第二十七話 龍ト焔
突然の神鬼の発言にその場が沈黙する。
「ダメ?」
神鬼が笑顔のまま首を傾げて問い掛ける。
「そ、その…神鬼さんの義娘にならないかって……私が誰かの…例えば闘鬼さんの…おおお、お嫁さんとして…こないかと?」
魔衣が動揺したまま問い返すと神鬼は、そうだよ〜、とへらへら笑って頷く。
「トウ君ってさ〜強いし顔立ちもいいのにお見合いすると性格のせいでみんな怖がっちゃうんだよ〜だから魔衣ちゃんがお嫁さんになってくれれば最…」高、と神鬼が言い終わる前に、先程まで戦鬼と睨み合っていたはずの闘鬼が拳をにぎりしめて神鬼の鳩尾にえぐりこむようにボディーブローを放つ。
「ガバァ!?」
神鬼の身体がくの字に折れ曲がるとそのまま吹っ飛び、部屋を飾る絵画の一つに激突した。
「あー!ワシのゴッホー!?!?」
ど真ん中に風穴が開いた絵を見て皇鬼は頭を抱えて崩れ落ちる。「高かったのに…ワシのゴッホ…」
「…おいクソ親父…てめぇは未成年の女なら見境なしに養子にしたいのか?…それとも今のは笑えねぇ冗談だったか?」
ショックで崩れ落ちる皇鬼に目もくれず、闘鬼は無表情のまま冷静に問い掛けるが、口調はいつもと違って荒くなっている。
「い、今のはちょっとしたジョークだよ闘君〜」
神鬼は瞬時に立ち上がり、冷や汗を流しながらも咄嗟に笑顔で取り繕う。
「ほぅ…そうか冗談か…」
「う、うんそうだよ!さっきの蛇鬼のギャグで冷めきった空気を何とかしようとジョークをね!」
額に滝の如く汗を流しながら神鬼は引き攣った笑みを見せる。
「まぁいい…今のはあくまで冗談だと…納得してやろう。では、なぜ魔衣を呼んだんだ?」両手の関節をボキボキと鳴らしながら闘鬼は問う。
「あ、あの〜魔衣ちゃんが奴に狙われるかもしれないから〜護衛をつけてもいいかな〜って聞こうと思って呼んだんだよ〜?」
「護衛だと?」闘鬼は視線を苦笑いしている神鬼から、ほうけた顔で「私が闘鬼さんと…」などとニヤニヤ笑っている魔衣に移す。
「何故だ?あいつは奴がいたときには気絶した。だから魔衣は奴を見ていない、狙われる心配があるのか?」
「あるある〜大有りだよ。奴は殺そうと思った相手は必ず殺す、例え一度見逃した相手だろうとね…だからあの場所にいた全員を奴は殺すつもりだよ。お祖父さんや私は大丈夫だけど、トウ君、真那ちゃん、魔衣ちゃん、それから一応セン君にも護衛をつける事にしたんだ。で、魔衣ちゃんを呼んだのは護衛をつけてもいいか聞くためだよ。って言っても、命が掛かってるから勝手に護衛させてもらうけどね〜」
じゃあ呼ぶ必要ねーじゃねーか、と不機嫌そうな顔で神鬼を睨む。
「じゃ、そういう事だから魔衣ちゃん。よろしくね〜」
「え、あ、はい!頑張って闘鬼さんのお嫁さんになります!」
拳をにぎりしめて宣言する魔衣の額に、デコピンを放つ。
「痛い!?」
「そうじゃねぇだろうが、お前に護衛をつけると言ったんだ」
「え…そうなんですか?」
涙目になりながら額を抑えて問う魔衣に、闘鬼は不機嫌な表情で頷く。
「そんじゃま〜話すことはだいたい話したし、今日は解散ってことで。魔衣ちゃんの護衛は今晩には到着するから、その辺よろしく〜」
またね、と付け足すと神鬼が部屋から出るとその後に続くように戦鬼が部屋を出た。
「ふぅ…ワシも帰るかの…じゃな、お二人さん……はぁ…ゴッホ…」落ち込む皇鬼を見送ると、闘鬼は携帯を取り出し牛鬼に連絡を取る。
「俺達も帰るぞ。魔衣」
「はい!」
本家屋敷を後にして、庸専学校の寮に向かった。
