第三十六話 制圧
Hブロック 食堂
本来なら囚人達が毎日の食事を取る場所である食堂。だが今は鉛玉が飛び交う戦場と化していた。
「こちらHブロック!武装した囚人達が多過ぎて抑え切れない!早く応援を頼む!」
拳銃を構えた三人の看守がテーブルを倒して盾にしながら無線に向かって怒鳴り散らす。
『もうすぐ応援が到着する。それまでなんとしてでも耐えるんだ!』
通信が切れると看守達は噴き出す大量の汗を拭う事もせず、震える手で銃を握る。
「…さっきから同じことばっかりじゃねーか!」
「もう駄目だ…ライフルもショットガンも奴らの手にあるんだ…勝てるわけない」
テーブル越しに銃を構えるが囚人側の銃撃が激しく、撃つ事すらままならない。
「クソ!これはハリウッド映画じゃないんだぞ…こんな状況で耐えられるかよ!」
次第に三人の顔が絶望に染まってゆく。
「もう嫌だ…俺は逃げる!」
一人の看守の男がテーブルを飛び出して走り出す。しかし飛び出した瞬間、男の頭がトマトが潰れたかのように吹っ飛ばされた。 血飛沫と肉片が壁と床を赤色に染め上げる。
「馬鹿野郎…!」
「もう駄目だ…俺達も死ぬんだ…」
残った二人は恐怖に震え、涙を流しながら震える手で銃を強く握りしめる。
諦めかけたその時。食堂の壁が突き破られた。
「え…?」
突き破られたのは囚人達と反対側、看守達がいる場所の近くの壁だった。
囚人が破壊したのかと思ったが違う。この刑務所には手榴弾などの爆発物は無い。
では一体何なのかと、思考するより先に答が現れた。
「スーパースター俺登場!」
壁の外から現れたのは三つの人影だった。
一人は褐色の肌を持つスキンヘッドの青年。
一人は茶色がかった短髪の青年。
一人は色素の薄い肌に美しい黒髪を持つ少女。
三人はいずれも黒い軍服を着た姿だった。
「目立ってたか?」
「目立ってる目立ってる」
「馬鹿な事やってないでさっさと片付けるわよ…霊、孤狛」
「おうよ!蹴散らすぜアリス!」
同時に三人が前に出る。
「なんだコイツら!?」
「構うな殺せ!」
銃口が看守から三人に移る。
「ざっと見で20人弱…降伏する奴以外は殺して構わない」
アリスは弾丸を避けつつ、距離を詰めると真上に跳躍。身体を捻らせて弾丸を避け、着地と同時に腰のホルスターから二丁の拳銃を引き抜きトリガーを絞る。弾丸は囚人の足を撃ち抜いた。アリスはそれを確認する事なく次の標的に銃口を向け、トリガーを絞る。弾丸は二人の囚人の腹と肩を撃ち貫く。
「やるな、俺も気張るかね〜」
孤狛は青い文字で書かれた札を二枚、懐から取り出すとそれを投擲。
「青龍・攻式一ノ型『刀』」
孤狛が言葉を発すると二枚の札が青く光り、二体の刀を持った青い鎧武者が現れた。
「行け」
孤狛が囚人達を指差すと鎧武者は刀を振りかざして突撃する。
「なんだありゃあ!?」
囚人達は鎧武者に銃撃するが弾丸は鎧武者の身体に弾かれる。同時に鎧武者の斬撃が囚人の身体を袈裟懸けに切り裂いた。
「がっ!?」
鎧武者は一人を斬ると次々と標的を変えて切り捨てて行く。
「お前ら俺を差し置いて目立ちやがって!うらやましいぞコノヤロウ!」
笑いながら霊は片手に持ったグレネードランチャーを構え、撃つ。
爆音と同時に壁が爆ぜ、瓦礫が煙幕のように食堂を包む。
「うお!すげぇ!さすがターミネーターでシュワちゃんが使っただけあるな」
霊は子供のようにはしゃぎながらランチャーに弾を装填する。
「コラ霊、あんまり派手に殺さないの!掃除が面倒になるでしょうが」
煙幕の中からアリスが怒鳴る。
「わりぃわりぃ、次から気をつける」
そう言いつつ、霊はトリガーを絞る。爆発音が響き血飛沫と血煙が舞った。
Jブロック 特別房
此処は数多くいる囚人達の中でも二種類の囚人が収容される。一つは更正の余地が無い程の犯罪を犯した囚人、もう一つは精神異常を持つ囚人だ。
「めんどくさいわね〜薬のやり過ぎで頭のおかしい連中の区画担当なんて、ツイてないわ〜」
そんな事を呟きながら、水瀬は自分の足元に転がっている干からびた死体を椅子がわりにして呟く。
その死体は水瀬が味見と称して吸血したもので、どれもが木乃伊という無残なすがただった。
「水瀬殿、休んでないで働いてください」
水瀬から少し離れた場所では青い炎が囚人を一瞬で塵に変えていた。その火元は長い黒髪の青年、緋炎だ。緋炎は己に襲い掛かる囚人には瞬く間に塵に変え、逃げ惑う囚人には下手に逃げ回らせないように火傷程度の炎であぶっていた。
