第七話:捕捉
6時間目。
演習試合はほとんどが消化され、最後の演習、第一小隊と第五小隊の演習が始まっていた。
「先輩〜、どっちが勝つと思います〜?」
雪音がモニターを見ながら、タバコを吹かしている昴に問う。
「さぁ?」
記録用紙を見ながら昴が答えた。
(第一小隊の連中……霧谷の力を上手く使って鬼神との遭遇を避けているけど……あいつが本気出したら一気に状況は変わるだろうな……)そんな事を思いながら昴は四分割されたモニターを見る。
開始から10分が経過し、闘鬼は建物内の通路を走り回っていた。
「真紅、状況は?」
無線機の先にいる真紅に問う。
『辰希さんは三嶋先生を運びながら佐熊さんから逃げています。魔衣さんは依然、蕨さんと戦闘中、霧谷さんは全ての監視カメラ、赤外線センサーに引っ掛かりません! それから僕は……武藤さんに追われてます! 早く助けてください〜!』
弱気な真紅の声が返ってきた。
「わかっている。場所は?」
『今、二階のVIPルームの前を通り過ぎました!』
「わかった。そのまま階段を登って屋上に出ろ。俺は反対側の階段ですぐに向かう」
『は、はい!』
真紅が慌ただしく通信を切る。
「やれやれ……面倒なことになった……それにしても厄介だな。人魚の『唄』とやらは」
闘鬼はため息をついてから屋上を目指す。ディフェンス側に回っていた第五小隊が苦戦を強いられている原因は、開始2分後に魔衣が言った一言だった発端であった。
「ささっと終わらせるために、各個撃破で行きません?」
その言葉を闘鬼は承諾し、迎撃しに行ったまではよかったものの、第一小隊は最大の障害である闘鬼の動きを完全に把握し、遭遇する事なく魔衣、真紅、辰希の三人を追い詰めていたのだ。
二階。
演習で破壊された通路を真紅は端末機を抱えながら走っていた。
「やばいってこれ! つーか、『唄』で位置が分かるなんて無茶苦茶だ! 闘鬼さん! 早く助けてください〜!」
通路に散らばる瓦礫を利用しながら、リーゼントの青年、武藤・雷廉から逃げる。しかし武藤は瓦礫を破壊しながら真紅を追いかける。
「小賢しいぞ! 正々堂々と戦え!」
(ら、雷廉君……落ち着いて!)兼廉の頭の中におどおどした湊の声が響く。
(獅士君は屋上に向かっているみたいだよ……それから鬼神君も屋上に向かってる……たぶん合流する気だと思う……)
「……了解した。姐御と蕨、それからお前の状況はどうなっている?」
(えと……詞凶ちゃんは二階で海東君を追いかけてる……水瀬ちゃんはまだ暗部さんと闘ってるし……私はまだ見つかってないから大丈夫……)湊の報告を聞き、頷く。
「ならば……すぐに獅士を片付けなければならんな……引き続き鬼神の動きを追ってくれ」
(うん……)頭の中から湊の声が消えると、雷廉は追う速度を上げ、徐々に距離を詰める。
「甘いですよ!」
眼鏡を外し、真紅は力を解放した。紅い鬣と紅い体毛が真紅の身体を覆った瞬間、真紅の速度が爆発的に上がった。
「やはり普通に追い掛けても捕らえられんか……」
そう呟き、雷廉はスピードを落とした。
「逃げ足で僕の右に出る人はいませんよ!」
後ろに振り向き、雷廉に向かって中指を立てた。
「あれ?」
だが、振り向いた先に雷廉の姿がない。
「撒いたのかな……?」
速度を落とし、階段の前で立ち止まる。
「ここを登れば屋上ですね」
僅かに乱れた呼吸を整えてから、階段の手摺りに手をかけた瞬間、階段が崩壊した。
「!?」
真紅はバランスを崩し、そのまま下の階に落ちた。
「いててて……なんで階段が崩れ……?」
埃を払いながら顔を上げると、目の前に雷廉の姿があった。
「武藤……さん………ですよね?」
確認を取った瞬間、雷廉のローキックがきた。
「うぉ!?」
咄嗟に両腕を交差して蹴りを受けたが、衝撃で身体が吹っ飛ぶ。「ぐッ!」受け身も取れず、ぶざまに落下する。
(腕の……骨が……折れた! ……これ……演習……だろ? 手加減くらい……しろっての……)左腕を抑えながら床をはいつくばる。
