第10話 凍てつく槍
ベルセリウスの死体が消滅していく。それを見届けて息を吐いた天馬はミネルヴァの方に向き直る。ベルセリウスと戦いつつも周囲の状況は認識していた。ミネルヴァが無事に覚醒を果たした事は既に理解している。
「どうやら無事に覚醒できたみたいだな。気分はどうだ?」
「……正直戸惑っている。でも悪くない気分。まだ自分の中に秘められた力が眠っているのを感じる。戦いの中でもっとその力を引き出していけるはず」
神器や神衣の事もあるし、他にもまだ使われていない力があるのかも知れない。
「そりゃ頼もしいな。見ての通り市長は黒幕じゃなかった。多分まだこの島で戦う機会は嫌って程あるはずだ。改めてアンタを仲間として歓迎するぜ、ミネルヴァ」
天馬が手を差し出すと、彼女も頷いてその手を握り返した。
「ええ、こちらこそ宜しく、テンマ」
「よし。とりあえず一旦ここから引き払って今後の方針を決める必要があるな。アリシア達の救援に向かうぜ」
ベルセリウスはウォーデンではなかったので、彼を斃したからといって他のプログレス達が逃げたりするとも思えない。アリシアとシャクティは未だに敵の集団と激戦の最中である可能性が高い。一刻も早く救援に向かうべきだろう。
天馬とミネルヴァはホールを出て、未だに戦闘音が響き渡っている方角目指して走る。
市庁舎から出て更に郊外の林付近に大勢のプログレス達が集まっていた。その連中相手に必死の防戦を続ける2人の女性。これだけの敵をここまで市庁舎から離して未だに引き付けている2人の尽力に感謝しつつ、天馬達は戦場に乱入した。
「アリシア! シャクティ! よく頑張ったな! 助太刀するぜ!」
「……!! テンマさん! 良かった……!」
天馬の無事な姿を認めたシャクティが喜色を浮かべる。彼女は限界までチャクラムを作り出して、それを振り回して多数のプログレス達を牽制していたが、流石に限界が近い様子だった。
「私も加勢する」
「……! ミネルヴァ、覚醒出来たのか!」
光の槍を手に参戦するミネルヴァの姿を見てアリシアが瞠目するが、すぐに事態を悟って戦闘に集中する。
「おらぁっ! テメェらの相手はこっちだっ!!」
天馬が大声で敵の注意を引きながら斬り込む。アリシア達の相手をしていた所に後ろから天馬とミネルヴァの挟撃を受けた形になったプログレス達は動揺から統制が乱れる。だがそんな中でもまだ神衣も纏っていないミネルヴァが与しやすいと見たのか、何体もの敵が彼女の方に殺到する。
だが狙われたミネルヴァには動揺はない。それどころか薄っすらとだが、その口の端を吊り上げる。
「丁度良かった。どうも私の力は防御が固いあなた達への相性が良さそう。早速試させてもらう」
ミネルヴァは持っていた光の槍を頭上で旋回させる。一見プログレス達への牽制とも思えるが、違う。彼女が槍を旋回させるごとに、徐々に周囲の温度が下がり空気が凍てついていくのだ。
『ヴァルハラの凍てつく風!!』
ミネルヴァの叫びと共に、周囲に強烈な冷気が吹き荒れた。まるで局地的にシベリアの凍土が出現したかのような凄まじい冷気に、プログレス達は一瞬にして霜に覆われて凍り付いた。
『……!!』
凍結した怪物達は足が地面に張り付いて動けなくなった事に驚愕した。それに加えて身体が霜に覆われて凍っているという事は……
「ふっ!!」
ミネルヴァが光槍を持ち替えて、目にも留まらぬ連続突きを放つ。彼女の突きは本来強固なはずのプログレスの身体を脆い陶人形のように打ち砕いていく。どんなに硬い身体であっても凍結させてしまえば、等しく砕けやすい物体へと変わる。
言葉通り彼女の能力はこのプログレス達にとっては最悪の相性と言えるかも知れなかった。
「れ、冷気を操る力ですか。シャオリンさんとは真逆みたいですね」
