第7話 市庁舎突入
ゴットランド市庁舎はヴィスビューの中心地からはやや外れた郊外に位置している。その分広い敷地を設けた立派な建物であった。平時は風光明媚な観光地の市庁舎として平穏な施設であろうその建物は、現在何台ものパトカーが駐車して周囲を警官達が巡回している物々しい雰囲気に包まれていた。
「……やれやれ、すっかり危険なテロリスト扱いだな」
市庁舎を見渡せる位置にある木立の陰に身を潜めながら天馬が苦笑する。潜伏していた森を抜けだした彼等は敵の捜索の目を縫ってここまでやってくる事には成功していた。だがここからが本番であった。
「まあ奴等からしたら確かに我々は『危険なテロリスト』なのだろうがな」
アリシアが鼻を鳴らす。その横にはシャクティとそしてミネルヴァもおり、いつでも突入の準備は万全だ。本当はなるべく人が少なくなる夜まで待ちたかったが、敵側の捜索も続いている中で余り悠長にしている時間がなかった。
「よし、出るぜ。俺が道を切り開く。アリシアは殿で援護と牽制を頼む。シャクティとミネルヴァは真ん中だ」
「了解だ」「わ、解りました」
2人が頷く。まだ覚醒していないミネルヴァは流れ弾だけでも危険だ。チャクラムを利用した防護能力に優れたシャクティは彼女を護衛する役割だ。
天馬とシャクティが神力を集中させて神衣をその身に纏う。天馬は戦国時代の武士のような甲冑姿に、シャクティはインドの女神をモチーフにしたような露出の多い鎧姿にそれぞれ変わった。アリシアはあのカウガールルックが神衣なのでそのままだ。
彼等の変身を目の当たりにしたミネルヴァが目を瞠る。
「……っ! それが……アルマという物なの?」
「そうだ。神器と並ぶディヤウスの標準装備だ。勿論お前にもあるはずだ」
アリシアが肯定した事でミネルヴァは増々興味深げな様子となる。だがいつまでも彼女の知的好奇心に付き合っている時間はない。
「向こうは魔力で索敵してるはずだから下手な小細工は無しだ。正面から行くぜ」
魔力と神力は相反するので、天馬達も魔力を感知してある程度敵の居場所が解ったりするが、それは敵側にも言える事であった。この閉じられた島の中でいつまでも隠れていられない理由でもあった。
予め決めた布陣になって市庁舎へと近づいていく天馬達。当然ながら外を巡回している警官にすぐに気付かれる。
「……! おい、止まれ!」
「――て言われて止まる馬鹿がいるかよ!」
警官が銃を向けて警告してくるが当然従う気はない。警官からは魔力を感じる。つまり遠慮する必要は一切ないという事だ。
案の定警官はそれ以上の警告なしにいきなり発砲してくる。拳銃弾程度ならミネルヴァへの流れ弾さえ気を付ければ天馬達にとっては何ほどの事も無いが、問題は発砲音によって他の警官や市庁舎の中にいる連中にも感づかれるという事。ここからはひたすら迅速に、だ。
銃弾を刀で弾いた天馬はそのまま警官に肉薄する。警官はやはり銃を捨てると、白い毛むくじゃらのビッグフットの姿へと変じる。郊外とはいえ日中の市庁舎の前で堂々と変身したのだ。これはもう市庁舎や通りの人目を気にする必要はなさそうだ。
「問題ない。却ってやりやすいという物だ!」
「――だな!」
アリシアの言葉に頷いた天馬は、正面から打ちかかってくるプログレスの拳を難なく避けると反撃に薙ぎ払いを一閃。胴体を切り裂かれたプログレスはやはりそれで死ぬ事はなかったものの、大きくたたらを踏んでバランスを崩した。そこに……
「テンマ、屈めっ!」
アリシアの声。反射的に身を屈めた天馬の頭上を太い光弾が通り過ぎる。神聖砲弾だ。ここに突入しながら神力を溜めていたのだ。一撃で胴体に風穴を開けたプログレスが大きく吹っ飛んで、市庁舎の壁に激突して消滅していった。
「ち……やっぱめんどくせぇなコイツら」
天馬が舌打ちする。瞬殺できたが、それはアリシアが予め神聖砲弾を準備していたからだ。攻撃はそれほど怖れる必要はないが、やはりこの耐久力は厄介だ。1、2体に手間取っている間に他の増援が駆け付けてきて……となると、数の暴力によって詰みかねない。
