第三十一話 狙撃手対最強
「それで、最後の一人はどんな奴だ?真紅」
「はい、この人はおそらくこの学校で唯一能力に頼らず強くなった人です。そして闘鬼さんを除けば一年生でもっとも思慮深く、もっとも合理的で、もっとも狡猾で、もっとも…強い」
「ほぅ…面白いな。ソイツの名はなんという?」
「影城・十二郎…狙撃手です」
御神木の枝の上、三つの人影があった。
一人は迷彩服を着、左手は腰のホルスターの拳銃に手をかけ、足元にはスナイパーライフルがある。
もう一人は迷彩服の背後三メートル程の場所に立ち、白髪のリーゼントに白眼、身体には雷を纏った男子生徒、雷廉。その左手には気絶した猿の男子生徒を掴んだまま迷彩を睨んでいる。
「お前が影城・十二郎か?」
雷廉は問い掛ける。左手に力を込め、感情を抑えるように問い掛ける。ミシミシと男子生徒の首輪に皹が入る。
「まさか、狩谷がやられるとは…少々誤算だな」
十二郎は雷廉の言葉を無視し、遠くを見つめる。
「もう一度聞く。お前が影城・十二郎だな?」
雷廉の再度の問い掛けに十二郎は、ああ、と短く返事をする。
「武藤・雷廉…か、どうやってここを突き止めた?人魚が使う唄用のジャミングは勿論、他にもいろいろと罠を仕掛けたはずなんだが…」
十二郎は振り向かず、背を向けたまま問い掛ける。
「こちらには霧谷、十亀の他に優秀な者がいる。戦力を二人に割きすぎたのは誤算だったな」
雷廉が答えると十二郎は、なるほど、と頷き今度は別の質問を投げかける。
「では、何故お前は一人で来た?俺の場所が分かったのなら、確実に仕留める為に何故仲間を連れて来なかった?」
十二郎の言葉に雷廉は鼻で笑う。
「余程の自信だな…影城。だがお前など、俺一人で十分だ!」
返答と同時に左手に掴んでいる男子生徒を投げ飛ばした。男子生徒の皹が入った首輪が壊れ、男子生徒が飛来、同時に雷廉は真上に跳ぶ。
十二郎は飛来する男子生徒を伏せて避け、振り向き様にホルスターから拳銃を引き抜き、撃つ。
銃声が二度響く。
「無駄だ!」雷廉は弾丸を拳でたたき落とすと、落下の勢いで踵落としを放つ。十二郎はバックステップで踵落としをかわし拳銃の照準を雷廉の首輪へ合わせ、トリガーを絞る。が、弾丸は雷廉の身体を逸れて後方の御神木の幹を穿つ。
何…?
十二郎は何事かと、思った刹那。突然身体が浮遊したかのような錯覚を覚える。
次の瞬間、巨大な御神木の枝と共に十二郎の身体が落下する。
なるほど、先程の攻撃は枝を折るためのものか…
頭上の雷廉は枝を蹴り真下へ跳躍、追撃する。
「馬鹿正直に突撃…まるで猪だな」
十二郎は落下しながら拳銃を構え、迎え撃つ。雷廉と十二郎の距離は約10メートル。音速を越えた弾丸は雷廉の首輪を目掛け数瞬で飛来する。
「無駄だ!」
雷廉は弾丸を避けた。身体を捻る事も、拳で弾く事もなく、左へ、スライドするように弾丸を避ける。
十二郎は続けざまにトリガーを絞る。だが雷廉は先程と同じように左右へスライドして弾丸をかわす。
「厄介だな…雷神の力というやつは」
そう呟いた瞬間、10メートルあった距離が一瞬にして詰められた。雷廉の手には硬くにぎりしめた拳がある。
「これは姐御の分だ…!」
雷廉の雷を纏った拳が振り下ろされる。
ゴッ!!
脳天にハンマーで殴られたような衝撃が走ると落下の速度が増し、地面と距離が一気に近まった。
「チッ…舐めるなよ…!」
地面に激突する寸前、瞬間的に力を解放、近くの木に飛び移って身を隠した。
「隠れたか?」
地面に着地すると、雷廉は辺りを見回す。
「厄介な場所に落としてしまったか…」
回りは木々に囲まれ、身を隠す場所に困らない。舌打ちをした瞬間、背後に気配が現れた。
「先程の礼だ、受け取れ!」
十二郎の手にはショットガンが握られている。
どうやって背後に…!?
警戒を解いてはいなかった。後ろを取られないよう、常に背後に気を配っていた。
だがそんなことよりも
奴が隠れてからほとんど経っていなというのに…!
