第五話:軽罰
「あっはっは〜すみませんでした〜! 闘鬼さん〜」
魔衣は保健室のベッドの上で笑う。
「…………はぁ……」
闘鬼はため息をつき、呆れたように魔衣を見ていた。
「こ、殺されるかと思いました……」
真紅が震えながらベッドでうずくまる。
「いや〜、ど〜もですね〜柔道着着るとスイッチが切り替わっちゃうんですよ〜」
「む……次からは気をつけてくれ………」
辰希が目を覚まし、青い顔で言った。
「なははは〜」
三人の冷めた視線を魔衣は笑ってごまかす。
「俺がいたからよかったものの……辰希の言うよう、次からは気をつけろ」
再びため息をつく。
「教室に戻るぞ」
「あれ? もう柔道はしないんですか?」
「お前とは二度とやらん」
「む…同感だ……」
「右に同じです……」
三人は同時にため息をつき、保健室のドアに向かった。
ガラガラっと音を立ててドアが開くと、三人がドアの前で固まる。
「あれ? どうしたんですか〜?」
魔衣が闘鬼の脇からドアの外を覗き込む。するとドアの前で鬼のような形相をした昴が立っていた。
「よぉ……第五小隊のみんな……」
昴が低い声を発しながら4人を見る。
「ど、どうしたんですか? 先生?」
真紅が恐る恐る尋ねると昴はわざと牙を見せながら答える。
「いやな……保険医の死上先生から連絡があって……うちのクラスの生徒三人が気絶して、この第二体育館の保健室に運ばれたって聞いたんだが……まさかまさかとは思ったけど……やっぱりお前達だとはな……」
はぁ…、と深くため息をつくと同時に三時間目の終わりのチャイムが鳴り響いた。
「お前ら……昼飯食ったら生徒指導部まで来い!」
それだけ告げると昴は去って行った。
「怒られるんですかね?」
魔衣が苦笑しながら闘鬼を見る。
「さぁな……」
「入学二日目でいきなり指導が入るなんて……」
真紅は両手を床についてうなだれて、
「む……真紅……落ち込むな……とりあえず昼飯を食って元気だせ……」
辰希はうなだれて起きない真紅を担ぐ。
「賛成です! 食堂行きましょう! 早くしないと人気メニューの天丼が売り切れますよ!」
「何故人気メニューが天丼なんだ?」
「昨日闘鬼さんから貰ったレポートの資料に書いてありました!」
そう言って魔衣は胴着を着たまま走り出した。
「あの馬鹿……辰希、追いかけるぞ」
「む……了解した……」
傭専学校の授業時間は午前三時間、午後三時間の計六時間になっている。三時間目と四時間目の間に一時間の昼休みがある。昼休みの間に生徒達は昼食を取ったり、図書館で読書をしたり、体育館でスポーツをする。その昼休みに、生徒たちが集まり、一つの戦場となる場所がある。その名は食堂。生徒たちでごった返す食堂に、闘鬼達四人がいた。
「やばいですよ闘鬼さん! 早くしないと天丼の整理券がなくなってしまいます!」
「なら飛び込め」
「わかりました!」
魔衣は人混みの中へ飛び込んだ。
「本気にするとは……あいつ馬鹿か? っと……ついでに俺達三人の分も整理券も取ってこい」
「わかりました! 闘鬼さん達は何を食べるんです?」
人混みを掻き分け、魔衣はどんどん整理券売場まで進む。
「笊蕎麦、大盛りだ」
「む……俺は狐うどん……」
「僕はサンドイッチで」
三人が言い終わると魔衣が手を挙げて返事をした。その手には四枚の整理券が握られていた。
5分後、
「いっただっきま〜す!」
魔衣は両手を合わせてから箸を持って丼を一気に掻き込む。
「魔衣さん……みっともないですよ? 一応女の子なんですし……」
真紅はサンドイッチをかじりながら魔衣の食事風景を眺める。
「ほれほぉいひぃふぇすほ!」
「……飲み込んでから喋れ」
闘鬼は蕎麦をすすりながら魔衣の頭を軽く小突く。
「ふぁ! ゴホッ……ゴホッ! いや〜すみませんでした〜、闘鬼さん〜! これ美味しくて美味しくて……って……た、辰希君! なんですかそれは!?」
魔衣が、うどんをすする辰希の丼を指差した。
