第13話 鍛冶の神
大きな精製工場の倉庫だけあって、その地下はかなり広い空間になっていた。今は使われていない様々な機材やコンテナなどが積み上がっている。しかし搬出入のためか、出入り口から中央部分は物が置かれていない広いスペースとなっている。
そしてそのスペースの中央付近に何人かに人間が佇んでいた。全員アフリカ人のようだ。その中心にいた仕立ての良いスーツ姿の壮年男性が、小鈴達に気付いて進み出てきた。
「ふむふむ……君達の神力が消えていない時点で、汪達が失敗したのは解っていたよ。いや、正義の為なら殺人も辞さない君達の信念には恐れ入ったよ」
「……!! ジャブラニ……ムラウジ! やっぱりアンタが黒幕かよ!」
タビサが目を吊り上げる。どうやらこの男が件の国会議員らしい。そして今の発言からも、もうこの男がウォーデンである事は確定だ。
「ズヴァナ伯母さんをどうしやがった! 今すぐ伯母さんを返せよ!」
「返す? まるで彼女の意に反して我々が拘束しているかのような言い方じゃないか。きちんと話し合った結果、彼女は納得してくれたよ。やはり対話は民主主義の基本だな」
「……!」
ジャブラニが嗤うと、彼の後ろからもう1人進み出てくる人物がいた。それはやはりアフリカ人の女性であった。その姿を見たタビサの大きな目が更に限界まで見開かれる。
「お、伯母さん……?」
「ああ、タビサ。こんな所にまで乗り込んできて本当に馬鹿な子だね。しかもどこで知り合ったのか、そんな外国人達まで引き連れて。その連中は危険なテロリストなんだよ。今すぐこっちに来なさい」
「っ!?」
タビサは一瞬伯母が何を言っているのか分からず唖然とした。脅されて意に沿わない発言をさせられているという様子がない。明らかに本気で言っている。
「お、伯母さん、何言ってるんだよ? そいつらは伯母さんを攫ったんだろ! それにこの鉱山を建てさせて大地を汚している張本人じゃないか! 何でそいつらの肩を持つような事言ってんだよ!」
「それはただの誤解だったんだよ。なのにお前は……汪社長を始め、大勢の社員たちを殺してしまった。とんでもない事をしてくれたね」
「伯母さん……嘘だろ?」
ズヴァナの様子は演技には見えない。タビサがショックを受けて茫然自失となる。彼女に代わって小鈴達が前に出る。
「タビサ、落ち着いて。伯母さんは明らかに正気じゃないわ。間違いなくあの男が洗脳か何かしたに違いないわ」
「そうね。最初に情報を聞き出した彼もそんなような事を言ってたし。ならあの男を倒せば洗脳は解けるはずよ」
ラシーダも小鈴の言葉に同意するように頷いて鞭を引く。
「大方ただ消してしまうよりも、鉱山に強硬に反対していた彼女と和解したという方が、その後の産業活動やその事業拡大をやりやすくなるという理由からだろうね」
ぺラギアも油断なくジャブラニを見据えながら補足する。そうと解ればやる事は単純だ。ウォーデンたるジャブラニを倒してズヴァナの洗脳を解くのだ。
「やれやれ、【外なる神々】と旧神の眷属の間には政治も司法もあったものではないな。だがまあその方がこちらもやりやすいという物だ」
ジャブラニが単身で進み出てくる。彼の部下と思しきアフリカ人達はズヴァナと共に後ろに控えたまま動かない。小鈴が眉を上げた。
「まさか1人で私達と戦う気?」
「ディヤウスが3人もいる状態ではプログレスを当てても無駄だという事は既に解っているからな。それにお前達では私には勝てん。私1人で充分なのだよ」
ジャブラニは肩を竦めて答える。工場に向かう途中で現れたプログレス達はやはりこの男が放ったものらしい。その結果を見ての事だろう。
「……随分な自信だね? でもそれが命取りだよ!」
ぺラギアが戦端を切って突撃する。勿論『アイギス』を構えて、どんな攻撃が来てもいいように備えながらだ。ジャブラニが手を掲げる。すると床の一点が恐ろしい速さで盛り上がってぺラギアに攻撃してくる。
「ぬっ……!」
攻撃に備えていた彼女はそれを正確に盾で防いだ。だが予想以上の凄まじい衝撃にたたらを踏んで足を止められてしまう。
「これは……!?」
ぺラギアが目を瞠る。それは岩石で出来た巨大な『腕』であった。床から生えた『腕』が彼女を殴りつけたのだ。
「……! ぺラギア!」
小鈴が即座に援護に駆け付ける。だが彼女の元にも別の『腕』が現れて攻撃してきた。
「ち! 邪魔よ!」
小鈴は朱雀翼を旋回させて、遠心力を加味した攻撃でその『腕』を砕く。『腕』はそこまでの強度は無いようで、小鈴の攻撃を受けて粉々に砕け散った。ぺラギアも雷を纏わせた剣の兜割りで、見事『腕』を一刀両断していた。だが……
「あ……!」
叫んだのはタビサか。小鈴達が砕いたはずの『腕』だが、床の下から新たな素材が補充されて即座に再生してしまったのだ。
「無駄だ。我が力の源泉は鍛冶の神ウングンギ。地中に眠る鉱物の類いは全て私の支配下にある。この鉱山という場所は私の力を最も活かせる戦場でもあるのだよ」
「……! ウングンギ……ズールー神話の旧神か!」