雷廉がそう思った瞬間。十二郎は既にトリガーを絞っていた。
「ガァ!?」
背に衝撃が走り、呼吸が止まる。十二郎は容赦なく撃ち続ける。身体が衝撃で吹っ飛び、地面に倒れた。
「残念だったな武藤。御神木の上ならお前にも勝機はあっただろう」
首輪に銃口を向け、撃つ。
『Y科、影城選手。A科、武藤選手を撃破。武藤選手が2ポイントを所持していた為、影城選手に3ポイント移行。よってA科、7ポイント』
「あらら〜武藤君がやれちゃいましたよ〜闘鬼さん。マズイんじゃないですか?時間も押してますし〜」
魔衣が呑気に言うと、闘鬼は軽く頷く。
「心配はない、5分前に霧谷と十亀が合流した事で敵の正確な位置を掴んだ。それに真紅が割り出したデータと照らし合わせて相手の動きは完全に把握した。それと同時にこちら側の反撃は始まっている。奇襲する側が逆に奇襲されると言う訳だ。奴らの実力ならそろそろケリがついているだろう」
闘鬼が言い終わると、それを見計らったように首輪に機械音声が流れる。
『Y科、鬼上選手。A科、風間選手、間宮選手を撃破。Y科、盾守選手。A科立木選手を撃破。Y科、千馬選手。A科、西念選手を撃破。Y科、斑選手、A科、浅義選手を撃破…』
続々と寄せられる味方の勝利報告に闘鬼は微笑する。
「戦局はこちらに有利になった。俺達も仕掛けるぞ」
「はい〜!じゃあここからはバラバラに行きますか!」
「やられた…!」
十二郎は奥歯を噛み締め、爪が食い込む程拳をにぎりしめ、悔しみを抑える。
「クソッ!」
拳を木に打ち付ける。
「奴め…いつ俺の策を潰した…!?」
呼吸を調え、拳銃にマガジンを装填する。
「霧谷・湊、十亀・乙音以外に探知系統の能力者がいるとは…」
誤算だった…そう思った時
「真紅は能力者じゃない。ハッカーだ」
突然、背後から声が響く。
「誰だ!?」
十二郎が振り向くと、そこには紅髪の男子生徒が立っていた。
「鬼神…!」
闘鬼の姿を視認した瞬間、十二郎が拳銃のトリガーを絞る。
刹那、銃声が三度響く。
「おっと」
闘鬼は最小限の動作で弾丸をかわし、カウンターで腰のリボルバーを引き抜き撃つ。
一瞬で六度の銃声が響く。飛来する弾丸を十二郎は左に跳躍し木々の中へ飛び込んでかわす。するとそのまま姿を消した。
「完全に姿を消した…魔術か何かの類か?」
リボルバーに弾丸を装填すると、辺りを見回す。周囲に十二郎の姿は確認出来ない、気配もない。
逃げたのか…?
全身神経を集中、警戒を強める。瞬間、突然意識より先に身体が反応した。右前方から飛来する弾丸を回避する。的を逸れた弾丸は地面の土を穿った。
闘鬼は瞬時に弾丸が飛来した方向へ撃ち返す。が、今度は背後から弾丸が飛来した。
「!?」
一瞬動揺するが、咄嗟に拳で弾丸を弾き、振り向く動作と同時にトリガーを絞る。刹那、金属音が響く。
「クッ!」
弾丸がリボルバーに当たり、闘鬼の手から弾き落とされた。
「おもしろい…!」
口元に笑みがこぼれる。腰のホルスターから六角柱の鉄棒を取り、真下に振り下ろした。
カシャンカシャン!と音を立て、鉄棒が三倍の長さに伸びる。
演習場に無数にある木の中の一本、その枝の上、何も無い場所から空の薬莢が落ちる。同時に、何も無い場所から浮き出るように一つの人影が現れた。
全身が爬虫類のような緑がかった鱗に覆われ、両目は左右独立して動いている。
「勝機は万に一つ…だが勝てばこの劣勢を覆す事が出来、敵の士気が一気に下がる…か」
分の悪い賭けだ、と十二郎は笑う。
「まるで往生際の悪い馬鹿だ…」
弾丸を装填するとその場にライフルを置き、別の場所へ跳躍する。僅かでも勝機を上げるために
影城・十二郎はカメレオンの獣人としてこの世に生まれた。十二郎の家系は代々戦闘能力が低く、鬼、魔族、神族は勿論、同じ獣人でも戦闘・身体能力の低さは否めない。だが十二郎にはそれを補う武器がある。
擬態、だ。
周囲の環境と同化し、完全に気配を絶つ能力。その力は視覚で認識することはおろか、嗅覚で認識することも、赤外線で認識することすらできない。完全な擬態。
それに加え、自身の身体能力を高めるための訓練を積み重ねた。戦闘能力の低さをカバーするため、あらゆる銃器の扱いをマスターした。戦局を有利に運ぶため頭も使った。