「む……どうした?」
辰希は不思議そうに魔衣を見る。
「辰希……さん? それ……入れすぎじゃない……すか?」
真紅も辰希の左手に持つものを指差した。左手には七味唐辛子の瓶が握られ、丼には、うどんが唐辛子で赤く染まっている。
「辛くないんですか!? って言うより狐うどんに恨みでもあるんですか!?」
「む……別に辛くもないし恨みもない……むしろ好物だ……」
「嘘ですよ! 絶対辛いはずですって!!」
「……辛くないが……?」
「おかしいです! どう見ても辛いはずです!」
辰希は普通にうどんを食べ続ける。
「どうなってるんですか!? 辰希君の舌は!?」
「どうでもいいから早く食え、生徒指導部に行くぞ」
闘鬼はいつの間にか片付けを済ませて茶をすすっていた。
「は! 忘れてました! 急いで食べないと!」
10分後、職員室の隣に位置する生徒指導部の前に、四人が気をつけをして立っている。
「暗部、鬼神、海東、獅士、入れ……」
教室の中から昴の力無い声が聞こえた。ドアを開け、中に入ると昴が両腕を組んで立っている。険しい表情で四人を見て、口を開いた。
「あのな……先生がこの学校に赴任してから三年経つんだけど……前の生徒は一年から三年まで面倒見て……そいつらは結構おとなしくて苦労しなかったんだよ……でもお前ら……特に鬼神! 初日のあれと今日のあれ、喧嘩吹っ掛けられてイラついたのは分かるんだけどさ、あの場に先生いたじゃん? だから任せとけばよかったのにお前は……この学校の事調べたから知ってるはずだろ?校則第一条、生徒同士での争いは演習以外禁ずるって……」
ため息をついて闘鬼を見る。
「それから暗部……体育館の監視カメラを再生したら……元凶お前じゃん? 暴走しちゃ駄目だろ? 校則の第十二条に書いてあったろ?」
「あはは! ――すみません……」
魔衣は苦笑しながら頭を下げる。それを見た昴が二度目のため息をついたあと、真紅が恐る恐る手を挙げて尋ねた。
「あの……僕らの処罰ってどうなるんですか先生?」
「本当は暗部と鬼神が処罰受けるだけなんだが……お前達同じ小隊だから連帯責任ってことになるんだけど……」
「ぼ、僕らも巻き添えですか!?」
「まぁ最後まで聞け獅士、校長が鬼神、暗部の二人が起こした問題をチャラにしてやるってよ」
その言葉に魔衣と真紅が手を挙げて喜んぶ。
「ホントですか!?」
「ただし! 条件があるそうだ」
「条件?」
昴は頷いてから答える。
「来月にある全科対抗の学年演習で優勝して、最優秀小隊賞をとればチャラだとさ〜」
昴は苦笑しながら言った。
「学年演習?」
闘鬼の問いに真紅が答える。
「学年演習と言うのはA科、K科、T科、Y科のすべての学科の対抗試合です。簡単に言えば過激な運動会みたいなものですね」
「む……優勝できなかったらどうなるんだ…先生?」
「校内のトイレ掃除一ヶ月、それと何個か単位落とす」
ニカっと牙を見せて笑った。
「これで話は終わりだ。もうすぐ授業が始まるから、教室に戻ってろ」
四人が教室を出ると、昴はため息をつき椅子に座る。スーツの内ポケットからタバコを取り出して火を点けた。
「これでいいんですよね、校長?」
顔を天井に向けて問う。
「ええ、上出来ですよ大神先生」
天井裏から低い声が返ってきた。
「……禁煙してたんじゃないんですか?」
昴はタバコを吹かしながらだるそうに答える。
「三日でやめました〜――つーか、普通なら注意で済むことを……またこんな回りくどいことして……」
苦笑混じりの言葉が返ってくる。
「すみません……こうでもしなきゃ彼、きっと対抗演習で本気出さないでしょ? 知りたいんですよ〜世界で五指に入る兵、鬼神・神鬼の次男坊……鬼神・闘鬼の力をね」
今度は嬉しそうな笑い声が響き、昴はため息をつく。
「……去年、鬼神・戦鬼の力を見たときもそんな感じでしたよね校長?」
「ムフフ〜、戦鬼君の技は一種の芸術でしたからね〜。今年も楽しみなんですよ〜! 噂によると、闘鬼君は絶対的な力で他を殲滅すると聞きましたから本当に楽しみですよ〜」
