第4話 『渇仰』のベネディクト
ベネディクトに強烈な一撃を叩き込んだ天馬だが、ウォーデン相手にこれで終わりとは思っていない。案の定、倒れたベネディクトの身体から魔力が噴き出し、その身体全体を黒い魔力の塊が覆った。
「ぬぅ……やはり一撃では仕留めきれなかったか!」
アリシアが悔し気に顔を歪める。それが出来れば最良であったが、そうそう上手くは行かない。
「来るぞ!」
天馬が刀を構えて警告する。次の瞬間、黒い魔力の『繭』が内側からの圧力で破裂した。その中から姿を現したモノは……
「な、なんだ、ありゃあ……?」
天馬は唖然とした声を上げる。彼等の視線の先に、銀色に輝くメタリックな球体が浮かんでいた。球体の直径は3~4メートル程はあるだろうか。
更にその球体の周囲には、まるで天使の羽根を金属にしたような銀色の巨大な『翼』が全部で4つ付いていた。極めつけは球体の上部に、光り輝く『天使の輪』が浮かんでいる事だ。
天使の輪と4対の金属翼を備えた巨大な銀色の球体。それが目の前のモノを形容する最も適切な表現であろうか。
「……奴は元々『メタトロン』のディヤウスだった男。熾天使と同格、時にはそれ以上の存在として扱われる事もある無機質な鋼の天使。邪神の使徒に堕落しながらも、なお元の神の性質が色濃く出るのか」
アリシアが苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
『おお……感じるぞ。偉大なるヨグ=ソートス様の思念を。この星の全てを己が色に塗り潰そうとなされる強烈な思念を……!』
銀色の球体が喋った。それは頭の中に直接響いてくる思念のような『声』であった。因みにヨグ=ソートスとは、カナダを含めた北アメリカ一帯を領域としている邪神の名前だ。
『ヨグ=ソートス様が貴様らの命をご所望だ。我等が神の生贄となるがいい』
球体の視線がこちらを向いたのを確かに感じた。奴の周りに浮遊する四つの金属翼が球体の表面を回転し始める。
「ち……どんな攻撃が効くかも解りゃしねぇ。こうなったら出たとこ勝負だな!」
「うむ! そうだな!」
アリシアが頷いてまず先制攻撃を仕掛ける。神速の早撃ちによる神聖弾の連射。だが光の連弾は銀色の球体の表面を傷つける事さえ出来ずに弾かれて霧散した。その間に天馬が肉薄する。その刀には既に研ぎ澄まされた神力が纏わっている。
『鬼神崩滅斬!!』
刀が消えたと錯覚するほどの速さによる連撃。銀の球体はなんら能動的な行動を取る事無く、天馬の技を全て受けきる。そして……
「……っ!」
やはり天馬の攻撃も全て球体に虚しく弾かれるだけに終わった。滑らかな金属の球体には傷1つ付いていない。分厚い金属扉も一撃で両断する天馬の斬撃を連続で受けて傷1つ付かないとは並大抵の硬さではない。だが……
(なんだ……これは?)
天馬は微かな違和感を覚えた。単に硬いというだけなら、これまでに戦ってきたウォーデン達の戦闘形態も同様であった。だが、違う。今この球体を斬り付けた時の感触は、単に硬いというだけではない別の何かがある気がした。
『ファハハ、無駄だ。お前達には決して我が身体を傷つける事は出来んのだ』
意味深な嗤いと共に球体が動き出した。四つの金属翼が更に高速で回転する。それに応じて球体そのものが光り輝く。
「……っ! やべぇ、下がれ!」
本能的に危機を察した天馬は、アリシアに警告しつつ自身も後方へ大きく跳び退る。その直後奴の身体から無数の『光の剣』が文字通り四方八方に突き出した!
それはベネディクトの『サプレッサー』と同じ光の剣であるようだった。それが無数に球体の表面から突き出したのだ。後一瞬下がるのが遅かったら、天馬の身体は串刺しになっていたかもしれない。
『よく避けたな。だがこれはどうだ?』
「……!!」
さながら光のハリネズミのようになったベネディクトが嗤うと、その表面に無数の光の剣を突き出したまま高速で球体を回転させ始めた。
無数の光の剣が高速で乱舞する、剣呑極まりない回転球体と化したベネディクト。天馬の顔が思わず引き攣った。
『ファハハ! 今更後悔しても遅いぞ! 『スフィア・エクスキューション!!』』
光のハリネズミと化した球体が、凄まじい勢いで回転しながら一直線に突っ込んできた。アレに巻き込まれたら骨まで切り刻まれた肉塊と化すだろう。
「ちぃ……!」
攻撃が通じなかった事もあって対処法がなく、舌打ちしながら回避に専念する天馬。回避しながらダメ元で鬼刃斬を撃ち当ててみるが、やはり真空刃は虚しく弾かれるだけに終わった。
「テンマッ!!」
アリシアも神聖弾を連続で撃ち込むが、当たった瞬間に掻き消されて足止めにすらならない。暴走機関車と化したベネディクトを停める術がなく、逃げ回る事しかできない天馬達。しかしそれもいつまでも続けられる訳ではない。
神聖弾を弾いたベネディクトがアリシアにターゲットを変更する。彼女は銃撃の直後で奴の突進を躱せない。アリシアの顔が歪む。
「アリシアッ!!」
天馬も妨害に動こうとするが、奴の突進の方が速い。最早アリシアが轢き潰されるしか道はないのかと絶望し掛けるが……
『ドゥルガーの怒り!!』
『ヴァルハラ・スノーストーム!』
二つの力がベネディクトの突進を妨害する。シャクティとミネルヴァが聖堂の入り口からこちらに武器を構えていた。どうやらプログレス達を撃退できたらしい。
シャクティの投擲したチャクラムは球体の表面に当たると虚しく弾かれたが、ミネルヴァの発生させた局所的な猛吹雪は球体の表面を凍り付かせ、その突進の勢いを鈍らせる。それによってアリシアは退避が間に合った。
「……!」
天馬は今の一幕に目を細めた。シャクティの攻撃は天馬達と同じように弾かれたのに、ミネルヴァの攻撃は多少とはいえ奴に影響を与える事が出来た。2人の神力に大きな差はない。にも関わらず何故攻撃の結果に違いが生じたのか……
(まさか……?)
天馬の中に一つの仮説が芽生える。彼はその仮説を検証する事にした。
『鬼刃斬!』
再び真空刃を放つ。ただしベネディクトに向けてではない。奴の真上辺りにぶら下がっている大きな照明器具を天井から切り離したのだ。当然そのまま落下した照明は下にいるベネディクトに直撃する。
『……! ええい、無駄な足掻きを! 人数が増えようが同じ事だ! 貴様らに私は倒せん!』
照明器具の直撃を受けたベネディクトは苛立たし気に球体を震わせて怒りの声を発する。だが今ので天馬は自身の仮説が正しかった事を確信した。