第12話 火神の加護
「やれ、『緋竜』! あの女を骨まで焼き尽くすのだ!」
主人の命令にその火蜥蜴『緋竜』がその口を大きく開いた。そしてそこから大量のマグマを吐き出してきた。
小鈴は火の神祝融の加護を受けるディヤウスではあるが、流石にマグマを浴びても大丈夫か試す気にはならなかった。大きく跳び退って、吐き付けられたオレンジ色の物体を躱す。
するとそれを狙っていたかのように汪自身が動いた。といってもその場からは一歩も動かず、手に持っていた何かを振るったのではあるが。
小鈴は本能的に身を屈めた。すると彼女の頭があった位置を高速で何かが薙いだ。
「ふん、あの体勢で私の流星錘を躱すとはやるな。いや、私も久しぶりの実戦で腕が鈍ったか」
「……!」
汪の手にはいつの間にか、長い鎖の先に棘付きの鉄球が連結された武器が握られていた。中国で使われた特殊武器、流星錘だ。長い鎖は変幻自在の攻めを可能とし、先端に連結された錘は遠心力によって凄まじい威力を発揮する恐ろしい武器だ。
しかも奴の持っている流星錘は棘状の突起がいくつも付いており殺傷力を増している。
「それだけではないぞ? 中仙たる私の『気』を乗せる事で、一撃で岩をも砕く破壊力が付与されている」
汪が言葉と共に、把持している鎖を縦横に旋回させる。すると凶悪な棘付き鉄球が視認できなくなるくらいの速度で振り回される。錘の軌道は不規則で見切るのは困難だ。
「ふっ!!」
汪が呼気と共に腕を振ると、錘の軌道が変化して再び小鈴目掛けて横薙ぎに迫ってきた。彼女は何とか見切って屈むようにして躱すと、そこから汪に向かって一直線に突進する。流星錘相手に距離が開いているのは明らかに不利だ。
だがそこに『緋竜』が再び溶岩を吐き付けてくる。しかも今度は範囲を狭めて、その分勢いよくまるで消防車のホースのようにマグマを射出してきたのだ。
「くっ……!」
小鈴は咄嗟に制動して横っ飛びにマグマ弾を躱す。しかしそこを狙ったかのように汪の流星錘が迫る。絶妙のタイミング。躱せないと判断した小鈴は神力を高めて錘をガードする。
「ぐっ……!!」
そして凄まじい衝撃に抗いきれずに吹き飛ばされる。奴の言っていた事はハッタリではなかった。小鈴がただの人間だったら、今の一撃だけで骨を砕かれて重傷を負っていただろう。
「そら! 寝ている暇はないぞ!」
「……っ!」
汪の哄笑。倒れている小鈴に覆い被さるようにマグマの絨毯が落下してくる。
「――――っぁ!!」
考えるより先に身体が動いた。本能的な反射で大きく横に転がってマグマを避ける。直後に今まで彼女が倒れていた場所にマグマが被さり、床ごと焼き尽くして溶解させてしまう。
しかしそれにゾッとしている暇もない。汪の流星錘と緋竜のマグマ攻撃が交互に小鈴を襲い、彼女は休む間もなく防戦を強要される。
「く……『気炎弾』!!」
「……!! おっと!」
苦し紛れに遠距離攻撃を放つが距離が開いている事もあってあっさり躱される。やはり接近しなければ駄目だ。
「くく……迂闊に踏み込む前に足元を良く見た方がいいぞ?」
「……!? これは……」
汪に言われて床にも注意を向けた小鈴は思わず目を瞠った。いつの間にか緋竜の吐いたマグマが彼女の周囲をグルリと取り囲んでいたのだ。それは逃げ場のない溶岩の檻であった。
「緋竜がただ闇雲に攻撃していたと思うかね? これで君は私達の攻撃を躱せない。マグマに焼かれて死ぬか、私に嬲り殺しにされるか好きな方を選びたまえ」
「……っ」
奴等の攻撃を躱そうとすればマグマの床に足を突っ込む羽目になる。だがマグマの檻の厚みは精々が1メートルほどだ。飛び越えようと思えば簡単だが……
「それとも飛び越えてみるかね? 私達がその隙を逃すと思っているなら試してみるといい」
「……!!」
機先を制されてしまう。マグマを飛び越えようとジャンプしている間は無防備にならざるを得ない。そこに汪や緋竜の攻撃を受けたら最悪マグマの床へ真っ逆さまだ。かといってそのままここに留まっていればそれこそ嬲り殺しにされる。
奴等の裏を掻く方法。小鈴が取るべき戦術は……
「ふぁはは! 死ね、裏切り者よ!」
汪が哄笑しながら流星錘を振るってくる。このまま躱さなければまともに当たる。さりとて躱せばマグマに足を突っ込む。
(……祝融! 私はあなたを信じる! 私に力を貸してっ!)
