第二十二話 運ビ屋
『大丈夫ですか闘鬼さん!?』
真紅が慌てたように問い掛ける。
「心配ない、それより奴らは?」
『え…は、はい!最新型の軍事衛星をハッキングしてワゴンの中の音声を拾いました。今からリアルタイムで繋ぎます』
「そんな事ができるのか?」
『はいできます!繋ぎました!』
しばらくすると、闘鬼の携帯からワゴン車内の音声が流れた。
『へへっ…まさかこんなガキを拉致ってくるだけで大金が手に入るなんてよ』
最初に聞こえたのは若い女の声だった。
『でもどうするんだ…普通の人間を撃ってしまった…』
次に気の弱そうな声で別の男が言う。
『心配ない…足や腕を狙っただけだから死にはせん。すぐ病院に運ばれるだろう』
壮年の男の声が答える。
『それより、こんな子供のためにあれだけの額も出すとは…こいつは何か裏がありそうだ』
最初の三人とは違い、男とも女とも取れる声が言った。
『知るかよ、このガキを引き渡して金さえ受け取れば気にする必要はねぇ』
最初に喋った男が答えると、それもそうか。と三人が答えた。
「なるほど、運び屋か…」
「…どうする闘鬼?」
闘鬼はビルとビルの間の狭い路地に入り、バイクを止める。
「一人の方が動きやすい、俺は真紅にナビを頼んで奴らを追う。兄さんはクソ親父と一緒に黒幕を探し出してくれ」
「仕方がない…真那鬼をちゃんと連れ戻すんだぞ?それから小僧!闘鬼の事を頼んだぞ!」
『は、はい!』
真紅が返事をする前に、戦鬼の姿は消えていた。
「真紅、頼むぞ」
闘鬼はアクセルを絞り、走り出した。
公園
ほんの数十分前までは穏やかな休日の公園だった。しかし数分前に銃の規制が厳しいはずの日本で銃声が響き渡った。足や腕を撃たれて人が倒れ、野次馬の人だかりが出来あがっていたが、突然現れた一機のヘリから黒いスーツを着た老人と怪しげな白い服を着た集団がが怪我人を収容し、その後から来た警官が事態を収集して公園には一部のマスコミを除いてほとんど人が残っていなかった。
その公園にあるアイスクリームの屋台に暗部・魔衣は戻っていた。
「あのヘリから出て来た人って確か闘鬼さんの執事さんでしたね〜何が起こっているんでしょうか…」
魔衣はしばらく腕を組み、滅多に働かせない脳を働かせて思考する。しばらくして考えをまとめると
「よし!闘鬼さんを助けに行きましょう!」
グッと拳をにぎりしめ、屋台から外に出た。
「闘鬼さんを見つけるには…空から探すのが手っ取り早いですね〜」
言ってから魔衣は力を解放する。口には鋭い牙が、背からは蝙蝠のような翼が、額に一本の角がそれぞれ生えた。
「それではレッツゴー!」
飛翔すると同時に魔衣の姿が消えた。
闘鬼はとある廃工事の近くにバイクを停め、外から見張っていた。中には真那鬼を拉致した運び屋のワゴンが入って行くのを己の目と真紅の衛星で確認している。
「真紅、動きは?」
『ありませんね。辺りには車一台も見当たりませんし、運び屋の依頼主は現れません…そういえば闘鬼さん、聞きそびれたんですけどなんで運び屋を追いかけているんですか?』
真紅の問いに闘鬼は思い出したように答える。
「そういえばお前にはまだ言っていなかったな…ちょっと俺の妹が連れて行かれただけだ。気にするな」
『それって一大事じゃないですか!なんでもっと早く言ってくれないんですか!?言ってくれればもっといろいろしましたよ!』
いきなり耳元で真紅が声を荒げたので闘鬼はうっとうしいそうに耳を塞ぐ。
「その気持ちはありがたいが…お前達を俺の家の問題に巻き込む訳にはいかんからな」
闘鬼は何気なく言ったつもりだったが、真紅は真面目な声で答えた。
『そんなこと気にしないでください!僕は女性と尊敬する人のためならなんでもやりますよ!』
闘鬼は真紅の言葉に一瞬驚いたが、すぐに笑って返した。
「そうか、なら邪魔者が入らないようしっかり見張っておけ。俺は内部に突入して、妹を助け出す。もし通報があったら適当に情報操作してくれ」
『了解です!…ん、なんだあれ…?え…?闘鬼さん、魔衣さんが!』
真紅が驚いたような声を上げた。
「魔衣がどうし…」
闘鬼が一瞬廃工事に目を移すと、廃工事の天井が砕けた。
「まさかあの馬鹿追って来たのか?」
闘鬼はその光景を見て一瞬で答えを導き出した。
(あのド阿呆…なんで来やがった?)
