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重い瞼を開けた時に見えたのは木目調の天井であった。
若干の怠さが残る重い体をゆっくりと起こせば、普段着ているスーツではなく麻で出来た負担の少ないものに着替えさせられていることに気付く。辺りを見渡すと、机に載せられた弓と鞄、他には……寝台の縁に体を預けて寝息を立てているノンノが見えたためどうしたものかと思案していると部屋の扉が開き、金の髪に透き通る様な緑の瞳をもった落ち着いた雰囲気のエルフが入ってきたため顔を向ける。
その女性はスヴェンが意識を取り戻し起き上がっていること、そのすぐそばでノンノが寝ていることを確認して起こさぬ様に小さく声を掛けた。
「おはようございます。お体は大丈夫そうですか?」
「えぇ、なんとか。ありがとうございます」
「それは良かった。私は虎の牙というパーティーのクーメルといいます。何か必要な物はございますか?」
「では申し訳ないのですが……何か飲み物をいただけますか?」
「わかりました。少しお待ちくださいね」
そう言って部屋を出るクーメルに小さく頭を下げ見送ると、彼女の足音に反応したのかノンノの耳がひょこひょこ動いた後起き上がり、眠そうな目をこすりながらスヴェンを見た彼女は大きく目を見開いて瞳を潤ませ抱きついたので彼は慌てて抱き留める。
「よかった……よかった!!ちゃんと目覚ました!!」
「御心配お掛けしてすみませんでした」
「ホンマやで……。モンスター片付いたおもたらいつの間にかおらんくなってるし、崖上に一人で行ったって聞いたすぐあと凄い爆発音したから皆と見に行ったら倒れて意識無いし……。また仲良くなれた人が死んでまうんかおもて……そんなん嫌で……」
「大丈夫です、大丈夫ですから……」
大きな涙を流す彼女の背中優しく叩くこと数分、落ち着いたノンノは体を離して涙を拭い、戸惑ったような笑顔を浮かべる。
そこにタイミングよくクーメルが水差しを持って部屋へ訪れ二人の姿を見ると、水を淹れたコップをスヴェンに手渡し水差しを机へと置いて一呼吸置いてから……突然目にも止まらぬ早さでノンノを抱き締め頭を激しく撫で始めた。
「わっぷ━━なになに!?」
「あー可愛い可愛い!!安心して抱きついたのに泣き止んで我に返って困惑してるのすっごい可愛い!!持ち帰っちゃいたい!!」
「やっ、やめ━━━」
手足をばたつかせてもがくノンノを全く離そうとしない━━━先程と部屋に訪れた時と全く様子が違うクーメルに受け取った水を飲むのを忘れて困惑していると、彼女の後ろから白い毛に真っ赤な瞳をした虎獣人が現れては容赦なく頭をひっぱたいて二人を離した。
「いい加減にしろクーメル。悪いクセ出てるぞ」
「ちょっとセスったら痛いじゃない。単なるスキンシップよ、スキンシップ」
「おめーのは度を超えてんだよ。ぐったりしちまってんじゃねえか」
セスと呼ばれた虎獣人の言葉に千切れんばかりの速度で何度も頷くノンノにスヴェンは苦笑いを浮かべ、クーメルは不満そうに頬を膨らませるも溜め息を吐いて落ち着き、質問を投げかけた。
「で、朝早くにどうしたのよ?」
「スヴェンさんの様子を見に来たんだ。起きてるみたいだから伝えとく。村長から「起きて落ち着いたら家に来て欲しい」とさ」
「わかりました、後程お伺いしますね」
スヴェンの返答に対し頷くと同時にクーメルの襟を掴んむと暴れる彼女を慣れた手付きで制しながら部屋を去る。
賑やかな彼らが去ったため一息つこうとスヴェンが水の入ったコップに口をつけた際、何かを思い出したかの様に手をポンと叩いてノンノは笑顔でこう告げた。
「あ、せやせや。セスさんがスヴェンさんをここまで運んでくれはったんやった」
「……そういうことはもう少し早く教えてください。あと着替えますので少し出ていただけますか?」
「乙女みたいに気にせず着替えたらえーのに」
けらけらと笑うノンノを部屋から押し出し扉を閉めたスヴェンは、村長宅へ向かった際に改めて礼を伝えようということや気絶している際の出来事など、聞くべきことを頭の中で纏めつつ鞄から替えの服を取り出し着替えるのであった。