第11話 人でなし
そして静まり返った工場の中央に位置する広いフロアに足を踏み入れると……
「……!」
床に誰か倒れていた。男性のようだ。ズヴァナではない。しかしその男性を見たタビサの大きな目が更に見開かれる。
「お、親父……!?」
「え……!?」
小鈴達も目を瞠って、その男性を改めて注視する。よく見るとそれは確かに、あのレンジャー事務所で会話したハシムという男性であった。即ちタビサの父親だ。
タビサが脇目も降らずに駆け出した。小鈴達は慌ててそれに追随して彼女を護衛する。倒れているハシムはあちこちに傷を負っていて血だらけであった。
「おい、親父! 親父ぃ!! 何でここに……! 目ぇ開けろよ、おい!!」
タビサが父親を介抱しながら揺さぶる。するとハシムは薄っすらと目を開けた。
「う、ぅぅ……タ、タビサ、か……?」
「……っ! ああ、そうだよ! おい、しっかりしろよ! 一体何があったんだよ!?」
娘の必死な問いかけに、ハシムは息も絶え絶えな様子で言葉を繋ぐ。
「す、すまない……。私も……現状が良いと思っていた訳じゃない……。そこにズヴァナの件も重なって……。汪社長に、直談判に訪れたんだ。ズヴァナを帰さなければ、国に訴えると……」
「……!!」
「しかし、結果はこのザマだ……。奴等は……本物の犯罪者だった……。ゴフッ!!」
「ッ! おい、やめろよ! 親父! 目ぇ開けろ! しっかりしろよ!! なぁ、何とかしてくれよ! なぁ!」
喋りながら血を吐き出すハシム。どう見ても既に手遅れの状態だ。タビサの横に屈んでずっとハシムを看ていたラシーダが無念そうにかぶりを振った。
「……ごめんなさい。内臓に達している深い傷がいくつかあるわ。これはもう……手の施しようが……」
「――っ!!」
タビサが絶句する。小鈴達も痛まし気に目を伏せた。ハシムの言う事が事実なら、これをやったのは邪神の勢力ではなく中国人達という事になる。小鈴もまたタビサとは別の意味でショックを受けていた。
「す、すまない、タビサ。私が、間違っていた……。わ、私は、誇れる父親ではなかった……」
「ば、馬鹿野郎! そんな事…………おい! おいっ!! へ、返事しろよ! 親……父さん!!」
大粒の涙を零しながらの娘の最後の呼びかけ。ハシムは死相に僅かに笑みを浮かべると……そのまま力尽き、二度と動く事はなかった。
「……っ!!! く……うぅぅ……」
突っ張ってはいるが、まだ17歳の高校生なのだ。いや、高校生でなかろうと、目の前で親が無惨に死ぬという状況に耐性があるはずもない。タビサは父の遺体を抱いて堪え切れない慟哭を漏らす。小鈴達も皆、ハシムに哀悼の意を示した。だが……状況は彼女らにいつまでも悲しみに浸っている事を許さなかった。
「……ふむ、ミス・ムウェネジ。まさか君自身も直接乗り込んできているとは思わなかったが……丁度良かった。私からのプレゼントは気に入ってもらえたかね?」
「……!!」
工場の奥から声が響いてきた。それと同時に複数の人間がフロアに現れて小鈴達を取り囲んだ。見た所全員中国人のようだ。だが明らかにこの工場の従業員ではない。醸し出す雰囲気や空気が明らかに堅気ではなかった。
そしてその男達の後ろから1人の男が進み出てきた。今の言葉はこの男のものらしい。その姿を見たタビサの目が憤怒と憎悪に吊り上がる。
「てめぇ……汪眞海! 父さんを……父さんを殺ったのはてめぇかっ!!」
「やれやれ、とても少女の言葉遣いとは思えないが。まあ所詮は土人の娘か」
タビサの怒りを受けても汪はどこ吹く風といった様子で肩を竦める。
「私はあの時、君達に警告したはずだがね。この選択を後悔する事が無いようにと。これは君達自身が招いた事態なのだよ」
「っ!! テメェェッ!」
タビサが激昂して飛び出そうとする。だがそれを小鈴が寸での所で止める。
「待ちなさい! 犬死するだけよ!」
「ぐっ……ぐく……!」
ディヤウスの力で押さえつけられたのもあって、僅かに理性を取り戻したタビサが割れんばかりに歯軋りする。小鈴は彼女の代わりに汪を睨み付ける。
「あなた達は自分のやっている事が解ってるの? こんな事が許されるはずがないわ。あなた達は祖国の恥よ」
「……! ほぅ……君は同胞か。我々は漢民族として祖国の発展と繁栄に尽くす義務がある事は知っているだろう? 私達のやっている事は全て祖国の繁栄の為なのだ。それに背くならば君こそ祖国の恥だぞ? 今からでも遅くはない。こちら側に来たまえ」
汪が傲慢に手を差し出すが、勿論小鈴はそれを蹴る。
「お生憎様。あなたのやっている事は祖国じゃなくて、中国統一党と周主席の為でしょう。私達中国人民が皆、党に従うだけで物を考えられない働きアリだと思ったら大間違いよ。あなた達は間違っている。見過ごす訳にはいかないわ」
「ふむ……まあ同胞とはいえ中には教育が行き届いていない者もいるか。では仕方ない。君もそいつらと一緒に消えてもらうとしよう」
汪が手を挙げると、取り囲んでいた男達が包囲を狭めてきた。既にハシムを手に掛けているのだ。小鈴達を殺す事にも躊躇いは無いだろう。だが……
「相手は邪神の勢力じゃないけど、向こうがその気ならこっちも遠慮なく行けるね」
