第6話 略奪愛
時は僅かに前に遡る。天馬達から僅かに遅れる事数時間、小鈴達のグループもまたアメリカ・ワシントンDCの地を踏んでいた。
「わ……スゲ。テレビでしか見た事ねぇような景色だな。アタシがアメリカの、しかも首都にいるなんて想像も出来なかったぜ」
飛行機から降りて空港のロビーを見渡しながらタビサが感慨深げに呟く。彼女は南アフリカの、それも田舎町に住んでいたので、アメリカの都会などというものは縁遠かったはずだ。多少お上りさんになるのも仕方ないだろう。
元々成都で暮らしていた小鈴からすると、街の規模自体はずっと小さい。だが規模とは関係なく、あのアメリカの首都というだけで何となく畏敬じみた感情を抱いてしまう部分は確かにあった。
「テンマ達のグループも少し前に到着しているそうだ。ちょっと出遅れちゃったね」
携帯で天馬達と連絡を取っていたぺラギアが苦笑した。
「流石はテンマね。向こうも任務は成功したという事よね。新しいディヤウスはどんな人なのかしら?」
ラシーダが好奇心を滲ませて尋ねる。それは小鈴も気になっていたので耳をそばだてる。
「名前はミネルヴァ・カーリクス。元々はゴットランド大学の学生さんだったそうだよ。物静かで知的な雰囲気の女性らしい。まあ詳しくは実際会ってのお楽しみだね」
「物静かで知的……」
小鈴は小さく呟いた。どちらも自分には当てはまっていない……多分。同じ女子大生だったというのも気になる。ゴットランド島で天馬とどんな風に出会って、どんな冒険を共にしたのだろうか。
「ふふ、気になるの、シャオリン?」
「……!? な、何を言って……。私は別に……」
ラシーダに図星をさされた小鈴は動揺から目が泳いでしまう。だが当然ラシーダにはお見通しのようだ。
「心配しなくてもテンマは誰に対しても、今はそういう関係にはならないんじゃないかしら? その日本にいるという幼馴染を助けるまでは、ね」
「……! それは……ええ、そうね。よく分かっているわ」
現実に戻された小鈴はやや自嘲気味に首肯した。そう。それは彼女自身が一番よく痛感している事だ。彼女がどんなに想ったとしてもそれが通じる事は無い。いや、通じているのかも知れないが、彼がそれに応える事は無い。何故なら彼がそれを裏切りと認識しているから。
だがそれが解っていても小鈴は自分の気持ちを偽る事は出来なかった。
(その人を助けるまではって言うなら、助けてあげればいいだけよ。幼馴染? 上等じゃない。ディヤウスになって共に戦ってきた私の方が今では絶対に強い絆を結べてるはずよ)
中国人特有か、生来の負けん気から小鈴はむしろそのように発奮するのであった。
「例の別チームか? 男もいるんだってな? どんな奴なんだ? アタシの事は伝えてあるのか?」
そんな小鈴の内心など知らず、タビサが無邪気に好奇心を剥き出しにして尋ねている。ぺラギアが再び苦笑して頷いた。
「ああ、同じように名前と簡単な経歴だけは伝えたよ。会うのを楽しみにしてるそうだ。テンマがどんな人物かは……あまり先入観は与えたくないから、やはり会ってからのお楽しみだね」
そのミネルヴァという女性の詳細を聞かないのも、タビサの詳細な情報を伝えないのも同じ理由からだろう。
「うぅ! 焦らすなぁ! 強い奴だったらいいけどな!」
「はは、それは保証するよ」
4人はそんな会話をしながら空港のターミナルを出た。ニューヨークなどの巨大都市ほどではないが、それなりの規模でかつ洗練された街並みにタビサが再び目を奪われていた。また空港の中にいた時からそうだったが、道を行き交う人々も実に多種多様だ。白人が多いが黒人もいるし(タビサのような本場のアフリカ人ではなく、いわゆるアフリカ系アメリカ人だ)、小鈴のようなアジア人もいるし、アラビア系やラテン系と思われる人々の姿も大勢目に付いた。
「流石最大の移民国家アメリカの都市だね。まるで地球上の人種の見本市のようだ。アメリカに比べると欧州はまだまだ単一的だと実感するよ」
ぺラギアが神妙な表情で呟いた。ギリシャは世界中から観光客が来るイメージがあるが、観光で来るのと商用や移住によるものとでは全く性質が違うだろう。
「さて、DCに着いたわけだけど、これからすぐに主教座に向かう? それとも……」
ラシーダが今後の予定を小鈴に聞こうとした時だった。全員が、少し離れた場所でプログレスの魔力を感知した。
