第3話 介入の方法
「あ、待って!」
小鈴は咄嗟に彼女を制止しようとするが、タビサは興奮していて碌に聞いてもいないようで、身軽に自転車に飛び乗ると、驚くような速さで駆け去ってしまった。
流石に会ったばかり(それもただぶつかって睨まれただけ)の少女を車で追跡する訳にもいかず、この場は見送る以外に選択肢は無かった。
「随分乱暴な少女だったね。でもどうしたんだい、シャオリン? ぶつかって睨まれたというだけでまさか怒った訳でもないだろう?」
「そうねぇ。何だか妙に目を惹かれる子ではあったけど……」
ぺラギアが小鈴の行動や様子を見て不思議そうに首を傾げる。ラシーダも似たような反応で、戸惑ってはいるが自分の感覚の正体が解っていない様子だ。
そういえばぺラギアは勿論、ラシーダも未覚醒のディヤウスと邂逅したのは初めてであった事に小鈴は思い至った。ギリシャでは最初から覚醒していたぺラギアしかいなかった。
「そっか。2人はこの感覚は初めてだったわね。……彼女が私達の探し人よ」
「「……っ!?」」
大人の女性2人が心底からの驚愕に目を瞠った。最初は小鈴が冗談を言っているのかと思ったようだが、彼女があくまで真剣なのを見て取ると落ち着きを取り戻した。それでもまだ若干信じられないという思いはあるようだが、それは無理からぬ事であった。
「……勿論君を疑う気は無いのだが、つい数時間前にこの街に着いたばかりだよ? 流石に話が出来過ぎてないかい?」
「この街の人口ってどれくらいだったかしら。空港とホテルの職員以外で最初に接したのが当の探し人という訳? 嘘でしょ……」
2人は驚きとも呆れともつかないような複雑な表情で唸っている。その気持ちは小鈴にもよく解るが、事実だから仕方がない。
「まあ今までも程度の差はあっても結構似たようなケースが多かったし、今更な話だけど。ディヤウス同士の引き合う力って相当強いみたいね」
小鈴は苦笑しながら肩を竦めた。彼女自身天馬達に見出された時は、彼等が成都に到着してその日のうちだったらしいし、まあ似たようなものだろう。流石に国や街を跨いだりするとこの力も及ばないらしいが、同じ街にいさえすれば割合すぐに邂逅できる事は立証済みであった。
その意味では所在地を指定してくれるジューダス主教の働きは非常に大きな物と言えた。ただし……
「でも……これも今までのケースに共通してるけど、何事もなくすんなりと仲間に出来たっていう試しがないのよね」
必ず現地で何らかの大きな事件に巻き込まれ、プログレスやウォーデンを含めた強敵との死闘の末にようやく、というのが共通事項であった。
「ああ……それは確かにその通りね。むしろ見つけてからが本番よね」
「ふむ、ディヤウスある所にウォーデンありという訳だね。まあウォーデンを倒す事は邪神の勢力に対する打撃にもなるから、奴等と戦う事自体は全く吝かではないけどね」
2人もそれには過去の体験から同意するように頷く。あの少女タビサも何らかのトラブルを抱えている様子だったので、どうやら一筋縄では行かなそうな気配だ。
「でも、そういう事ならそのトラブルを解決してやる、もしくはその解決に力を貸す事が一番の近道と言えそうだね」
ぺラギアの言う通り、それが彼女を仲間にする上での前提条件になるのは間違いないだろう。
「でもあんなつっけんどんな様子だったけど大丈夫かしら? 随分気が強そうな感じだったし……」
ラシーダが懸念を呈するが小鈴はかぶりを振った。
「その辺りは出たとこ勝負だけど、まあ何とかなるんじゃない? それこそ私なんて天馬達と最初に出会った時は、つっけんどんどころか問答無用で攻撃を仕掛けちゃったりしたし」
「ああ、それは確かにね。それを言うなら私など出会った直後に彼を糾弾して、事実上敵対しかけていた訳だし。それに比べたら最初にぶつかって睨まれたくらい物の数に入らないさ」
最初の出会いが必ずしも友好的でない事は自分達自身が証明している。そして最終的にそれらを乗り越えて仲間になる事ができたのも。
ラシーダもそれに思い至ったらしく、小さく笑った。