その苛烈とも言える攻撃能力に若干頬を引き攣らせたシャクティがそんな感想を述べる。今ここにはいない同志小鈴は、炎を操る力なので確かに真逆と言えるかも知れない。
その後もミネルヴァは槍から冷気の波動を放出する技などを使い、次々とプログレスを討ち取っていく。勿論天馬も獅子奮迅といった様子で暴れ回り、彼等の援軍に勢いを盛り返したアリシア達も反撃に転じ、程なくしてこの場にいたプログレス共を殲滅する事が出来た。
「ふぅ……どうにか終わったか。あのまま2人だけで戦っていたらかなりマズかっただろうがな」
敵の殲滅を確認したアリシアが息を吐いた。そして天馬達の方に向き直る。
「まずは覚醒出来た事を祝わせてくれ。おめでとう……と言って良いのか解らんが、我々はお前を仲間として歓迎するぞミネルヴァ」
「こ、これから宜しくお願いします、ミネルヴァさん!」
シャクティも便乗してミネルヴァに歓迎の意を示す。彼女も頷いて2人と握手を交わした。
「こちらこそ宜しく。もう足手まといにはならないわ」
自信をにじませる彼女の声音と態度には、少なくとも覚醒した事や邪神との戦いを厭うている様子は無かった。覚醒出来たのも頷けるというものだ。
「でも……あなた達のその武器や鎧について教えてもらえれば、もっと戦力になれるかも知れないわ」
それどころか彼女は天馬達が持つ神器や、身に纏っている神衣に興味を示してきた。天馬が笑った。
「ははは、話が早くて助かるぜ。勿論アンタさえその気ならすぐにでも教えるさ。ただ……神衣はともかく、神器に関しては元々現実にある武器が必要だ。そいつに自分の神力を適合させて神器にするんだ」
「現実にある武器……」
「勿論何でもいい訳じゃない。自分に適性があって、元から馴染み深い得物じゃないと神器には出来ねぇ」
「馴染み深い武器?」
「ああ、そうだ。アンタは光る槍を出したな? 槍が得意なのか? 恐らく守護神の影響だろうが、これまでの人生でも何か槍に縁があったりしなかったか?」
「……!」
ミネルヴァが僅かに瞠目する。どうやら心当たりがあるらしい。
「私の通っていた大学……ゴットランド大学に行けないかしら? 多分アレならその条件に当てはまる気がする」
「そこに神器となり得る何かがあるのだな? ならば行かない理由はないな。この島に来た事自体、お前の為なのだからな」
アリシアが請け負う。勿論天馬達も同意だ。正確には新たな仲間という戦力を求めてここまで来たのだ。その戦力を増強するための手間を惜しむ理由はない。
「でも……テンマさん達が戻ってきたという事は、市長は倒したんですよね? なのにこの島を覆う邪悪な魔力は晴れていません。市長はウォーデンではなかったのですか?」
シャクティが不安そうに問い掛けてくる。そう言えばそっちはまだ説明していなかった。
「ああ。市長はいたが、只のプログレスの上位個体だった。この事態を引き起こしてるウォーデンは別にいるらしい。生憎そいつの素性や居場所は解らずじまいだったが」
プログレスがその辺りの情報を吐くはずがないので、それは仕方がなかった。アリシア達も納得したように頷く。
「なるほど、やはりそうだったか。ではとりあえずミネルヴァの神器の件を優先すべきだな。奴等との戦いを続けるうちに、敵の黒幕へと繋がる手掛かりも自ずと手に入るだろう」
「よっしゃ、なら善は急げだな。これから早速その大学へ向かうとするか。問題ないな?」
天馬が確認すると女性達は皆頷いた。ディヤウスはその気になれば神力を代謝エネルギーに転用する事で、それなりに長期間飲まず食わずで活動し続ける事も可能だ。(無論可能というだけで、食事や睡眠もとった方が良いのは確かだが)
ミネルヴァも無事覚醒した事だし今はとにかく迅速に行動する必要があるので、誰も休息を訴える者はいなかった。
方針を決めた一行は休む間もなく、今度はゴットランド大学へとその進路を向けるのだった。




