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壊腕  作者: Oigami
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第二十九話 劣勢

演習場の中心地にある大木から東に離れた森の中から歌声が響き渡る。その歌声の中心にY科第三小隊はいた。

第三小隊は乙音を中心に三角形を描く布陣で周囲を警戒しており、乙音は両手を胸に当て、両目を閉じたまま唄う。

乙音は突然唄を止め、険しい表情で告げる。

「…第一小隊が襲撃されたっす!」

「ここまでは鬼神の予想した通りね…」

「畜生…流石は俺より目立ってるだけあってやりやがるな」

「目立ってるとか関係ねぇだろう…」

それより、と孤狛が付け足し言った。

「きやがったぜ…」

「こっちも確認したっす。数は5、接近中。あと10秒で接敵っす」

霊、アリス、孤狛の三人は乙音を背後に置き、力を解放する。

「3・2・1…ゼロ!来るっすよ!」

乙音の言葉と同時に、左右から二つの影が飛び掛かる。

「まずは」

「探知係を!」

大柄の男子生徒と小柄な女子生徒の二人が乙音の首輪を狙う。

「させるか!」

霊とアリスが男子生徒と女子生徒のナイフを受け止める。

「孤狛!乙音を連れて行け!」

「わかった!任せたぜ二人共!」

孤狛は乙音を抱き抱え、跳躍する。

「ちょっ!お姫様抱っこて!?」

「うるさい黙ってろ!」


「逃げられたか…」

「問題ないよ、あっちには角田がいる。僕達はこの二人をやるよ」

男子生徒は頷くと、二人の姿が変わる。

男子生徒の身体が黒い甲殻に覆われ、額からはある昆虫特有の角が生えた。女子生徒の頭からは猫のような耳が生え、黒い斑点が入った体毛が身体を覆い、豹の姿に変身した。

「豹と甲虫か」

「さっさと仕留めて孤狛を助けるわよ、霊」

「おう!」




孤狛は乙音を抱き抱えたまま森の中を駆け抜ける。先程から追ってが迫り来る。全力で走ってはいるものの、追い付かれるのは時間の問題だと孤狛は思う。

(このままだとギリギリ追い付かれてやられちまう…あと少しなんだが、しかたない!)

孤狛は立ち止まり乙音を下ろす。

「俺は足止めをする!乙音、お前は予定の場所まで走れ!」

「ちょっと!合流地点まであと少しなんすよ!?」

「あーうるせぇ!女は黙って先に行け!」

孤狛は分身を作り出し、分身に乙音を連れて先を進ませた。

「孤狛!!」

乙音は叫ぶがすぐに声は遠ざかっていった。





「行ったか…こんなのガラじゃねーけど!」

孤狛はホルスターからナイフと拳銃を取り出し、構える。同時に追って三人が現れた。

「角田、笠原、山上…誰かと思えば三馬鹿じゃねーか」

孤狛は一度深呼吸をすると、全身に力を込める。

「あぁ?誰が三馬鹿だコラァ!?」

「お、お前!ボコボコ!」

「ヒャッハ!狐うどんにして食っちまうぞ!」

三人が力を解放し、本来の姿に戻る。

(一番面倒なのは甲殻種の龍人、角田か…鳶とピラニアを先に仕留めねーとな)

