第15話 決戦の誘い
「おらっ!」
天馬が気合と共に刀を振るうと、血しぶきが舞う。負傷はさせられるが一撃で斃す事はできない。それでも相手が少数であれば繰り返し攻撃を重ねる事によって斃す事は難しくない。だが流石にこれだけの数が集まると、如何に天馬といえども牽制以上の攻撃が出来なくなる。攻撃よりも防御や回避で手一杯になるからだ。
このプログレス共は攻撃が単調なので少数ならそこまで脅威ではないが、耐久力だけは高いので数が集まってこられると中々減らず厄介だ。だから常に動き続けていないと包囲されてしまう。
『鬼刃連斬!』
真空刃を連続で飛ばして牽制するがそれが精一杯だ。怯んだ敵の後ろから別の敵が迂回して迫ってくる。
(ち……流石にちっと厳しくなってきたな! あいつらはまだか!?)
彼が囮となっている間に大学に潜入したミネルヴァ達だが、既にそれなりの時間が経過しているが中々戻ってこない。やはり中でも待ち構えている敵がいて、槍の回収がスムーズには進んでいないと思われた。
(やっぱり俺が一緒に行った方が良かったか? いや、俺抜きでこれくらいの事が出来ないようじゃ仲間として背中を任せられねぇしな)
天馬は冷徹とも言える判断でそう結論を出した。シビアではあるがそれが現実だ。この先さらにキツい状況になる事も充分考えられる。というよりその可能性の方が高いのだ。戦力として彼女らを勧誘している以上、過度な救援や庇い立てをするつもりはない。例外はエジプトの時のように、彼自身の判断ミスで仲間達が窮地に陥った場合のみだ。
しかしそれはそれとして、彼女らが戻ってこないのは問題だ。天馬がいい加減に焦りを感じ始めた所で……
『ヴァルハラ・スノーストーム』
「……!」
怜悧な声音と共にその場に強烈で局所的な吹雪が発生して、天馬と戦っていたプログレス達を氷嵐に包み込んだ。この声、そして能力には当然心当たりがある。そして明らかに吹雪の威力と範囲が向上していた。
「ミネルヴァか! 神器を手に入れたみたいだな!」
「ええ、お待たせ。これでようやく皆と並べたわ」
徐々に収まる氷嵐の向こう側から姿を現したのは、案の定神秘的な意匠が凝らされた鉄槍を携えたミネルヴァであった。更にその身体には北欧神話の戦乙女が身に纏う鎧を、露出度を高めて動きやすくしたような鎧を身に着けていた。
彼女の後ろにはアリシアとシャクティの姿もあった。どうやら無事に達成できたようだ。
「その槍が神器か。それと神衣も纏えるようになってたか」
「ええ、『ブリュンヒルド』という名前よ。さあ、まずはこいつらを片付けてしまいましょう」
ミネルヴァは周りにプログレス共を指し示しながら促す。吹雪によって凍結した連中はそれまでよりも格段に斃しやすくなっているはずだ。天馬は頷いた。
「そうだな。じゃあお前らも力を貸してくれ」
「うむ、任せておけ!」
アリシア達も勿論頷いて即座に参戦する。敵の数は多かったがミネルヴァの凍結の効果が凄まじく、こっちは4人いる事もあってそう手間取る事も無く殲滅する事が出来た。
「ふぅ……今ので最後みたいだな」
プログレスの最後の一体を斬り捨てた天馬は、他に敵がいない事を確認してから戦闘態勢を解いた。
「うぅ……今回はかなりキツかったです。でも無事にミネルヴァさんの神器を手に入れる事が出来て良かったです」
シャクティは心底疲れたような表情と口調で呟いて、その場に座り込んでしまう。よく見ると彼女やアリシアは身体中打ち身だらけであった。どうやらかなりの苦戦を強いられたようだ。
「よく頑張ったな、シャクティ。ミネルヴァが神器を得られたのはお前達のお陰でもあるだろ? 礼を言うぜ」
天馬がそう言って労うと、彼女は一瞬何を言われたのか解らないという風に唖然としたが、やがて意味が理解できるにつれてその面貌が朱に染まった。
「テ、テンマさん……は、はい! ありがとうございます! わ、私、頑張りました……!!」
歓喜を露わにして舞い上がるシャクティ。そういえば普段あまり彼女らを労ったり感謝を言ったりした記憶がない。彼女の反応に驚いた天馬はそう自分を顧みた。
