第三十話 拮抗
「今の音、どうやら忠彦君が坊主頭君を仕留めたみたいだね…」
豹の姿の女子生徒は両手を組み、遠くを見据える。その口元には笑みが浮かんでいる。
「それはどうかしら?霊はしぶといから」
女子生徒から数メートル離れた地点。白虎の姿のアリスが微笑する。
「ふーん」
女子生徒は両手にナイフを逆手に持ち、だらんと腕を提げ、低い姿勢で構えると重心を読ませない独特の足運びで女子生徒は動いた。
(来た!)
アリスは身構える。
瞬間、視界から女子生徒が消えた。
「え…?」
気がつくと 真下に女子生徒のナイフが迫っていた。ナイフはアリスの首輪を性格に狙っている。
思考が一瞬停止する。が、咄嗟に身体が反応、後ろに跳躍してナイフをやり過ごす。
「よく避けたね。でも次はどうかな?」
女子生徒はまたも、アリスの目の前に一瞬で移動、ナイフで首輪を狙って一閃する。
アリスは首を引き、ナイフを交わして間合いを取る。女子生徒が何故一瞬で距離を詰めることができるのかを思考する。
「よく避けるね」
フフッと短く笑い、女子生徒は突然に動いた。
また…!?
先程から女子生徒はどちらの足にも重心を置いていない。アリスに重心を読ませないように踏み込まず、独特な歩法で動いている。
重心が分からない上に速度も追加しているから女子生徒が動いた時、アリスには一瞬で移動したように見えたのだと仮定した。
(それならカウンターで合わせる!)
集中して全神経を研ぎ澄ます。
相手の指先一つの動きを見逃す事なく見据える。
集中…集中…集中!!
おそらく決着はすぐにつくだろう…同じ『速度』を武器にした者同士。決まるのは次だと、アリスは思う。
女子生徒が動いた。
先程と違って、集中したおかげか女子生徒の動きを一瞬視覚が捉えた。
女子生徒が僅かに前に動くのを。
アリスはその一瞬を見逃さない。
カウンターの拳を構え、十二分に引き付ける。相手を確実に仕留めるためだ。ほんの一瞬、刹那の瞬間、拳を強くにぎりしめて力を込める。
女子生徒のナイフが間合いに入った。
…今!
アリスは拳を放つ、ナイフを持つ左腕と交差して、右拳の軌道は女子生徒の額へ一直線に飛ぶ。
激突する寸前、女子生徒は一瞬で首を左にずらし、拳を避けた。
…この距離で!?
それだけではない、女子生徒は左手に持ったナイフを手首のスナップで投擲。それがアリスの首輪へ飛ぶ。
避けなければ…
思考するより身体が勝手に反応する。
霊のおかげだ、とアリスは思った。霊と組み手をすると腕が多い分予期せぬ攻撃が度々ある。日頃からそういう攻撃を受けていたおかげで身体が勝手に反応してくれた。
左拳がナイフを弾き、空振りした右拳は手刀を作っている。
鋸のように引く動作で首輪を狙う。
女子生徒も右手に持ったナイフの切っ先を首輪をに向けている。
刺す
斬る
二つの動作が一瞬で交差した。
アリスは自分の首から首輪が外れる感覚を悟る。
ゴメン…負けたよ…
首輪から決着が流れる。
『A科、綾崎選手。Y科、時宮選手の首輪が同時に外れたため、両者をダブルノックダウンとします。よってA科3ポイント、Y科2ポイントに変化はありません』
相打ち…?
