第11話 神器を求めて
ゴットランド大学はビスヴューの旧市街を抜けた先、港の程近くに所在している。大学に近付くためにはどうしてもビスビューを通らねばならないが、今更な話である。
「首魁でこそなかったが、それでも計画の要であった市長が死んだ事によって敵も多少は混乱をきたしているはずだ。大学へ向かうなら今がチャンスであろうな」
アリシアがそう断じる。しかし時間が経てば敵も統制を取り戻してしまうはずなので、どのみち行くなら早い方が良い。
4人はビスビューの旧市街を迂回するような形で大学に向かう。流石に旧市街に入ると、すぐに敵の首魁に居場所を察知されてしまう可能性があるからだ。敵は洗脳された人間達の目を通して物を見る事が出来るようなので、なるべく一般人の目にも留まらないように注意する。
「でも……大学に槍なんか置いてあるんですか? あったとして、勝手に持って行ってしまっていい物なんでしょうか?」
大学に向かいながらも、シャクティがある意味で常識的な疑問を呈する。ミネルヴァは理解を示すように頷いた。
「それは尤もな疑問ね。でもあの槍はそもそも法的な所有者がいないの。誰が管理するか決まるまで、大学が一時的に預かっているという扱いになっていたはず」
「所有者がいない? どういう事だ?」
天馬も疑問符を浮かべる。大学に保管されているというくらいなら、何らかの出土品という事か。だがそれなら通常は発掘した者が所有権を持つはずだ。その所有権を大学に譲渡したというなら話は分かるが……
「普通ならそう。でもあの槍は誰かが発掘したり寄贈したりした訳じゃない。ある日突然島の中心部にある丘の上に突き立っていたの。勿論当時の行政や大学も所有者を捜したし、名乗り出るように呼びかけてきた。でも結局今に至るまで所有者は判明せず、いつどうやって誰がそこに突き立てたのかも解っていないの。本当に、気付いたらそこにあったという事らしいわ」
「なるほど、それで大学が仮に保管してるって訳か」
「ええ。本当の所有者が名乗り出るまでの間、ね」
何とも不可思議な話だが、生憎不可思議な話には慣れている。旧神や邪神の実在を知っている身としては、この世の中何が起きても不思議はない。だがそういう事情なら所有者に関しては心配しなくていいという事か。
「大学に槍が置いてある事情は分かったが……お前とその槍にどんな関係があるのだ? 神器はある程度自分と馴染みがある物品でなければならん。その条件を聞いた上でその槍を思い出したという事は、今までに何らかの関わりがあったという事なのだろう?」
アリシアの問いにミネルヴァは頷く。
「私は幼い時から長い棒状の物を振り回すのが得意だった。勿論両親や周りの人間には隠していたけど。1人で遊んでいる内にどんどん上達していて、中学生の頃には木の枝で熊を撃退した事もあったわ」
「……!」
それが本当なら彼女の才能はシャクティと同じ『ラーニング能力』かも知れない。
「でも高校を卒業してこの島に来てからは流石に自重していたのだけど、そこにあの槍の件が起きて、私の通っている大学に槍が持ち込まれる事になった。当初は世間一般程度の興味や好奇心くらいしかなかったのだけど……ある日、頭の中で『声』がしてその槍に呼ばれたような気がしたの」
「…………」
「勿論その時は気のせいだと思ったわ。でもどうしてもその『声』の事が頭から離れなくて、ある日深夜にその槍が保管されている倉庫に忍び込んで、槍に触ってみたの」
「そ、そしたらどうなったんですか……?」
意外と大胆なミネルヴァの行動力に驚きつつシャクティが促す。だがミネルヴァはかぶりを振った。
「何も起きなかったわ。『声』もそれ以来聞こえなくなった。やっぱり気のせいだったと思おうとしたんだけど……槍に触れて以来、あの明晰夢を見るようになったの」
「……! ヴァルキュリアの?」
「そう。当然今の私はあの夢もヴァルキュリアも本物だった事が解っている。ならあの槍はヴァルキュリアと無関係じゃない。そしてそれなら……」
「……神器とするには充分な条件って訳か」
天馬が発言を締めくくった。確かに彼女の守護神が関わっているとしたら、これ以上ないくらいの親和性があるのかも知れない。あとはその現物次第だ。
