第二十一話 誘拐
真那鬼が鬼神家の新しい一員となってから数時間後、闘鬼、戦鬼、真那鬼の三人はマンションの近くの森林公園にいた。
公園には天気のいい日曜ということもあり、デートをしているカップル、家族連れでピクニック、部活動で公園の周囲をダッシュしている学生など様々な人々がいた。闘鬼は木陰で座り込んで風景を眺め、真那鬼と柴犬は公園を駆け回り、戦鬼はその光景を携帯のカメラでひたすら激写していた。
「おぉ、犬と戯れる真那鬼…あの笑顔は癒される」
戦鬼は鼻血を流しながらシャッターを押す。
「よく見ろ兄さん。あいつ、無表情で犬おっかけまわしてるだけで一つも笑ってねーよ。それに…いい加減にしろ。クソ兄貴、一緒にいる俺までが変出者扱いにされる」
闘鬼は不機嫌な顔で戦鬼を睨む。しかし戦鬼はそんな事には目もくれずにカメラのシャッターを押し続けていた。
「…ロリコンが」
「誰がロリコンだ失礼な!!俺はシスコンだ!」
「余計ヤバイわクソ兄貴!」
瞬時に拳を作り、戦鬼の携帯を粉砕した。
「あぁー!!俺のメモリー!」
戦鬼は芝生の上に散らばった携帯の残骸をかき集め、無駄とわかっていながら組み立て始めた。
闘鬼はそんな哀れな兄を見て呆れたようにため息をつく。公園の風景に目を戻そうとすると、襟足を後ろから引っ張られた。
「あ?」振り向いてみると、真那鬼が柴犬を抱いて立っていた。
柴犬は真那鬼と駆け回って疲れたのか、真那鬼の腕の中でぐったりとして舌を出している。真那鬼は汗一つ流さずに、無表情である一点を指差していた。
「どうした?」
真那鬼の指差した方向に目を移すと、その先にはアイスクリームの屋台があった。
「あれが食いたいのか?」
首を縦に振って頷く。
「いいだろう、これで買ってこい」
闘鬼は自分の財布から一万円札を取り出して、真那鬼に渡す。しかし真那鬼は一万円札を受け取らずに、闘鬼の服の袖を掴んだ。
「…どうした?」
真那鬼は袖を引っ張り、アイスクリーム屋を指差す。
「俺も一緒に来いと?」
真那鬼は深く頷いてアイスクリーム屋を指差す。
「そういえばお前、喋れないんだったな…仕方ない、一緒に行ってやろう」
芝生の上から起き上がると、真那鬼が闘鬼の手首を掴んで屋台まで走った。
「お、おい!」
屋台の前で立ち止まると真那鬼は種類の多いメニューの中から一つを指差した。
「玉露、お前…ガキなんだからガキらしいのを選んだらどうだ?」
しかし指先は玉露から動かず、どうでもいいから早く買え、と言っているような目で闘鬼を見る。
「わかったわかった、玉露だな?…すいません、玉露を一つ」
「はいはい〜280円になりますよ〜」
店員の声にどこか聞き覚えがあったが、とりあえず無視して財布から一万円札を取り出す。
「一万円お預かりしま〜す。9720円のお釣りです闘鬼さん〜」
「ほら食え」
真那鬼は頷くと、アイスのコーンを行儀よく両手で掴み、ゆっくりと食べ始める。
「さ、帰るぞ」
「ちょっちょっと!無視ですか闘鬼さん!」
後ろから屋台の店員が何か言っているがとりあえず無視する。
「真那鬼、バカ兄貴を起こして先に帰っていろ。俺は後から行く」
真那鬼は頷くと、戦鬼のもとへ駆けて行った。
「…魔衣、何をしている?」
