第三十二話 決着
「勝っ…た…?」
今まで呼吸をしていなかったのかと思うほど呼吸が荒い、肺が酸素を求める。
「首輪を…」
ライフルをその場に捨て、腰のホルスターから拳銃を引き抜くと、闘鬼の近くまで歩み寄り銃口を首輪に向ける。
闘鬼は動かない、痛みで気絶したのか、倒れた時に頭でも打ったのか…それとも麻酔が効いたのか…だがそんなことはどうでもいい。
…コイツの首輪を壊せば戦局はこちらに傾く
「所詮…『最強』は『無敵』ではないということか…」
短く笑い、トリガーを絞る。同時に一発の銃声が響き、首輪が砕ける。
「時間は少ないが後はどうとでもなる…鬼神が消えたのだからな」
拳銃をホルスターに戻して呟くと。
「それはどうでしょうかね〜」
直後、背後から声が聞こえた。
「誰だ?」
振り向くと銃を引き抜き、声の聞こえた方向へ向ける。背後には気絶した二人の男子生徒の首輪を掴んだ悪魔が立っていた。額に角を持ち、背には蝙蝠のような翼が生え、口元には鋭い犬歯が覗いている。その悪魔は女子生徒だった。
「私は闘鬼さんと同じ小隊員の暗部です〜」
女子生徒は笑って言う。
「暗部・魔衣…か。確か貴様は入試の暗殺者候補の中でトップの成績だったな…で、その暗部がなんの用だ?」
十二郎の問い掛けに魔衣は笑う。
「ちょっと近くまで来たんで闘鬼さんの様子を見に来ただけですよ〜別に貴方に用はありません〜」
「そうか、だが俺は貴様に用がある。貴様の分のポイントを貰うぞ…」
銃口を魔衣の首輪へ向けたまま、トリガーに指を掛ける。
「私と戦うつもりですか?嫌ですよ〜貴方は闘鬼さんの獲物ですから〜」
「何を言っている?鬼神は俺が倒した」
十二郎が怪訝な表情をすると、魔衣は両手に提げた男子生徒の首輪を握り潰す。同時に魔衣と十二郎の首輪から機械音声が流れた。
『Y科、暗部選手。A科、澤村選手、凪選手を撃破。2ポイント取得』
「影城さん、首輪を壊したら全員の首輪に音声が流れるってこと忘れてません?」
「それがどうした?」
「闘鬼さんを倒した時、同じように流れましたか?」
魔衣の言葉に、十二郎は思い返す。
確かに首輪を撃ち抜いた…だが首輪からあの機械音声は流れたか?
そういえば
鬼神を倒したということに気を取られて確認を怠っていた…!?
十二郎は急いで倒れている闘鬼へ視線を移す。と、そこには血のように赤い液体で小さな水溜まりが出来ていた。そしてその水溜まりの上に文字が書かれた札が一枚浮いている。
「分身…だと!?」
「惜しいけど違いますよ〜それは式神です〜」
「式神?」
十二郎の問いに魔衣は笑顔のまま答える。
「はい〜式神っていうのは、私のクラスにいる妖孤族の孤狛君が作った物で〜分身より精巧な本人の分身って物だそうです。それを作るにはまず孤狛君がそこに浮いてるお札に妖力を込めて闘鬼さんの情報、つまり血液ですね〜。この二つを合わせることでもう一人の闘鬼さんを作った訳ですよ〜」
でもですね、と魔衣は苦笑して札を指差す。
「あれでもう一人の闘鬼さんを作ったはいいんですけど、オリジナルの闘鬼さんのスペックが高すぎてですね〜式神じゃあ最大で闘鬼さんの『解放前』の出力で七割までしか再現出来なかったんですよ。それに、孤狛君も演習用に妖力を残さないといけませんから実際は五割弱出てるか出てないかですね〜」
「なッ…」
十二郎は絶句した。
…あれで五割、それも解放前の状態でだと!?
