第二十八話 傭兵対暗殺者
『第四十二回〜学年対抗演習開催しま〜す』
校長が気の抜けるような開催宣言をすると、数発の花火が上がる。
その後校長による諸注意とルール説明があり、生徒会長が選手宣誓をすると対抗演習が始まった。
全科対抗学年演習はゴールデンウイークの三連休を利用した傭専学校の一大イベントであり、全校生徒420名が己の力を全力で発揮できる限られた期間でもある。
各国の要人が数多く出席するため、力を認められれば国専属の傭兵や暗殺者としてスカウトされる。この対抗演習で卒業後の就職先が決まるという生徒も少なくない。
新入生にとっては、入学から一ヶ月で何処まで力をつけたのかを見るため、仲間との連携を試すための中間テストのようなものであり、二、三年生にとっては就職のためにアピールをする絶好の機会である。
初日は学年ごとの総当たりクラス対抗演習を行い、二日目は一年生から三年生で大隊を作り、小規模の戦争のような対抗試合を行う。そして最終日の三日目は全ての学年が入り混じり、傭専学校で最強の生徒を決める。「天下一武闘会」(校長命名)が開催される。
そして闘鬼達一年Y科は今年の対抗演習、最初の試合だった。
相手はA科、暗殺技術に特化した生徒達が集まるクラス。
試合のルールは、演習中に相手の生徒達が首につけた首輪を外される、もしくは破壊されると破壊したチームにポイントが入り、破壊された生徒は戦闘不能扱いになる。首輪を破壊するためには全く気づかれずに、背後から外すか、相手を気絶させなければならない。なので銃やナイフなどの武器の使用や力の解放が認められている。制限時間60分の間にどちらがポイントを多くとったかで勝敗が決定する。が、演習のスタート時の状況は全てY科が不利な状態で開始されるというものだった。
「闘鬼さん敵の大まかな位置が掴めました」
「ああ、次はA科のデータを」
真紅がノートPCの画面を見ながら告げると、闘鬼は軽く頷いて返事をした。
「どうすんのよ?アタシらは全員固まった状態で、A科の連中は演習場のどっかに隠れてるんでしょ?早く動かないといい的よ〜」
水瀬は退屈そうに欠伸をかく。
「つーか、誰が全体の指揮すんの?」
「そりゃあやっぱり…」
「俺だろ!?」
スキンヘッドの青年、霊が手を挙げる。
「鬼神だろ?一番つえーし、頭いいし」
霊をスルーして虎松が答える。
「む…確かに闘鬼なら…」
「じゃ鬼神で決定〜」
うんうん、と闘鬼と役一名を除くクラス全員が頷いた。そんな連中に闘鬼は不機嫌な表情で渋々頷く。
「作戦はどうするんですか〜?やっぱり、ガンガンいこうぜ〜とかですか?」
「…魔衣、ゲームのやり過ぎっすよ」
闘鬼は迷彩服のホルスターから刀身がゴムになっている演習用ナイフを取り出し、ペン回しのように手の上で転がしながら告げる。
「最初に言っておく、俺を指揮官にするのなら、ある程度の覚悟をしておけ。そして、今回の作戦だが…」
広大な演習場の中にある森、その森の中で数十メートルはあるかというような大木が5本立ち並んでいる。この5本は傭専学校が創立される前からこの地に立っており、生徒達からは御神木と呼ばれて親しまれている。
5本の中心に位置する大木は、満月の丑三つ時に好きな相手の名前が入った藁人形を五寸釘で打ち付けると恋愛が成就するといわれ一部の占い好きな女子生徒達の間でしばしば実行されている。それと関連しているのか、毎年数十人の男子生徒が満月の次の日、原因不明の腹痛を訴えた後「ごめんなさいごめんなさい!!付き合うから許してくれぇ!!」と、意味不明な叫び声を上げて気絶するという怪事件が起こっているという。
その中央の御神木の二番目に高い枝の上、演習着の左胸に影城と名前の入った一人の男子生徒の姿があった。
影城は大木の枝の上でじっとスナイパーライフルを構え、スコープ越しに一点を見据えていた。
「…そろそろ動く頃合いか?」
影城はスコープから目を離し、体内通信の回線を開く。
「目標に変化なし、48秒後、全員予定通りに仕掛けろ。それから鬼神は無視、鬼神以外を集中的に叩け。時間までにポイントが多ければ勝ちだからな」
『おい影城!鬼神の相手は俺がする!手を出すなよ?』
野太い声が無線越しに響いた。影井はため息をついて答える。
「お前の役目を果たした後なら好きにして構わん。だが、必ず予定通りに動け。わかったな?」