道連れに出来たのはよかったけど、やっぱり悔しいな…
そう思った瞬間にアリスの全身から力が抜け、元の姿に戻ると身体が前に倒れた。
目を開けると、視界がぼやけていた。目の前には黒い甲殻に身を覆われた忠彦が見下ろしている。自分は倒れているのだと認識するのに時間はかからなかった。
あ…やべぇ…
身体が動かない。指一本動かすこともできない。目の前には忠彦が霊の首輪に手を伸ばす。
「これで俺達のポイントが増えるか」
忠彦が首輪に手をかけた。
『A科、綾崎選手。Y科、時宮選手の首輪が同時に外れたため、両者をダブルノックダウンとします。よってA科3ポイント、Y科2ポイントに変化はありません』
霊、忠彦、双方の首輪から感情のこもっていない事務的な機械音声が響く。
アリスが相打ち…?あいつ…一人で無理しながって…コンビが欠けたら意味ねーだろうが
「リオンと相打ちとは…お前のパートナーは優秀なようだな」
だが、と付け足し忠彦は笑う。
「同じパートナーを持つ者同士でも、お前は失格だな。戦闘中動きに無駄が多い、ここぞというときに攻撃が大振りになる。そんな勝率を下げるような愚かなことをする奴は、典型的な目立ちたがりと相場が決まっている…そんな馬鹿は傭兵などには向かん。大人しく寝ていろ、三下が」
忠彦が首輪を引きちぎろうと手を引く。が、腕が動かない。
「何ッ…グァ!?」
突然首輪にかけた腕に激痛が走る。何事かと視線を腕に移すと霊の右手が忠彦の手首を掴んでいた。
「なッ!?どこにこんな力が!?」
「てめぇ…さっきから言いたい放題言いやがって…鬼神でもそこまでは言わねーぜ?」
どう動いたのか霊が垂直に立ち上がる。
「あんまり使いたくねーんだが…今回は特別に見せてやるよ…てめぇが三下って言った俺の力を!」
言い放つと同時に霊の姿が変化する。
皹が入った甲殻は急速に再生、より強靭に密度を増し、より攻撃的にまがまがしい姿になる。両肩からは更に一対の腕が現れた。
「久しぶりに使ってみるか!魔術をよぉ!」
忠彦は強引に霊の腕を引きはがし、距離を取る。
「魔術…だと?」
忠彦は怪訝な表情で問い掛けると、霊は笑う。六本の甲殻に覆われた腕を組みながら。
「なんだ知らねぇのか?どうして魔族が鬼や神族と並び、最強種と呼ばれるのか」
左右合わせ六本の手から六つの黒い球体が発生した。
「鬼は常識外れの戦闘能力を持つのは知っているだろ?対して俺達魔族や対極に位置する神族は特殊な力を持つことで…最強種って呼ばれるんだよ!」
言葉と同時に黒球を放った。
「クッ!」
忠彦は羽を広げ真上に飛び、黒球をかわす。
「よく、ゲームやアニメで魔法が出るだろ?あれは長ったらしく呪文やら詠唱やら唱えて魔法陣とか出して無駄に時間がかかるんだが、本物はそんな必要ねぇんだ。ただ、念じるだけ…例えばこんな感じにな!」
辺り一体に響くような声で告げ、六本の腕を照準を合わせるかのように空に浮かぶ忠彦へ掲げる。
「ウラァ!!」
黒いレーザーのような光が忠彦を目掛けて放たれた。
「馬鹿な…!?」
一瞬だった。放たれてから一秒も経たないまま、光が正確に忠彦の首輪を撃ち抜く。
「なぁ…三下に負けるってのはどんな気分だ?」
霊が笑うと同時に首輪から機械音声が響く。
『Y科、名波選手。A科、酒井選手を撃破。Y科、3ポイント取得』
呼吸が荒い、体力に問題は無いが精神的にきつくなってきたと緋炎は思う。
相性が悪い、自分の力は炎、それに対して相手の力は影から影に渡って移動する力だ。炎を出せば影ができる。その度に攻撃を避けられ、相手はやりたい放題攻撃を当ててくる。
当たってもほとんどダメージは無いし、弾く事はできるのだがこちらの攻撃がいつまで経っても当たらないのというのは流石に参る。
結構厳しいなぁ…
ため息をつきながらそんなことを思っていると、大鎌が緋炎の首を狙う。
緋炎は両手で大鎌を受け止めると、後方へ投げ飛ばす。が、命はすぐに緋炎の背後へ回り体勢を立て直している。
やっかいな…
影渡りとはその名の通り、影から影へ移動する死神が持つ特有の能力。
影さえあれば瞬間移動が可能なので、緋炎のような影を生み出す技を多様する者にとっては天敵となる。
『Y科、武藤選手。A科、早阪選手を撃破。Y科、合計3ポイント』
雷廉殿が勝ったか!ならば私も頑張らなければ!