孤狛は低い態勢で ナイフを構える。

「いっちょやるか!」

声と共に孤狛が駆け出した。




詞凶は辺りを見回す。自分を突き落とした本人はまた何処かに隠れたようだ。

「あのクソモグラが…」

詞凶は左手を軽く動かして動作を確認する。

「チッ…」

動きが鈍い。落下した直後、減速するために左手で崖を掴んだときに捻ったらしい。

詞凶はそう思いながら右手や足の動作を確認する。

異常はない、左手が動きづらい以外は問題無いだろう…

身体の動作確認を終了すると、詞凶は両目を閉じる。視覚を封じて聴覚、嗅覚をフルに活用し、敵を捜す。

「KILL!!」

背後から気配がすると、詞凶は目を閉じたまま反応、男子生徒の鳩尾に左拳を叩き込む。

「チッ!」

捻った左手で放ったため威力が低い。

「ヘイ!ユーなんだそのヘナチョコなパンチは?」

モグラの男子生徒は詞凶の拳を真正面から受けたがダメージは無い。

軽いフットワークで詞凶との間合いを取る。

「やはりレディーではミーの相手にはならんな…ミーの武をいかせん…だがこれも、ミスター影城のタクティクス!ミーはそれに従うまで!」

モグラは地面に両爪を刺し、土の中に潜る。

「なんだあの外人かぶれは…」

詞凶は苛立ちながら右拳を作り、襲撃に備える。

「ライトクロー!」

背後の地面に大穴が開き、そこからモグラが現れた。詞凶は咄嗟に反応し、左に跳ぶ、がそこにはモグラの左爪があった。

「なっ!?」詞凶は一瞬驚くが、左拳で左爪を弾くと、振り向く動作で右足刀を放つ。が、モグラは詞凶の右足刀に乗り、足場にして後ろに跳躍する。

モグラが着地すると詞凶は叫ぶ。

「てめぇライトったら右だろうが!なんで左なんだよ!?左はレフトだろうが!」

「ヘイユー!ミーの単純なブラフに引っ掛かるとは以外とおバカだね!やはり狂人族は脳みそまで筋肉でできているとはレアリーのようだ!」

モグラがげらげらと笑うと、詞凶の頭で何かが切れる音がした。

「てめぇ…調子に乗ってんじゃねーぞ」

詞凶の肌が黒く染まったと思うと、顔に白い線のような入れ墨が浮き出、瞳が血のように真っ赤に染まった。

「オラァ!」

咆哮すると同時に地を蹴る。一瞬でモグラとの距離を詰めると右拳をモグラの顔面に叩き込んだ。

「ホワッツ!?」

モグラが吹っ飛ぶ、詞凶はそれを逃さず追撃、右手でモグラの額を掴み、真下に叩きつける。地面に蜘蛛の巣状の地割れが入った。

「ちょっ!ユー!ストッ…!」ストップ、と続ける前に詞凶の左拳がモグラの顎を打つ。続けざまに右拳、左拳、右拳、左拳と繰り返される。

「調子こいてんじゃねーよモグラがぁ!」

詞凶がフィニッシュの踵落としを放った。

「ぐ…グゥレイト…」モグラが最後に親指をビシッ!と立てるとそのまま気絶した。

「あースッキリした!」

詞凶は満足気に笑うと、モグラの首についている首輪を外す。すると首輪からブザーが鳴り、無機質な機械音声が響く。

『Y科、佐熊・詞凶選手、A科、土井・三広(ドイ・ミツヒロ)選手を撃破、Y科1ポイント先取』

「なんだ、俺が最初かよ。他の奴らはまだか……それなら俺は少し休ませてもらうぜ…」

詞凶は息を荒げ、体力を回復させるために元の姿に戻る。

「流石にリミッター外すときちーな…」

その場に座り込んだ瞬間、銃声が響き渡った。

弾丸が詞凶の首輪を砕く。

「な…?」

詞凶は何が起こったのか理解できないまま自分の首輪が地に落ちる事をただ見つめる。

『A科、影城・十二郎(カゲシロ・トオジロウ)選手、Y科、佐熊・詞凶選手を撃破。佐熊選手が1ポイント先取していたため、佐熊選手のポイントを影城選手へ移行します。よってA科、2ポイント』