『それで十分だ!恩に着るぜ!』
角田は満足そうに笑うと回線を切った。
「やれやれ、あんな奴が暗殺者候補とは…考えられんな」
影城は再びため息をつくとスコープに目を移す。
「さて…最強はどう動く?」
スコープに紅髪の男子生徒を映し、影城はそう呟いた。
第五小隊は木々が繁る森の中にいた。辺りはやや背の高い木に覆われ、頭上はおろか数メートル先でさえ確認できないような場所にいる。
「…?」
闘鬼は、ふと森の中心地にある大木の方向を見据えた。しかし、辺りに異常はない、あるのは背の高い木々が広がっているだけだ。
「気のせいか…?」
「闘鬼さん?」
「む…どうした?」
「いや、なんでもない。真紅、続けてくれ」
闘鬼が促すと真紅は、はい、と返事をして口を開く。
「では、A科の中で最も危険な人物3名ですが…まず一人目、角田・巳生久。この人は闘鬼さん、よくご存知ですよね?」
真紅はノートPCのディスプレイに一人の男子生徒を映し出す。
「…誰だコイツは?」
その瞬間、真紅と魔衣が同時にずっこけた。
「闘鬼さん〜覚えてないんですか?」
「なんだ魔衣?お前の知り合いか?」
闘鬼が不思議そうに問い掛けると、魔衣は苦笑して答える。
「ほら、入学初日と二日目に闘鬼さんに喧嘩吹っ掛けた人ですよ〜その後闘鬼さんが瞬殺したじゃないですか〜忘れました?」
「記憶にない」
きっぱりと答えると龍鬼が小さく笑う。
「闘鬼様は、昔からどうでもいいと思った方の名前はすぐに忘れますからね。そのおかげで一度軽く国際問題になったんですよ」
「名前を忘れるだけで国際問題とは…」
「昔の話だ。それより、二人目の危険人物とやらはどんな奴だ?」
そうですね、と真紅が眼鏡の位置を直すとモニターに一人の女子生徒を映し出した。
「彼女の名は、狩谷・命、死神です」
「だるい…」
木の上で横になったまま、大きく欠伸をかきながら一人の女子生徒が呟く。
女子生徒の演習着の左胸には狩谷と入っている。狩谷の右手には自分の身長と同じ大きさの大鎌が握られており、それを先程から片手で振り回していた。たまに木の枝や葉に大鎌の刃があたるが、切れない。それは演習用に刃が取り替えられた物だからだ。
狩谷はそんな大鎌の刃を見てため息を一つ「やっぱり本物のほうがいいな…」と呟く。しばらくそうしていると、体内通信にコールが入り回線を繋ぐ。
『時間だ。予定通り動けよ』
聞き慣れた低い声の持ち主からの通信だと分かると、狩谷は身体を起こして大鎌によりかかる。
「あまり気が乗らないんだけどね。本物の命を刈る仕事じゃないからさ」
大きく伸びをしてから、木の枝から飛び降りる。
『これで実績が認められれば、本物を刈る仕事が増える。そうだろう死神?』
それもそうね、と苦笑して狩谷は静かに力を解放した。
狩谷の左手から髑髏をモチーフとしたような仮面と、漆黒のコートが現れる。
『わかっているな?お前の標的は霧谷・湊、だ』
「わかっているよ、影城」
薄く笑うと、狩谷は仮面とコートを身につけ、姿を消した。
演習場の森からやや離れた切り立った崖の上から美しい歌声が四方に響き渡る。そこにY科、第一小隊と緋炎の5人がいた。
第一小隊は湊を中心に、それぞれが四方を警戒するように展開している。湊が『唄』に集中するための布陣だ。
湊は両目を閉じて両手を組み、まるで神に祈るような姿勢で『唄』う。
「湊ちゃん〜どうよ?やっこさん動いた?」
水瀬の問い掛けに湊は『唄』を止めて頷く。
「うん…始まった時は20人いたけど…今は6人消えちゃった」
「消えた?脱落したのではなく消えたのですか湊殿?」
緋炎の言葉に湊は戸惑いながら頷く。
「コラァ鬼火!アタシの湊ちゃんに向かって馴れ馴れしいわよ!」
「湊はお前の所有物じゃねーよバカ水瀬」
「ごめんごめん…って姐御!ちょっ…だから殴らないで!」
「落ち着いてください姐御!」
そんな三人のやり取りを湊はどうすればよいのか分からず、おどおどと慌てる。
「かわいい…」
そんな湊の姿を見て緋炎はふと呟いた。
「はっ!?自分は一体何を不純なことを考えてしまったんだ!?」
煩悩よ消え去れぇ!と叫びながら緋炎は自分の頭を地面に打ち付ける。
「ずいぶん愉しそうだね…」全
員が声のした方向を向くと、湊の背後に右手に大鎌を構え、左手に髑髏の仮面とローブを持った女子生徒が立っている。その女子生徒の下には湊が涙目で震えていた。
…馬鹿な!?
