第二話:圧倒
「鬼神! それと君! やめなさい!」
クソガキ共が! 初日からこんな面倒なことしやがって! 校長に怒られんのはアタシなんだぞ!?、と内心でそう思いつつ、昴は二人の間に割って入ろうとした瞬間、男子生徒が動いた。
「ええい!」
昴は咄嗟に力を解放する。生徒と言えど甲殻種の龍人を止めることは至難の業。だからこそ昴は、己のスピードを瞬間的に最大まで引き上げる。甲殻種の龍人は普通の人間と同じで顎に強い打撃を与えると衝撃が脳まで響き、軽い脳震盪を起こして気絶する。
「寝てろ!」
昴はトップスピードで打撃を打ち込もうとした瞬間、昴が突く前に龍人の男子生徒が倒れた。
「なッ!?」
昴は一瞬目を見開いて闘鬼を見る。
「コイツが……?」
人狼である昴の瞬発力は、軽くチーターの最高速度を上回る。しかし、その昴でさえ闘鬼が動く姿が確認できなかった。
「先生……ホームルームの続きを」
闘鬼はそう言って教室に入り、何事もなかったかのように席につく。窓を開けて廊下を見ていた生徒達は、茫然とその状況を見ていた。昴はため息をつき、生徒を席に座らせ、龍人の生徒は保健室を運ぼうとした時、息を切らした禿頭の教師が龍人の生徒の前に立っていた。
禿頭の教師は申し訳なさそうに、
「申し訳ありませんでした……大神先生、私の不注意で生徒が勝手な真似をして……」
そう言って、頭を下げた。
「烏山先生……しっかりしてくださいよ〜。優しいのはいいんですけど、あんまり優しすぎると生徒になめられますよ?」
昴の言葉に烏山は苦笑し、一礼をしてから生徒を担ぎいで運んだ。
昴は教室に戻ると、教卓の前に立つ。
「え〜と……まぁ、いろいろあったけど次いこうか……って時間ないな」
昴は腕時計で時間を確認してから教卓に置いたプリントを配る。
「自己紹介は、また明日にしよう。これから能力テストするから、このプリントに書かれている通りの順でテストを受けに行くぞ〜! 体力テストは一番重要だから手を抜かないよーに、じゃあ出席番号順について来い。最初は100メートル走だ!」
昴が教室から出ると皆もそれに続いて教室を出る。そうして彼女について校舎を出ると、校舎の裏に競技場があった。
「そんじゃあ各自着替えたら競技場の中の100メートル走のラインまで集まってくれ。運動着は更衣室の各自の名前が入ったロッカーの中にあるから、急いで着替えてくれ」
闘鬼は更衣室に向かい、鬼神、と名前の入ったロッカーを開け、運動着に着替える。
「何故スパイクのサイズが合わせてあるんだ……」
スパイクをつけて競技場に集まるとジャージ姿の昴と体育会系の教師がストップウォッチと記録用紙を持って待っていた。
「じゃあ出席番号順に4人! 暗部、鬼神、海東、霧谷! 位置につけ〜スタートはクラウチングスタートだ。それから絶対に手を抜くなよ!」
昴がゴール地点へつくと手を挙げた。それを合図に闘鬼はスタートブロックに足を掛ける。
「緊張しますね!闘鬼さんはどうですか?」
隣のレーンの魔衣が楽しそうに言った。
「別に……俺は緊張などしてない」
「そうですか! じゃあ頑張りましょう!」
なんなんだ、この女は……、とため息をついてからクラウチングスタートの姿勢になる。
「位置について!」
体育会系の教師がドスの効いた声で言った。
「用意!」
パン! と火薬の快音が響く。瞬間、闘鬼は思い切りスタートブロックを蹴り、100メートルを一気に駆け抜ける。あっという間にゴールラインを越え、減速をしてから止まる。少し遅れて魔衣が来た。
「足、早いんですね! 全然追い付けませんでしたよ!」
魔衣は目を輝かせて闘鬼を見ていた。
「たいしたことはない」
闘鬼は気のない返事をしてその場を去る。
10分後、
「お疲れさん〜みんな結構早いな!100メートル走の結果は…トップは鬼神の3秒13、続いて暗部の3秒45、獅士の4秒27だ。んじゃー次いくぞ〜!」
そのれから様々な体力テストを受けた後、教室に戻る。それから1時間ほど筆記テストをした後、終礼が始まった。