「信じられないかもしれませんが事実です〜闘鬼さん無茶苦茶ですから」
「…奴が化け物なのは理解した…だが解せない事が二つある。まず一つ、何故こんな回りくどい真似をした?もう一つ、いつ入れ代わった?」
「回りくどい真似した理由はですね、闘鬼さんの言葉をそのまま言いますと「コイツとやり合うときっと面白いだろう…そうすると俺は暴走する。だから式神にやらせる」だそうです」
面白いと暴走?どういう事だ?と十二郎は再び問い掛ける。
「ちょっと前に聞いたんですけど、闘鬼さんは闘いが面白ければ面白ほど、愉しければ愉しいほど、アドレナリンが過剰分泌されるらしいんですよ。なんでそうなるかは闘鬼さんが《遊鬼》と呼ばれる種類の鬼だからです。それで闘ってる最中に理性がぶっ飛んじゃて暴走するらしいです。で、影城さんと闘うとそういう事になるって言ってました。闘鬼さん、貴方のデータを見てかなり評価してましたからね〜」
魔衣は複雑な表情で答え、俯く。
「何故俺と闘うとそうなる。Y科には俺より実力が上の奴がいるはずだが?」
「確かに貴方より能力の高い人はいます。でもクラスでの演習試合で面白い闘いはあったらしいですけど、どれも暴走するには程遠いって言ってました」
「なら何故?」
「貴方の経歴を見て、確信したそうです。貴方は必ず闘鬼さんを本気にさせる、と」
説明になっていない、と十二郎が語気を強くして問う。すると目の前に立っている魔衣の後ろから紅髪の男子生徒が現れた。
「Bランク17人、Aランク4人、Sランク1人…お前が暗殺した戦犯だ。たいした能力を持たず、銃器と擬態だけで上級戦犯を仕留めた。更に式神とは言え俺自身も…それだけの腕を持つお前は十分俺を本気にさせるだろう?」
「鬼神!?」
十二郎は銃口を魔衣から闘鬼に移す。それと同時に闘鬼がアサルトライフルを片手で構え、銃口を十二郎に合わせる。
「それは…!」
先程、己が仕掛けたライフルだと気づくのに時間はかからなかった。
「お前のライフルだ。弾丸は麻酔針、一発当たればアフリカ象すら確実に眠らせられる代物だな。この周囲一帯、至る所に同じ弾丸を装填した銃が散らばっていた。リロードの隙がなかったり、突然後ろから撃たれたのはこういう事か…全ての銃の配置を覚え、一度撃つ事に移動を繰り返す。弾がなくなれば既に装填してある別の銃で即座に撃つ」
闘鬼は苦笑して続ける。
「それにしても、よくもまぁ念入りに仕掛けたものだ…式神じゃなく、おそらく俺自身でも一発は喰らっていたろう…っと、話が逸れたな。次に移ろう。お前が知りたいのは俺がいつ入れ代わったったのか、だったな?入れ代わったのはお前が武藤とやり合っている時。本当は最初から入れ代わるつもりだったが思いの外お前の監視が厳しくてな、そのために霧谷、十亀を離れた場所に配置して演習場全域に『唄』のジャミングを仕掛けると同時に、全員の座標を特定させた。しかしどういう訳かお前には『唄』の効果がなかったらしい。そのせいで時間はかかったが真紅にお前の座標を特定させる事になった。特定した後すぐに武藤をぶつけ、俺は身を隠し、同時に全員の居場所も割れたから奇襲をかけさせてもらった。あとの事は今の通りだ」
闘鬼が言い終わると、十二郎は諦めたように深く息を吐く。それから鋭い目で闘鬼を睨んだ。
「…長い説明ご苦労だったな、鬼神」
同時に拳銃のトリガーを引き絞る。それを最初から分かっていたように闘鬼は即座に反応、ライフルのトリガーを引き絞った。
銃声が響き渡り、銃口から弾丸がフルオートで発射される。弾丸は一瞬で数メートルの距離を飛来し着弾、身体中に衝撃が走る。
「…クソ…」
弾丸の麻酔が身体を蝕むように感覚が無くなって、視界が霞んでいく。突然目の前が青と緑の二色に染まった。それが自分が倒れたということだと、気づく事に幾分か時間がかかった。
目の前に人影が現れた。視界が霞んでいるが、それが鬼神だと理解した。霞む視界の中でも紅髪がやけに目立つ。
「……」
鬼神の口元が僅かに動いているようだ、何かを言っているらしい。
途絶えかけた聴覚でなんとか聞き取る。
「今度は最初から、本気でやろう…影城・十二郎」
十二郎は微かに笑うと、口だけを動かして答える。
願い下げだ… 鬼神・闘鬼
返答を聞くと闘鬼は薄く笑い、ライフルの銃口を首輪に向け、トリガーを引き絞った。