全員が同時に思った。ふざけてはいたが警戒を怠ってなどはいなかった。
この女子生徒が猛スピードで空から降ってきた、あるいは走ってきたのなら必ず気づいたはずだ。しかし4人は気づかなかった。『唄』に集中していた湊でさえも。
「いつの間に?って思ったかな?でももう遅いよ」
女子生徒は大鎌を振り被り、首輪を狙って袈裟がけに振り下ろす。
「炎玉・五光!」女子生徒が大鎌を振り下ろすより数瞬早く、緋炎の指先から五本の火球が飛んだ。
「仲間ごと巻き添えにするつもり!?」
大鎌を持った女子生徒は驚き、一瞬動きが止まる。火球は女子生徒の近くまで接近すると、一気に収縮し、光を放つ。
「目くらましか!?」女子生徒は左手の仮面で顔を覆う。
「今です水瀬殿!湊殿を!」
「言われなくてもわかってるわよ!!」
水瀬は力を解放し、背から生えた一対の翼で飛翔。低空を飛び、湊を回収する。
「形成逆転だな」
「一人目は、アタシらのポイントだ。行くぜ、雷廉」
詞凶と雷廉が力を解放し、臨戦態勢のまま女子生徒を睨む。
「さぁ…それはどうかな?」
女子生徒は笑う。余裕な表情で大鎌を振り回し、5人を品定めするかのように見据える。
「チッ…気にいらねーな。てめぇは…」
詞凶は舌打ちをして、ホルスターのナイフに手をかける。
「遅いよ」
突然目の前にいた女子生徒が消えたと思うと、詞凶と雷廉の背後に現れた。
「あれは影渡り!?まずい!二人共逃げて!」
「なッ!?」
「チッ!」
二人は緋炎の言葉を聞き、咄嗟に反応して防御姿勢を取るが、女子生徒はそれより早く二人を蹴り飛ばした。
「今よ!」
女子生徒の合図で梟と土竜の獣人が現れた。
「ヒャッハハハ!」
「KILL!」
梟の獣人は雷廉の首を掴むとそのまま飛び去り、土竜の獣人は詞凶の額を殴り飛ばし、崖の上から突き落とした。
「詞凶殿!雷廉殿!」
「ほらほら君の相手は私なんだから〜よそ見しない」
女子生徒が身の丈ほどの大鎌を自由自在に振り回す。
「クッ!?水瀬殿!湊殿を連れて逃げてください!決して地に付かず、飛んで逃げて!でなければ影渡りで追い付かれます!」
大鎌をかわしながら緋炎は叫ぶ。
「わかった!任せたわよ鬼火!」
「が、頑張ってね!」
そう言い残し、二人は飛び去って行った。
頑張って…?
頑張ってなんて…自分そんなことを言われたの始めてでは!? 戦鬼殿や闘鬼殿、皇鬼殿達と任務に行った時などは「足引っ張んなよ〜」「邪魔だ…」「若者はもっと働かんか」と酷い言わればかり…それが応援されるとは…これはなんとしても勝たねば!!
緋炎は拳をにぎりしめて女子生徒を見据える。
「私は一年Y科出席番号四番、第一小隊所属(仮)鬼火・緋炎!貴殿の名はなんと申すか?名乗られよ!」
緋炎は声高らかに名乗り上げ、問い掛ける。
「暗殺者が名乗るなんて…そんな馬鹿な話ある?」
女子生徒は苦笑する。
「でも、今回は遊びみたいなもんだし。おんなじ学校の生徒だから隠す必要ないかな?」
女子生徒は仮面を付け、漆黒のコートを纏うと名乗りを上げた。
「私は一年A科出席番号五番、狩谷・命…命を刈り取る死神だよ。よろしくね」
そう告げると命は大鎌を振りかぶった。