風が吹く
祭壇の壁には真っ黒の女神像が掲げられていた。
真っ黒なんだ、変わってるなと思いながら、膝をつき両手を組み合わせ目を閉じる。
『ええと女神様、今日から宜しくお願いします、ミレニアです』
『あと何を祈れば、ええと、あ、グラファさんとナタリーさんが善くしてくれます』
『グラファさんは、不器用だけど懐が広そうな人です』
『ナタリーさんはお母さんみたいな人です』
『女神様、ここにくるまで色々と考えてました、まだ整理はつきませんけど』
『あと、やっぱり余所者って言われて悲しかったです』
『人の悪意は怖いです』
『なんだか、とりとめもなくてすみません、ではまた明日』
こんな感じの祈りで良いのか分からないけど、毎日自分の気持ちを女神様へ伝える事にする。
ふと、神殿の空気が軽くなった気がした。
なんだか、女神様が聞いてくれた気がして嬉しくなった。
女神様の祈りが終わってから、昨日と同じペペロンチーノで済ませた。
貯蔵庫とは別に台所には小さな氷庫が備え付けられている、少しのものはここで保管するようだ。
お昼は何にしようかな。
そういえば、メモには裏の菜園の手入れをしろと書かれていたっけ。
さっそく勝手口を開けてみると、そこは人の背丈程もある草木が生い茂り菜園どころの話じゃなかった。
「うわ、ジャングル…」
呆然としていたけど、思い出した物があったから、急いで部屋に取りに戻る。
『野草辞典』と『草木の素材図鑑』を持ってきた、本を見ながら食べられそうならサラダにしよう、後は神殿に生えてる草木だ、もしかしたら薬草かもしれない。
なんて思ったりもしたけど、まぁそんなに甘くないよね。
台所の隅にあった軍手と鎌で草むしりしている。
最初は丁寧に調べていたけど、進まないし飽きちゃった。
ここらへん、むしってから後から調べるつもり。
無心に草を引っこ抜きながら考えた。
そういえばこの世界の事、ゲームの知識で知ったつもりになっていたけど、改めてみれば殆ど分からない事だらけ。
ミレニアになって1年で断罪、その間ゆっくり考えるより攻略することが忙しくて頭がいっぱいだったもんな。
どんよりと曇る空を見ながら思う、王都では見なかった空の色。
ふと風を感じた、雨でも降りそうだな、ここら辺にしておこう、んーと伸びると体がパキパキとなる。
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何処からか風が流れ、慌てた村人が村長の元に集まった。
「村長!風が!」
「ああ!」
「凄い、これが巫女さんの力なんか?!」
「最後の神官様が亡くなってからだ、10年ぶりだべ!」
「ぎりぎりだが、これで何とかなるな」
「んだな、もし今年不作になっても巫女さんがいたら何とかなるしな」
「しかも、あの巫女さん、まだ見習いなんだべ?すげえな」
「偉いさんがわざわざ来たらしいじゃねえか、なあ村長!」
「…まあ、そうだな」
「そういやマーサんとこのアイツが文句言ったらしいぞ」
「ああ、朝から酔っぱらって怒鳴りこんだらしな」
「マーサと喧嘩してたな、道の真ん中で」
「お前達、巫女見習いは来たばっかりだ。色々落ち着いてないだろうし、大勢で押し掛けるのだけはやめておけよ」
「分かってるって!村長!」
「んだ、俺たちだって今は忙しい時期だべ」
男衆でこの騒ぎ様だ、大勢では行かないだろうが何人かは押し掛けるだろうな。
万が一を考えてナタリーを、あの娘の傍についてやった方が良いだろうな。
どんよりした空を見上げてグラファは今後の事を考えた。