寮に到着すると時刻は夜の10時を回っていた。
「悪いな、こんな時間まで付き合わせて」
「別にいいんですよ〜気にしないで下さい」
魔衣が笑って答えると、そうか、と闘鬼は鼻で笑う。
「うちの護衛が迷惑かけるかもしれんが、お前を守るためだ。我慢してくれ」
「大丈夫ですよ〜私どんな人ともすぐに仲良くできますから!心配しないでください!」
「そうか、じゃあ俺は帰る」
軽く手を振ると、魔衣は笑顔で「また明日」と告げた。ああ、と頷き、闘鬼は寮を後にした。
翌日
「ホームルーム始めっぞ〜」
ジャージ姿の昴が教卓に立ち、出席を取る。
本家での会合から翌日、闘鬼にとっていつも通りの学校生活が再開した。
「うっし、全員いるな〜」
昴は全員の顔を見渡すと、歯を見せて笑った。
「喜べ、突然だが転入生がウチのクラスに入ったぜ!それも二人だぜ!」
言い終わると、クラスの空気が一瞬で切り替わった。
「マジっすか先生!?」
「男!?女!?」
「カッコイイ!?それともかわいい!?」
「おいおい朝っぱらからテンションたけぇなボーイ&ガールズ共!よっしゃ入って来い転入生!」
「馬鹿かこいつら…」
闘鬼がため息をつくの同時にハイテンションの昴がドアを開け放つ。
ドアから学ランを来た長身で藍色の髪を肩まで伸ばした端正な顔立ちの女子生徒と、赤色に染め上げた特攻服紛いの学ランに黒髪を腰まで伸ばした男子生徒が入って来た。
うおおお!とクラスの面々が色めき立つ。
そんな連中をよそに闘鬼は一人眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
「あいつら…」
「じゃあ転入生!自己紹介から頼むぜ!」
昴が言うと、女子生徒は黒板に名前を書いた。
「始めまして。今日から皆様と同じクラスになりました鬼上・龍鬼と申します」龍鬼が一礼をすると一部の男子|(と水瀬)達が、おおお!と盛り上がる。
「魔衣ちゃん並の天然キャラ…にしては出る所が出て引っ込む所は引っ込んでる。学ランを来たのはわざとエロく見せる手なのかしら…」
「黙ってろ変態ヤロー」
よだれを垂らす水瀬に詞凶がツッコミを入れると、次は赤い学ランの男子生徒が黒板に名前を書いた。
「自分は鬼火・緋炎と申します!これからは皆さんと共に勉学に励みたい所存でございます!どうかよろしくお願い致しましす!」
緋炎がやたら大声で挨拶をし、一礼をすると教室の温度が若干上がった。
「(うわぁ…)」
「(熱苦しいキャラだ…)」
「(コイツ…クールで美しい龍鬼さんとは反対で、見た目イケメンだけど中身は熱血野郎かよ…)」
やや引き気味の生徒達を緋炎は不思議そうな顔で眺める。
「どうしたんですか皆さん?」
「緋炎、熱苦しいから熱気飛ばすな馬鹿野郎」
ため息をつき、闘鬼が冷めた目で緋炎を見る。
「あ、闘鬼殿〜自分の掴み方悪かったでしょうか?皇鬼様から「最初の掴みは肝心だから思いっきりいけ!」と言われましたので自分思いっきり気合い入れて特攻服まで着たんですが〜」
「馬鹿か…?」
闘鬼は呆れたように緋炎から視線を廊下に移した。
「ちょっ!闘鬼殿!シカトですか!?」
「あり?お前って鬼神の知り合い?」
下敷きを団扇がわりに扇ぎながら昴が問うと緋炎は親指をビシッ!と立て
「マブダチです!」と熱苦しい笑顔で答えた。
「んなわけあるか」
緋炎が答えた瞬間、闘鬼は目にも留まらぬ速さで緋炎を窓からほうり投げる。
「あああぁぁぁー!?」
ガン!
ズガンッ!