「そうだぞ水瀬、お前が始末したのは足元の補給用の二体だけだろう?」
緋炎の隣でリーゼントの青年、雷廉が両手に纏った雷で椅子や鉄パイプを持って襲い掛かる囚人に雷撃を当てて黒焦げにしていく。
「お前達がクソ真面目過ぎるだけだぜ」
くくっ、と詞凶は低い声で笑う。
「あのさ、もう此処は制圧完了なんじゃないの?その辺に倒れてるのは全部命ごいした奴らだけなんだしさ。次のブロックに行かない?」
水瀬がそう切り出した時、突然地響きが走った。
「なんだ?」
「まさか…また闘鬼殿が派手に暴れ回っているのでは…」
『ち、違うよ!お、鬼神君はちゃんと仕事してる…』
突然四人の頭の中におどおどとした声が響く。
「お〜ミナっち、じゃあこの地響きは何よ?」
水瀬が問うと頭の中で響く湊の声は少し戸惑いながらも、ゆっくりと答える。
『ごめんね…よくわからない。で、でも凄く大きい、人じゃないみたい…今皆がいるブロックに居る。え…?何!?ダメ逃げて!』
湊が叫び終わるより早く、四人の視線は同じモノを見ていた。
「グルルル…」
四人の視線の先には3メートル程の大きさの人型が立っていた。
「なんだこれ?」
「異種族…か?」
最初に目に入ったのはその異常な大きさと黒い肌だった。
次に目に入ったのは腕と足だ。その腕や足の筋肉の太さが半端ではなかった。手足が丸太ではないかと見間違うような人間離れした筋肉、目は焦点が合っておらず両目とも別々の方向を見つめている。
「チッ…お前ら…一瞬たりとも気を抜くんじゃねーぞ!」
詞凶は叫ぶと額にだらだらと汗を流し、低い姿勢で構える。その顔には薄く笑みを作っていた。
「姐御!あれ知ってるの!?」
死体に腰かけていた水瀬が慌てて立ち上がり、目の前の人型を見据えて構える。
「ヤロウ…完全に理性を野性に食われてやがる…」
「どういう事ですか?」
「狂人族ってのはもともと暴走しやすい種族だ。けど暴走する時、必ず理性が野性にストッパーをかけている。だがやつは…ストッパーをぶち壊してるってことだよ…」
「よくわかんないけど、つまり…ヤバイって事でOK?」
水瀬が確認するように詞凶を見ると、詞凶は人型から目を逸らさずに首だけを動かして返事をする。
「理性を失った暴走は際限無く強くなっていく…奴が暴走してどれくらい時間が経ったか知らねぇが…あの様子じゃあ俺達四人より強いのは確実だ」
「では、四人が連携しなければ倒せない…という事ですね?姐御」
「ああ…そういう事だ。雷廉」
詞凶はそう言って力を解放する。
「タイマンが好きな姐御がそこまで言うんだから…アタシ達も本気出さないとね」
詞凶に続き三人も力を解放すると、それまで別々の場所を見ていた人型の目が四人を捉えた。
「来るぞ!」
Kブロック 医務室
『皆さん、そのドアの先に囚人7人が医者と看護師4人を人質に取っています』
「わかりました…人質の命を優先しつつ囚人を皆殺しにします」
医務室に入る為のドア、その前で魔衣達第五小隊は突入の機会を伺っていた。
『ではもう一度、突入の流れを確認しますよ。僕が中の照明を落とします。最初に辰希さんが突入して囚人の牽制。次に魔衣さんが囚人を撃破、龍鬼さんは魔衣さんの援護です。中に窓は無いので結構暗くなりますが、皆さんなら大丈夫でしょう』
魔衣は目を閉じ、真紅の言葉を聞きながら頭の中でシュミレートを繰り返す。十分にシュミレートするとゆっくり目を開き、集中する。
「…何時でも行けます」
「む…俺もだ」
「では始めましょうか、真紅さん」
『わかりました。カウント入ります…3…2…1…ゼロ』
室内の照明が消え、中から動揺の声が響くと先頭の辰希が勢いよくドア蹴破り三人が一斉に突入する。
「な…ガッ!?」
一人の囚人が気づくが、その時には魔衣がライフルのトリガーを絞っていた。
銃声が響き敵の頭が吹っ飛ぶ。人質達の悲鳴が響くが、魔衣はそれを気に留めず次の標的の頭と腹を撃ち抜く。
(二人…あと五人)
僅かに力を解放し、吸血鬼の目で暗闇を見渡す。頭を抱え伏せているのが人質、立って慌ただしく辺りを見回しているのが囚人だと魔衣の目は捉え、確認より早くトリガーを絞る。三度銃声が響き、弾丸は囚人の頭と腹を穿つ。すかさず次の標的を探すと残っていたのは一人だけだった。
(ラスト…)
最後の一人を照準に捉えてトリガーを絞る。が、その男は弾丸を避けた。偶然かと思ったが違う、男は明らかに反応して避けていた。
(異種族ですか!?)
