第一話:新地
鬼、悪魔、その他多くの人ならざる力を持つ者、それらは人間が創った空想上の生物…ではなく、古来より実在していた。彼らは特有な力を持ち、個々の種族として人間と共存してきた。
しかし、彼らは自分達の力がいずれ人間を滅ぼすのではないか…と、恐れ、自ら陰へ隠れるように表舞台から姿を消した…
現在、彼らを知る人間は一部を除き存在しない。そんな彼らは人の歴史を裏から支え、戦争や紛争が起こる度に力を持って人を正しい方向へ導いてきた。
それから月日は経ち、現在……
とある高級マンション、その最上階の一室に二人の男がいた。一人は無精髭を生やし、純白のスーツを身につけた赤髪オールバックの中年の男。その向かい側には同じ赤髪だがこちらは前髪の一部が黒く、学ランの第一ボタンと第二ボタンを外して着ている青年。青年はソファーに座って、男は窓際に立って青年を見ていた。
青年は不機嫌な表情で白スーツの男を睨む。その顔を見て男はニヤニヤと笑って言った。
「何をそんなに怒っているんだい? 闘鬼君?」
男の言葉に舌打ちをして闘鬼と言う名の青年が答えた。
「クソ親父……俺が入学する予定だった高校から、あんたが無理矢理別の専門学校に編入させるっていう馬鹿なことをしたからだろうが?」
ソファーの前の大理石のテーブルに両足を乗せ、闘鬼は男をさらに睨む。
「嫌だな〜そんなに怒ることないだろう? だから今日はこうして謝ってあげてるんじゃないか〜」
男はにやけたままスーツから葉巻を取り出して火を点けた。
「謝るならお前が俺の家に出向け! クソ親父! お前のせいで勉強も無駄になって……中学の先生に申し訳たたねーだろうが!」
闘鬼が身を乗り出して怒鳴るが、男は全く動じずに笑顔で返す。
「闘君は元々頭が良いんだから勉強する必要ないじゃない? それと闘君の住んでるボロアパートに私が行くと、いろいろ面倒なことになるでしょ? それから、編入は仕方ないことなんだよ、闘君」
「その呼び名はやめろクソ親父! 虫酸が走る!」
闘鬼は怒鳴りながら拳をテーブルに叩き衝けた。すると大理石のテーブルは粉々に消し飛び、跡形もない。男はそのことを気にせずに続ける。
「闘君は普通の子達とは違うんだから」
その言葉に闘鬼が舌打ちをする。
「そんなことはわかってる……だからこそ俺は……」
言い終わる前に男が無表情で言った。
「無理だよ闘君、闘君がどれだけ頭が良くても、どれだけ世渡りが上手くても………私達は鬼なんだ。人間とは似て非なる種族……持って生まれた力が違うんだ。だから鬼が人間と同じ生活を送るなんて不可能なんだよ? 人間と一緒にいたら、闘君はそのテーブルみたいに人間を壊してしまうかもしれない……だから君を君と同じような力を持った子供達が集まる学校に編入させたんだ。分かるよね?」
男の諭すような言葉に闘鬼は黙って頷く。
「なにも心配することはないよ、その学校には戦鬼君がいるから、困ったら頼ればいいよ」
男は再び笑顔で葉巻を吸う。
「戦鬼兄さんか…」
闘鬼はため息をついてから部屋の出口のドアへ向かう。
「もう帰るのかい闘君? せっかくの親子水入らずなんだからもう少し話そうよ〜」
「あんたのせいで入学式の準備がまだだからな…だから俺は帰る」
闘鬼そのまま振り向かずに部屋を出て行った。
「また学校で喧嘩しちゃ駄目だよ〜……って聞いてないか」
男は苦笑しながら葉巻を灰皿に押し付けた。
早朝、闘鬼は自分の住むアパートを出た。軽い柔軟体操の後、学校に向かって全速力で走る。 闘鬼の通う学校は東京都でも比較的田舎にあるので普通の人間ならば電車やバスを乗り継いで2時間かかって到着する距離を、鬼である闘鬼は全速力をキープして1時間足らずで走る。
呼吸一つ乱さず学校に到着した。新入生と思われる生徒が次々と校舎に向かう中、闘鬼は校門の前に立ち、ふと学校名を呟いた。
「国立傭専学校…」
正式名称、国立傭兵養成専門学校。名前の割に見た目は普通の学校と変わらない。闘鬼は欠伸をしながら校門をくぐり、校舎に入る。下駄箱でスリッパに履き変え、自分のクラスを探す。
「一年A科、K科、T科、Y科…何の略だ?」
呟きながら自分の入るクラスを、案内板を見て探す。
