第13話 神器入手戦
「ど、どうしましょう、アリシアさん! どうすれば……!」
「く……落ち着け! とりあえず下がるぞ! 彼等を害する訳には行かん」
有効な対策が思いつかないまま部屋から離脱しようとするアリシア達だが、その前に大きな影が立ち塞がった。
「……!」
白いビッグフットの如き姿のプログレスだ。2体いる。どうやら隠れてミネルヴァ達をやり過ごし、彼女らが部屋に入ってきてから退路を塞ぐ役割を担っていたらしい。
「邪魔だ!」
プログレスなら遠慮なく攻撃できる。アリシアは素早い挙動で銃口を向けて神聖弾を発射しようとするが、その前にまるでプログレスを庇うように操られた学生の何人かが割り込んできた。
「っ!」
すんでの所で銃撃を中断するアリシア。そこに学生を掻き分けてプログレスが攻撃してきた。自身の攻撃を強制中断させられたアリシアはまだ防御態勢が整っておらず……
「がはっ!!」
プログレスの拳撃をまともに喰らって吹き飛ばされた。
「アリシアさん!?」
シャクティが慌てて救援に向かおうとするが、そこにやはり学生たちが立ち塞がってしまう。彼等を攻撃する訳にも行かず、しかし向こうからは刃物で攻撃してくるので対処せざるを得ない。完全に足を止められて分断されてしまう。そこに……
『ギヒヒヒッ!!』
「……っ!」
そこに後ろからもう一体のプログレスが襲い掛かってくる。群衆の対処をしていたシャクティは反応が遅れる。
「あぐっ!!」
強かに背中を強打されて前のめりに吹き飛ぶシャクティ。
「う、うぅ……」「ぐ……くそ」
倒れ伏した2人だが、操られた群衆が容赦なく武器を振り下ろしてくるので、ダメージを受けた身体に鞭打って起き上がるしかない。何とか群衆を避けてプログレスを攻撃しようとするが、奴等は群衆を巧みに盾替わりに利用してこちらの攻撃を封じてしまう。
そしてこちらの動きが止まった隙に、群衆の間を縫うようにして攻撃してくる。群衆自体も攻撃してくるのでそちらに気を取られてプログレスへの対処が甘くなってしまい、結果として奴等の攻撃を避けきれずに被弾する。
被弾してダメージが蓄積すると敵の攻撃への対処がより難しくなり、更に敵の攻撃をもらいやすくなる。アリシアもシャクティも完全にこの悪循環に嵌って脱け出せなくなってしまう。
一方でミネルヴァも同様に窮地に陥っていた。いや、神器も神衣もない分、彼女の危機はより切羽詰まっていると言えた。
「ヘルガ、やめて! マルグレーテ、私が解らないの!?」
友人達がナイフや手斧を振り下ろしてくるのを躱しながらミネルヴァは必死に呼び掛けるが、2人とも無機質な目を向けるだけで説得が効いている様子はない。
勿論今の彼女なら反撃する事は簡単だ。だが当然彼女達を殺す事は勿論、怪我をさせる事も避けたいミネルヴァとしては対処に苦心していた。それでも強引に気絶させたり取り押さえたりは出来たかも知れない。……敵が彼女達だけであれば。
『ファハハ! どうしたのかね、カーリクス君!? ディヤウスの力で遠慮なく彼女らを打ち倒すといい! 出来るものならねぇ!』
「……っ!」
哄笑するレイグラーフが、ヘルガ達の間を縫うようにしてミネルヴァに攻撃してくるのだ。その姿は既に人ではなくなっている。やはりプログレスだ。しかもベルセリウスと同じで通常のプログレスとは異なる様相をしている。
といってもベルセリウスのような飛び抜けた巨体ではない。むしろ通常のプログレスよりも細身の体型をしており、猫背で腕が異様に長い姿は人間に近い体形のプログレス達に比べて、より『猿』というイメージに近かった。
その身軽さはまさに猿そのものといった感じで、部屋中を立体的に動き回りながら洗脳した学生たちの間を巧みにすり抜けて、こちらの隙を狙って攻撃してくる厄介な敵となっていた。
勿論その間にもヘルガとマルグレーテが攻撃してくる。操られた彼女らの攻撃を避けるのは容易いが、その隙を突いてレイグラーフの長い腕が伸びてくる。
「う……!」
奇襲に対応できず被弾してしまうミネルヴァ。だが反撃しようとすると、奴は素早く群衆の中に身を隠してしまう。先程からこの繰り返しで、徐々にダメージを蓄積させられていた。
「く……卑怯よ!」
『ははは、今更何を言っているのかね! 君達が戦いを挑んでいる相手はそういう相手なのだよ!』
思わず悪態が吐いて出るが、当然ながらレイグラーフの嘲笑を誘っただけである。ミネルヴァは歯噛みした。アリシアもシャクティも窮地に陥っている。自分もこのままではなぶり殺しにされるだけだ。
この状況を打破できる物があるとしたら、それは一つしかない。ミネルヴァの視線が部屋の奥に鎮座する『槍』に向く。
(……やるしかない!)
決断は一瞬だった。彼女は一切の能動防御を放棄して、一直線に槍を目指して駆け抜ける。
『……! 馬鹿め!』
当然その隙を逃す相手ではない。ヘルガ達の攻撃が防御や回避を捨てたミネルヴァにヒットする。
「……っ!」
ナイフや手斧によって身体を斬られて、痛みに顔を顰めるミネルヴァ。しかしまだ行動に支障が出るほどのダメージではない。だがそこにレイグラーフの攻撃が迫る。
――ザシュッ!!
