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ワールドクルセイダーズ  作者: ビジョンXYZ
スウェーデン ゴットランド島
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第12話 大学潜入

 天馬が文字通り鬼神の如き暴れっぷりで、少数では手が付けられないと判断したプログレス達が次々と増援を呼び集める。最終的に20人近くのプログレスが集まってきて天馬に殺到するが、彼は驚異的な立ち回りで敵を寄せ付けず、結果として集まってきた全てのプログレス達を引き付けつつ、徐々に大学から離れるように戦場を移動させていった。


「す、凄い……。あれだけの数の怪物達を本当に1人で引き付けている」


 普段は感情の乏しいミネルヴァをして、天馬の強さは目を瞠るほどであった。


「はい、テンマさんは凄いんです! 彼がいてくれなければ私達はとうにこの戦いに敗れていたでしょう」


 シャクティも同意しつつ、熱っぽい目で天馬の活躍ぶりを見守る。


「うむ。聞くところによると彼は私達とは違い、覚醒前からディヤウスとしての才能の片鱗に恵まれていたという事がなかったらしい。生まれ持った才能に胡坐をかかず、幼少時からたゆまぬ武術の鍛錬を積んできた結果が今の強さにも繋がっているようだ」


 アリシアも首肯する。その意味では彼の強さは、彼に厳しい修行を課してきた父親のお陰とも言えるだろう。



「さあ、そのテンマがああして敵を引き付けてくれているお陰で、大学の警備がかなり手薄になったぞ。これなら潜入も容易いだろう」


「そうね。じゃあ行きましょうか」


 ミネルヴァが音頭を取って大学への潜入を開始する。アリシアの言葉通り外部にいた警備は殆ど天馬に引き付けられているようなので、これならいつでも潜入できそうだ。


 それでも勿論油断せずに周囲を警戒しつつ、3人は大学のメイン棟に近付き内部に潜入する事に成功した。


 正面入り口に当たる広いロビースペースは、がらんどうとして誰も人の気配がない。ミネルヴァは数年間自分が通っていた場所を改めて見渡して、もうこの日常が二度と戻ってくる事は無いのだと実感し、若干胸が締め付けられるような感慨を覚えたが、すぐにかぶり振って余計な感傷を振り払った。


 今の自分はディヤウスとして覚醒して、既に邪神との戦いの身を投じた立場。色褪せた過去に思いを馳せている場合ではない。


「構内にいた敵も粗方テンマが引き付けてくれたようだな。槍が置いてある倉庫は2階にあると言っていたな?」


「ええ、こっちよ」


 アリシアの言葉に頷いたミネルヴァは、2人を促して2階へ続く階段に向かう。


「……!」


 そこで階段の上からプログレスが2体出現して問答無用で襲い掛かってきた。天馬に引き付けられなかったのは、恐らくこの場の死守を命じられていたからか。階段という地形を利用して上から飛び掛かってくる怪物達。


「く……避けろ!」


 アリシアの警告と同時に、彼女らは左右に散開してプログレスの奇襲を避けた。だがそれによってアリシアとシャクティの2人と分断された。敵の一体がこちらに向かってくる。


「ミネルヴァさん!?」


「大丈夫。こっちは任せて」


 シャクティが一瞬慌てるが、ミネルヴァは落ち着いていた。今更プログレス一体相手に動揺はしない。光の槍を作り出して敵を迎え撃つ。



 プログレスが上段から拳を振り下ろしてくる。ミネルヴァは極力冷静にその軌道を見切って最小限の動きで躱す。ディヤウスとしての感覚に慣れてくる事で、よりその軌道を見切る事は容易になっていた。


「ふっ!!」


 光槍を旋回させて、その穂先で敵を薙ぎ払う。プログレスは僅かに体勢を崩したものの、致命傷を受ける事も無く再び襲い掛かってくる。ミネルヴァは眉を顰めた。やはり一々硬いのが面倒だ。


 プログレスが怒り狂って攻撃を連打してくる。何体も同時に相手にするならともかく、一対一であれば回避に徹していればその攻撃を捌くのは難しくない。だがそれでは長期戦になってしまう。


 こちらとしては潜入中の身で、素早く目的を達成して離脱したいので、こちらからも積極的に攻撃して行かなくてはならない。


(……ヴァルキュリア、力を貸して!)


