第三十五話 暴動
六月
学年対抗演習が終わると、分家との小規模な戦闘以外に特に目立った事もなく一ヶ月が経過していた。
同時に監視役と接触してからも一ヶ月経過していたが、こちらも目立った事はなく、闘鬼の日常に変化はない。変わった事と言えば闘鬼を護る護衛が増え、監視役からは監視の目が強くなっているという事だけだった。
(この一ヶ月、奴は姿を見せていない…その間に修練を重ねたが一ヶ月では余り効果は無い、さてどうしたものか)
手の平を見つめ、ぼんやりと屋上の空を眺める。
「コラー何サボってるんですか闘鬼さん!?」
声と共に背後から何かが飛んで来たので、反射的に避けてから飛んで来たものを確認する。
(タワシ…?)
後ろを振り向くと、そこには男物のカッターシャツを着たポニーテールの少女が立っていた。
「なんだ魔衣か」
闘鬼は魔衣の姿を確認すると欠伸をかきながら視線を外に戻す。
「なんだとはなんですか!ってゆうか掃除サボんないでくださいよ!」
「サボる?俺の担当分はさっき終わらせたが?」
「そんな筈ないですよ!だってまだ30分しか立ってませんから闘鬼さん嘘つきです!」
やや怒り気味に魔衣が言うと、闘鬼はため息をつく。
「30分もあればトイレ掃除くらい終わる…お前は何をやっていたんだ?」
「ずっと髪の毛弄ってました!」
えっへん!と付け足して魔衣は誇らしげに答える。
「阿呆…お前がサボってるんじゃないか」
「う…でもこんな事になったのは全部闘鬼さんのせいですよ!闘鬼さんが演習試合の二日目と最終日に手を抜くから…MVPとかその他諸々な賞とか、ぜーんぶ戦鬼さんに掻っ攫われちゃったじゃないですか!」
「MVPに慣れなかったのは、お前が暴走したせいで俺達が失格になったからだろう?」
「うう…そうかもしれませんが!」
「かもしれないじゃなくて、そうなんだ。三日目など対戦相手と審判員を間違えて半殺しにたのは誰だ?お前だろう」
そこまで言うと魔衣が小さく縮こまる。
「ううう…そうですよ〜ぜーんぶ私が悪いんですよ〜だ…」
体育座りになり顔を伏せて更に縮こまる。それを見て闘鬼は縮こまった魔衣の頭をポンポン、と軽く叩き、こう告げた。
「だが誰にでもこういう事はある…次からは気をつければいい。だから起きろ馬鹿」
「闘鬼さん…」
顔を上げて闘鬼の目をしばらく見つめると、魔衣は嬉しそうに笑顔を見せた。
「そうですよね!暴走した私を止められなかった闘鬼さんにも責任はあるわけですから、私は全然悪くないんですよね!だから全部闘鬼さんが悪いって事で!」
グッと拳を握り、魔衣は立ち上がる。
「どうやったらそんな答えが導き出されるんだお前の頭は?」
「よっしゃあ!なんかやる気出て来ましたよ!じゃ、私先に行ってますから。闘鬼さんも実習に遅れないでくださいね!」
そう言うと魔衣は駆け足で屋上から去っていった。
「やれやれ、あの馬鹿は…」
傭専学校ヘリポート
鬼神グループ製兵員輸送ヘリ、その前で迷彩服を着た女教師、大神・昴が立っていた。
「うっし、全員集まったな!今日の実習はとある刑務所で起こった暴動の鎮圧だ。刑務所に居るのは全員が死刑囚か終身刑くらった奴らだから、抵抗するようなら皆殺しにしても構わないらしい。あ、殺すのは一応警告した後でな。じゃあいくぜ野郎共!!」
昴が拳を振り上げる。
「(なぁ…昴先生やたらと気合い入ってないか?)」
「(そう言われればそのような気が…一体どうしたのでしょうか?)」
「(緋炎、お前はまだいなかった時の事なんだが先生がな、前の実習の時に鬼頭・マキって女に不意打ちとはいえ一撃でやられちまったんだよ。だから汚名返上したいんだと思うぜ)」
「(なるほど…ご愁傷様だな)」
「(先生殿…なんてかわいそうな…)」
「野乃代、名波、鬼火。マイナス2…と」
「「「ひどい!」」」
「よーし、第一、第三、第五小隊は先生のヘリに、第二、第四小隊は三島先生のヘリに乗り込め!出発だ!」
号令と共に生徒達がヘリに乗り込む。