とため息をつき、真紅に問う。
『そうみたいです!』
「チッ…面倒な…!」
闘鬼は舌打ちをするとバイクのアクセルを限界まで絞った。
廃工事
内部
「取引まであと一時間か…早く来すぎたか?」運び屋の四人の中で中性的な顔立ちをした金髪の男が男とも女とも取れる声で呟いた。
「そんなことはねーよ、ロイ、もし依頼主が裏切った場合、逃走ルートを確保できる時間があるからよ」
短髪の若い女が答える。
「ああ、璃御の言う通り。人生、二手三手先を読んで行動するものだ」
若い女の言葉に白髪に壮年の男が頷く。
「なぁ…もしクライアントが裏切ったらどうするんだ?この子を置いて逃げるのか?」
無精髭を生やした厳つい顔の男が、弱気な声で問う。
「そうだな〜お巡りに渡して逃げるか、その辺に置いとけば親が助けにくるだろうよ。ま、それはもしもの話だ。わりぃな嬢ちゃん。これも仕事だ〜恨むなよ?」
女が真那鬼の頭をポンポンと軽く叩く。真那鬼は無表情で四人を見つめていた。
「…やっぱりこの子…返して来ないか?」
突然、厳つい顔の男が呟いた。それを見た三人は、またかとため息をつく。
「また始まったな、一仁のざれ言が」金髪の男が鼻で笑う。
「一仁、いつも言っているだろう?仕事に情を挟むなと」
壮年の男がため息をつく。
「しかしリュホウ…」
「グダクダうるせーよ一仁、仕事なんだから割り切れ…」璃御が言い終える前に突然廃工事の天井が砕け、何かが落下した。
「よ?」
四人が一斉に視線を何かの落下地点に移すと、革ジャンを羽織った某アイスクリーム屋の店員服を着たままの魔衣が立っていた。
「誰?」
「通りすがりの仮面ライ…アイスクリーム屋です!その娘を返してもらいますよ!」
言ってから魔衣が跳躍。一瞬でロイの目の前まで跳び、膝蹴りを放っていた。
「な!?」
咄嗟にスウェーで避け、ロイは擦れ違い様に右拳を打つ。が、拳が何かに弾かれ、身体がのけ反った。
「!?」
ロイの拳を弾いたのは魔衣の尾だった。魔衣は拳を弾くと宙で身体を半回転させ、後ろ回し蹴りを放つ。蹴りはロイの側頭部にヒットし、ロイの身体を吹っ飛ばした。
着地をすると同時に魔衣は力を解放する。そして標的を璃御に移すと、目の前にリュホウの姿があった。
「小娘…寝ていろ」
リュホウが呟くと同時に魔衣の身体が床に倒れ伏せる。魔衣は受け身を取り、カンフー映画のような足技を使って起き上がり、同時に正拳突きを放つ。リュホウは拳を受け止め、肘鉄を魔衣の顔面に叩き込む。が、魔衣は 逆の手で肘鉄を受け止め、水月に蹴りを放つ。
「ぐ!?」
リュホウの身体がくの字に曲がる。
「はぁ!」
魔衣は両手を組み、ハンマーを振り下ろすようにリュホウの後頭部に叩き込む。
「がはっ!?」
リュホウの身体が倒れた事を確認するとコンクリートの床を蹴り、標的を一仁に移す。
「せいや!」
跳躍し、空中で身体を半回転させ跳び蹴りを放つ。しかし蹴りは鉄の壁を蹴ったように弾かれた。
「−!?」
「すまない」
魔衣は驚く暇もなく拳が鳩尾に入った。それは金属製の鈍器を思い切り叩き込まれたような衝撃だった。
「がッ!?」
(闘…きさん…ごめんな…さい)
身体が崩れ落ち、魔衣の意識が飛んだ。
「ふぅ…手強い相手だった…」
一仁は安堵したように胸を撫で下ろす。
「無事か?リュホウ、ロイ」
倒れた二人に問い掛ける。
「ああ…なんとか…」
「なんという娘だ…この私が遅れをとるとは」
二人は頭を抑えながらふらつく足で立ち上がる。
「…なんだったんだこの女?」
璃御は倒れた魔衣の髪を掴み、顔を覗き込む。
「ま、いいか。でどうするよコイツ?」
「適当に縛って、その辺に捨てておけば誰かに拾われるだろう」
リュホウが頭を揺さ振って答える。
「そういえばその女、気絶する前になんか人の名前言ってなかったか?」
「さぁ?とうさんがどうのこうのって…」