ぺラギアが自身の神力を高めると、その手に『ニケ』と『アイギス』が出現し、更に衣装が露出度の高い古代の戦士のような神衣に変わる。
「ええ、そうね。タビサのお父さんの痛み、あなた達にも味わわせてあげる」
ラシーダも『セルケトの尾』を顕現させ、衣装がエジプトの女神のような神衣に変化した。2人とも完全に戦闘態勢だ。
2人の姿を見た汪が目を見開く。
「何!? これは……ミスター・ムラウジの言っていた事は本当だったのか。『神』の加護を受けた戦士。現実にそんな存在がいるとは……」
どうやら事前にディヤウスの事は聞いていたらしい。恐らく汪と繋がりがあるというジャブラニ・ムラウジという議員が情報源だろう。やはりそいつはウォーデンで間違いないようだ。
「ええい、構わん! 殺せ! 神の戦士が何程の物ぞ! 周主席虎の子の『紅孩児』の力を見せてやれ!」
汪が叫ぶと部下の男達が一斉に飛び掛かってきた。その手には柳葉刀や短戟など様々な近接武器が握られている。銃を持っている者は1人もいなかった。
「……! 速い!」
ぺラギアが僅かに目を瞠る。男達の動きと速さは明らかに人間離れしていた。だが彼等はプログレスではないはずだ。現に男達から魔力の類いは感じない。
男の1人が振るってきた刀を『アイギス』で受ける。盾越しに感じる衝撃もディヤウスである自分が強い圧力を感じるほどだ。
「ふっ!」
反撃に『ニケ』を突き出すが、男は素早い動きと体術で突きを躱した。これも普通の人間ではあり得ない事だ。
「気を付けて! こいつら、ただの悪漢じゃないよ!」
「そうみたいね!」
ラシーダも既に『セルケトの尾』を縦横に振り回して男達を牽制していた。というより牽制で精一杯という感じだ。少しでも隙を見せると、そこを的確に突いてくる。
「ふぁはは! 我等を見くびったのが運の尽きよ! 神仙の力を思い知るがいい!」
「神仙……!?」
汪の哄笑に小鈴は目を瞠る。神仙とは体内の『気』を操る事で様々な異能を駆使する中国の能力者達の総称だ。小鈴も噂だけは聞いた事があったが、実際に見るのは初めてであった。
ディヤウスに覚醒する前の彼女も『気』の力を扱う事が出来たが、実際の神仙達に比べればほんの児戯のような物だっただろう。だが神仙にはいくつかの階級が存在するらしく、この部下の男達は最下級の『下仙』と呼ばれる存在だと思われた。であるならば……
「皆、惑わされないで! こいつらは雑魚よ! プログレスに比べたら大した事ないわ! ディヤウスの力なら例え複数が相手でも勝てるわ!」
小鈴が叫びながら見本を見せるように、敵の1人が攻撃してくるのを躱してカウンター気味に『朱雀翼』を叩き込む。
「がはっ!!」
男は血反吐を吐きながら吹き飛んだ。『気』の力で自己を強化しているため、おそらく耐久力も常人を遥かに上回ると思われるが、ディヤウスの力であれば問題にならない。
「……! なるほど、相手が『人』だという事に惑わされ過ぎてたみたいだね!」
「ええ、そもそもこいつらは『人でなし』。人じゃないわ。遠慮する必要はないわね」
ぺラギアとラシーダも小鈴の行動に賦活されたように神力を漲らせる。これならもう心配はいらないだろう。それを受けて小鈴も他の敵を掃討しようとするが……
「……っ!!」
強烈な殺気を感じて小鈴は反射的に跳び退った。その彼女がいた位置を小規模なマグマが覆い、床ごと跡形もなく焼き尽くす。
「残念だよ。この遠い異国の地で同胞を殺したくはなかったが……それを選んだのは君自身だ」
「……!」
汪だ。遂に直接動き出した。だが小鈴の目は奴自身よりも、その傍らにいる生物に向けられていた。それは体長が3メートルほどはあろうかという巨大なトカゲ……らしきものであった。
そのトカゲの体表は赤く発光し、所々炎が噴き出してその身体を覆っている。口を開けると真っ赤な舌と共に、燃え盛るマグマの唾液が滴り落ちる。どこからどう見ても怪物であり、明らかに尋常な生物ではない。
「我が仙獣である『緋竜』を呼び出すのも久しぶりだ。しかし相手が『神の戦士』とやらなら不足はあるまい?」
「仙獣……!」
神仙には階級が存在する。下の階級がいるという事は当然上の階球も存在している。そして神仙は上位の者になると自らの『気』の力で『仙獣』を作り出す事が出来る。仙獣は動物をモチーフとした姿で、様々な異能を駆使する半自律型のドローンのような存在であり、言ってみれば敵がもう一体増えたような物であった。
より最上位の神仙となると複数の仙獣を同時に召喚する力があるらしいが、幸か不幸かこの汪はそこまでの存在ではないようだ。だが下仙より遥かに強敵であるのは間違いない。小鈴の相手は汪がすると決めたようで、残りの下仙達はぺラギアとラシーダに集中する。それによって敵の圧が増して、彼女達もすぐには撃退できないようだ。
つまり上位の神仙であるこの汪は、小鈴が倒すしかないという事だ。
神仙については同作者の並行連載作『人魔大戦ドゥームスクワッド ~ファーストレディの悪魔討伐記~』
https://ncode.syosetu.com/n6285gr/
に主に登場する存在です。宜しければ是非こちらも読んでみて下さい。