『Y科、鬼神選手。A科、影城選手を撃破。影城選手が7ポイントを所持していたため、鬼神選手へ移行。よって鬼神選手、8ポイント取得』
闘鬼はライフルを放り捨て、首の関節を鳴らして息を吐く。
「ようやく厄介な奴が片付いたか…」
「これでA科の三強さんの内、二人倒したって事ですね〜残りは辰希君が戦ってる一人ですけど〜」
「そういえば辰希の奴、孤狛の救援に行ってから大分経つが…そんなに苦戦しているのか?」
闘鬼が不思議そうな顔をすると魔衣は苦笑する。
「闘鬼さん基準で見ちゃダメですよ〜ああ見えてあのおバカさん(角田)は暗殺科の入試で一応四番の実力者なんですから」
「あの雑魚が?」
「だから闘鬼さん基準で見ちゃダメですってば…」
『Y科、鬼神選手。A科、影城選手を撃破。影城選手が7ポイントを所持していたため、鬼神選手へ移行。よって鬼神選手、8ポイント取得』
首輪から音声が流れる。
それは主力が倒れたということ、戦局が大きく敵側へ傾いたという二つを告げていた。
「あの馬鹿野郎…鬼神の相手は俺がするって言ったのに、勝手に仕掛けて勝手にやられやがって…」
青い甲殻を持つ龍人、角田は舌打ちをして空を見上げる。
「む…よそ見をする暇があるのか?」
辰希は右肩をだらんと下げた、低い独特な姿勢で構えている。
「馬鹿がよ…んなこと言う暇がありゃ、てめぇから仕掛けろ…よ!」
角田が前に出た。鉄槌のような甲殻の拳を振り上げ、辰希の脳天へ振り下ろす。辰希は下げた右肩を地面をえぐるような動作で振り上げ、アッパーを放つ。
拳と拳が激突、それと同時に何かが割れる音が響く。
割れたのは甲殻の破片だった。二人の拳を覆う甲殻が砕ける。二人は拳を引き、もう片方の拳を放つ。
「ちぇあ!!」
「むぅん!!」
また激突、砕ける。
二人ともほぼ同じタイミングで拳を引く。角田は右上段の回し蹴りを、辰希も同じ右上段の回し蹴りを放つ。激突、臑の甲殻が砕け、剥がれ落ちる。
「むん!!」
「うぉ!?」
辰希の足刀が角田を押し切り角田の胸部甲殻を砕くと、そのまま吹っ飛ばした。
角田の身体が辺りの木々を巻き込みながらダウンする。
「む…」
辰希は己の拳を覆う、砕けた甲殻を見る。砕けた甲殻は次々と剥がれ落ちて、その上を新しい甲殻が覆う。
龍人特有の再生能力だ。戦闘中に甲殻が損傷しやすい龍人族は鮫の歯が一瞬で生え変わるように、砕けた場所から新しい甲殻が覆う。が、それも無限ではない。
「あと三…いや二撃…」
甲殻の再生には回数制限がある。翼龍種と甲殻種のハーフである辰希は一度の戦闘で約十回、甲殻を再生することが可能だが、純血の甲殻種の龍人はその三倍から四倍の再生が可能。よって打撃の打ち合いでは、ハーフの辰希が純血甲殻種の角田と闘うには相性が悪い。今は押していても持久戦に持ち込まれればジリ貧になるのは辰希だ。
「二撃…それで決着をつけねば…」
甲殻が完全に再生したことを確認すると、辰希は角田が飛んだ方向を見据える。刹那、目の前に角田の姿があった。
「よそ見してんじゃねー!」
角田の拳が辰希の胸部甲殻に突き刺さる。
「…!」
甲殻が砕ける。同時に辰希の身体がくの字に曲がる。
「馬鹿な…まだ完全に再生しきっていないはず…!?」
「あめぇな。俺達甲殻種は再生回数を短くすることと引き換えに、再生速度を上げる事ができんだよ!」
マズイ…
辰希は直感的に悟る。残りの再生回数は一、相手には余裕がある。こちらに余裕はない。
「仕方がない…!」
ならば取るべき道はただひとつ。
辰希は突き刺さった角田の拳を掴み、翼を広げそのまま真上に飛翔。すさまじい速度で高度を上げ、上昇。
「何しやがる!?」
角田は拳を引き離そうと力を込めるが上から辰希の甲殻が砕けた部分と角田の拳を覆うように同時に固定して引き抜く事が出来ない。
「む…悪いが道連れだ…」
勝てないのならばせめて、と辰希はそう判断した。
「あぁ?道連れだ…とぉぉぉ!?」
高度は5000フィート、そこから真っ逆さまに二人の龍人が落下する。
辰希は落下の速度に加えて自身の速度も上げる。
…双方とも甲殻種の龍人、この程度の高さから落ちたところで死にはしない…闘鬼の役に立てなかったのは残念だ…
辰希はそんな事を思った瞬間。地面が目と鼻の先までの距離になった。
『海東選手、角田選手。ダブルノックダウン。同時に試合終了。A科、0ポイント、Y科19ポイント。よって勝者、Y科』