第3話 光の剣士
「てめぇが『王』とやらの手先だってんなら丁度いいぜ。ここでてめぇを殺して、その『王』って奴への宣戦布告代わりにしてやるぜ」
流石に側近を殺されれば『王』とやらも天馬を意識せざるを得ないだろう。聖公会がこのような事になった以上、どのみちこれ以上悠長に仲間集めの旅を続けてはいられない。決戦へと赴く時であった。
「ふ……男でありながら未だ【外なる神々】の祝福を受け入れぬ痴れ者が。仲間にならぬのであれば危険分子として処分するまでよ」
天馬の殺気を受けてベネディクトも魔力を高める。
「アリシア、アンタはまずおっさんを安全な場所へ避難させろ! その間、こいつの相手は俺が受け持つ」
「おっさんではなくジューダス主教だ! だが……うむ、しばらく任せるぞ!」
アリシアは突っ込みを入れつつも、それが最良だと判断してジューダスを護衛しながら退避する。ベネディクトは敢えてそれを追おうとはしなかった。
「今ここで貴様を殺してからでも遅くはない。まずは『王』に弓引く不届きものを始末してくれよう」
そう宣言するベネディクトの手に精緻な意匠を施された西洋剣が出現した。恐らく奴の神器か。
「我が『鎮めるもの』で、貴様にも永遠の沈黙を与えてやろう!」
ベネディクトが踏み込んできた。恐ろしいまでの速さだ。そのまま大上段から斬り下ろしてくる。よく見ると剣の刀身が光り輝いている。
「……!!」
本能的に危険を感じた天馬は刀で受ける事をせずに跳び退って躱した。直後、光る剣が今まで彼が立っていた床を直撃した。頑丈そうな床がまるでナイフを入れたスポンジケーキのようにパックリと割れた。
「何……!?」
「我が『サプレッサー』に斬れぬものはない。あらゆる物体の分子運動をも鎮める故な」
「……!」
全ての有機物だけでなく無機物も、基本的には分子と分子が結合する事でその形を保っている。物体の硬さはその結合の度合いや微細さによって決まるものだが、その分子の結合自体を無効化してしまうのであれば確かに斬れないものは無いかも知れない。
少なくとも自分の刀で試してみる気にはなれなかった。
「『鬼刃斬!!』」
なので牽制代わりに遠距離攻撃を仕掛ける。振った刀の軌跡に合わせて真空刃が射出される。それを連続でベネディクトに叩き込む。太い大理石の柱も輪切りにするような真空刃がいくつも殺到するが……
「ふん、愚かな……!」
だが案の定というかベネディクトはその剣を縦横に振るって、全ての真空刃を逆に斬り裂き消滅させてしまった。
「……!」
「今度はこちらの番だな!」
ベネディクトが嗤うと、その剣『サプレッサー』が更に強い光を帯びた。すると刀身の長さはそのままに、光の剣だけが伸びた。光の剣の長さは優に10メートルにはなるだろうか。
「死ねぃ! 『サークル・ロンド!!』」
ベネディクトが身体ごと旋回させる勢いで剣を横薙ぎに振るうと、その軌跡に合わせて長く伸びた光の剣がコンパスのように正確な円を描いた。10メートル以上ある光の剣が一周回るとどうなるか。
広い大聖堂にある柱を含むほぼ全てのオブジェクトが、綺麗に輪切りにされて転がった。大量の物が床に落ちる破砕音が重なる。聖堂内のほぼ全てをカバーした超広範囲攻撃だ。だが……
「……ふぅ。アリシア達を退避させといて正解だったな。いや、シャクティ達も含めて他に誰もいなくて幸いだったぜ」
「……!」
ベネディクトの視線が上を向く。天井から吊り下げられた巨大な照明に天馬が掴まってぶら下がっていた。超人的な跳躍力を発揮して一気にその高さまで跳び上がったのであった。