「……! 話しているうちに見えてきたわ。あれがゴットランド大学よ」
ミネルヴァが指し示す先には港地区に併設された、比較的こじんまりとした建屋群があった。この島の人口・経済規模から考えたら当然だが、それほど大きな大学ではないようだ。
「その倉庫ってのはどこにあるんだ?」
「あの講義棟の2階の奥よ」
彼女は一番大きな建屋を指し示す。カフェやラウンジ、図書室なども備えた、この大学のメイン棟のようだ。
「ふむ……しかしやはりというか警備が厚くなっているようだな。警官の姿もある。恐らくテロリストを警戒しての事だろうがな」
アリシアが皮肉気に唇を歪めながらも警戒を促す。大学の周囲には何人もの警備員達が物々しい雰囲気で巡回しており、またパトカーや警官の姿も見える。常に最悪を想定するなら、この連中も全員プログレスと見ていいだろう。
連中を相手取ってあまり長くこの場に留まると、敵の首魁たるウォーデンの注意を引いてしまい、更なる増援やウォーデン自身が出てきかねない。それに加えて洗脳された市民や観光客を動員されると厄介な事になる。
出来ればそうなる前に目的を達成して素早く撤収したい。
「さて、そうなるとまた囮作戦が有効かな?」
「う、うう。やっぱりそうなりますよね。が、頑張ります……」
敵の多数を引き付けておいて、その間にミネルヴァが槍の元まで潜入する。シンプルだが最も確実な作戦だ。
天馬の言葉にシャクティが顔を歪めながらも気負った。先の市庁舎ではあれだけの数の敵を引き付けて必死の時間稼ぎを戦っていたのだ。また同じ事を繰り返すのかと思えば憂鬱になるのも仕方がないと言えた。なので……
「いや、今回は俺が囮役を引き受ける。館内でも何があるか解らねぇから、アリシアとシャクティはミネルヴァに付いて一緒に槍の回収を頼むぜ」
「……! いいのか?」
アリシアが眉を上げる。天馬は苦笑した。
「まあミネルヴァも覚醒したしな。いつも俺が美味しいとこばっか持ってく訳にも行かねぇだろ? 今回は裏方に徹させてもらうぜ」
「テ、テンマさん……」
無論ミネルヴァも含めて彼女達を信頼しているからこそ、重要な役目も任せられるのだ。それを理解したシャクティが表情を引き締める。
「は、はい! ありがとうございます、テンマさん! 必ずミネルヴァさんの神器を手に入れてみせます!」
「うむ、確かに任された。ミネルヴァ、そういう訳で今回は我々が同行しよう」
「ええ、解ったわ。宜しく、アリシア、シャクティ」
ミネルヴァとしてもまだ共闘していないアリシア達との共闘に興味があるらしく、抵抗なく頷いた。
実は天馬としては女性陣同士の友好を深めさせたいという狙いもあった。共闘は互いの信頼を深める最も手っ取り早い手段ではあった。互いの信頼が深まれば戦闘時の連携能力も上がる。ある程度合理的な判断の元、自身が囮に残ると提案したのだ。
女性陣はそんな天馬の狙いには気付かず、任せられた任務の達成に燃えていた。当然敢えて口にする必要は一切ない。
「よし、それじゃまず俺が1人で突っ込む。敵が粗方引き寄せられたと見たら、いつでもそっちの判断で潜入してくれ」
「わ、解りました! どうかテンマさんも気をつけて下さい」
シャクティが気負って頷く。勿論アリシアとミネルヴァも準備万端で頷いている。
「ああ、そっちもな。それじゃあ行ってくるぜ!」
そう返して天馬は『瀑布割り』を顕現させると、敢えて敵の注意を引きつけるように正面から一直線に大学に向かって突撃する。当然警備員や警官たちがすぐに彼に気づく。
「おい、止まれ!」
「……! あいつは……神力を感じるぞ! ディヤウスだ!」
「殺せっ!!」
案の定奴らはプログレスであったらしい。次々とビッグフットの姿に変身して天馬に向かって殺到してくる。
「へっ! 雑魚どもが束になっても俺には勝てねぇぜ! どんどん掛かってこいや!」
武士の鎧のような神衣は纏ったままなので100%万全の状態だ。雑魚どもがいくら集まってきても、ミネルヴァ達が目的を達成するまで引き付けておく自信は充分あった。
天馬は荒々しい咆哮を上げると、むしろ自分からプログレスの群れに斬りかかっていった……