「……強く蹴り過ぎたか?」
雷廉が俯せに倒れている真紅に近寄る。
「一応気絶させねば撃破にならんのでな…」
真紅の襟首を掴み、力を加える。
「ぐぁぁぁ!?」
「心配するな……落とすだけだ」
真紅の身体から徐々に意識が遠くなっていく。
(……僕が……みんなの足を……引っ張ることになるなんて……)
「みな……さん…すみま……」
すみません、と言おうとした瞬間、絞められていた首が一気に緩んだ。
「ガッ……! ハァ……」
肺が酸素を求め、むせる。何事かと思い振り返ると、雷廉の手首を闘鬼が絞めていた。
「無事か?」
無表情で闘鬼が問う。
「とう……ッ……さん……?」
「俺はお前の父親じゃない」
「すみ…ま……せん……」
苦笑しながら呼吸を整えていると、雷廉が闘鬼の腕を振り切った。
右手首を抑え、苦悶の表情で闘鬼を睨む。
「何故だ!? お前は屋上へ向かったはずだろう!? それからどうやって湊の『唄』から振り切った!?」
「そう……ですよ……どうなってここまで来ることが……?」
青い顔をしながら真紅が問う。その問いに、闘鬼はため息をついてから答えた。
「簡単なことだ……人魚の『唄』は人魚の声が持つ特有の周波数が反響して敵や味方の位置を探るというものだ。応用すれば味方との交信が可能……そうだろう?」
「だが! それを知っていたところでどうやって破ったというのだ!?」
雷廉が叫ぶように言った。
「わからないのか? 『唄』は、確かに優れているが、所詮は音の波だ。その波を乱せば交信は届かんだろう?」
「闘鬼さん……それって……ソニックブームを起こして音の波を掻き消したってこと……ですか?」
ああ、と頷いて答える。
「馬鹿な! 仮に可能だとしてもこの場所までの移動は不可能…」
「いや可能だ」
闘鬼が雷廉の言葉を遮り、即答する。
「何故なら……俺が本気を出したからな」
「理由になってませんよ闘鬼さん!」
「やかましい」
一瞬だけ真紅を睨み、すぐに視線を雷廉に向けて続ける。
「武藤・雷廉……なかなか愉しめた。そろそろ終わりにしよう」
「吐かせ!!」
闘鬼の言葉に激怒し、雷廉は力を解放する。
完全に変化した姿を見て闘鬼が呟いた。
「ほう……名は体を表すとはこの事だな……雷神とはおもしろい。だが……」
雷廉の姿は、髪が白く逆立ち、目は白眼になり、身体には青い雷を纏っている。
「武藤・雷廉……いざ参る!」
雷廉が構えると、闘鬼は利き手である左手を上に挙げた。
「せっかく変身してもらったところで悪いんだが……時間がない」
言って、左手を鞭のように振り下ろす。瞬間、バンッ!、という音を立てて大気が震え、空気の塊が雷廉の身体を打つ。
「な!?」
雷廉の身体が吹っ飛び、コンクリートの壁に激突した。
「……これで『唄』を掻き消したんですか?」
呆然とした顔で真紅が問う。
「そうだ……だが今はそんな事より、魔衣と辰希はどうなっている?」
「は、はい! 今調べます!」
真紅は端末の操作をし、二人の居場所を探った。
三階。
「やりますね〜蕨さん……」
魔衣は左腕をぶら下げ、額に汗を浮かべながら目の前にいる長身の女子生徒、蕨・水瀬を見る。
「魔衣ちゃんこそやるじゃないの〜、アタシの関節技から逃れるなんてさ」
魔衣の言葉に水瀬は笑みを見せる。
「左腕と引き換えですけどね……」
苦笑しながら答える。
(まずいですね〜まさかさっきの地震の間に……関節を外されるとは……正直ピンチです〜)
「さてと……そろそろ終わらせないとやばいのよね〜。こっちの小隊の一人がやられちゃったから……そっちも数を合わせてもらわないとね〜」
水瀬は口元に笑みを作る。
「目が笑ってませんよ蕨さん!」
「気にしない気にしない〜! さ……もっとその関節を触らせてもらいましょうか!」
瞬間、水瀬が跳び、魔衣の真上に移動する。
「倒すんじゃないんですか!?」
回れ右をしてから全力で走る。