しかし今の銃声や戦いの喧騒で確実にどんどん増援が駆け付けてくるだろう。そいつらを一々相手にしていたら市長の元まで辿り着けなくなる。
「仕方ねぇ。二手に分かれるぞ」
一応敵の数が多いケースに備えてプランBも話し合ってはいた。即ちプログレス共を引き付ける側と、その間に市長の元まで到達してヤツを討伐する側の二手に分かれる作戦だ。
「アリシアとシャクティはプログレス共を引き付ける役目に回ってくれ。その間に俺が市長となし付ける」
市長がウォーデンと仮定するなら天馬の力は必須だ。逆に神聖砲弾を使えるアリシアと防御や牽制に優れ集団戦に強いシャクティは、あのプログレス共の注意を引き付けておくのに相性がいい。
「テ、テンマさんを信じます。じゃあミネルヴァさんも私達と一緒に……?」
シャクティが確認してくる。一見それが無難に思える。だが天馬はかぶりを振った。
「……いや、ミネルヴァは俺と来てくれ」
「……! いいの?」
てっきり囮組の方に回されると思っていた彼女が少し目を瞠る。
「まだ覚醒こそしていないが、俺はアンタを戦力としてカウントさせてもらう。そしてもし市長がウォーデンだとしたら俺一人だと厳しいかも知れねぇ。……アンタの力が必要になるんだ」
「……!! 解ったわ……何とか頑張ってみる」
酷なようだが『覚醒せざるを得ない』状況に追い込む事は有効な手段ではあった。アリシアとシャクティに守られた消極的な時間稼ぎに同行しているだけでは、これまでと同じで刺激が弱い可能性がある。
ウォーデンと直接相対、しかも彼女が覚醒しなければ勝てないという状況は、危険ではあるがそれに見合う強烈な刺激を与えてくれるかも知れない。いわゆるハイリスク・ハイリターンというやつだ。
その意図を瞬時に読み取ったミネルヴァは、不満を漏らす事も無くむしろ積極的に頷いた。
「話は決まったな。そろそろ奴等が来る。お前に……お前達に主の加護があらん事を」
「テンマさん、ミネルヴァさん。どうかご無事で……!」
2人が一時の別れと共に、自分達から敵の増援の方に向かって駆け去っていった。それを見送ってミネルヴァに向き直る天馬。
「よし、俺達も行くぞ。遅れるなよ」
「ええ、行きましょう」
間を置かず響いてくる戦いの喧騒を背に、天馬達は敵の目を盗んで一路市長室を目指していった。
*****
「いたぞ、奴等だ! 逃がすなっ!」
警官――プログレス共がアリシアとシャクティの姿を見つけて叫ぶ。それに他の連中も駆け付けてくる。
『拡散神聖弾!』
『女神の舞踏会ッ!!』
2人は群がってくる敵を牽制、そして挑発するように攻撃範囲の広い技を使う。プログレス共の耐久力はかなり高いので当然これだけでは殆ど傷つけられないが、奴等のヘイトを集める効果は充分ある。
敵は毛むくじゃらの姿になって直接攻撃してくる者と、警官の姿のままで後ろから銃撃してくる者とに分かれているようだ。銃撃は全てシャクティのチャクラムで弾いているが、それによって直接攻撃への対処が僅かに遅れてしまう。
「……っ!」
「シャクティッ!!」
銃弾を弾いた際に、前衛のプログレスの攻撃を受けそうになるシャクティだが、そこにアリシアが神聖弾を撃ち込んで牽制する。それによってシャクティは体勢を立て直す事ができた。
「あ、ありがとうございます、アリシアさん!」
「油断するな! 次が来るぞ!」
礼を言う暇もあればこそ、敵の数は更に増えてその分攻撃も苛烈になってくる。上手く敵を引き付ける事が出来ているようで目論見通りと言えたが、敵の数が増えれば当然対処は厳しくなっていく。
「こ、これは……少々キツいですね! 倒す必要がないとはいえ……!」
無理に攻撃を仕掛けて倒そうとしなくていいのは楽だが、その分敵の圧力は増す一方だ。
「耐えろ! テンマ達は必ずやってくれる! 我等の役目はその間、1人でも多くの敵を引き付けておく事だ!」
アリシアは自分にも言い聞かせるように鼓舞の叫びを上げると、更に神力を練り上げて神聖弾を連射する。シャクティも既に限界までチャクラムを作り出して振り回している。
ここで彼女達が倒れたら全てが台無しだ。2人はとにかく手数を重視した戦法で、多数のプログレスを引き付けて戦い続けるのであった……