どうやらこういう事に関してかなり厳しい人間だと思われていたようだ。偶々そういう機会がなかっただけで、きちんと己の役目を果たした仲間を賞賛するのは当然の事で何も抵抗は無いのだが。
「ふ……あれだけ消耗して疲労困憊だったシャクティが一瞬で復活するとは。どうやらお前は中々人たらしの才能もあるようだな」
アリシアが苦笑する。その評価に不満のある天馬が反論しようとするが、そこにミネルヴァが近付いてきた。彼女も既に神器を亜空間に収納し、神衣の武装も解いている。ディヤウスとしての能力を十全に使いこなせているようだ。
「神器は手に入れられたけど、結局奴等のボスは解らずじまいだった。どうすればこの事態を終わらせて、島に平穏を取り戻せるの?」
ミネルヴァとしてはここがホームタウンのようなもので友人知人もいる。他人事ではないのだ。天馬達よりもこの騒動を終わらせたい気持ちはずっと強いはずだ。そして無論天馬達とて、無辜の人々を洗脳してプログレスへと変えるという企みを聞かされた以上放置する気はない。
「そうだな。時間は掛かるが根気強く魔力の出処を捜すしかねぇか?」
結局はそれが最も確実ではあるだろう。だが島とはいっても広いので、たった4人で捜索するとなるとかなりの時間が掛かるのは覚悟しなければならないだろう。それでも他に方法がなければやるしかない。一同はそう方針を定めようとするが……
『――いや、その必要はない』
「「――ッ!?」」
天馬も含めて全員が驚愕に目を見開いて、弾かれたように向き直った。いつの間に現れたのか、そこにはやや年配の女性が1人で佇んでいた。年格好からしてこの島の市民のようだ。
だが天馬達は全員即座に、この女性は操られているだけで、今喋ったのはこの女性の向こうにいる存在だと判った。
『お前達の居場所が分かったのが意外か? 私の『目』はこの島中にある。お前達の行動は全て見ていたよ』
女性……の裏にいる存在はそう言って嗤った。
「てめぇがこの事態を起こしてる野郎か。コソコソと小狡い真似ばっかしやがって。俺達と正面切って戦う度胸もねぇか?」
天馬が挑発するが『女性』は肩を竦めただけだった。
『安い挑発はやめておけ。そんな事をする必要はない。私の居場所が知りたいのだろう? 知りたければ教えてやる。お望み通り直接対決と行こうじゃないか』
「居場所を教えるだと? 我々を罠に掛けようというつもりか」
アリシアが露骨に警戒した口調と表情になるが、『女性』はかぶりを振った。
『……正直お前達を見くびっていた事は認めよう。これ以上手下達を差し向けても無駄なようだ。私としてもお前達のような不穏分子にいつまでも島を彷徨つかれるのは目障りなのでね。お前達がベルセリウスを斃してくれたお陰で、また新しい市長を選出しなければならなかったりと忙しいのだよ。この上は手っ取り早く決着をつけようじゃないか』
「……!」
やはりベルセリウスを斃しただけでは首が挿げ替えられるだけのようだ。この存在を斃さなければ、この島に真の平穏は訪れない。ならばこちらとしても乗らない理由はない。
「いいわ。望み通り決着をつけてあげる。早くあなたの居場所を教えて」
ミネルヴァが静かな、しかし断固とした口調で要求する。図らずも友人と殺し合いをさせられた彼女の、この存在に対する怒りは非常に強い。視線だけで人を殺せそうな鋭さであった。
『慌てずとも教えてやるさ。お前達の墓場となる場所は……この島の最北に位置するフォーレ島だ。そこまで渡ってくる事が出来たら、私が直々にお前達を始末してやろう』
「……! フォーレ島……」
この街に住んでいたミネルヴァは当然その島……フォーレ島の事を知っているようだ。眉を顰めている。
『私は現在そこから動けない事情があるのでね。待っているぞ。お前達が来るのをな……』
それだけを告げると『女性』は目を閉じた。そして糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。どうやらリンクが切れたようだ。