後ろを振り向き、問う。
「わ〜い、やっと気づいてくれました〜!それにしても闘鬼さん、無視は酷いです!傷つきますよ!」
魔衣はわざとらしく頬を膨らませて怒ってみる。
「で、何をしている?」
「見てわかりませんか〜?バイトですよ〜」
商品のアイスを勝手に食べながら魔衣が答える。
「ここの店主、最低のバイトを雇ったな…」
ため息をつくと魔衣は不機嫌そうな顔で語り始めた。
「聞いてくださいよ闘鬼さん〜私真面目に働いているのにバイト代が少ないんですよ〜酷いと思いません?」
「それはお前が食った分バイト代から天引きされてるだけだ…それより何故バイトをしている?お前は寮生だからバイトはしなくても金には困らないはずだろう?」
庸専学校の寮に住む生徒は、家通いの生徒とは違い、様々な実験や訓練に関わっているので学費とは別に給料のような物が支給される。その額は実験の成果によってまちまちだが、少なくとも高卒のサラリーマンの初任給を軽く上回るほどの額が支給されるので一ヶ月の生活には困らないのだ。
「いや〜それがですね〜支給金もらったのが嬉しくて、貰った日にパァーと全部使っちゃたんですよ〜それで日払いのバイトをしてるんです〜」
「ド阿呆、金は考えて使うものだ」
笑っている魔衣を見てため息をつく。
「ところで闘鬼さん、あの娘は誰ですか?」
「ああ、あいつは俺の妹だ」
「可愛い子ですね〜でもかなり無口な子なんですね。闘鬼さんと話してるときは頷くだけとか、口で言わないで指差してるだけですし、シャイなんですか?」
「いや…ちょっとした事故で、少し前から喋れなくなっているだけだ。医者が言うには普通に生活していれば戻るらしい」
「大変ですね〜頑張ってください!」
魔衣は笑顔で親指をグッと立てる。
「お前もバイト、頑張れよ」
その場を立ち去ろうとすると
「あ、待ってください〜」
後ろから魔衣が何かを投げた。
闘鬼はその何かを受け取ると、それは皇鬼の革ジャンだった。
「それのおかげで助かりました〜闘鬼さん、本当にありがとうございます!これ、闘鬼さんのお祖父さんに返しておいてください」
魔衣は深々と頭を下げる。そこに闘鬼は革ジャンを投げ返した。魔衣の頭に革ジャンが被さる。
「え、あの闘鬼さん?」
「クソジジイに返すと、ろくな事に使わん。だからお前にくれてやる」
魔衣は何を言われたのか理解できなかったのか呆然としていたが、次の瞬間には
「ホントですか!ありがとうございます〜!これのおかげで夜に寮長にばれることなく寮を抜け出せるんですよ〜」
嬉しそうに革ジャンを羽織った。
「…お前、寮を抜け出して何をしているんだ?」
「え〜とですね、例えばホームレスのおじさん達と世間話したり、ゲーセンで遊んだり、必殺○事人みたいなことしたり、いろいろやってますけど〜どうしたんですか?」
「別に、俺はもう帰る。じゃあな魔衣…」
立ち去ろうとした瞬間。
ダーン!…ダーン!
銃声が響き渡った。
「え、何!?」
「銃声だと!?」
銃の規制が厳しい日本、その国の、休日の真っ昼間に銃声が響いた。それが何を意味するのか闘鬼は思考する。
(テロ…ではない。分家反乱勢力の襲撃…にしてはタイミングがおかしい。それでは真那鬼のことが協力派に漏れたか?)