そんな己のポテンシャルを120%引き出す戦法と策で数々の戦果を挙げ、格上の相手とも互角以上に渡り合い、勝利した。
だが今回はそうはいかないらしい、演習が始まってから細かく仕掛けた策は勿論、巨大な策、それらは全て十二郎の気づかぬ所で、始動する前に闘鬼によって打ち破られていた。味方の主力は次々と脱落してまともな戦力は僅か、残り時間も少ない。
これが任務なら十二郎は早々に放棄しているだろう。
だが今は、最強に勝てないことは分かっている。しかし、このままでは自分の策に乗った仲間達に合わせる顔がない。と、そう思っていた。
「俺にこんな感情があるとは…だが」
悪くない、その言葉を飲み込み、狙撃位置につくとライフルを構える。
対戦車ライフル、バレットM82A1
最大射程2000メートル。演習試合で許可された銃火器の中、単発で最大の威力を誇るライフル。その照準を『最強』の首へ合わせる。
「コイツなら『最強』を一発で仕留める事が可能だ…当たれば、な」
十二郎は周囲の景色と完全に同化する。気配は消え、姿を確認する事も出来なくなった。肩に小鳥が止まる。小鳥は気づかない、十二郎の肩を完全に木の枝と思い込んでいる。
十二郎はスコープに映る標的を見据え、狙いを定め、トリガーに指を掛ける。
喰らえ
十二郎が呼吸を止める。その刹那。
なっ…!?
スコープに映る標的がこちらを見て笑った。標的と十二郎の距離は約1400メートル。ここは木々が密集して視界が悪い上に十二郎は回りの景色と同化している。
見えるはずがない…!
そう、己に言い聞かせてトリガーを引き絞る。
ガウン!!
雷鳴のような銃声と共に弾丸が発射された。
弾丸は木々の隙間を、音速を越えた速度で飛来する。
ほんの数瞬で弾丸は着弾。十二郎はスコープ越しに標的の上半身がのけ反った事を視認する。
「当たった…のか?」
思わず口に出した瞬間、標的の上半身が起き上がり、こちらを見据えた。そして唾を吐き棄てるような動作で口から何かを吐き出す。
まさか…!
ありえない…そんな事がある訳が無い…だが予想は的中した。
歯で受け止めたというのか!?
まるで馬鹿げたアクション映画だと、十二郎は笑う。笑うしかない。
「化け物が…!」
照準は先程と同じ、もう一度トリガーを絞る。
今度は二連射、だが標的は左手の鉄棒で、弾丸を打ち返す。
標的が一歩踏み出した。二歩、三歩と速度が爆発的に上昇、真っ直ぐこちらに向かう。
「鬼神の100メートル、タイムは3秒13、障害物があるから約4秒として単純計算で56秒。それまでに当てれば俺にも勝機はある…」
十二郎はトリガーを絞る。弾丸を全て撃ち尽くす勢いで撃つ。
十二郎との距離が近づくに連れて弾丸の着弾が早くなるというのに、標的は次々と鉄棒で弾く。
「クソッ!」
闘鬼は健在、こちらとの距離は約70メートル。闘鬼にとっては2秒弱、一瞬で縮まる。
そこから先は瞬間移動のように、闘鬼が十二郎の懐に入った。
「ゲームオーバーだ。影城」
右手の鉄棒を突きの動作で真っ直ぐに放つ。
「まだだ!」
数センチ、紙一重と呼ぶに相応しい距離で十二郎が右にかわすと、バレットの銃口を闘鬼の腹に突き刺すように当てる。
「喰らえ!」
トリガーを絞り、銃声が轟く。が、闘鬼は咄嗟に銃身を蹴り上げた。弾丸が真上に逸れる。
この距離で!?
十二郎が驚くと、闘鬼の口元が僅かに歪む。
「バレットの装弾数は10発…今のでちょうど10発目。弾切れだな!」
闘鬼は突き出した鉄棒の柄を放し、そのまま手刀を作って首へと振り下ろす。
その刹那、十二郎が笑う。
「残念だったな、鬼神」
銃身が闘鬼の胸に当てられた。
先程撃ち尽くして残弾はゼロ、マガジンに弾丸は残っていない。
無駄な足掻きだ…と手刀を振り切る寸前、水月に衝撃が走った。
「…ッ!?」
闘鬼の身体が豪快に吹っ飛ぶ。
「なッ…!?」
何故、と言葉が続かない。その問い掛けに十二郎は答える。
「バレットの装弾数は確かに10だ。だが、あらかじめ弾丸を装填しておけば、装弾数は11となる。勝利を急ぎ過ぎたな…『最強』!!」
言い終わると同時に、闘鬼の身体が地に伏した。