味方が勝利したとの報告を受け、緋炎の士気が上がる。とその時、体内通信の回線が開いた。
『緋炎、いつまで遊んでいるつもりだ?早くケリを付けろ馬鹿野郎。反撃の準備は整っているんだぞ?』
「闘鬼殿!?こっちは相性の悪い死神と戦っているのですよ!もう少し時間がかかります!」
『うるさい黙れ馬鹿。頭を使え馬鹿野郎』
「ひどッ!!馬鹿って二回もいうことないでしょう!?」
『黙れ馬鹿、熱血馬鹿。頭を使えと言っただろう?ド馬鹿』
散々言うと闘鬼は通信を強引に切った。
「うわ〜闘鬼殿に六回も馬鹿って言われるとへこむ…」
結局何の用だったんだろう…と大きくため息をついてうなだれると背後に気配がした。
「随分と余裕だね!」
命が大鎌を振りかぶる。
「クッ!?炎槍・火柱!」
咄嗟にバックハンドで火炎の柱を放つ。火柱を背後に放った事で背後にあった己の影が前方に移る。それと同時に大鎌を振りかぶった状態の命が緋炎の目の前に現れる。
「君、おんなじ事ばっかりでよく飽きないね」
仮面の下で命が苦笑する。
「笑顔でそんな物振り回さないで下さい!」
命が振り下ろす大鎌を腕力で受け止め、緋炎は強引に奪い取った。
「こんな物振り回されると寿命が縮みます!」
「あッ…」
命が小さく悲鳴を上げる。そして、
「か…かえして…わたしの…ですさいず…!」
今にも泣き出しそうに顔を歪めて、子供のように命は叫んだ。
「かえしてぇ!!」
…なんかキャラ違う!?
呆然とする緋炎の手から命が弱々しい力で大鎌を奪い返す。それと同時に命が緋炎の背後に回った。
「殺してやるぅ!誰にも…親にさえも知られたことも見せたこともなかったのにぃ!君なんか殺してやるぅ!死んじゃえ!」
半泣きになりながら、命は大鎌を振り回す。
「ちょっ!落ち着いてください命殿!」
大鎌が緋炎の髪に掠る。すると黒い緋炎の髪が数本舞い落ちる。
「うわぁ!これゴムの刀身なのに髪が切れた!?」
慌てる緋炎をよそに、命は袈裟懸けに大鎌を振り下ろした。
演習着のジャケットが斜めに裂ける。
緋炎の顔から血の気が引き、背筋に冷たい物が流れた。
ヤバイ!
本能が危険と判断する中、とりあえず命を取り押さえようとするが全て影渡りでかわされる。
『おい緋炎』
必死に命の大鎌を避けていると、突然体内通信の回線が開いた。
空気読んでください!と思いながら答える。
「闘鬼殿!?今、命殿が錯乱してしまって取り押さえようにも、影渡りで逃げられるんで手が付けられないんです…って何ため息ついて勝手に通信切ろうとするんですかぁ!?」
馬鹿が…と嫌そうに闘鬼が答える。
『影渡りで逃げられるのなら、影を消せばいいだけだろうが?』
こんなことも分からんのか、と付け足して闘鬼は言う。
「影を消せと言われても一体どうすれ…」
『馬鹿が、影渡りの大半は視覚で認識した影、座標に自分の身体を移す移動術だ。蕨の話によるとその死神が霧谷を狙った時、お前は五光を放った。その時に死神の動きが止まった。という事はその死神の影渡りは視覚で座標を認識するものだろう。だから視覚を封じるために五光を放て。そうすれば一瞬でも隙が出来る』
緋炎の言葉を遮り、闘鬼は淡々と告げる。
「なるほど…」
『さっさとやれ馬鹿、クソ馬鹿、熱血馬鹿、ウルトラ馬鹿』
「本日だけで馬鹿10回ですか…」
闘鬼の言葉にため息をつきながら、緋炎は右手の五指に火球を作る。
「炎玉・五光!」
叫ぶと同時に放つ。
五つの火球が命の周囲に展開すると、一瞬で収縮し、強い光を放った。
「!?」
錯乱状態だった命の動きが止まる。
「今だ!」
緋炎は一瞬で命との距離を詰め、首輪を外す。
『Y科、鬼火選手。A科、狩谷選手を撃破。Y科、合計4ポイント』
「ふぅ…これで一安心だ」
緋炎が安堵のため息を漏らすと命ががくんと地面に膝をついた。
「死んでやる…」
「はい…?」
「あんな恥ずかしい姿を言い触らされるくらいなら死んでやるぅ!」
命が大鎌のグリップを外すと、ゴムではない研ぎ澄まされた刃が現れた。
隠し武器ですか!?
緋炎が驚いていると、命は刃を自分の喉元へ向けた。
「ストーップ!!」
反射的に身体が動く。
素手で握ってしまったせいか、緋炎の両手からポタポタと赤い血が滴り落ちる。
「ッ…大丈夫ですよ…命殿、自分は誰にも言い触らすなんて事はしませんから。安心してください」
両手の痛みを堪え、敵意のない笑顔で緋炎は告げる。
「ほんと…に?」
仮面がズレ落ち、命の表情があらわになる。髑髏の仮面の下は涙で溢れていた。
「はい。本当ですよ…」
優しく告げると命は張り詰めていた糸が切れたように緋炎にもたれ掛かった。
「あ…りがとう…」