璃御がその先を続けようとした瞬間、廃工事の壁が轟音を響かせながら砕け散り、バイクがあらわれた。
「次から次へと、何なんだ一体?」
璃御は警棒を取り出し、構える。
「誰だお前は?」
ロイが力を解放し、人狼の姿になって問い掛ける。
「一応…その赤髪と犬の保護者であり、そこに倒れている店員の知り合いだ」
闘鬼はバイクから降りて倒れている魔衣と、ロープか何かで拘束された真那鬼を確認する。真那鬼は最初は無表情で闘鬼を見据えると、僅かに口元に笑みを見せた。
「返してもらうぞ」
刹那、闘鬼が前に出る。一瞬で一仁の背後に回り、左拳で裏拳を放った。しかし一仁は闘鬼の拳を両手で受け止める。
「ほぅ…」
一仁はそのまま闘鬼を抑え込む。その隙を逃さず、璃御が警棒を闘鬼の頭を目掛けて振り下ろす。しかし警棒は何かに阻まれ、振り切ることができなかった。
「マジ?」
見ると警棒は闘鬼の右腕に阻まれ、動かない。
「破ァァァ!」
左からリュホウが鉄パイプを槍術のように使い、突き掛かる。闘鬼は左足を器用に使い、鉄パイプを受け止め、パイプごとリュホウを蹴り飛ばす。
「ぐ!?ロイ!」
リュホウの合図で右からロイが迫る。闘鬼は右腕で受け止めていた璃御の警棒を掴み、警棒ごと璃御をロイに向かって投げ飛ばした。
「うお!?」
ロイは慌てて璃御を受け止め、体制を崩した。
闘鬼はさらに一仁を投げ飛ばす。
「ぐぉ!?」
ロイは一仁を受け止めることができず、三人が折り重なるように倒れた。
「この男、さっきの女より強いな…」
リュホウは鉄パイプを構え、間合いをとる。
「しかたねぇ…リュホウ、一仁、ロイ!三人で足止めを頼む。アタシはガキを連れて取引場所を変える!」
璃御が起き上がり、真那鬼のもとへ走る。
「行かせると思うか?」
闘鬼は地面を蹴って、一瞬で璃御の目の前に移動した。
「真那鬼、もう少し待っていろ」
闘鬼が振り向かずに言うと、真那鬼は薄い笑みを作り、深く頷く。
「さて、運び屋…お前達に面白いものを見せてやろう。もう二度と思い出したくないなようなものを…な」
刹那、闘鬼の姿が消えた。
「何をするつもりだ?」
リュホウが力を解放し、白虎の姿に変身して警戒する。
「さぁ…でもヤバそうだ」
璃御の背から翼が生え、鷹の姿になる。
「みんな、一点に固まれ!」
一仁の身体が甲殻に被われ、額から山羊のような曲がった角が生えた魔族の姿に変わると、四人は背中合わせに四方を警戒する。
「狼、鷹、虎、魔か…鬼の餌には物足りんな」
辺りから闘鬼の声と不気味な風の音が響き渡る。
「まずは…一人」
風を切る音が鳴り響く。
「ぐぁ…がァァ!?」
ロイの身体が反り返り、背の骨が砕けた。
「ロイ!?」
「二人…」ヒュン、と空を切る音が鳴り響く。
「な…に!?」
リュホウの身体が鉄パイプごとくの字に折れ曲がると、肋が数本砕けた音が響く。
「リュホウ!」
「次は貴様だ」刹那、璃御の身体が地面に伏した。
「ぐ…ああああ!?」同時に璃御の左右の腕の骨が折れる音が響く。
「璃御!ぐッ!?」
一仁は咄嗟に反応し、闘鬼の右拳を正面から受け止めた。
「クソ!」
一仁は闘鬼の拳を掴むと、そのまま背負い、投げ飛ばす。闘鬼は宙で身体を捻り、体制を調えて着地する。
「やるな運び屋、貴様は他の三人とは違う。おそらく魔衣は貴様にやられたのだろう?」
闘鬼はどこか楽しそうに構える。
「誰に頼まれたか知らんが…相手が悪かったな!」
闘鬼はコンクリートの床を蹴り前に出る。床が蜘蛛の巣状に砕けたと思うと一瞬で距離を詰めた。
「安心しろ、殺しはせん。骨は数本折れるがな」
一仁の懐に入り、拳を放つ。
(ここまでか!?)
一仁は咄嗟に両目を閉じた。だが、いつまで経っても拳は来ない。
一仁は恐る恐る目を開くと、目の前に黒いフードコートを羽織った男が立っていた。