大量の鮮血が舞った。レイグラーフの鋭い鉤爪が、ミネルヴァの背中をざっくりと切り裂いたのだ。かなり深い傷であり、場合によってはディヤウスといえども致命傷になりかねない程だ。
「か……はっ……!」
神衣を纏っていないミネルヴァにとってそのダメージは甚大であり、その場に突っ伏してしまう。槍まであともう少しという所で手が届かなかった。
『ふぁはは! 君の考えなどお見通しなのだよ! その槍を餌にすれば必ず致命的な隙を晒してくれると思っていたよ!』
「……っ」
敵の手の内で踊らされていた事を悟るミネルヴァだが、もう後の祭りだ。それでも何とか這いずってでも槍に近付こうとするが、当然敵がそんな隙だらけの彼女を放置するはずがない。突っ伏したまま這いずるミネルヴァを見下ろすように、両側にヘルガとマルグレーテが立つ。
『さて、止めは友人に刺させてあげよう。私の慈悲に感謝したまえ』
悪意に満ちたレイグラーフがヘルガ達に指示を出すと、彼女らは一切躊躇う事無く武器を振り上げてミネルヴァに止めを刺そうとする。
「……っ!」
もう駄目だと諦めかけてギュッと目を瞑るミネルヴァだが……
「ミネルヴァッ!!」「ミネルヴァさん!」
そこに彼女を庇うように割り込む二つの影。勿論アリシアとシャクティだ。彼女らは既に満身創痍の状態であったが、それでもミネルヴァを庇って代わりにヘルガ達の攻撃を受け止めた。
「くっ……!」「あぅっ!!」
神衣を纏っている彼女らは本来であれば人間の振り回す刃物など当たっても大したダメージにならないだろうが、既に満身創痍の状態であれば話は別だ。新たに斬り付けられた傷に、彼女らの貌が苦痛に歪む。だがそれでもミネルヴァを庇う態勢を崩そうとしなかった。
「……! アリシア、シャクティ……!!」
ミネルヴァが自分を庇う仲間達の姿に目を瞠る。
「行け、ミネルヴァ! あの槍を扱えるのはお前だけだ!」
「わ、私達があなたを守ります!」
「……!! ありがとう、皆!」
自らのダメージを顧みずに自分を庇うアリシア達の姿に発奮するミネルヴァ。今、本当の意味で彼女達と『仲間』になった気がした。
『馬鹿どもめ! そうはさせるか!』
レイグラーフが怒りに叫ぶと、ヘルガ達だけでなく他の全ての群衆、そしてアリシア達が相手をしていた2体のプログレスまでもミネルヴァを阻止せんと殺到してくる。
「させません!」
シャクティがチャクラムを旋回させて敵を牽制する。しかし操られた群衆はお構いなしに突進してくるので、チャクラムによる防御を上手く機能させられず敵の攻撃を受けてしまうシャクティ。しかし歯を食いしばってそれに耐え、一歩も退かない構えを見せる。
アリシアも敵の攻撃を効果的に防御する術がなく群衆やプログレスの攻撃を次々と受けるが、それでも両手を広げてミネルヴァへの妨害を阻止する。
「……っ!」
仲間達の決死の守護を受けて、ミネルヴァは背中の傷を押して文字通り血を吐く思いで槍の元へ這いずる。あともう少しで槍に手が届く。
『死ねっ!!』
だがそこにアリシア達の頭上を身軽に飛び越えて、レイグラーフが鉤爪を振り上げて迫ってくる。あともう一撃ヤツの攻撃を受けたら死は免れないだろう。だがミネルヴァはレイグラーフを無視して、ひたすら槍に手を伸ばした。
そしてレイグラーフの鉤爪がミネルヴァの頭を砕かんとする寸前…………一瞬だけ早く彼女の手が槍の柄に届いた!
――その瞬間、ミネルヴァの身体から強烈な神力の波動が放射されて、レイグラーフを吹き飛ばした。
『何……!?』
レイグラーフだけでなく他のプログレスも、アリシア達も、そして操られているはずの群衆までもが、光の奔流を伴ったその現象に目を瞠る。
「……聞こえる。この『槍』の声が。そう……やはりあなただったのね、ヴァルキュリア」
目も眩むような光の波動が収まった時、そこには槍を手にした1人の女戦士が佇んでいた。それは勿論ミネルヴァであったが、彼女の身体を覆う衣装が今までとは異なっていた。
「お、おぉ……それがお前の神衣、か?」
アリシアが呆然とした声を上げる。ミネルヴァは頭に羽飾りのついた独特の意匠の兜を被り、その身体には北欧神話に出てくる戦乙女の鎧を露出度の高い動きやすいデザインに変えたような鎧を纏った姿になっていたのだ。
その神々しい姿に変わったミネルヴァは、それまで受けた傷も一瞬で治癒した己の身体を改めながらも頷いた。
「ええ、どうやらそうみたい。そしてこれが私の神器『ブリュンヒルド』。……2人とも、ありがとう。お陰で私の目的を達する事ができた。あとは私に任せて」
ミネルヴァはそう言って槍……『ブリュンヒルド』を旋回させると、その穂先をレイグラーフ達に向けて構えた。