァァーーーッ!!!』
軋むような絶叫と共に、球体が光に包まれ……粉々に砕け散った!