「ふふ、確かにそうだったわね。じゃあ余計な心配はやめて前向きに行きましょうか。まず差し当たってはあの少女が抱えている『問題』を知る事ね」
3人の視線は自然と、少女が言い争っていた男性の方に向く。タビサという少女に直接事情を聞く訳にもいかないので(いきなりそんな事をすると確実に不信感を抱かれる)、まずは彼に事情を聞いてみるのがいいだろう。
幸い今なら聞くのにさほど不自然な状況ではない。とはいっても立場的には縁もゆかりもない一観光客に過ぎない小鈴達に初見でそこまで事情を教えてくれるとも思えないが、それでもまず声を掛けてみない事には何も始まらない。
「こんにちわ、ここのガイドさん? 今の少女と何かトラブルでも?」
「……!」
困ったような顔をして佇んでいたその男性に声を掛けると、彼は小鈴の顔を見て何故か顔を強張らせた。
「汪社長の関係者か? いや、トラブルなど何も起きていない。わざわざ監視など寄こすなんて、まさか本当にズヴァナに何かしたんじゃないだろうな?」
「は? 何の話? ズヴァナって?」
いきなり意味の分からない糾弾をされて小鈴は面食らうが、男性は構わず言葉を続ける。
「しらばっくれるな! いいか。私はお前達に魂まで売ったつもりはない。この街の発展の為ならと目を瞑ってきたが、私の身内にまで害を及ぼすようなら流石に黙ってはいないぞ。私を見くびるなよ」
「ちょ、ちょっと……」
明らかに何か誤解があるようだが、心当たりが全く無い小鈴は戸惑うばかりで言葉を返せない。興奮しているのか、男性は更に言い募ろうとするが……
「あー……ちょっといいかな? どうも何か誤解があるようだね。彼女は私達の友人で、今日一緒にこの街に来たばかりなんだ。観光でね。多分あなたが想像しているような人物でない事は私達が保証するよ」
「……!」
ぺラギアだ。彼女に諭された事で男性が動きを止めた。そこにラシーダも被せるように弁護する。
「ええ、さっきの少女とのやり取りと今のあなたの言葉や態度だけで何となく状況が解っちゃったけど、この子はこの街にいる中国人達とは無関係よ。ちょっと落ち着いてくれないかしら?」
「白人、と……アラブ人? ま、まさか……本当に無関係の旅行者なのか?」
しばらくぺラギア達の顔を見比べていた男性は、ようやく自らの誤解に気付いた様子となった。強張っていた顔が今度は引き攣った。
「え、えーと……どういう事?」
「……状況から察するに彼の身内が失踪していて、それにこの街の中国人達が絡んでいる可能性があるようだね。で、君はその関係者に間違われたようだね」
「……! そ、そんな……」
同じ中国人というだけで誤解されて謂れのない嫌疑を掛けられるのは理不尽だ。小鈴は眉を顰めた。差別というのは案外こういう連帯意識から生まれるものなのかも知れない。
「す、済まなかった! 余りにも出来過ぎたタイミングで中国人が声を掛けてきたものだから……」
男性が慌てて謝罪してくる。勿論彼に悪気は無かったのだろうが、小鈴としては気分のいい体験ではない。
「まあ少し不快な体験だったかも知れないけど、でも反面あなたのお陰で彼から詳しい事情を聞ける『理由』が出来たんだから、とりあえずそれで良しって事にしておきましょうよ」
「……!」
ラシーダに取り成されて小鈴もそれに気付いた。ただの『無関係な旅行者』が事情を聞いた所で、はぐらかされておしまいだろう。それどころか下手すると不審を抱かれてしまいかねない。
だが今、男性は小鈴を見て勝手に誤解して、何かやんごとない事情が起きているのだと自分から明かしてくれた。今更何もトラブルは無いなどと誤魔化す事はできない。しかも向こうには誤解による中傷という弱みもあるので、今なら詳しい事情やあの少女……タビサの事も聞き出せる絶好の機会であった。
「そ、そうか。そういう考え方も出来るわね」
「そうよ。ある意味あなたが作ってくれた状況よ。折角だから存分に利用させてもらいましょうよ」
小鈴が少し機嫌を直したのを見て取ったラシーダが微笑んで促す。見ると既にペラギアが男性から『詳しい事情』を聞き出し始めていた。小鈴も遠慮なくそこに便乗させてもらおうと、彼等の会話に集中する。