第17話 未知への旅立ち
「ぬぅぁぁぁぁ……! く、苦しい……た、助けてくれ……」
巨大ミミズから人間の姿に戻ったジャブラニが、地面の上で呻いている。ラシーダの致死の猛毒をまともに喰らったのだ。如何にウォーデンとはいえ死は免れないだろう。人間やプログレスなら即死であっただろう攻撃も、なまじ生命力が強かったせいで苦しみを長引かせる結果となった。
だがそれはこの外道には相応しい罰とも言える。少なくともタビサはそう思った。
「け……自業自得だ。でもこれでこの工場もぶっ潰れてサバンナも元通りになるはずだ。ざまあみやがれ」
「ほ、本気でそう思ってるのか? や、やはりガキは、ガキだな。私はただ、切っ掛けを作ったに過ぎん。この国が……アフリカが『発展途上国』である限り……同じ事が繰り返される。外国と取引している議員は、他にも山ほどいるのだから……」
「……!!」
ジャブラニは死に瀕しながら、いや、死に瀕しているからこそ、その顔を悪意の嘲笑に歪める。
「汪達にしても……同様だ。奴等の、代わりなど、いくらでもいる。貴様らの、やった事は……所詮、一時凌ぎにしか……ならんのだよ。全て、無駄なのだ……く、ふふふ」
「……っ! 黙れよ、テメェ!」
それ以上ジャブラニの怨嗟を聞いていられなくなったタビサは、岩の槍を作り出すとそれをジャブラニに突き刺した。
「ぐはっ!!」
そのままでも猛毒で死んだだろう瀕死の所に止めを刺され、ジャブラニは一溜まりもなく血を吐いて事切れた。
「くそ……! 下らねぇ負け惜しみを吐きやがって!」
止めを刺して父親の仇も討ったタビサだが、何故か心は晴れなかった。ただ何とも言えない後味の悪さが残っただけだ。
「ふぅ……終わったようだね。タビサ、残念ながら奴の言っていた事は事実でもあるんだ。以前にも言ったかもしれないけど、国という物が絡んでいる以上根本的な解決というのは中々難しいからね……」
ぺラギアが緊張を解きながらもそう言ってタビサを諭す。ディヤウスに覚醒したからと言って変に全能感のようなものを抱いてもらっては困る。自分達はあくまで特殊な力を持っているだけの一個人に過ぎないのだ。戒めの意味でもそれを肝に銘じておかねばならない。
「ああ……そうだな。アタシにもホントは解ってるさ。世の中ってやつはアタシらみたいな小市民だけじゃどうにも出来ない化け物だって事はね」
「タビサ……」
中国も絡んでいる事なので小鈴も他人事ではない。タビサの心情を慮って、なんと声を掛けて良いか解らなかった。しかしタビサは苦笑してかぶりを振った。
「だからアタシは大丈夫だよ。とりあえず伯母さんは助けられた。父さんの仇も討てた。それだけで充分さ」
その言葉に嘘は無さそうだった。余り気遣いすぎるのも却って良くない。ラシーダが頷いた。
「そうね。多くを求めすぎないのが大事ね。私達は私達に出来る事をやっていきましょう。今で言うと、とりあえずズヴァナさんを連れて急いでこの場を離れる事ね」
「……!」
言われて小鈴達も気付いた。破壊されつくした工場。地下倉庫には現職の国会議員であるジャブラニの死体。上の階にも社長である汪を始めとした多くの社員達の死体。
夜が明けて出勤してきた他の従業員達と鉢合わせするのは避けたい状況だ。ラシーダの言う通り、そうなる前に迅速にこの場を撤収しなければならない。
「確かにね。まずは急いでここを離れましょう。帰り道も勿論誰にも見つからないようにね」
小鈴が賛同して促すと、頷いたタビサが気絶しているズヴァナを背負った。既にディヤウスに覚醒している彼女なら人1人抱えて素早く移動するくらいなら簡単だ。
「父さん、悪い。一旦ここを離れるけど……必ずきちんと弔うから、もうちょっとだけ待っててくれよ」
