第2話 主教座襲撃
「……!! 教会が……!」
駆けるアリシアの後を追って、聖公会の主教座に辿り着いた天馬達。彼等が見据える先には、普段と全く変わりない平穏そのものである厳かな大教会が聳え立っていた。
普段であればその壮麗さに圧倒されていただろうが、今はそれどころではない。その教会のある敷地全体を覆うように強い魔力が感知された。『結界』だ。
恐らくこの平穏な風景の向こうは今頃地獄絵図となっているだろう。まさに天馬の母校と同じ状況だ。周囲の人間は勿論誰も気付かず、この主教座を気に留める事も無い。これも『結界』の効果であった。
ましてや今はホワイトハウスのすぐ近くで派手なテロが発生している状況だ。この街の人間の意識は警察も含めて完全にそちらに向けられていた。
「皆、下がっていろ! 今からこの『結界』を破る!」
一足先に到着していたアリシアが『デュランダル』を顕現させて既に神力を練り上げ始めていた。何をする気かは明白だ。彼女はかつて日本でも同じ方法で『結界』を破っていた。
『神聖砲弾!!』
銃口の先から光り輝く波動が奔出する。波動は『結界』に向けて一直線に飛び、見事それを打ち破……れない!!
「……!! 強い!?」
アリシアが驚愕する。彼女の神聖砲弾でも破れないとなると、この『結界』を張った者は間違いなくウォーデンだ。それも相当に強力な部類の。
「……! 俺達もやるぞ! あの一点に力を集中させろ!」
「は、はい!」
「それしかないわね」
天馬達もそれぞれの神器を顕現させて神力を高める。そしてアリシアの神聖砲弾が当たっている箇所に狙いを定める。
『カーリーの抱擁!』
『ベルセルク・シグルーン!!』
シャクティとミネルヴァがそれぞれ神力を練り上げた大技を放つ。それらはアリシアの攻撃が当たっている箇所に重なり、流石の強固な『結界』にも亀裂が入り始める。あと一息だ。
「テンマさん!」
「応! ……『二等分断剣ッ!!』」
研ぎ澄ませた神力を乗せた斬撃がその亀裂に重なる。するとその亀裂が見る見るうちに広がっていき、やがて人が通れるサイズの大きな『穴』が出現した。だがその『穴』は早くも修復を始めている。
「よし、急げ!」
全員で素早くその『穴』に飛び込む。最後に天馬が潜り抜けると、その後ろで『穴』が完全に閉じてしまった。この後おそらくウォーデンとも戦うだろう事を考えると、再び『穴』を開けている余力はない。即ちこの『結界』を張っている主を倒さねば出られないと考えていいだろう。
「上等だ。どのみちこのような事をしでかした輩を討伐し、主教を助け出すまで退くつもりはない」
アリシアが闘気を漲らせて迷いなく進み出す。勝手が分からない天馬達はその後に続くのみだ。案の定というか『結界』の中は酷い有様となっていた。大きな教会のそこかしこから火の手が上がり、人の悲鳴と何かの爆発音などが響いてくる。それと同時に、人ならざる者共の叫び声も。
敷地や建物の至る所が損壊し、聖公会の聖職者や関係者と思われる人々がそこかしこに無残な屍を晒していた。その光景にアリシアが血が出るほどに唇を噛み締める。と、その時彼等が進む廊下の先から2人ほどの人影が……
それは明らかに尋常な人間ではなく、頭の形が海洋生物のものになっている怪物……プログレスであった。
次の瞬間、文字通り光の速さで閃光が走り、プログレス達の心臓を貫いた。敵は勿論、天馬達が何かする暇さえなかった。アリシアの神速の抜き撃ちだ。凄まじいまでの怒りが、彼女の早撃ちをいつも以上の速度にしているようだ。
その後も進むたびに散発的にプログレスと遭遇したが、全て鎧袖一触で蹴散らした。そして彼等はそのまま大聖堂に繋がっていると思われる広い中庭に出る。既に侵入は察知されているのか、そこには優に10体以上のプログレスが待ち構えていた。
「クソ、足止めか! こんな奴等を相手にしている暇はないぞ!」
アリシアが唸る。こうしている間にもジューダス主教に危機が迫っているかも知れない。足止めがいるという事はまだ主教は無事なのだろうが、それも時間の問題だ。となると、ここで採るべき戦術は……
『ヴァルハラ・スノーストーム!』
『ブリュンヒルド』を振り回したミネルヴァが、プログレス達に冷気の嵐を叩きつける。奴等が怯む。
『ディーヴァの舞踏会!』
そこに更に追い打ちとしてシャクティの光のチャクラムの群れがプログレス共を牽制する。それによって一時的に大聖堂への道が開いた。
