第9話 戦姫覚醒
『……ッ!?』
ミネルヴァの頭を叩き潰そうとしていたプログレスが目を剥いた。それまでは無力な人間と変わりなかったはずの彼女が、突然人間離れした体捌きで大きく跳び退って攻撃を躱したのだ。
「凄い……これがディヤウスなのね。一瞬、奴等の動きがとても遅く見えた」
だが最も驚いていたのは当のミネルヴァ自身かも知れなかった。彼女は自分の身体を、不思議なものでも見るかのように改める。何となくだが世界が今までとは違って見えていた。身体の奥底から沸き立つ不思議な力を感じる。これが神力というものなのか。
今なら何でも出来そうな気がする。といっても勿論慢心する気は無いが、少なくとも目の前のプログレス達くらいなら問題ないはずだ。
『覚醒シタ……!?』
『クソ、殺セッ! 今ナラマダ間二合ウ!』
2体のプログレス達が本気で襲い掛かってくる。こちらをディヤウスと認識した為か先程よりも格段に速い動きだ。だがそれでも見切れない程ではない。
プログレスの1体が飛び掛かってくるのを、ミネルヴァは再び大きく横に跳んで躱した。体の使い方、ディヤウスとしての立ち回り方は本能的な部分で解る。あとは感覚をそれに慣らしていくだけだ。
もう1体のプログレスが横から殴りかかってくる。いつまでも避けるばかりでは戦いに勝てない。ならば次は……こちらも攻撃していく必要がある。
化け物とはいえ生きた相手を攻撃して殺すという行為。それに忌避感が無いと言えば嘘になる。だがそれでは駄目なのだ。天馬達の仲間になって邪神の勢力と戦っていくのに必要なのは、ディヤウスとしての力だけではなくそういう精神面の強さも同様であった。
(……やるしかない!)
覚悟を決めた彼女は攻撃の為の神力を集中させる。すると彼女の構えに合わせて、光が凝縮したように一本の長い槍を形作った。
その光の槍を両手でしっかりと把持したミネルヴァは、ディヤウスの身体能力を駆使して恐ろしい程の踏み込みと共に一直線に槍を突き出した。
『……!!』
光の槍は狙い過たずプログレスの鳩尾辺りに命中するが、やはりというかその一撃だけでは怯んだだけで斃す事はできなかった。
『ハ、ハ……! 脅カシヤガッテ! 俺達ノ身体ニソンナ軟ナ――』
「――はぁぁっ!!」
ミネルヴァは構わず、そのまま追撃を仕掛ける。一撃で駄目なら何度でも。覚醒する前からずっと天馬に付いて彼の戦いを見てきた彼女は、既にこの怪物達の攻略法を学んでいた。
息もつかせぬ連続突きがプログレスの全身に突き込まれる。その度に敵の身体が跳ねる。
『オ……オ……? オオ……!?』
プログレスが戸惑ううちにミネルヴァの突きはどんどん速くなり、やがて本当に何十本もの槍に分裂したかのような光速に達する。
『スクルド・フェーデッ!!』
完全に人外の域に達した連続突きはその分威力も増し、死の弾幕となって敵に降り注ぐ。それはプログレスの硬い防御を破るのに十分な威力であった。
『ウギャアァァァァァッ!!』
恐ろしい絶叫を上げて、血だるまとなったプログレスが崩れ落ちた。そのまま溶けるように消滅していってしまう。一体倒す事が出来た。
『貴様ァァッ!!!』
残ったプログレスが怒り狂って、跳び上がるようにしてハンマーナックルを叩きつけてきた。まともに当たれば今のミネルヴァでも即死か、良くて重傷だろう。ならば当たらなければいい。
ミネルヴァは大きく後方に跳び退って敵の強撃を躱した。しかしそれによって敵との距離が開いてしまう。一旦仕切り直しかと思われたが、彼女はその場で光の槍を思い切り後ろに引き絞る動作を取った。それはある種の槍投げの動作に似ており……
『ベルセルクル・シグルーンッ!!』
ミネルヴァが全力で光の槍を投擲した!