校長の笑い声に呆れながら、昴はタバコを灰皿に押しつけた。
四時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。その音をうっとうしく感じながら、闘鬼は机の上に突っ伏している。そんな闘鬼の髪をつつきながら魔衣が言った。
「どうしましょうか闘鬼さ〜ん、トイレ掃除一ヶ月ですよ?」
「そうだな」
「そんな人事みたいに言って〜、やる気出さないとやばいですよ? 辰希君もそう思いますよね?」
辰希は無言で頷く。
「真紅君もそう思いますよね〜?」
真紅は俯いたまま、単位…単位…単位が落ちるなんて……、と呟いている。
「ほら! 辰希君も真紅君もやる気出してるんですし闘鬼さんもやる気出してくださいよ〜」
髪の毛を引っ張りながら魔衣が言う。
「わかっている……だから髪から手を離せ」
顔を上げて魔衣を睨むと、ちょうど教室のドアが開き、迷彩服を着た昴が入ってきた。
「午後の授業だ〜。これから学校の敷地内にある演習ドームに行って小隊対抗の演習をする。演習の内容はあっちで説明するからついて来いよ〜」
ドームに到着すると、闘鬼達は更衣室でロッカーに入っていた迷彩服に着替えてから、ドーム内へ集合する。ドームの中には白と黒の三階建ての建物が二つあり、白い建物の玄関前に昴と白髪の老教師と若い女教師が立っている。昴が点呼をとったあと、演習の説明を始めた。
「よし、みんな集まったな〜。これから小隊対抗の演習、第一から第五小隊の総当たり戦を行う。ルールは一方がオフェンス、もう一方がディフェンス、オフェンスはこの建物に侵入し、制限時間20分の間にこちらの三嶋先生と雪村先生が持っているフラッグを取る。ディフェンスはオフェンス側にフラッグを取られないように二階のVIPルームにいる先生を警護すること、それから、これは可能ならいいけど、オフェンス側を全滅させることだ。そうそう、ディフェンス側は建物の中の監視カメラや赤外線センサー等の防犯設備をフル活用していいからな。オフェンス側は支給される建物設計図を見て、正面からぶち破るもよし、影からこっそり奪うのもよし、セキュリティを乗っ取って有利にことを運ぶともよし、まぁ平たく言えばなんでもありだな。無線を使って上手く連携しろよ! あと最後に、三嶋先生と雪村先生は力を使わないし、ただの人の役だからしっかり守らないとすぐにフラッグ取られるからな〜しっかり守れよ! じゃあ質問ある人挙手!」
闘鬼が手を挙げた。
「ディフェンス側の勝利条件ですけど……全滅させると言うのは、気絶させるってことでいいんですか?それから建物の中、少し壊しても問題ありませんよね?」
「壊すって……まぁ、概ねそれでいいけど、やり過ぎんなよ? ほかに質問は?」
昴が見回すが、手を挙げる者はいない。それを見て昴は頷き、穴が空いた箱を取り出した。
「よし、じゃあ始めるぞ〜! 第一試合は、と……」
箱の穴に手を突っ込み、数字のついたカラーボールを四つ取り出した。
「白い建物の方は第三、第五小隊! 黒い建物の方は第一、第二小隊! オフェンスは……第一、第五小隊、ディフェンスは第二、第三小隊だ! 第二、第三小隊は二階のVIPルームで待機、開始の合図が鳴ったら始めろよ〜」
昴が言い終わると、第二小隊と第三小隊のメンバーがそれぞれ建物の中へ入った。
「私ドキドキしますよ〜闘鬼さんはどうですか?」
魔衣は嬉しそうに柔軟体操をして闘鬼を見る。
「別に、緊張などしていないが? そんなことより真紅、始まったらすぐに最短の侵入ルートを割り出せ」
闘鬼は建物の設計図を真紅に渡してから言った。真紅は頷き、軍服のポケットから携帯端末を取り出して、設計図を端末に入力する。
「よ〜し第三小隊の連中の準備が出来たぞ。ブザーが鳴ったら侵入を開始しろ」
昴が言い終わった瞬間、開始のブザーが鳴り響いた。