音声が終了すると詞凶は拳を地面に打ち付ける。

「ふざけんなよ…この俺が!!こんな…こんな簡単に終わるだと!?」

奥歯を噛み締めるが、悔しさが声となって咆哮する。

「チクショォォォ!!」





「まずは一人…か」

御神木の枝の上、スナイパーライフルを構えた影城が呟く。

「一人一殺、あまり有効な戦術ではないが…鬼神を避けるためには致し方ない」

影城は手動で次弾を装填するとライフルの銃口を別の方向に向ける。

「角田め…いつまで遊んでいるつもりだ?」




「マジかよ…!」

孤狛は木々の間に隠れながら三人に仕掛けては隠れる。を繰り返し、時間稼ぎという現状を維持していた。だがそれも限界に近い。

拳銃の弾丸は底を尽いた。更に戦闘能力の高い詞凶が負けたという嫌なニュースが孤狛の士気を下げてしまった。


他の連中は大丈夫なのか…己の分身は乙音を予定地に届けたのだろうか…

いろいろな事が頭を駆け巡る。

孤狛は木の根元に腰掛け深呼吸をする。

士気は下がっているが、自分のすべき行動はしなければならない。

孤狛のすべき事は一秒でも長く現状を維持すること…

『A科、影城選手、Y科、虎松選手を撃破、A科3ポイントです』

また味方がやられたという情報が首輪から発せられる。

「また一人か…!」

孤狛は舌打ちをしてナイフを構える。

「見つけたぜぇ!」

バキバキッ!と背後から木が折れる音が鳴り、青い甲殻の腕が孤狛を襲う。

孤狛は前方に跳躍、ナイフを背後の角田に向けて放つ。

「ナイフなんか効くか!」

角田はナイフを弾き、身体を半回転させ、鈍器のような尾で孤狛の脇腹を狙う。

「玄武・守式一ノ型『盾』!」

孤狛はホルスターから黒い梵字で書かれた札を取り出し叫ぶと黒い六角形の盾が現れ、角田の尾を防ぐ。

「チッ!面倒だなお前ら妖族はよ!」

「まかせなぁ角田!」

跳躍で角田との距離をとり、着地した瞬間。左右から笠原と山上が迫る。

「クッ…!白虎・攻式二ノ型『槍』!」

別のホルスターから白い梵字で書かれた札を二枚取り出し、叫ぶ。

すると槍を持った白い鎧武者が二体現れ、二人の攻撃を抑える。

「しゃらくせぇ!!」

「邪魔だぁ!」

笠原と山上は鎧武者を弾き飛ばし、孤狛に迫る。

(クソッ!分身に妖力を渡し過ぎたせいで密度が足りねぇ!)

「ヒャッハ!」

「残念だったなぁ!」

左右から二つの拳が迫り来る。

(クソッたれ!)

孤狛が諦めかけた瞬間、笠原と山上の頭が何かの手に捕まれ、勢いよく地面に叩き付けられた。

「な…?」

孤狛は呆然とその光景を見据える。

目の前には身体を甲殻に覆われ、一対の巨大な翼を持った龍人だった。


それは空から降ってきた。

落下の速度に己の体重を乗せ、敵の頭を掴み、たたき付ける。

笠原と山上は何が起こったのか理解する間もなく気絶し、降ってきたものに首輪を外される。

『Y科、海東選手。A科、笠原選手、山上選手を撃破、2ポイント取得』

「む…待たせたな孤狛…救援に来たぞ…」




爆砕音が響く。

木々が宙に舞い、地面がえぐられ土飛沫が上がる。

「あぶねぇ!」

土飛沫の中から四本腕の影が跳躍する。

霊だ。

「何処を見ている?」

霊の正面に黒い甲殻に覆われた甲が両手を組み、ハンマーのように脳天目掛けて振り下ろす。

「うぉ!?」

身体が垂直に落下し、爆砕音と共に地面にクレーターが出来上がる。

「こんな派手な技…てめぇホントに暗殺科かよ!?」

身体を起こし、怒鳴る。

「俺は両親から、シャルターや城に篭る敵を正面から暗殺するための技術を叩き込まれた。だから物の破壊は得意だ」

「そんな暗殺者なんて有りか!?」

霊は四つの腕を交互に使い、打撃を入れ換える。

「そういやてめぇ!名は?」

霊の拳は甲に見切られ、全て空を切る。

「俺は酒井・忠彦(サカイ・タダヒコ)

霊の拳をかわし、懐に入った忠彦は名乗る。そして拳を振りかぶり、霊の鳩尾に叩き込む。

「カッ…!?」

全身に力が抜ける。息が吐き出され、呼吸ができない。身体の動きが止まる。


やばいやばいやばいヤバイヤバイ!!


頭の中では警報が鳴り響くように危険と分かっている。

だが身体が言うことを聞かない。

「脆いな…以外と」

忠彦は踵を振り上げる。

踵が霊の脳天に落下し、身体が、くの字に折れ曲がる。

「まだだ」

忠彦は身体を半回転させ、後ろ回し蹴りを放つ。

「…!!」

回し蹴りが霊の脇腹に突き刺さる。

ミシミシと脇腹の甲殻が軋み、皹が入った。

「弱いな、名波・霊」

忠彦の拳が皹の入った部分に容赦なく叩き込まれる。

「ガ…ハッ…!?」

甲殻が割れる音が響くと、霊の身体が吹っ飛んだ。


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