 ミネルヴァの意志に応えて光の槍に彼女の神力が集まる。そしてその槍が強烈な冷気を帯びた。


『スクルド・フェーデッ!!』


 そしてその槍を高速で突き出して、強烈な連続突きを繰り出す。その連撃は一撃一撃が冷気を帯びていて、硬さだけが取り柄のプログレスの肉体に次々と凍傷を与え、凍り付いて脆くなったその身体に槍の穂先が命中していく。


『ウギャアァァァァッ!!』


 全身穴だらけになったプログレスが絶叫しつつ地に沈んだ。プログレス相手なら大分危なげなく戦えるようになってきた。


 尤も天馬に言わせるとこのビッグフットのような怪物達は他の地域のプログレスに比べて、「最初はその硬さに手間取るが、動きに慣れてしまえば他のプログレスより雑魚」との事だったので、決して慢心はしないが。


 その頃にはアリシアとシャクティの方も、襲ってきたプログレスを無事に返り討ちにしていた。市庁舎であれだけの数を相手にしていただけあって、彼女らも敵の動きには既に慣れているようだ。



「ふぅ……怪我はないか? 流石だな、ミネルヴァ」


 単身でプログレスを危なげなく倒したミネルヴァに、アリシアが満足そうに目を細めた。


「神器がなくてもこれだけ強いなら、神器と神衣を手に入れたらすごく頼りになりそうですね、ミネルヴァさん」


 シャクティも同意するように頷いている。因みに神衣(アルマ)を纏うには神器(ディバイン)が必要であるらしく、その意味でも神器になり得るあの槍をここで手に入れる事は重要であった。


「よし。他に敵が駆け付けてくる様子はないな。外でテンマが頑張ってくれているお陰だろう。我等も急ごう」


「ええ、行きましょう」


 ミネルヴァも頷いて、3人の女性は再び周囲を警戒しつつ槍が収められているという倉庫を目指して、学舎の階段を昇っていった。



 2階は各種講義を行うための講堂や教室、それに教授の研究棟などがメインとなっているが、2階にも一切人気が無かった。階段の前に怪物化したプログレスが陣取っていても何も騒ぎになっていないのだから当然と言えば当然か。


「……随分静かですね。今日は一応平日の日中ですよね? こんなに誰も居ないなんて事あるんですか?」


 シャクティが少し不気味そうに静まり返った構内を見渡す。


「普通ならあり得ない。何かしらの講義は必ず行われてるし、講義がなくてもうろついている学生は常にいるし、教授や大学のスタッフに至るまで誰も居ないという事はあり得ない」


「外の連中もそうだが、既に街中でもプログレスとしての本性を隠さなくなっているな。恐らく我々がお前と邂逅し旧市街を脱出した時から、敵はこの島全体を露骨に統制し始めたようだな」


 アリシアの分析は恐らく当たっているだろう。裏でこの事態を引き起こしている存在は、島の全てを統制下においてでも紛れ込んだディヤウス達の抹殺を優先している。


「あれよ。あれが槍の置いてある部屋よ」


 教授たちの研究室が連なる研究棟の奥に大きな開き戸があった。あれがこの建物の倉庫代わりになっている部屋だ。元は何かの展示室の用途で作られたらしい。そこに今はあの槍が「展示」されているという訳だ。


「…………」


 他に敵の気配はない。ミネルヴァは慎重に倉庫部屋の扉を開ける。


「……っ!」


 そして目を瞠った。彼女だけでなくアリシアとシャクティもだ。そこには確かにあの槍があった。それもご丁寧に広い倉庫部屋の中央に台座付きで「展示」されていた。いつの時代に作られたのかも解らない精緻な紋様が彫られた時代がかった意匠の金属槍。