ジャブラニがせせら笑う。小鈴には生憎ズールー神話の知識が無かったが、ぺラギアには解ったようだ。
「だったら本体を叩くまでね……!」
ラシーダが『セルケトの尾』を伸ばして直接ジャブラニを叩こうとする。遠距離攻撃を得意とする彼女であれば敵を狙い撃ちしやすい。
「全て私の支配下にあると言わなかったかね?」
「……っ!」
だがジャブラニが少し手を動かすと、ラシーダの前にも『腕』が出現した。勿論小鈴やぺラギアが相手にしている『腕』は健在のままだ。3本目の『腕』はラシーダにも容赦なく攻撃してくる。
「くっ……!」
咄嗟に自身の攻撃を中断して跳び退るラシーダ。だが『腕』の攻撃は執拗であり、あまり体術が得手ではないラシーダは反撃の隙すら掴めず防戦一方になる。そもそも無機質な鉱物の塊に対してラシーダは能力的な相性が悪すぎる。
「ラシーダ! もう少し持ち堪えて!」
小鈴は目の前の『腕』を再び砕きながらラシーダに呼び掛ける。この『腕』は再生するまでに若干のタイムラグが存在する。ならば『腕』を破壊した瞬間にジャブラニに攻撃を仕掛ければいい。
「なるほど、それしかなさそうだね!」
ぺラギアもそれだけで伝わったようで、まずは目の前の『腕』の破壊を優先する。ほぼ同時に目の前の『腕』を粉砕する小鈴とぺラギア。だが……
「こんな物はほんの小手調べだ。残念だが君達はここに踏み込んだ時点で詰んでいるのだよ」
「……!!」
ジャブラニに突撃しようとしていた2人の足が止まる。いや、止めさせられた。
「これは……!?」
いつの間にか地下倉庫の床が全て崩れて土や岩盤が剥き出しになっていた。そしてその剥き出しの地面が……ウネウネと蠢いていた。まるで深い水溜まりの上にいるかのように足が地面の中に埋没して、蠢く土に絡め捕られてしまっていたのだ。半分液体のようになった土は粘り付き、それでいて振り払おうにも凄まじい負荷で動きを封じてくる。
「あぐっ……!」
「ラシーダ!?」
呻き声に視線を向けると、ラシーダも同じように粘つく大地に足を取られて動けなくなってしまっていた。
「『マンランボの土海』。相手の動きを封じるバトルフィールドを形成するだけの技だが、シンプルなほど有用だ。そうだろう?」
「く……!」
小鈴もぺラギアも焦って何とか粘土の拘束から逃れようともがくが、ディヤウスの力を以ってしても振り解く事が出来ない。ディヤウス以上の力を持つウォーデンの技なのだからある意味では当然かも知れないが。
「こ、の……『気炎弾!』」
小鈴は苦し紛れに遠距離攻撃を放つが、ジャブラニが片手を翳しただけで儚く打ち消されてしまう。
『ポイズン・ショット!!』
ラシーダも遠距離から毒弾を撃ち込むが、やはり障壁のようなものに阻まれてジャブラニには届かない。ぺラギアは遠距離攻撃を持っていないので、このように動きを封じられてしまうと有効な攻撃手段が無くなる。
だがどのみちこんな状態で遠距離攻撃だけを放っても碌に牽制にすらならなかった。そして当然ながらジャブラニがこちらの攻撃を待ち続けてくれる道理が無い。
「気は済んだか? では今度はこちらの番だな」
「っ!!」
奴の言葉と共に、とっくに再生を終えていた『腕』が動き出した。当たり前だが『腕』は土海の中でも自由に動けるようだ。
「ま、マズい……!」
ぺラギアは咄嗟に『アイギス』でガードする。だがそれでも凄まじい衝撃に身体を揺さぶられ、脚を捕らわれているのでその衝撃を逃がす術もない。だが盾を持っているぺラギアはまだマシだ。
「ぐっ……がはっ!!」
「あああぁぁっ!!」
「……! シャオリン! ラシーダ!」
防御面で劣る2人は『腕』に滅多打ちにされて苦鳴を漏らす。2人とも神衣を纏ってはいるが、神衣は決して万能ではないのだ。
「他人の心配をしている余裕があるのかね?」
「……っ! しまっ――」
小鈴達に意識が逸れた一瞬の隙を突かれて『腕』の攻撃がクリーンヒットしてしまう。
「ぐふっ!!」
血反吐を吐く。一旦突破口を開かれると、後は防御する暇もなく滅多打ちにされるだけだ。為す術もなく傷つき満身創痍となっていく3人。
「私の事業を邪魔してくれたお礼はこのくらいで良いか。さて、それでは偉大なる外神ツァトゥグア様に捧げる贄としてくれよう」
ツァトゥグアというのがこのアフリカに巣食う邪神らしい。ジャブラニは魔力を高めて片手を大きく頭上に掲げた。
「とどめだ! 『モケーレの土槍雨――――」
「――や、やめろぉぉぉぉぉっ!!」
叫び声と共に何かが飛来してジャブラニの頭に当たった。何か小さな破片のような物でジャブラニは何ら痛痒を感じた様子も無かった。だがそれによって発動寸前だった大技が止まった。
ジャブラニが不思議なものでも見るような目でその破片を投げた人物を見やった。同時に傷だらけになって這いつくばり、脚だけでなく腕まで粘土に捕らわれてしまった小鈴達も視線だけを動かしてその人物に注目する。
「タ、タビサ……」
それは今の戦いの間、完全にその存在を忘れ去られていた少女、タビサであった。