投げつけられた槍は真っ直ぐプログレスに向かって吸い込まれ、その身体を貫通……する事無く、目も眩むような光の爆発を引き起こした。
『ウボアァァァァッ!!!』
爆発をまともに喰らったプログレスは、断末魔の呻きを上げながら吹き飛んだ。今の技は彼女の全神力を注いだ文字通りの必殺技であり、その甲斐あって耐久力に優れたプログレスを一撃で斃す事が出来たようだ。
「これが……私の力」
あの怪物達を自分の力で倒す事ができた事実に、彼女の精神は未だかつてない高揚に包まれていた。まだ敵がいる状態で神力を使い果す大技を使用する事は本来悪手であったが、それもミネルヴァは問題ないと判断した。何故なら……彼を信頼していたから。
*****
ミネルヴァを信じた天馬は敢えて彼女の事を意識から除外し、目の前のベルセリウスだけに集中する。
『き、貴様……本当に仲間を見捨てる気か!?』
「はっ! テメェらの口から『仲間』なんて言葉が出るかよ? こっちはなぁ、テメェら邪神の勢力と戦うって決めた時点で半端な覚悟は捨ててるんだよ!」
茉莉香を助けるためなら、他の全てを利用する。その覚悟を決めているのだ。ましてやミネルヴァは自分から同行を希望してこの場にいるのだ。覚醒できなければ死ぬしかないという事も理解している。今更庇う気など無かった。
「だが……テメェのバックにいるウォーデンの情報を吐くってんなら、命だけは助けてやってもいいぜ?」
『ぬ……ぬ……! ふざけるな、小僧がっ!』
天馬の言動がブラフではないと悟ったベルセリウスが、進退窮まったように破れかぶれに突進してきた。当然だが黒幕の情報を吐く気はないようだ。天馬も挑発代わりに言っただけで、最初から吐くとは思っていない。
奴は両腕を大きく広げた体勢で突進してくる。防御を捨てて天馬に組み付こうという腹だろう。確かにベルセリウスの膂力から考えて、組み付いてしまいさえすれば圧倒的に有利だ。単純な膂力勝負になったら天馬に勝ち目は無いだろう。
だが……天馬は逃げる事無く、それどころか自分からベルセリウスの懐目掛けて突っ込む。
『……!? 馬鹿め!!』
逃げる天馬を追いかけるつもりだったベルセリウスは一瞬目を剥いたが、逆に好機と思い直してそのまま両腕で天馬を挟み込むように捕らえようとする。一旦捕らえてしまえば後は怪力で絞め殺すなり、背骨を砕き折るなり思いのままだ。だが……
「ふっ!!」
『……ッ!?』
天馬を捕らえようとしたベルセリウスが、まるで自分から跳び上がったように大きく一回転して床に転倒した。
ディヤウスの力とは別に天馬が習得している鬼神流の技術だ。柔術を応用した技術で相手の力を正面から受けずにいなして、そのまま投げに転用する。相手は自分の突進の勢いのまま地面に叩きつけられる事になる。
ベルセリウスの攻撃を繰り返し躱す間に奴の動きの癖を見切った天馬であれば、このくらいの芸当は朝飯前であった。投げられて転倒した巨体は、天馬に対して無防備に急所を晒す。その機会を逃す彼ではない。
「終わりだっ!」
逆手に持ち替えた『瀑布割り』を振り上げ、ベルセリウスの喉元目掛けて全力で突き下ろす。その一撃は抵抗なく奴の喉笛を突き破り、延髄まで貫通した。
『……!? ……っ!!』
ベルセリウスが限界まで目を見開いて痙攣する。しかしすぐに動かなくなった。神器で急所を貫かれたらどんな耐久力があっても無意味だ。