「みんな、ご苦労さん。初日から結構ハードだったかもしれないけどよく頑張った。明日は、今日のテストの結果を発表する。これから三年間組む小隊のメンバーが決まるから、楽しみにしてろよ〜? それと先生な、初日だからテンション上がり過ぎてこの学校のこと詳しく説明してなかったから、みんなはこの学校のことを自分で調べてレポートにまとめて来てくれ。それが今日の宿題だ。そんじゃあ起立! 礼! お疲れさん!」
チャイムと同時に皆が教室を出る。闘鬼も席を立ち、下校するために階段に向かうと、突然呼び止められた。
「闘鬼さん!」
振り向くと、魔衣と辰希がいた。魔衣はニコニコした笑顔から一転して一気にうなだれた。
「あの…宿題手伝ってください〜」
「自分でやれ……」
即答し、ため息をついてから階段を目指す。
「そう言わずになんとか〜」
魔衣が闘鬼の学ランの裾を掴む。
「おい……離せ」
「お願いしますよ〜私、調べ物って苦手なんです〜」
魔衣は裾を掴んだまま離さない。
「む……鬼神……俺からも頼む……」
辰希が深々と頭を下げた。
「ほら! 海東君も頼んでいるんですから! お願いしますよ〜」
「何故海東が頼むんだ?」
それはですね、とつけて魔衣が言った。
「私、最初は海東君に頼んだんですけど、海東君も調べ物が苦手とのことで…」
闘鬼は再びため息をついて辰希を見る。
「貴様もか……」
「闘鬼さん〜お願いしますよ〜」
魔衣が、土下座のような姿勢で頭を下げる。もう一度ため息をつく。
「仕方ない……学校の図書室ででも調べるぞ」
ついて来い、と付け足して階段を降りる。それを見て、魔衣が闘鬼に気づかれないように小さくガッツポーズを取った。
図書室の場所を探すため、三人は一階の案内板に行く。案内板には「図書館」と書かれた場所が校舎の外にある。
「何故図書室が独立した棟としてあるんだ……この学校は……」
「この学校って広いんですよ〜! この案内板だと、校舎を中心に半径20キロが学校の敷地になってますから〜」
「む……図書館は校舎から1・5キロ先だな」
三人は靴を履き変え、校舎を出ると見慣れない車が止まっていた。リムジンの前には、黒いスーツを着た品のいい老人が立っている。
「クソ親父め……」
そう呟き闘鬼は老人のもとへ駆け寄ると、老人が丁寧に礼をして言った。
「闘鬼様、傭専学校の10年間に渡る情報を新入生、卒業生、教員、年間行事、授業記録、筆記試験の答案、体力テストの記録、校内のトイレの使用状況など、至る所を簡単な資料にしてまとめておきました。どうぞご活用ください」
老人はスーツから三つの封筒を取り出して、闘鬼に渡す。
「牛鬼……どうしてお前が宿題のことを知っている? そして何故人数分を用意している?」
するとリムジンの窓ガラスが開き、白いスーツを着た男が現れた。
「やぁ闘君! その資料、有効に活用してね! 闘君と闘君のお友達のために6人の一流ハッカーと2人の情報屋を雇って探ってきたからね!」
男はビシッと親指を立てて笑う。闘鬼はため息をついて
「どこだ? どこに盗聴器を仕掛けた?、と怒りを押し殺した口調で問う。
「え〜と学ランの第二ボタン……」
すぐさまボタンを外して握り潰す。
「と全部のボタン」
学ランを脱ぎ、ボタンをひとつひとつを契り取って握り潰してから学ランを牛鬼に渡す。
「次は盗聴器をつけるなよ」
「かしこまりました」
牛鬼は一礼をしてから運転席に入る。
「じゃあ私は帰るから宿題頑張ってね!」
窓ガラスが閉まると、リムジンが走り去って行った。
「クソ親父……」
闘鬼は封筒を二つ取り、魔衣と辰希に渡す。
「ほら……あとは適当にレポートにしてまとめろ……俺は帰る」
封筒を開けて魔衣は資料を取り出して眺めてから、申し訳なさそうに手を挙げて言った。
「あの〜、どうやってまとめればいいかわかりません〜。やっぱり手伝ってください〜」
「む……鬼神………俺も頼む……」
闘鬼はこの日何度目なのか数えるのもため息がつくほどのため息をついてから、
「貴様等……とりあえず図書館でまとめるぞ」
図書館に向かって歩き始めた。