「……!!」
瞬間的に全員が同じ方向を向いた。距離は少し離れているようだが、それでも感知できるほどだ。確実にこのプログレスは正体を露わにしているはずだ。
「ど、どういう事? こんな街中で『結界』も張らずに……!?」
「これじゃすぐに大騒ぎになるよ! アテネの時みたいにね……!」
小鈴が困惑していると、ぺラギアも厳しい表情になって唸る。当然ながら今この周囲にいる他の人々はまだ気づいていないようだが、騒ぎが大きくなれば時間の問題だろう。
「と、とにかく行ってみようぜ!」
タビサに促されて、とりあえず現場に行ってみようと動き出しかける一行だが……
「……っ!? ま、待って、皆! 『結界』よ! それも物凄く大規模な……」
「……!!」
この中では最も探知能力に優れたラシーダの警告が小鈴達の足を止める。言われて彼女達も気付いた。確かに今プログレス達の魔力を感じる地点から大分離れた場所に……巧妙に偽装されながらも抑えきれない強大な魔力の気配があった。
「この魔力の強さ……もしやウォーデン?」
「……そのようだね。タイミング的に見ても恐らくこちらが本命だね」
つまり今堂々と正体を晒して暴れているであろうプログレスは『囮』という事になる。恐らく街の人々や司法の目をそちらに逸らすためだ。
「ど、どうすんだよ? どっちに行ったらいいんだ?」
「二手に分かれるべきかしら?」
タビサが戸惑ったように意見を求めるとラシーダが消極的に提案する。だがぺラギアはかぶりを振った。
「いや……私としては全員で『結界』の方に向かう事を提案するよ」
「プログレスの方は放っておくという事?」
小鈴が眉を上げて確認するとぺラギアは首肯した。
「恐らく既にこの街の首都警察が全力で鎮圧に向かってるだろうからね。或いは軍隊が出張ってくる可能性さえある。警察や軍隊でも数が揃えばプログレスくらいなら対処可能である事はアテネで実証済みだ。私達の力を衆目に晒しながら警察と連携して奴等と戦うかい?」
「……!」
その問題があった。ディヤウスの存在やその力は公にするにはリスクが大きい。確かに件のプログレス達がこの白昼堂々と街中で暴れ回っているとしたら、小鈴達には極めて手が出しづらい状況だ。
それに加えて奴等は他ならぬアメリカの首都で暴れているのだ。首都警察のみならず軍隊まで出てくる可能性は充分ある。小鈴達の出る幕はないだろう。
「それに『結界』を張っているのがウォーデンだとしたら、戦力を分散させるよりは一丸となって行った方が良いというのもあるね」
下手に戦力を分散させるとウォーデン相手に抗しきれなくなるかもしれない。小鈴はしばしの逡巡の上で決断した。
「……全員で『結界』のある方に向かいましょう。プログレスは警察がなんとかしてくれると願うしかないわ」
「そうね。確かにそれが最善ね。あなたが決めた方針に従うわ」
ラシーダが納得したように頷いた。タビサも同様だ。方針が決まった一行は『結界』の反応がある方向に向かって可能な限りの速度で街中を駆ける。あの『囮』と思われるプログレス達の騒ぎがようやく付近にも伝播し始めたらしく、ただでさえ渋滞しがちな道路が更に混雑の様相を呈していた。走った方が確実に速い。
人間離れしたスピードで街を駆ける4人は、やがて目的地と思われる場所に到達した。その建物を見上げてぺラギアが顔を強張らせた。
「馬鹿な……。ここは米国聖公会の主教座……つまり我々の目的地だった場所だぞ!?」
「え……!?」
全員がギョッとしてぺラギアに向き直る。その巨大な建物……聖公会主教座は、普段と全く変わりない平穏そのものみ見える。だが、違う。彼女等にはこの建物の敷地全体を覆う『結界』の存在が解った。おそらくこの『中』は既に……
「……ぺラギア、『結界』に出入りする方法は無いの? もしくは破る方法は?」
「出入りする方法はない。『結界』を張った主が意図的にそれを解かない限りね。でも破る事なら出来る。一点に集中して強力な技を当てて、強引に『穴』を開けるんだ。ここに入るにはそれしかないね。尤もウォーデンが張った結界だとすると強度も相当なものと予想されるけど」
小鈴の問いに淀みなく答えるぺラギア。結局それしかないようだ。そしてここまで来て今更尻込みする事はあり得ない。
「要は力でこじ開けりゃいいって事だろ? だったら早くしようぜ! これ以上あいつらの思い通りになんか絶対させねぇぜ!!」