見張りを兼ねて先に撤収していく小鈴達を見送って、タビサはズヴァナを背負いながら、上で亡くなっている父親の遺体にそう約束してから、自らも闇に消えるようにこの場から走り去っていった。
『硯盛資源開発有限公司』の所有するファラボルワ鉱山で発生したテロ事件は大きく報道され、南アフリカの国家警察なども介入したものの、結局犯人に関しては特定できず謎のままとなった。
この工場に対して大体的な反対運動を行っていたズヴァナは当然疑われたものの、被害の規模から考えて彼女1人の仕業とは到底思われず、逮捕拘束される事は無かった。
「ごめん、伯母さん。じゃあ……行ってくるよ」
ズヴァナの家の前。そこでズヴァナと向き合うのは、小鈴とラシーダ、ぺラギアの3人だけでなく……タビサの姿もあった。
「ああ……行っておいで。こっちの事は何も心配しなくていいよ。ハシムの事も、学校の事も、全部私がやっておくから、あなたは何も気にせずにあの人達と一緒に行きなさい。……この星を救うための戦いにね」
見送るズヴァナの顔は理解と慈愛に満ちていた。ジャブラニに操られていた時からは考えられない落ち着いた雰囲気で、当然だがこちらが本来の彼女であるようだ。
タビサはもう一度伯母とハグをしてから離れると、後は振り返らずに車に乗り込んだ。小鈴達もズヴァナに挨拶をしてから車に乗り込んでいく。
ズヴァナは最初からタビサの秘密にある程度感づいていたらしく、ディヤウスの事を聞かされても驚く事は無く、むしろ納得したように受け入れてくれた。そして後の事は自分がやっておくからと言って、姪に小鈴達と共に旅立つように促してくれたのだ。
彼女に見送られてぺラギアの運転する車は空港へと向かっていく。
「この街……どころかこの国を離れるなんて考えた事もなかったけど、本当に言葉とか文字とか大丈夫なんだよな?」
車の中でタビサがそんな不安を漏らす。彼女にはまだ馴染みのない感覚なので仕方ないだろう。
「保証するわ。きっと驚くわよ。まあでも次の目的地はアメリカだから、同じ英語でどのみちそこまで違和感はないでしょうけど」
小鈴が請け負う。ここでの任務を終えた後の目的地は既に決まっていた。これまで小鈴達の旅をサポートしてきてくれた米国聖公会の主教座がアメリカの首都ワシントンDCにあるのだが、その主教であるジューダスが一度ディヤウス達と直に会いたいという申し出があったのだ。
ジューダスは言ってみれば小鈴達にとってスポンサーのようなもので、その頼みを無下に断るという訳にも行かない。なのでどうせなら天馬達との合流場所もDCにして、そこで合流がてらジューダスと面会するという予定になったのだ。
「もう一組のチームか……。そっちも四人いるんだろ? どんな奴等なんだ?」
「まあ向こうも勧誘が成功していれば、だけどね。でもテンマの事だからきっと問題ないでしょう」
ラシーダが肯定する。彼女はその見かけや言動からは解りにくいが天馬の事を相当信頼している。勿論彼を信頼しているのは小鈴も同じであったが。きっと任務を無事に終えて、今頃は新しいメンバーと共に既にアメリカで小鈴達の事を待っているかも知れない。
「テンマ……? そいつって男なのか? ディヤウスって女だけじゃなかったのか?」
「私達しか見ていないからそう思うのも無理はないね。だがディヤウスは女だけじゃない。当然男のディヤウスも大勢いる」
「へぇ……そうなんだな。どんな奴なのか会うのが楽しみだな!」
含みを持たせたぺラギアの言い回しに気付く事も無く無邪気に期待を膨らませるタビサ。タビサは今までの仲間達にはいなかったタイプだ。押せ押せの強気系で天馬とも気が合うかも知れない。唯一彼より年が若いというのもある(スウェーデンで勧誘するメンバーは分からないが)。
小鈴は再び天馬の好みが気になり、戦いとは別の部分で妙な危機感を抱いてしまうのだった……