自らの守護神に念じつつ、小鈴は……そのまま一直線に汪目掛けて突進した!
「馬鹿め! 焼死を選ぶか!」
汪の目が嘲笑に歪む。しかしその直後に今度はその目が驚愕に見開かれた。
「な、何だと……!?」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
小鈴は……マグマの檻を踏み付け、そしてそのまま走り抜けた! 一瞬足に凄まじい熱を感じたが、彼女が纏っている神衣はマグマによる侵害を最小限に抑える事に成功した。小鈴の足は焼け爛れる事無く、無事にマグマの檻を踏み越えた。
(ありがとう、祝融!)
心の中で守護神に感謝しつつ、小鈴は更に加速した。一方予想外の事態に汪は対処が遅れた。仙獣である緋竜が代わりにマグマの唾液を吐き付けてくるが、小鈴はこれも躱さずに両腕をクロスさせつつ突っ込んだ!
「う……アアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
今度は足だけではなく全身に強烈な熱の侵害を感じた。常人であれば一瞬で骨まで焼き尽くされるだろう死の溶岩。だが小鈴は火の神である祝融の神力を全開にしつつその侵害に耐え切った。そして気合の咆哮と共に両腕を広げ、自らに纏わりつく溶岩を弾き飛ばした!
「ば、化け物め……!!」
「その化け物を怒らせたのは……あなた達よ!」
小鈴は自らの神器『朱雀翼』に神力を纏わせる。相手は『人でなし』。同郷人であろうと一切の容赦は必要ない。
『炎帝連舞陣!!』
炎を纏った梢子棍と蹴りによる、踊るような連撃。しかしそれは相手にとっては地獄の業火を纏った死の舞踏であった。
「ウゴアァァァァぁァァァァァァッ!!! そ……祖国に、栄光あれ……」
炎と打撃による連撃を打ち込まれた汪は一溜まりもなく、逆に自らが全身を焼き尽くされて跡形もなく消滅していった。決着だ。火蜥蜴『緋竜』も主人の『気』で構成されていたらしく、その死と同時に空気に溶け込むようにして消滅した。
一方でラシーダ達の方も、一時的に圧力を強めた下仙達の攻勢に苦戦したものの、順応さえ出来ればディヤウスの敵ではない。
『サンダーブラスト!』
ぺラギアが横薙ぎに『ニケ』を振るうと、その軌跡に合わせて雷の束が拡散して複数の下仙達を打ち据え感電死させる。
『ヴェノム・スプラッシュ!』
ラシーダが『セルケトの尾』に猛毒を纏わせて縦横無尽に振り回す。神器たる鞭は自我を持っているかのように味方を避けて、敵にのみ打撃を与えていく。打撃による僅かな傷から猛毒が染み込み、敵対する下仙達の命を奪っていく。
数分後には彼女らは全ての下仙達を殲滅する事に成功していた。ぺラギアは神器を収めて息を吐いた。
「ふぅ……どうやら敵は打ち止めのようだね。シャオリンも無事に敵のリーダーを倒したようだし私達の完全勝利だね」
「ええ、タビサも無事に守れたし。でも……」
ラシーダは痛まし気な視線で、父親の死体の傍に佇むタビサを見やった。仇は討った。だがそれで殺された人が生き返る訳ではない。
「父さん……何でこんな事に……」
タビサは自己嫌悪に苛まれたまま父親の遺体を見下ろして涙を堪えていた。こんな事になるならもっと父に対して素直に接するべきだった。内心では彼を嫌ってなどいなかった事を伝えておくべきだった。しかし全ては後の祭りだ。
「タビサ……伯母さんを助けましょう。きっとこの下にいるはずよ」
小鈴は敢えて慰めの言葉を言わずにタビサを促す。『家族』と訣別する気持ちは彼女もよく知っている。ラシーダも同様だ。このような時に安易な慰めなど求めてはいないという事もまたよく分かっていた。
「ああ……解ってるよ。絶対に伯母さんを助ける。それが父さんの遺志でもあるから」
彼女は涙を拭って頷くと、自分から率先して歩き出した。そして汪達が出てきた地下に続くと思われる扉に向かう。その足取りには一切の迷いは無かった。
小鈴達は互いに頷き合うと、タビサの後に続いて工場の地下倉庫へと足を進めていった。