とはいえかなり際どい所であった。少なくともアリシアやシャクティ、ラシーダといった後衛タイプでは避けられなかった可能性もある。あんな広範囲攻撃を持っているとなると、迂闊に大人数で囲んで戦うという訳にもいかない。
「降りてこい、山猿が!」
ベネディクトはぶら下がっている天馬に対して光の剣を伸ばして突き出してくる。
「おっと!」
天馬は突きを躱しつつ飛び降り、そのままベネディクトに対して落下斬りを仕掛ける。だが奴は素早く跳び退ってそれを躱し、再び光の剣を薙ぎ払ってくる。天馬も跳び退って躱す。
自然と仕切り直しとなった。あの光の剣のリーチの長さは厄介だ。しかも自在にリーチを変えられるらしいので、間合いが上手く掴めない。迂闊に踏み込んだら奴の間合いだったという事もあり得る。
かといって消極的な遠距離攻撃に終始していても埒が明かない。
(リスク覚悟で踏み込むしかねぇか……)
天馬の身体から強烈な闘気が噴き出る。それを見て取ったベネディクトは目を細めた。
「くく、何を考えているかは分かるぞ? だが生憎貴様は私に近付く事すら出来んのだ」
奴が嗤いながら再び光の剣を伸ばしてきた。そして剣の柄を両手で把持して高速で旋回させる。そして更に高速で旋回させたままの剣を縦横無尽に振り回してくる。
「我が奥義『スフィア・ロンド』。近付く者は例外なく微塵斬りとなる」
「……っ!」
先程の技が水平方向への攻撃だけだったのに対して、この技は水平にも垂直にも前後左右360度全てが攻撃範囲となっている。文字通り光の剣撃による球体を形成していた。
しかも奴の剣撃の速度は相当なもので、その攻撃範囲の広さも相まって、確かにこれでは奴に近付く前に細切れにされて終わりだ。
「ファハハ! 手も足も出んか? ならばこちらからゆくぞ!」
「……!!」
ベネディクトは哄笑すると、何と『スフィア』を維持したまま天馬に向かって突進してきた。これには天馬も意表を突かれた。恐ろしく巨大な光の球体が『面』の圧力で迫ってくる。屋外ならともかく、広いとはいえ屋内では退避するにも限界がある。
(ちぃ! こうなったら相討ち覚悟でやるしかねぇか……!)
天馬は覚悟を決めて迎撃のために神力を高める。自分もただでは済まないだろうが、それでもやるしかない。天馬が技を発動しようと身構えたそのタイミングで……
「テンマ、待たせたな!」
「……! アリシアか!」
ジューダスを安全な場所に避難させたらしいアリシアが戻ってきた。既に神力を充分に溜めていたらしく、迫りくる『スフィア』に向けて愛銃を構える。
『神聖砲弾!!』
そして躊躇いなく最大威力の神聖弾を撃ち込む。これまで数多くのウォーデンに致命傷を与えてきた神力の波動砲が『スフィア』と衝突する。驚くべき事にベネディクトの光剣はアリシアの神聖砲弾とぶつかり合い拮抗した。だが、それによって奴の剣の動きが止まった。『スフィア』が消滅したのだ。
「……!! ぬぅ……! アリシア、貴様……」
「今だ、テンマァァァッ!!」
ベネディクトの呻きとアリシアの叫びが重なる。玉砕覚悟で大技を繰り出すつもりだった天馬は、そのまま神力を練り上げてその技を使う事にする。
「サンキュー、アリシア! ……『神冥明王斬!!』」
練り上げ研ぎ澄まされた神力が刀に纏わり、ベネディクトの光の剣にも劣らない『光の刀』を形成する。そしてリーチの伸びたその光の刀を居合切りの要領で一気に薙ぎ払う。
アリシアの神聖砲弾と拮抗していたベネディクトにそれを受ける術はない。天馬の一撃は狙い過たず、ベネディクトの胴体を深く斬り裂いた。
「グハァッ!!!」
奴が血反吐を吐いて吹き飛ぶび、そのまま床に転がって倒れ伏した。