「なんだこの学校は? 学年ごとに校舎をわけているのか?面倒だな……」
学校は一年棟、二年棟、三年棟の三つに分かれており、それぞれの棟の一階が第一職員室、食堂、二階がA科とT科、三階がK科と第二職員室、四階がY科となっている。
闘鬼は吐息をついてから、案内板を指でなぞって自分のクラスへの最短ルートを探す。指で最短ルートをなぞってクラスの場所を指して止まる。するともう二本、別の指が同じクラスを指して止まった。
「あ?」
ふと指の主に目をやると、一人は闘鬼より頭一つ背が低く、学ランを着たポニーテールの少女、もう一人は闘鬼が見上げねば顔が見えないほどの長身で、スポーツ刈のブレザーを着た青年だった。
「あの……Y科に入る人ですか?」
学ランを着た少女が目を輝かせて問う。
(何故女が学ランを着ている?)疑問を持ちながらそうらしいな、と気のない返事をして二人を見る。
「ふむ……」
長身の青年が闘鬼を見下ろして言った。
「海東・辰希だ…」
辰希の後に少女が、
「自己紹介を忘れてました。私は暗部・魔衣です。貴方のお名前は?」
「鬼神・闘鬼だ」
「闘鬼さんですか、凄い名前ですね!」
魔衣はニコニコと笑って闘鬼を見ている。
「ところで、あんた達は教室に行かないのか?」
案内板に目を戻してから問う。
「今二人で探していたんです。せっかくですから三人で教室に行きましょう!」
そう言って魔衣は教室に向かって走りだした。
「おい、そっちは逆方向だぞ」
魔衣は回れ右をしてから、行きましょう!、と言って再び走りだした。
「方向音痴か……?」
三人は四階にあるY科のクラスに向かった。
教室に到着すると黒板に五十音順に割り振られた席の図があり、三人は割り当てられた席に座る。廊下側の最前列に魔衣、その後ろに闘鬼、闘鬼の後ろに辰希という順に座る。
「偶然ですね! 席が近いなんて!」
五十音順で考えれば当然だろう……と思いつつ、闘鬼は周りの席を見渡す。教室にある机は全部で20、その中の4つはまだ空席だった。
「ホームルームまであと5分か……」
闘鬼は教室に備えついている時計を見て呟く。その間に空いている席は一つだけとなっていた。
ガラガラっという音を立てて教室のドアが開き、担任と思われるショートヘアの若い女教師が入ってきた。
教師は教卓の上にプリントを置いてから
「今日からこのクラスの担任を勤める犬神・昴だ! よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
ぐっ!、と親指を立てて魔衣が昴にかえす。
「おお〜! 乗りのいい奴がいるじゃねーか! ……ってあれ? なんか他のみんなは冷めてるな?楽しくやろうぜ! じゃあ学校説明するぞ〜って何人かは知っていると思うけど、この学校は君達特有の能力を伸ばして、戦争とかを起こさないようにすることを勉強する学校だ!」
「先生! ハショリすぎて大事な部分がたくさん抜けてます!」
「あ〜面倒だからその辺は自分で調べろ! じゃあ次は楽しい楽しい自己紹介だ〜!」
イエーイ、とつけたして昴と魔衣は二人で盛り上がっていた。そんな二人のテンションを見て闘鬼はため息をつく。
面倒な教師だ……と、呟いたと同時に教室の扉が勢いよく開かれた。
眼鏡をかけた小柄な青年が息を切らして言った。
「はぁ……はぁ………先生! す、すみません! 獅士・真紅です! 遅刻してしまって本当にすみません!」
真紅は土下座をして昴に謝った。
「まだチャイムまで20秒あるから遅刻じゃないぞ〜いいから早く席に着け」
昴の言葉に真紅は一礼をしてから席に着いた。
「んじゃ〜自己紹介始めッぞ〜! 獅士が来たからもう一回先生からな〜先生の名前は犬神・昴、種族は人狼だ。これから三年間よろしくな〜!」
昴の自己紹介が終わると、突然、
「先生!尻尾と犬耳は何処に隠したんですか!?」
一人の男子生徒が興奮気味に問う。
「あ〜先生はそっち側じゃなくてこっちだから」
そう言って歯を見せた。その歯は異常に鋭く、特に犬歯は牙と言っていいほど太い。それを見た男子生徒は酷く落胆してから席に着いた。
「なんかムカつくけどほっといてやる…次いってみよ〜!」