気の早いタビサが早速神力を高め始めている。幸いというかここは主教座の裏手に当たり、人の目は殆ど気にしなくていい。ましてや今はプログレス達の『囮』に人々の関心が集まっているので尚更だ。
「タビサの言う通りね。まだ生きている人がいるかも知れないし、事は一分一秒を争うわ」
ラシーダも神力を高め始める。それを受けて小鈴とぺラギアも自らの神器を顕現させて神力を高めていく。やがて4人の神力が最高潮まで練り上げられたと判断した小鈴は……
「今よっ!!」
一気に合図を出す。それに従って仲間達が一斉に神力を解放した。
『ブラッド・アブソリューション!!』
『回帰の大槌ッ!!』
『ライトニング・クレア―!!』
3人の大技が『結界』の一点目掛けて叩き込まれる。凄まじいまでの神力が荒れ狂い、『結界』を構成する魔力に干渉し、その表面に大きな亀裂を走らせた。あと一息だ。小鈴は自身の神力も一気に解放する。
『炎帝爆殺陣!!』
炎を纏った棍と蹴りによる神速の連撃を叩き込む。すでに亀裂が走って脆くなっていた『結界』の表面は、その連撃を受けて遂に臨界点を迎えた。
「……! 開いた!」
圧力に耐え切れなくなった『結界』が、これ以上の崩壊を防ぐ為に自発的に開いた『穴』。丁度人1人が通れるくらいのサイズだ。
「『結界』はすぐに修復してしまう! 急いで飛び込むんだ!」
「……!!」
ペラギアの言う通り、『穴』は見る見るうちに小さくなっていく。小鈴達は慌ててその穴が閉じる前に飛び込んでいった。
「う……!」
そしてすぐに顔をしかめた。やはりというか『結界』の中は凄惨たる状況となっていた。実際の主教座の建物は破壊されてあちこちから火の手が上がっていた。それと人の悲鳴と人ではないモノの哄笑。
惨殺されたと思しき教会関係者達の死体がそこかしこに散乱している。
「……っ。ひ、ひでぇ……あいつら、絶対に許さねぇ」
「よりによって何故聖公会を邪神の勢力が……? 『世界十字軍』を結成しようとしている事がバレたのかしら」
タビサもラシーダも凄惨な現場に顔をしかめている。ペラギアがかぶりを振った。
「そうかもしれないし、別の理由かもしれない。そしてそれを調べるのは今でなくてもいいはずだ」
「そうね……。皆、行くわよ! 助けられる人は助けながら、ウォーデンと思われる魔力の元まで急ぐわ!」
小鈴の号令の元、一丸となって突き進む4人。途中で何体かのプログレスと遭遇したが、こちらはディヤウスが4人もいるので鎧袖一触で蹴散らした。そしてウォーデンがいると思しき大聖堂に到達した小鈴達が見たもの、それは……
(……天馬!!)
見間違えるはずがない。体感的には随分久方ぶりにその姿を見たような気がする。そしてその彼が戦っているのは……
「あ、あれは、何? あれもウォーデンなの?」
ラシーダが呆然とした声を上げるので小鈴も初めてそれが目に入った。4枚の翼が生えた巨大な銀色の球体が天馬やシャクティ達と戦っている。球体はその表面から光の剣をハリネズミのように突き出し、そして体ごと回転突進して天馬たちを攻撃しているようだ。
天馬達は何故か球体を直接攻撃せず、消極的な間接攻撃に徹している。唯一直接攻撃しているのは小鈴も見たことがない銀髪の白人女性であった。神器と思われる長い槍を持ち、やはり神衣と思われる露出度の高い鎧を身にまとっている。
どうやらあれがスウェーデンで新たに仲間にしたミネルヴァという女性のようだ。
「あれはテンマ達か……! でも何やら旗色が悪そうだね。あの彼がいくらウォーデン相手とはいえそうそう遅れを取るとは思えないけど……」
「それこそ考えるのは後ね。今はテンマ達への加勢を優先しましょう」
ラシーダが促すと、タビサが好戦的な笑みを浮かべて神力を高める。
「あいつらがその別チームなのか? へへ、ようし! ここは一丁舐められないように、アタシの力を見せつけてやるぜ!」
そして真っ先に戦場に飛び込んでいくタビサ。小鈴達は一瞬呆気に取られながらも、すぐにその後を追うべく神力を高めながら戦場へと突入していく。
(天馬……任務は果たしたわ! またあなたと一緒に戦える! もう絶対に離れない! どんな敵が来ても私達なら必ず勝てるわ!)
図らずも再び天馬と無事合流できた喜びを胸に、小鈴は自らも神力を高めながら参戦していくのであった……