校舎から歩くこと15分、図書館に到着した。
「おっきいですね〜」
「む……確かに……」
図書館はそこらの市立図書館とは比べ物にならないほどの大きさで、中では多くの生徒が勉強や読書をしている。三人はしばらく図書館を回り、手頃な大きさのテーブルに見つけて、から椅子に腰掛ける。封筒から資料を取り出し、レポート用にまとめる。
「確かに一流の仕事だな……」
牛鬼と雇われた者達に礼をしてから、資料を黙読する。
傭専学校での教育目的……異種族(人以外)の子供を集め、力を正しくコントロールするよう指導し、傭兵として育成、教育する学校。生徒を能力ごとに分け、A、K、T、Yの4つの専門学科で教育する。A(暗殺)科……世界にとって邪魔になる存在……マフィア、テロリスト、要人等を暗殺するために必要な技術、知識を学ばせる学科……K(警護)科、要人、証人保護プログラムに登録されている人物や、スポーツ選手、俳優等、幅広い人物を警護するための技術、知識を学ばせる学科……T(諜報)科、各国へ潜入し、その国の内部事情をあらゆる方面から探らせるための知識を学ばせる学科、……Y(傭兵)科、前述で述べられたことの一つを忠実に実行でき、さらに戦場の最前線で生き残ることが可能と思われる生徒のみ教育する学科……か
……何故学科のアルファベットの略が全て日本語なんだ?、とそんなことを思いながら次のページをめくる。ページの文頭には『小隊編成の基準』と書かれ、パンフレットのように見事な編集が施されている。
……なるほど……体力測定は運動能力を見るため……この宿題は個人の情報収集能力を見るための物……そして明日、宿題を提出し、トータルの能力を見極めた上で担任が小隊を編成する。ということか……
闘鬼は資料を最後まで読み、既に簡潔にまとめてある資料をさらにわかりやすく、簡潔にノートにまとめる。
1時間ほどペンを走らせると、
「ほら写せ」
辰希と魔衣にノートを渡す。
「うわー凄いです! もっとわかりやすくなってますよ!」
「む……流石だ……」
二人は鞄からノートを取り出し、闘鬼のノートを写す。
それから30分後……
「助かりました〜、闘鬼さん! 本当にありがとうございます!」
「む……助かったぞ……」
二人は闘鬼に礼を告げ、
「ではまた明日!」
「む……また……」
図書館を出て行った。
「あいつらは……」
ノートを鞄の中に入れ、闘鬼は図書館を後にする。
外に出ると、もう日が沈んでいた。腕時計で時刻を確認すると針が5時20分を指している。
「……やっと終わったか……」
この日最後のため息をついて闘鬼は全速力で走る。
傭専学校、一年棟・職員室。
昴はPCのキーボードを片手で叩きながら頭を抱えていた。
「どうすっかな〜」
空いた片手で書類を見る。書類には『1Y、能力テスト結果』と書かれている。書類とPCを睨みながら昴は悩む。すると、それを見ていた二人の教師が昴のPCを覗き込んだ。一人は昴と同い年か、年下に見える女性教師、一人は髪の毛が白髪で覆われている老人の教師。
「昴先輩、どうせ仮の小隊なんですから、さっさと決めたらどうです? 決定するのは明日の宿題の結果で決まるんですし」
「でもさぁ雪音……この4人がくせ者なんだよな〜暗部、鬼神、海東、獅士……」
昴はため息をついて画面を睨む。
「鬼神君って確か……今朝、A科の生徒を瞬殺した子ですよね?」
「いや殺してないから……」
二人が話している間、老教師はPCの画面を見て頷く。
「なるほど……暗部君は暗殺者、海東君はSP、獅士君はハッカー、一つの能力が非常に高い三人と、その全ての能力が高いオールラウンダーである鬼神君」
「三嶋先生、どうすればいいと思います?」
昴の問いに三嶋は笑って答える。
「この四人で小隊を組ませれば面白いんじゃないんですか?」
「それじゃあ、この小隊が強くなりすぎですよ」
「いいじゃないですか。ドリームチームみたいで」
昴はしばらく考え、
「ま、いいか……正式に決めるのは明日だしね」
言いながら、キーボードを軽く叩いてから、PCの電源を落とす。