はい! と、元気よく返事をして、魔衣が席を立ち、自己紹介を始めた。
「暗部・魔衣です! 種族は悪魔と吸血鬼のハーフです。三年間よろしくお願いします!」
魔衣が自己紹介を終わると数人の男子生徒が歓声を上げた。
「へ〜珍しい夫婦の間に生まれたんだな〜。ちなみに羽とか牙とか生えてんの? それとなんで女子が学ラン?」
魔衣は少し戸惑いながら昴の問いに答える。
「はい、牙は一応ここに……それから翼の方は力を解放したときに生えま〜す」
魔衣は口を小さく開けて歯を見せた。犬歯は昴ほど太くはないが、鋭い牙があった。
「………それと学生服って男女とも学ランなんじゃないんですか?」
すると数名の男子生徒が立ち上がり、
「うぉー!! 天然だー! 天然いただきましたー!」
「ごっつぁんです!!」
歓声を上げた。
「うるせぇぞガキ! ……えっとな……暗部、普通女子は学ランじゃなくて、スカートとかだぜ?」
「そうなんですか!? 私ずっと学生服って学ランだと思ってました…」
魔衣は顔を赤くして席に着いた。
「その顔いいっす!!」
「少しは黙っとらんかい!! ――じゃ〜次!」
昴は騒ぐ数名の男子生徒を怒鳴ってから次を促す。闘鬼は席を立ち、一呼吸置いてから、自己紹介を始める。
「鬼神・闘鬼……種族は、純血の鬼。三年間よろしく」
闘鬼の言葉に教室がざわついた。
「鬼神・闘鬼だってよ……」
「えっ、じゃあ……あの人が……」
「マジかよ……」
「本物だ……本物の壊腕だ……」
闘鬼は呆れたようにため息をつく。
こんな所まで知られているのか……と、中学に通っていた時、髪の毛の色や態度で上級生や他校の生徒から喧嘩を吹っ掛けられては、全てを叩き潰して来た。その時につけられたあだ名が壊腕……
「ちょっと待てよ………壊腕よりも鬼神ってあの……鬼神グループの………」
男子生徒が言い終わる前に昴が遮った。
「はいはい! ちょっと黙る! じゃあ鬼神! なんか特技ある?」
闘鬼は一瞬苦い顔をしてから答える。
「自分は建物の案内図を見て目的地の最短ルートを割り出して、それをずっと記憶することができる」
(何を言っているんだ俺は…?)咄嗟に答えた事を後悔すると、突然魔衣が立ち上がり、拍手をし始めた。
「凄いです闘鬼さん! だから一緒に教室を目指したときに、あんなに早く到着出来たんですね〜! 凄いですよ!」
魔衣は笑顔で闘鬼を見る。
「な……! あ、あの野郎! も、もう魔衣ちゃんから名前で呼ばれてやがる!」
「う、うらやましい……」
「よし、じゃあ次! そこのでっかい奴」
言われて辰希が席を立つ。
「む……海東・辰希………種族は……龍人、翼龍種だ」
そのまま辰希は席に着いた。
「お、おい! 早過ぎるわ! もうちょっとなんか、質問するタイミングとかを与えんかい!?」
すると辰希は、何故だ?、と不思議そうに首を傾げている。
それを見て昴は諦め、
「も、もうええわ……じゃあ次〜」
「はい! 私は……」
女子生徒が自己紹介を始めた瞬間、教室の扉が開かれた。
「このクラスに鬼神・闘鬼って奴はいるか!?」
扉の前に一人の男子生徒が立っていた。その男子生徒は身長が辰希と同等かそれ以上で、体格は辰希よりもがっしりとしている。
「君、どこのクラスの生徒? 今はまだホームルームのはずなんだけど?」
昴が笑顔で問う。
「そんなことより鬼神はいるのか!?」
やれやれ、とため息をついて闘鬼が席を立った。
「俺が鬼神・闘鬼だが……何か用か?」
男子生徒は闘鬼の姿を確認すると、表出ろや!!、と指の間接を鳴らす。
「君、そんな勝手なことすると指導対象に上がっちゃうよ〜?」
昴の忠告を聞く気もない男子生徒は、闘鬼を睨みながら力を解放して行く。
「ボコボコにしてやんぜ!」
男子生徒の身体が甲殻に包まれていく。
(甲殻種の龍人特有の皮膚……その強度は確か……手榴弾で傷一つ点かないほどの強度だったな……)昔の事を思い出しつつ、闘鬼はため息をついてから昴を見て言った。
「先生、10秒で終わらせる……迷惑はかける気がないからな」
廊下に出て男子生徒の目の前に立つ。
「だから勝手なことするなっての! クソガキども!!」
昴の制止を聞かず、男子生徒が動いた。