「連れないわね〜、逃げない逃げない〜」
着地をしてから魔衣を追う。
(とりあえず……この外れた関節をどうにかしないと……)力の入らない左腕をぶら下げながら走っていると、
「魔衣ちゃ〜ん! 逃〜げな〜い〜で〜! 優しく外してあげるからぁ!」
水瀬が猫撫で声で言った。
「嫌ですよ! だって蕨さん……手つきがやらしいですし!」
振り向かず、前だけを見て走る。
「やらしい!? アタシにとってそれは褒め言葉よ〜! さぁ! おとなしくその体を触らせなさい!」
水瀬は速度を上げる。
「エロオヤジですかあなたは!?」
速度を上げようとした瞬間、瓦礫に足を取られ、転倒した。
「痛ッ!?」
「チャ〜ンス!」
水瀬が俯せに倒れた魔衣の上に乗り、右腕の袖を捲くる。
「いいわ〜! この細い腕……どこにあんな力があんのかしら〜?」
「ちょっ! 困りますよ!」
魔衣がもがくが、水瀬は片手で押さえ付ける。
「ヌフフフ〜さぁ! お待ちかねの関節技よ〜!」
魔衣の右肩の関節を掴む。
「よっこいしょ……と……はい外れた〜」
「あれ〜? 力が入らない?」
力を込めるが、右腕は動かない。
「じゃ次、脚いってみよか〜」
服の上から魔衣の左太股を掴む。
「これ以上外されるのは勘弁ですよ〜!」
「はいはい、動かない動かない!」
水瀬が関節を外そうとした瞬間、壁が崩壊し、壁から出て来た何かに水瀬が弾き飛ばされた。
「まさか……闘鬼さん?」
瓦礫とともに、フラッグを持った三嶋がはい出て来た。
「はっは……なかなか荒っぽいフライトでしたね〜」
「む……申し訳ない……先生……」
三嶋に続いて瓦礫の下から龍の姿をした辰希が現れた。
「いえいえ大丈夫ですよ。海東君」
「む……それならよかった……む? 魔衣か……どうやら無事のようだな……それより何故……吉○新喜劇のような転び方をしている……?」
魔衣は体を起こし、ため息をついてから答える。
「いや〜、別になんでもないです……あ、そうだ辰希君! 関節をはめ治すことってできますか?」
「む…できるが……たぶん痛いぞ?」
「お願いします〜!」
両腕をぶら下げたまま辰希に近寄る。
「む…わかった……」
辰希が魔衣の右肩と左肩を掴むと、ゴキッ!という音を立てて関節がはまった。
「痛い!? ……けど……助かりました〜! これでまともに戦えますよ〜」
両腕を回して関節がはまったことを確かめる。
「いたたたたた〜」
少し離れた場所から水瀬が現れた。
「誰よ〜? 人の愉しみ邪魔する奴はっと……おろ? このサラッサラな金髪はもしや……」
瓦礫を押し退け、金髪の女子生徒、佐熊・詞凶が現れた。
「あっぶね〜あれはやばかったな……ん? なんだ水瀬、居たのか?」
「姐御ぉ!!」
水瀬が詞凶に飛び付いた。
「おわっ!? 何ふざけてやがる水瀬!! 離れろタコ!」
詞凶は水瀬を蹴り飛ばして起き上がり、辰希を見て言った。
「さぁ仕切直しだ! 海東・辰希!」
詞凶の肌が黒ずみ、瞳が血のような赤に染まった。
「行くぜ!」
詞凶の姿が視界から消えた。
「む!」
辰希は咄嗟に三嶋を抱え、翼で身体を覆う。真上に詞凶が現れ、踵落としを放つ。
「ちぃ!」
だが辰希の翼に、踵落としが弾かれた。
「水瀬! お前も手伝え!」
瓦礫の下から再び水瀬が現れた。
「アイアイサー!」
「蕨さん! あなたの相手は私ですよ!」
魔衣が水瀬の前に出た。
「愛してる!? アタシもよ!」
「誰もそんなこと言ってません!」
「冗談なんだから流さないと駄目でしょ〜?」
「あ、すみません……」
「姐御はもうおっぱじめてるし……こっちも始めますか〜」
言った瞬間、牙と蝙蝠のような翼が生えた。
「さて……魔衣ちゃんの血は……何味かな?」
翼を広げ、魔衣を見据える。
「そうかんたんには吸わせませんよ」
魔衣の額から一本の角が生え、同時に牙と翼が生えた。
「ほんじゃま……やりますか!」
水瀬が言った瞬間、二人が飛んだ。