考え始めた時には、すでに闘鬼と魔衣は身体が動いていた。全速力で騒ぎの中心に行くと辺りには撃たれたのか、足や腕を抑えて倒れている人影が数人。そして黒いワゴン車が公園から走り去って行くのが見えた。闘鬼は近くに倒れている男のもとへ駆け寄る。男の右足には弾痕があり、出血をしていた。闘鬼は自分のシャツを適当な長さに破り、包帯がわりに足に巻き付けて止血する。
「何があった?」
問い掛けに男は痛みを堪えて告げる。
「赤い…髪の…女の子が…連れて行かれた…覆面をした…四人だった…そいつら…銃を持っていて…いきなり撃ってきやがった…!」
男の言葉を聞き漏らすことなく聞くと、携帯を取り出した。
「牛鬼か?俺だ。大至急救助ヘリをここに寄越せ。人が三人撃たれた」
『かしこまりました闘鬼様。40秒後に到着いたします』
「頼んだぞ」
通話を切ると、次は別の番号に掛ける。
「真紅、俺…」
『んだようっせーな!!俺は忙しいんだよ!!…って闘鬼さん!?どどどど、どうしたんですか!?すいません!!』
「後で謝れ、それより頼み事がある」
『な、なんですか?なんでも聞きます!聞きますからさっきのは許してください!決して闘鬼さんに言ったわけではないので…』
「そんなことはどうでもいい、いますぐ俺のいる位置から半径2キロ以内に不自然な動きをしている黒いワゴンを探せ。衛星でもなんでもハッキングして絶対に捜し出せ。大至急だ」
『は、はい!!では一度電話を切ります!30秒経ったらまたかけ直しますから!』
真紅は慌てて返事をすると通話を切った。
「魔衣、お前はここで怪我人を見ていろ。俺は行ってくる」
「行くって何処にですか闘鬼さん!?」
闘鬼はその間に辺りを見回し、足になる物を探す。
全力で走れば車に追い付く事くらいはわけないのだが、ただでさえ人間の野次馬が集まって来ている中で本気を出す訳にはいかない。本気を出せば流石に面倒な事になる。なので変わりの物を探すと、ちょうど公園の外の道路に、バイクが止まっていた。闘鬼はそこまで走ると乗っていた人間から無理矢理バイクを奪い取った。
「ちょ!あんたなにすんだよ!?」
「悪いな、コイツはレンタル料金だ」
財布から2センチ程の厚さがある一万円の札束を取り出すと、男に押し付けてバイクのアクセルを全開にして走りだす。
「闘鬼!」
近くの携帯ショップから戦鬼が飛び出し、バイクの後部に飛び乗った。
「兄さん、何をしていた?」
「何って、お前が壊した携帯を新しく買い直していたところだったが…何があった?」
「真那鬼がさらわれた」
その言葉を聞いた戦鬼の顔が蒼白になる。
「な、なんだと!!何故だ!?説明…」
闘鬼の携帯から着信音が響いた。
「兄さん、代わりに出てくれ。俺の小隊メンバーで人捜しがうまい奴だ。おそらく真那鬼の居場所を見つけたは−」
闘鬼が言い終える前に戦鬼は闘鬼の携帯に出ていた。
『闘鬼さんですか!?ワゴン車を捕らえました!』
「遅い!貴様、俺の妹に何かあったら殺す!」
『ヒイィ!!ごめんなさい!…ってどちら様で?』
「鬼神・闘鬼の素晴らしい兄である鬼神・戦鬼だ!覚えておけ小僧!」
「二つしか歳変わらないだろうが…兄さん、マイクの部分を俺に」
馬鹿な兄にため息をつきながら促すと、戦鬼が携帯を闘鬼の耳元に近づけた。
「真紅、俺だ。クソ兄貴が馬鹿な事を言ったが気にするな。場所は突き止めたか?」
『はい、今衛星からのリアルタイムの映像で追ってます。黒いワゴン車は闘鬼さんが走っている場所から800メートル先を時速100キロ以上で走行中です』
「渋滞の多いこの場所で100キロか…とんでもない馬鹿か、プロだな」
無論後者だと判断し、全速力でバイクを走らると交差点の赤信号に差し掛かった。
「チッ…面倒な!」
車と車の間を時速100キロオーバーでくぐり抜け、信号を無視して車が行き交う交差点のど真ん中に差し掛かると、右から大型トラックがクラクションを鳴らして迫りくる。
ブレーキをかければ避けることはできるが、追跡が遅れてしまう。
「兄さん!」
咄嗟に叫び、迷うことなくアクセルを限界までしぼる。
「わかっている!」
刹那、戦鬼は迫るトラックに向かって跳躍、トラックの全面に戦鬼の右手が触れた瞬間。バンパーが凹み、トラックが停止する。戦鬼は一瞬でトラックのバンパーを蹴り、バイクの後部まで跳び移る。
「急ぐぞ闘鬼!」
「ああ!」
バイクが更に加速した。