ゴシャ…
「なーんか嫌な音が…」
「…ここ四階だよな?」
「躊躇なく投げるとは…」
「あいつコエー…」
闘鬼は何事もなかったかのように席につく。
「じゃ鬼上、名前以外の自己紹介あるか?」
「(スルーしたよ先生!思いっきり鬼火のことスルーしやがった!)」
「名前以外と申しますとどのような事でございますか?」
「(うわ!龍鬼さんもスルーしちゃったよ!)」
龍鬼が首を傾げると
「例えば趣味とか好きな食べ物とかですよ〜龍鬼さん〜」
と魔衣が答えると龍鬼は両手を叩き納得したように頷く。
「わかりました魔衣さん。ありがとうございます」
「なんだ?お前らも知り合い?」
「はい、魔衣さんとは寮が同室ですから」
「へぇ〜。んじゃ自己紹介よろしく」
昴が促すと龍鬼は一礼をして、まず趣味はですね〜、と笑顔で答える。それを水瀬(と男子生徒の一部)が食い入るように机から身を乗り出すて耳を傾ける。
「趣味は拷問です」
気品あふれる笑顔で答えた瞬間、クラスの空気が一瞬にして凍り付いた。
「…へ?」
引き攣った笑いで昴が問い掛けると龍鬼は「冗談ですよ」と笑う。
「あ、ああそうか!笑えねぇからマジかと思ったぜ…じゃ、鬼上に質問ある奴いるか?」昴が言い終わるより早く数人が手を挙げた。
「じゃ一番早かった虎松な〜」
黒髪の所々に黄色のメッシュが入った男子生徒がガッツポーズを取る。
「龍鬼ちゃんは彼氏とかい…」
「おりませんし、いりません」
「即答!?」
「虎松座れ〜つーかどうした?なんか泣きそうな顔してよ〜ま、いいや。次に早かった千馬〜」
高校生の平均身長より明らかに小柄な体型に目元まで前髪を伸ばした男子生徒、千馬が立つ。
「鬼上さんは鬼神と知り合いですかい?名前が似てるんで何と無く気になったもんですから」
千馬の問いに真紅も頷く。
「あ、それ僕も気になりますね。どうなんですか龍鬼さん?」
「はい、私は闘鬼様の下僕です」
「鬼上〜また笑えねー冗談かよ」
昴が笑うと龍鬼の顔から笑みが消える。
「今度はマジです」
「……マジで?」
「はい、マジです。私の主は闘鬼様なので私は闘鬼様の下僕、もしくは所有物です」
「げ、下僕!?」
「ということは主従関係!?」
無表情で昴の顔から血の気が引き、ズカズカと、闘鬼の目の前に歩み寄った。
「鬼神、てめぇは鬼畜かぁ!?」
「誤解だ阿保教師」
「誰が阿保だコラァ!?」
「ああ…なんだろう、下僕って響きがやらしく聞こえるわ〜」
鼻血を抑えていると詞凶と乙音が冷めた目で水瀬を睨む。
「てめぇだけだ、馬鹿水瀬」
「救いようの無い変態っすね」
「龍鬼はウチの…鬼神家の使用人です。龍鬼、お前も誤解を招くような言い方はやめろ」
闘鬼はため息をつき、龍鬼を睨む。
「なんだ使用人かよ〜そうならそうと早く言えって。にしても流石は鬼神家だな〜そんじゃあ誤解も解けたし朝礼すっぞ〜」
「結局最後まで鬼火のことはスルーなんだ…」
昴は教卓の上に腰掛け、手元のプリントを見ながら本日の予定を話す。
「今週の日程なんだけどさ〜先生うっかり連絡するの忘れてた。明日からゴールデンウイークの三連休じゃん?で、その三日間ってさぁ、全科対抗の学年演習だったんだよ」
アハハ〜と頭をかきながら昴が言った。
「えぇぇ!?」
「ちょっ!学年演習って小隊ごとの連携とか色々合わせて訓練してからやるもんでしょう!?」
「俺達そんな小隊同士の連携なんて授業でやってませんよ!?」
「ん?忘れてた」
「うわぁ最悪だぁ!この教師」
「うるせぇボンクラ共!連携なんてアドリブでどうにでもなるだろうが!気合いで補え気合いで!じゃ、全員明日は野外演習場に集合。鬼火と鬼上は適当な小隊に入れとけ、朝礼終わり!」
言い終わると昴は教室を後にした。
「無茶苦茶だな…」
闘鬼は呆れたように深くため息をつくと、もう何も考えまいと机に突っ伏して居眠りを始めた。