 だが彼女らが目を瞠った理由はその槍ではなかった。その槍を取り巻くようにして大勢の人間(・・)(ひし)めいていたのだ。


「……! こやつら、プログレスではないな? 操られた民衆か!」


「ええ……!?」


 目を細めたアリシアの言葉にシャクティが動揺する。人々は老若男女……つまり女性も混じっていた。明らかにプログレスではない。しかも……


「……!! ヘルガ!? マルグレーテも……!」


 人間だった時の彼女の、数少ない貴重な友人達。感情の起伏に乏しく何事にも興味が薄い彼女は当然ながらそれまで友人と呼べる存在もいなかったが、そんな彼女に対しても分け隔てなく、そして根気強く接してくれて、いつしかミネルヴァも彼女達の事を友人だと思うようになっていた。


 そんな2人が……他の学生や教授たちに混ざって、虚ろな瞳でミネルヴァを見据えていた。



「ははは……いかんな、カーリクス君。友人を見捨てて自分だけ逃げて、挙句に大学に寄贈(・・)された歴史遺物を勝手に盗み出そうなど……。優秀な学生だった君がいつから犯罪者に成り下がったのかね?」



「……!!」


 操られた群衆の中からミネルヴァを揶揄する男の声が聞こえた。彼女はこの声に聞き覚えがあった。


「……レイグラーフ学長!」


 操られた学生たちを掻き分けるように奥から現れたのは、このゴットランド大学の学長アドルフ・レイグラーフであった。有名な喜劇者のような反り返ったちょび髭と剽軽な性格で学生たちから親しまれていたが、どうやらそれは全くの演技であったようだ。


「貴様が何者か知らんが、その様子だと邪神の一味のようだな。ならば容赦はせん。1人で我等3人の前に立ち塞がった愚かさを悔やむがいい」


 アリシアが愛銃『デュランダル』の銃口をレイグラーフに向ける。勿論その横ではシャクティも臨戦態勢だ。


 学長も敵の一味だったのは意外だが、別に近しい存在という訳でもない。敵であり、尚且つ彼女達の邪魔をするなら遠慮する必要は何もない。ミネルヴァもまた光の槍を作り出して構えた。 


 彼女はまだ会った事はないが浸化種(ウォーデン)は強烈な魔力を纏っており、これだけ近付けば否が応でも解るらしい。つまり目の前の学長はウォーデンではないという事だ。この様子だとベルセリウスのような強化個体かも知れないが、少なくともディヤウス3人掛かりであれば問題なく倒せるはずだ。


 だがレイグラーフに慌てた様子はない。むしろ不敵に口の端を歪める。



「ふん、邪神の一味だと? だからこそ(・・・・・)殺せるという訳か? 馬鹿め! 自分達の弱点(・・)を自分で晒すとはな!」



「……!?」


 レイグラーフは後ろに跳び退って、再び群衆の中に埋没した。その代わりに操られた人々が前に出てくる。その手にはいつの間にかナイフや包丁、消防用の手斧といった凶器が握られている。


「こ、これは、まさか……!?」


 シャクティが敵の狙いを悟って顔を青ざめさせた。ミネルヴァも顔を歪めた。古典的だが状況によっては極めて有用な戦法……即ち人質(・・)だ。しかもただ命を奪うと脅すのではなく、その人質たち自身が凶器を持って襲ってくるのだ。 


「ふぁはは、どうするね、正義の味方諸君? この槍欲しさに何の罪もない学生たちを殺すかね? やりたければやると良い。君達の力なら簡単だろう?」


「……っ!!」


 群衆の後ろからレイグラーフの嘲笑が響いてくる。ミネルヴァも、そして勿論アリシアとシャクティも、咄嗟に有効な対処法が思いつかずに逡巡してしまう。もしここに天馬がいればこの状況を打破する方法か、そうでなくともベターな方法を力強く指示してくれて、自分達はそれに従うだけで良かった。


 だが今ここに彼はいない。彼女達は独力でこの状況に対処しなければならないのだ。

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