「暴動って、プリズン〇レイクみたいな刑務所が日本にあったんですね〜どれくらい強い人達がいるんでしょうか闘鬼さん?」
ヘリの中で魔衣がライフルのマガジンに弾丸を込めながら問う。
「たいしたことのない連中がぶち込まれる刑務所は世界中にある。今行く所もその一つだろう。仮に異種族がいたとしても雑魚だけだ。お前達でも倒せるくらいのな」
闘鬼はナイフを研ぎながらつまらなそうに答える。
「じゃあこの前の人達より手応えがないって事ですか〜残念ですよ〜試したい事があったのに…」
魔衣は頬を膨らませて不機嫌そうな表情になりながら弾の込め終わったマガジンをライフルに装填する。
「まぁいいじゃないですか二人とも、今日は早く帰れそうですし」
「む…そうだ…楽な事に変わりはない…」
「でもやり甲斐がないですよ〜」
相変わらず不機嫌な魔衣の頭を闘鬼は軽く叩く。
「それなら俺と賭けをするか?何人狩れるか…ってな」
すると魔衣は不機嫌な表情から一転していつもの無邪気な笑顔を取り戻した。
「いいですねそれ!やりましょう!じゃあ負けた方は勝った方の言うことを聞くって事で…あだッ!?」
魔衣の頭に闘鬼の手刀が当たる。
「阿呆、冗談に決まっているだろう。ゴミクズだろうが命だ。遊びに使うな馬鹿者」
「うう…せっかく冗談に乗っただけなのに〜」
「…辰希さん…僕今、この二人が物凄く恐いです…」
「む…俺もだ…」
「よし皆、無駄話は終わりだ。今からブリーフィングを始めるぞ〜」
昴が両手を叩き、皆の注目を集める。
「刑務所の中にいる囚人の数は約500。そのうち房の外で暴動を起こしているのが70ちょいだ。看守の数は34人、全員拳銃で武装しているけど一部の武器を囚人に奪われたらしく押されている。今は死者は出てないけど、たぶん出るだろうな。だから迅速に事を運ぶんだ。それから完全に抵抗の意思がない囚人には手を出すな、それ以外は好きにしろ。以上ブリーフィング終了!」
数分後、実習場となる刑務所に到着するとそこから先は真紅、湊、乙音の探知係三人をヘリに残し、各々がナノマシン通信で連絡を取り合いながら別行動となった。
実習場となる刑務所の外観は真上から見ると正六角形の形をしており、内部はA〜Mの12のブロックに別れている。各小隊に二つのブロックが割り振られ、制圧した小隊から中央のMブロックに集合。というのが実習の流れだ。
「やれやれ…俺一人だけで二つのブロック、それも一番異種族が多く収容されたC、Dブロックを制圧とは、先生も人使いが荒い」
闘鬼は刀身が黒いナイフを左手で器用に弄びながら先を進む。
『仕方ないですよ。闘鬼さんの戦闘能力は断トツですから』無線の先で真紅が苦笑する。
「断トツ、か…俺の力など中途半端なものだ…そう思うだろう真紅?」
自嘲気味に苦笑を漏らしながら問い掛けると、真紅は笑って答える。
『そんな事ありませよ。闘鬼さんは十分過ぎるほど強いです…っと、その先10メートルの突き当たりを右に折れると人間の囚人が四人います。あ〜やばいですね、看守を一人リンチしてるみたいですよ』
「了解」
真紅が言い終わる前に闘鬼は既に走り出していた。一気に突き当たりを曲がると目の前に囚人服を着た男四人が鉄パイプや角材などで看守を容赦なく袋だたきにしていた。
「いつもいつも偉っそうにしやがってよぉ、何様のつもりだ?このクソ野郎!」
一人の男が看守の頭を蹴り飛ばす。
「いい恰好だなクズ」
「た…助け…くれ」
「聞こえねぇんだよクソが!」
一人の大柄の男が腹を蹴ると、看守は血へどを吐き、床を這うように逃げる。
「ど〜こ行くんだ…よッ!」
別の囚人が看守の胸倉を掴み投げ飛ばす。体が吹っ飛び、壁に叩きつけられる寸前、闘鬼は片手で看守を受け止めた。
「休んでいろ」
そう告げて看守を背後に置き、四人を見据える。睨むのではなく、見下すように
「なんだぁてめぇは?」
「俺達のお楽しみを邪魔すんじゃねーよガキがぁ!!」