「こいつらは私達に任せて」
「お2人は聖堂へ急いでください!」
天馬が指示するまでもなく最適解を導き出した2人が、敵の足止めを買って出る。確かにこの場ではそれがベターな戦術であった。
「悪ぃ、頼む! 行くぞ、アリシア!」
「……! うむ、すまん、2人とも!」
問答している時間も惜しい。天馬とアリシアは即座に駆け出した。プログレス共が妨害しようとしてくるが、それを更にミネルヴァとシャクティが妨害する。
「あなた達の相手は……」
「私達です!」
2人は広範囲の技を使用して天馬達の元へ敵を行かせまいと立ち塞がる。プログレス達もこちらへの追跡を諦めたのか、ターゲットをミネルヴァ達に変更して襲い掛かる。忽ちの内に中庭は魔力と神力がぶつかり合う異能の戦場と化した。
それを尻目に聖堂への道を全速力で駆け抜ける天馬とアリシア。主教座だけあって大聖堂は敷地の外からでも視認できた大きさで、その入り口は全て開放されていた。躊躇う事無く聖堂の中に飛び込む2人。そこには……
「……!!」
本来であれば広く厳かで精緻な内装に覆われているはずの大聖堂は、やはり破壊され尽くしていた。周囲には高位の聖職者と思われる者達の死体がいくつも転がっていた。
「く……ダヴィド司教……! ワグナー司教も……」
アリシアにとっては知っている者達なのだろう。それらの死体を見た彼女の顔が苦渋に歪む。
「おい、あそこ……!」
「っ! ジューダス主教!?」
天馬が指差す先、聖堂の祭壇前で2人の男が向き合っていた。1人は立派な法衣に身を包んだ壮年の男性で、アリシアの言動から恐らくジューダス・アクランド主教と思われた。となるとそれと向き合う男は……
「外道が! 今すぐ主教から離れろ!」
アリシアがその男に向かって神聖弾で銃撃する。するとその男は素早い反応で跳び退って銃撃を躱した。だがそれによってジューダスとの距離が離れ、その隙に天馬が彼を庇うように間に割り込む。
「おい、おっさん! 無事か!?」
「あ、ああ、助かったぞ。あれはシスター・アリシア? という事はまさか君は……」
ジューダスがアリシアと天馬の顔を交互に見ながら呟く。
「ジューダス主教、あなただけでもご無事で何よりです! 後は我等に任せて、主教は安全な距離に退避を!」
そのアリシアもジューダスを庇うように天馬の隣に並び立ち、侵入者の男に銃を向ける。だが……直後にその顔が大きな驚愕に歪んだ。
「き、貴様……まさか、ベネディクトか!?」
「如何にも。久しぶりだな、シスター・アリシア。相も変わらずこのような下らぬ組織の犬か。ディヤウスとして人を遥かに超える力を持ちながら愚かな女だ」
アリシアと旧知らしいその白人男……ベネディクトは、その冷酷そうな顔を嘲笑に歪めた。
「ウォーデンに知り合いがいるたぁ初耳だぜ。何者だ?」
天馬の質問にはアリシアではなくジューダスが答えた。
「あの男の名はベネディクト・A・アルトマン。元はこの米国聖公会に所属していたディヤウスだった男だ。だが……ご覧の通り『堕落』した。その後の行方は杳として知れなかったが、かの『王』を名乗る男の軍勢に加わっていたとはな……」
「……っ!? 『王』だと!?」
天馬の顔が憤怒に歪む。あの学校での惨劇を引き起こし、親を殺し、茉莉香を連れ去った元凶とも言える存在。今までのウォーデンとは違い、こいつはその『王』の直属の部下であるらしい。あの我妻という男と同じ立場という事だ。
「何故だ、ベネディクト! 『堕落』した理由も『王』の軍勢に加わった理由も聞かん。だが何故今になってこのような事を……聖公会の主教座を襲撃するなどという暴挙を犯した!?」
アリシアが銃口を向けたまま詰問する。向けられた銃口を何ら意識する事無くベネディクトは肩を竦めた。
「暴挙を犯したのはそちらの方だ。『王』に対して『聖殺部隊』を送り込むなど……無謀というより蛮勇と称すべき愚行。こちらもプログレスが何人か死んだが、何故『王』まで殺せるなどと思い上がったのか……」
「な……『聖殺部隊』を!? あの案は無謀だからと却下されたのでは!?」
アリシアが驚愕に目を瞠ると、ジューダスは無念そうにかぶりを振った。
「……ダヴィド達が独断で先走ったようだ。それに気付けなかった私も監督不行き届きで同罪だがな」
「……!」
事態を悟ったアリシアが大きく顔を顰める。だが天馬は彼等のやり取りに構わずに、ベネディクトに強烈な殺気を向けた。