気が付いた時には既に距離を詰められていた。
上段の蹴り、魔衣は咄嗟に両腕を交差してガード姿勢を取る。直後両腕に重い衝撃が走り、身体が大きく吹っ飛ぶ。
「ッ…?」
壁に身体がたたき付けられる。油断したと魔衣は奥歯をかみ締める。
目の前を睨むと男はすでに拳を堅め追撃を放とうとしていた。
「魔衣…!」
咄嗟に辰希が拳銃を構え、棒立ちになっている男を撃つ。が、男は弾丸を平手で弾き飛ばし、標的を辰希に変えて目の前に跳躍する。
「クッ!」
瞬間的に力を解放し全身を甲殻で被う。
しかし男は辰希の懐に入り、龍人の弱点である顎に掌低を打ち込んだ。
「!?」
脳が揺さ振られ意識が遠退く。だがなんとか歯を食いしばり男を睨む。
「耐えたか…だがこれはどうだ?」
男が拳を作り辰希の腹を目掛け放つ。拳が辰希に着弾する寸前、男の視界が揺いだ。
(何…?)
何が起こったのか理解できないまま、気がついた時には身体が床に倒れていた。瞬時に身体を起こして体制を立て直すと、暗闇だった部屋に明かりが灯る。顔を上げて前を見ると目の前に藍色の髪を伸ばした女が立っていた。
「調子に乗りすぎですよ」
声が聞こえたと同時に脳天に衝撃が走る。
身体がのけ反るが奥歯を食いしばり、なんとか踏み止まる。
「チッ…!」
男は体勢を立て直し、力を解放すると2メートル程の熊の姿に変身した。
「貴様が…調子に乗るな!」
前に一歩踏み出た瞬間、後頭部に鈍器で殴られたような衝撃が走った。バランスが崩れて身体が前のめりに倒れるかとおもいきや、頭を捕まれ持ち上げられる。
「嘗めるなよ…熊風情が…」
頭の後ろで女の声が聞こえた。目の前にいる藍色の髪の女ではなく、先程自分が蹴り飛ばした女だと気づくと身体は既に投げ飛ばされて、棚に激突。棚のガラス、薬品が入った瓶が頭に降り懸かる。それを振り払って投げ飛ばされた方向を睨むと、蝙蝠のような羽を持った悪魔がこちらを見下していた。
「さぁ…第二ラウンドですよ?」
魔衣はいつものような口調ではなく、ゆっくりと殺気を込めた口調で告げる。
「嘗めやがって…クソガキぃ!」
男は近くにあった机を魔衣に向かって投擲、同時に投げた机の影に隠れて自らも跳躍する。
「おい」
突然背後から声が聞こえた。刹那、勢いが殺され、左胸に激痛が走る。
「は…?」
首だけを動かして下を向くと、左胸が杭のような腕に貫かれていた。その腕の先、掌の上に赤い血に塗れた心臓が握られている。
「ガハッ…!」
男の胸を貫いたのは龍人の腕、すなわち先ほど倒したはずの辰希のものだった。
「…忘れていたか?俺の存在を…」
辰希はそう呟くと、心臓を握り潰し、腕を引き抜く。
男の身体から力が消え、ゆっくりと倒れる。辰希は倒れ行く男の姿をただ見下ろしながら血に塗れた腕を振って血を掃う。
「辰希君〜いいとこ取りですか?私が殺そうと思っていたのに…」
不気味な程恐ろしい笑顔を振り撒きながら魔衣が言った。
「む…すまない…背後ががら空きだったものだから…」
辰希は申し訳なそうに頭を下げると魔衣は苦笑する。
「ま、いいですよ〜次の獲物が来ましたから…」
そう言って魔衣はドアを見据えた。
「ほぅ…私に気づいていたか、さすがは半田を殺せる程の者達だ…まさか子供とは思わなかったがな」ドアの前に壮年の男が立っていた。
「どうでもいいから…さっさと掛かって来たらどうですか?」
そう言って魔衣は男に向かって中指を立てる。
「ずいぶんと威勢のいいお嬢さんだ…いいだろう。この私、阿木・烏哭が相手をしよう…」
男は笑みを見せると、一気に前へと踏み込んだ。