鉄パイプを持った男が前に出ると同時に闘鬼の頭部を目掛け、パイプをフルスイングする。
「クズが…」
闘鬼はあっさりと片手で鉄パイプを受け止め、そのまま投げ捨てるように男を壁に叩き衝けた。
「ガッ!?」
骨が砕ける音が響き、男の体が壁に減り込む。
「大人しく檻の中に戻るなら見逃してやる。だが…」
「野郎!やりやがったな!!」
大柄の男が拳を振りかぶり、渾身のストレートを放つ。が、闘鬼は男の拳を正面から掴み、受け止める。
「なッ!?」
信じられない、とでも言っているかのように男は口を開いたまま呆然と己の拳を見る。
自分よりも二回りも小さい青年に、全力で放った拳を受け止められている。更に力を込めて押しても引いてもびくともしない。目の前の青年は無表情でこちらを見ているだけだ。
「このッ…!クソガキッ…!」
「人の話は最後まで聞け、クズ」
闘鬼は受け止めた手に軽く力を込めて男の拳を握り潰した。
「グギヤァァァァ!?」
拳の骨が砕かれ、砕けた骨が皮膚を突き破る。
「抵抗するなら殺す。分かったか?」
握り潰した拳を軽く捩る。すると男の腕がありえない方向に曲がった。
「アァァァァ!?う、腕…俺の…俺の腕がァァァァ!?」
大柄の男は叫びながら激痛に耐え切れずに気絶した。
「チッ…本当に分かったのか?」
舌打ちを尽きながら、大柄の男を無造作に投げ捨て、視線を残った二人の男に向ける。
「う…あ…」
「に、逃げろぉぉ!」
男達は持っていた角材を捨てて一目散に逃げ出した。
「…何処に行くつもりだ?クズ共…」
跳躍し、男二人の目の前に着地する。
「ひぃ!?」
「あ…あ…」
腰が抜け、床にへたりこみ、体に力が入らない。恐ろしさで口が閉口したまま動かず、呼吸もままならない。
「寝ていろ…」
闘鬼は二人の顔面に拳を打ち込むと、二人は力無く倒れた。それを確認すると闘鬼は倒れた看守の元へ歩み寄る。
「あ、アンタは…?」
殴られ、体中血だらけになった看守が掠れた声を絞り出して問い掛ける。
「俺は傭専学校の生徒、この刑務所で起こった暴動の鎮圧に来た」
「そうか…アンタ達が署長の言っていた…救援か…た、助かった」
看守はふらつきながら身体を起こし、壁に寄り掛かって身体を支える。
「知っている情報を全て教えろ」
「…暴動の主犯は阿木・烏哭…奴が囚人達を先導して暴動を起こしたんだ…奴は囚人を解放しながらセキュリティシステムがあるLブロックに向かっている…途中、人質にした看守から無線機を奪いやがった…そのせいでこっちの動きが全部筒抜けで…畜生!」
看守の男は奥歯を噛み締め、拳を壁に叩きつける。
「わかった。貴様は何処か安全な場所に隠れていろ。それから…」
腰のホルスターから拳銃を取り出し、看守に渡す。
「気休めだが、持っていた方がいい」
「すまない…アンタ、気をつけろよ。阿木は奇妙な力を持っている…ぞっとしたよ…人が…人が勝手に切り刻まれていくんだ…あれはこの世の者じゃない…バケモノだ…」
看守は怯えるように身体を震わせて告げると、闘鬼は口元を歪ませ笑う。
「それがどうした?俺もバケモノだ」
刑務所の屋上、更正施設があるGブロックのちょうど真上。そこに黒スーツにゴルフバックを背負った老人と、同じく黒スーツに赤髪の野球帽を被った少女がいた。
「さて、闘鬼に気づかれないようワシ等も行くか」
老人が言うと少女はどこからか取り出したスケッチブックに《うむ》と文字を書いて返事をする。
「中にいる囚人は極力殺しちゃいかんぞ?それから軍服を着たお兄ちゃんお姉ちゃんは絶対殺しちゃいかん。わかったか?あと本来の目的じゃが−」
《わかっている。この二人を捕らえればいいのだろう?》
少女がポケットから写真を二枚取り出して老人に見せる。
「よし、そこまでわかっておるならよい。それでは此処から先は別行動じゃ。死にそうになったら駆け付けてやるから、それまでは何があろうと自分でなんとかするんじゃぞ?真那鬼」
《愚問だな…ジジ殿》
少女が笑うと二人は同時に姿を消した。